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オトーくん海を渡る
34.シャルル・ド・ゴール空港にコンコルドを見た!

2003.1.25



「ホームページにはだるまの他には何があるんですか?」
隣の席になった木戸さんが訊いてきた。私が、
「文章とか写真とか、あと漫画みたいな絵を載せたりしてるんですよ」と言うと、木戸さんは学生時代漫研に所属していたという話になり、しばらく漫画の話をした。
少し年が離れているので、読んでいた漫画も少し違っていたが、それはそれで同じ漫画好きとして、楽しかった。

楳図かずおが好きということで、私も最近「漂流教室」を読み直したりしていたので、あの人はすごいという話で盛り上がった。木戸さんのおすすめは「わたしは真吾」ということだが私は読んでなかった。今度読んでみよう。

そんな話の中で、木戸さんがポロっと、「アブダビに行った時に」と言い出した。
アブダビ?
アブダビって、あのアブダビ?

アブダビというのはアラブ首長国連邦にある首長国のひとつなのだが、仕事などであちらに関係がある人をのぞいたら、日本人で「アブダビ」と聞いてピンとくるのは、ほとんどが格闘技ファンじゃないだろうか。
「アブダビ」といえば「アブダビコンバット」なのである。
私も、アブダビがどこにあって、どんな人たちが住んでいるのか知らない。
私がアブダビについて知っているのはただひとつ「アブダビコンバット」だけである。
といってもそんなに詳しいわけではなく、そういう名前の格闘技の大会があって、そこで優勝した選手が「寝技世界一」と呼ばれているのをテレビで見たくらいだ。
実はルールもよく知らないのだが、とにかく「アブダビコンバット」で優勝すれば「寝技世界一」なのである。
だったので、
「アブダビって、ひょっとして、アブダビコンバットを見に行ったんですか?」
と訊いたら木戸さんは
「はい」
とあっさり。
木戸さんは小学生のころから空手をやっていて、タイのムエタイのジムへ練習をしに行く友達がいたりして、なかなかつわもの人生なのだ。
アブダビかぁ。
格闘技の大会でその名前は知っていても、私にとってはドイツやフランスより遥か彼方の遠い国に思える。

格闘技やら漫画やら趣味丸出しの楽しい会話をしつつ、窓の外の景色を見つつしていたら、シャルル・ド・ゴール空港に到着した。
外は小雨が降っているようだ。
地上を走る飛行機の中から空港の景色を見ていたら、滑走路に、ちょっと変わったフォルムの飛行機が。
あれは、ひょっとして。
コンコルド?
写真やテレビの映像でしか見たことがなかったが、あれはコンコルド。みたいだ。
みたいだ、というのは、なんだか自分が思っていたコンコルドより小さく見えたからだ。
実物を見たことがないのにおかしな印象かもしれないが、写真で見るコンコルドはいつも飛び立つ寸前で、下から見上げるような構図のものばかりだったので、横から見た印象がちょとイメージと違っていたのだ。

ホントにあれはコンコルドなのだろうか?似た形の別の飛行機なんじゃないだろうか?私が確信を持てないまま眺めていると隣で木戸さんが
「コンコルドですね」
とあっさり言った。
木戸さんはいつもあっさりなのだ。
しかし、木戸さんがコンコルドと言ったのでコンコルドに決定。
なにしろアブダビまで行く人なのだ。コンコルドくらいは楽勝だろう。

飛ばないかなー、と思って見ていたが、とうとうコンコルドは静止したまま私の視界から消えていった。

「35.パリの夜は抱き合って眠るのか?」につづく
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35.パリの夜は抱き合って眠るのか?

2003.2.5




シャルル・ド・ゴール空港は、ふた昔前の21世紀という感じのかっこいい空港だった。
チューブのようなエスカレーターが立体的に交差して、写真を撮ろうとしても、反射してうまく撮れないほど銀ピカだった。
さすがコンコルドの基地。

その空港でわれわれを待っていたのは、背は低いががっちりした体格の、声の渋い、男のガイドだった。髪を短く刈り込んだ、ちょっとおにぎりを連想させる外見だった。

そのおにぎりに連れられて、小雨の降る中、バスで、まずはホテルへ向かった。
バスの中で、例によって地下鉄のことやら、地理のことやらを教えてもらった。
ホテルの近くには大きなショッピングモールがあるが、日曜日は休みなので、買い物するなら今日だぞ、ということも言われた。
そう。日本を出てから曜日の感覚が無くなっていたが、今日は土曜日だったのだ。
窓の外を眺めていると、壁のようなところに、日本でも見かけるような派手な落書きがされているのが見えた。アルファベットを図案化して描いたようなやつ。言葉でうまく説明できないけど、よく見る形の。
あれは万国共通の手法なのだろうか?
そんなものを見たせいか、建物や風景もフランクフルトやベルリンより少しだけ日本に近いような感じを受けた。すこーしだけね。ほんのりとね。

ホテルは、新凱旋門の近くの「ソフィテルグランダーシェ」というところだったが、これがなんだかすごいホテルだった。ホテルはなんだかだんだんグレードアップしているようだ。

 
 聳え立つソフィテルグランダーシェ。
 玄関前には各国の国旗が立てられて、国際平和会議が行われそうな雰囲気だーしぇ。

チェックインには少し早い時間に到着したが、おにぎりの交渉で、少し待つだけで部屋に入れることになった。やるぜおにぎり。

部屋割りの説明と同時に、みんなに一枚ずつカードが配布された。片面にホテルの名前、裏にはバラの花の写真が印刷されている。
カードは部屋の鍵なのだが、これがないとエレベーターで自分の部屋の階にも行けないらしい。エレベーターに乗ったら、中でカードを通さないと、階を指定できないのだ。
ホテルがグレードアップするとともに、セキュリティーは万全になり、ついでにいろいろ面倒になってくるのだ。

午後2時に別のガイドがバスでやって来るのでそれまでは食事をするなり、買い物をするなり好きにしろ、ということなので、一度部屋へ行き、みんなでショッピングモールへ食事に行きましょう、ということになった。

エレベーターに乗って、北岡さんが読み取り装置にカードを通したが、反応がない。
カードを裏返して通すと「オッケー」という感じでランプが点いた。
「バラをこっちに向けて通すんだな」
北岡さんがうれしそうに言った。私も覚えておこう。

エレベーターを降り、部屋へ。先に入った北岡さんが、
「ひゃあ、今日は二人で抱き合って寝るのかぁ」
と気持ち悪いことを言い出した。
見ると、でかいベッドがひとつどかんと置いてある。
その上にはでかい上掛けが一枚。
できれば抱き合って寝るのは避けたい私は、上掛けをめくってみた。下の毛布は離れているようだ。
北岡さんもそのへんを見ていて、「ああ、大丈夫そうだな」と言っている。
でも、ベッドはくっついたままなんだろうか?
寝ぼけて抱き合っちゃったらどうしよう。
妻よ、子よ。お父さんを守っておくれ。

ベッドの心配はともかく。時間になったので一階に降りると、島田さんがフロントで何やら困った顔で従業員に話しかけている。
「ダブルベッドなんだよ。あれじゃだめだよ」
島田さん親子の部屋も同じだったらしい。
まだうろうろしていたおにぎりガイドがやって来て、フロントに事情を話すと、ベッドは離れるようになっているので自分で動かしてくれ、とのこと。
なるほど。これで間違って北岡さんと抱き合って寝る心配はなくなった。
しかし、ベッドがくっついているのがデフォルトとは。さすが花の都パリである。

ところでガイドがなぜまだうろうろしていたかというと、我々の帰りの飛行機の便が時刻表(って言うのか?)に載ってないので、確認を取っていたとのこと。
我々が乗ることになっている「4105便」というのは「存在しない」のだそうだ。
存在しないって。
存在しない便に乗るのか、存在しない便の乗客なのか、俺たちは。
なんだか「ウルトラQ」みたいだ。トドラとか出てくるんだ、きっと。
スティーブン・キングの小説でもそんなの無かったか?飛行機で変な世界へ連れてかれちゃう話。

なんて、バカな四十男が妄想を膨らませている間にガイドは、コロコロした形の携帯電話であちこち連絡を取り、無事「4105便」がこの世に存在することを確認したのであった。
な〜んだ。

トドラに喰い殺される心配が無くなった私たちは食事を求めて、ショッピングモール方面へと出発したのであった。

「36.それはバンドデシネである」につづく
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36.それはバンドデシネである。

2003.2.8




 ショッピングモールへ向かうためにホテルを出ると、着いたときに降っていた小雨もあがり、青空が見えはじめていた。ありがとう、フランスの天気の神様。

広場のようなところを通り、新凱旋門の横を抜けて行ったが、新凱旋門というのは、その大きさは目を引くのだが、ガキンガキンとまっすぐな造りで、離れてながめてもあまり面白くはなかった。


新凱旋門。
四角いビルに四角い穴があいている感じか。
でかすぎて全景を写せない。
見ろ!人間が虫ケラのようだぁ!


広場に立っていた巨人像。
なぜか頭と両腕が欠けている。
そしてチ○コ丸出し。

 土曜日だからだろうか、ショッピングモールはかなり混雑していて、家族連れやらそうでないのやらがドーっと流れていた。
一旦散って、各自15分間で食事できる場所を探索せよ、という命令が下されて、一人でモールの中をさまよう。
目に付くのはサンドイッチなどを食べさせる店ばかりだ。
サンドイッチかぁ。
マクドナルドがある。
マクドナルドかぁ。

極端に方向音痴の私は、こんな場所では迷ってしまう恐れが大いにあるので、ひとつの方向にまーっすぐ行って、またまーっすぐ戻ってきた。これでは満足のいく探索ができないので、ちょこっとだけ横道に入ってすぐ戻ったりしてみた。ちょこっとだけ。これが精一杯だ。これ以上やったら異国の地で迷子になってしまう。
時間より少し前に集合場所を通りかかったが、まだ誰もいなかったのでまっすぐ行き過ぎた。
適度に歩いてからまたまっすぐ戻ると、もうみんな集まっていて、無事合流。
方向音痴にとってはこれだけでも大冒険なのだ。

結局、集合場所の近くに中華の店があって、そこで食べることになった。
たくさんの料理がショウウィンドウのようなところに並んでいて、好きなものを店員に言って盛り付けてもらう方式の店だ。
チャーハンやら肉野菜炒めみたいのやら、なんだかよくわからないのやら、4点ほど頼む。
指差して「それ」って言ってただけだが、食べ物を自分の目で見て頼めるのはありがたい。
ビールも何種類かあったが、ラベルに「漢」とあるものを選んだ。
やはりここは「漢」だろう。
「漢」と書いて「おとこ」と読む。あ、中国語か。「おとこ」とは読まないな。

おいしそうなものを見ながら頼んだのはいいが、昼食にはちょっと多すぎて、満腹状態になってしまった。普段は昼にビールなんか飲まないし。
どんどん太っていくような気がしてならない。

午後のガイドが来るまでにはまだ時間があったので、ここで解散して、再度ホテルに集合しましょうということになり、またもやショッピングモールで一人になった。

 今まで黙っていたが、私にはフランスで買いたい物があった。
フランスには「バンドデシネ」というものがあって、日本の「漫画」のようなものなのだが、オールカラーで、絵がとってもきれいなのだ。
メビウスという人が有名で、私もメビウスくらいしか名前を知らないのだが、フランスではぜひその「バンドデシネ」を買って帰ろうと思っていたのだ。

となると本屋だ。本屋を探せ、だ。
実はさっき食事の場所を探している時に、本屋も一緒に探していたのだが、見つけられないまま時間切れになってしまったのだ。迷子になりそうでビビってたし。
今度は時間もたっぷりあるし、なんと言っても「バンドデシネ」のためなのだ。
食事よりバンドデシネなのだ。

というわけで、CDや、DVDを売っている店の奥に臭いものを感じた私は方向音痴の身も顧みず突入を敢行した。
すると、思ったとおり本屋が現れた。あこがれのバンドデシネの売場も。

バンドデシネは、昔のレコード売り場のように、区切られた箱の中に立てた状態で売られていた。大きさもLPレコードのジャケットを縦長にしたくらいだった。
角背の上製本で、カバーは無し。厚さは表紙を入れても1センチほどだ。

レコードを探す時のように指で本をパタパタめくってゆく。
おー、メビウスだ。おー、知らない人だ。おーメビウスだ。
ってメビウスしか知らないんだけど。

しかし、ものすごくたくさんあって、迷ってしまう。
ちょっと離れて他の本も見てみる。
お!日本の漫画だ。
「鉄腕アトム」があったのでぱらぱらめくってみたらみんなフランス語でしゃべってたよ。
お!「ベルサイユのバラ」だ!
お!オスカルもアンドレもフランス語でしゃべってるぞ。
って、これはいいのか。これでいいのか。フランス人だもんな。
しかし、フランス人は「ベルバラ」を読んでどう思ってるんだろう。
ちょっと気になる。
バンドデシネの明治維新の話とかちょっと読んでみたいぞ。

再びバンドデシネ売り場へ。
山ほど買って帰りたい気持ちを抑えて3冊だけ選んだ。
予算もあるし、何より荷物だからね。
メビウスを二冊と、知らない人のSFっぽいの一冊。
これでよし。目標達成。これでもうフランスはいいや。

ってわけにもいかないか。
着いてからまだ何時間も経ってないもんね。


購入した三冊のバンドデシネ。
右の二冊がメビウスの作。

あ、しまった。
鉄腕アトムも一冊買っておくんだった。と気付いたのはホテルの自動ドアを抜けた瞬間だった。
というわけでフランス語版アトムは買えなかったのであった。

「37.エレベーターの悪魔」につづく
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37.エレベーターの悪魔

2003.2.15



 フランス語版アトムはちょっと残念だったが、買ってきた本を部屋へ置きに戻るためエレベーターに乗った。
バラの絵の向きを確かめてカードを通す。よしオッケー。

ところが、後から乗ってきた背が高くて肩幅の広い金髪のオバサンが、何度カードを通してもオッケーにならない。
イライラしているようで乱暴にガシガシやっているがダメだ。
先に私がカードを通しているのでエレベーターは動き始めてしまう。
オバサンはさらに焦ってガシガシやるがやはりダメ。
よく見ると、バラの絵が反対向き(ドア側)だった。

えーと…教えてやったほうがいいのかな、でも言葉通じなそうだしな、と思っていると、オバサンが私の方をキッと振り向いた。
目がデビルマンみたいになっていてちょっと怖い。
右手の親指と人さし指で挟んだカードをヒラヒラさせながら、私に向かってベラベラベラっと早口でなにか言ってきた。
何語かさえわからないが、何を言っているのかはよくわかった。
「ダメなのよう!このカードを何度も通しているのにダメなのようっ!」

私に怒られても困ってしまうが、デビルな目に気押された私は、自分のカードを見せながら、
「バラの絵はこっち向き」
と、日本語で教えてやった。
するとオバサンは、今度は口までデビルマンのようにカッと開いてまたベラベラベラっとまくしたてた。
やはり言葉はわからないが、何を言っているのかはわかった。
「やったわよう!私だってそっち向きでもやったわようっ!」

ったってなぁ。俺に怒るなよ。と思ったが、デビルビームで焼き殺されても困るので、ここは東洋の神秘、アルカイックスマイルで対抗するにとどめた。

オバサンは「こっち向きでもやったのよねぇ」と言いながら(多分)、私の教えた向きでもう一度カードを通した。

するとどうでしょう。
ランプが点灯してオッケー状態になったではありませんか。
オバサンはフ−っと息をついてそのままドアの方に向き直った。
教えてあげた私の方は見もしない。礼儀を知らないババァだ。お前みたいなやつはエレベーターなんか使わないでデビルウイングで飛んでっちまえ。

漫画好きの日本中年が背後でくだらないことを考えていることも知らず、そのオバサンは私より先にエレベーターを降りて行った。

悪魔は去ったのだ。

「38.ベタガイド参上!」につづく
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38.ベタガイド参上!

2003.2.20




 無事バンドデシネを手に入れ、エレベーターの悪魔もやり過ごした私の次の予定は、「バスでパリ市内観光」だった。

時間に合わせてロビーに降りると、島田さんが一人の日本人女性と会話していた。
午後のガイドらしい。
四十代終わりくらいに見えるそのガイドは、日本で見たら「やや派手」、パリで見たら「やや地味」くらいの、微妙な線上のファッションで、元気よく島田さんと話していた。

そのガイドに連れられてホテルを出ると、待っていたのは一台のマイクロバスだった。

この旅行中、バスというと大きな観光バスばかりだったので、今回も漠然と観光バスを予想していたので、マイクロバスがやけに小さく見えた。それでもかなり座席が余ったが。

最初にエッフェル塔見物に向かったのだが、道々ガイドから、観光案内と簡単なフランス語のレクチャーを受けた。

「フランス語で『ありがとう』は何と言うかご存知ですか?」
「メルシー」
誰かが答える。
「そうですね。では、英語で『プリーズ』にあたる意味の言葉は知っていますか?」
また誰かが何か言ったようだが聞き取れなかった。
「はい。『シルブプレ』ですね。『新聞くれ〜』なんて覚える人もいますね」


ベタだ。

「気の短い人は『しらばっくれ〜』なんて言ったりしますね」
…ベタベタだ。
ベタガイドだ、この人。

なんて話を聞き流している間にバスはエッフェル塔見物スポットに着いた。
バスを降りる直前にガイドが「ポラロイドカメラでいきなりこちらの写真を撮って、法外な値段で売り付けようとするやつがいますが、そんな時ははっきり『ノンメルシー』と断りましょう」と教えてくれた。
なるほど「ノーサンキュー」は「ノンメルシー」か。覚えておこう。

バスを降りて、左右を壁に挟まれた歩道橋のようなところを抜けると正面にエッフェル塔が現れた。


 エッフェル塔。

青い空と白い雲をバックに見る塔はとても美しい。
そして、周りに高い建物が無いのでとても目立つ。
その点、高さでは勝っていても、周りがビルだらけの東京タワーは不利である(不利って?)。
こんなふうに全景が見られる場所も無いんじゃないかな、よく知らないけど。

そう言えば、大阪の通天閣タワーはエッフェル塔をモデルにしていると聞いたことがあるが、関西のギャグなんだろうな。形がぜんぜん違うもん。

「塔」という共通点しかない。ミッキーマウスとロッキーチャックほども似ていない。
日本のものは「タワー」で、フランスにあるのを「塔」と称するのも興味深い。

塔をバックにみんなで写真を撮り合い、バスに戻った。
バスが発車する直前に、ウェディングドレスの花嫁さんを見かけた。
エッフェル塔をバックに永遠の愛でも誓うのだろうか。
しかしバスから見ていると、首から肩のあたりが露出していてちょっと寒そうだった。
永遠の愛も楽じゃないのだ。

寒そうな花嫁さんを後にしてバスは走る。
途中、凱旋門に通りかかったが、そこは放射状に配置されている道路の中心なので、いつも混雑していて、気の弱いドライバーが入り込むとなかなか抜け出せなくて、凱旋門の周りをグルグル何週もしなければ目的の道路に出られなくなるのだとガイドが教えてくれた。
窓から見ると、凱旋門を中心に車が何重もの列を作って走っていて、どこをどう走っていいのかわからない無法地帯に見えた。
私なんかが迷い込んだらホントに何十周もしてしまいそうだ。

さすがにバスは、その無秩序な混雑をすいっと抜けて目的の道に入った。
その先は「オーシャンゼリゼ」という歌で有名な、というか、あの歌でしか知らないシャンゼリゼ通りだった。
あの歌は「晴れても雨でもシャンゼリゼ通りに来れば幸せよ」という歌詞なのだとガイドが教えてくれた。
そんな歌詞は嘘っぱちであることを翌日思い知らされる私であったが、その時は「ノーテンキな歌だなぁ」くらいにしか思わなかった。

シャンゼリゼ通りを抜けて着いた先は「コンコルド広場」だった。
「ここでバスを止める予定にはなっていないけれど、運転手さんに頼んで5分間だけ止めてもらうことにしました。降りて写真を撮りましょう」
とガイドが恩着せがましいことを言うので、せっかくだからみんなで降りて写真撮影をした。


 せっかくだから撮ってみた写真。

ここはあのマリー・アントワネットがギロチンにかけられた場所だそうだ。
私はマリー・アントワネットというと、アニメの「ベルサイユのバラ」のキャラクターしか頭に浮かばないが、とにかくあのマリー・アントワネットである。
「パンが無ければケーキを食べればいいのに」のマリー・アントワネットである。
世に言う『首飾り事件』のマリー・アントワネットである。
あのマリー・アントワネットがここで首をはねられたのだ。

「39.沈黙と爆笑」につづく
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39.沈黙と爆笑

2003.2.22




断頭現場を後にしてバスは走る。
絵や本を売っているように見える露店が並ぶ道を走り抜け、着いたのはノートルダム寺院だった。
ギロチンの次はせむし男か。
寺院の外で写真を撮ったり、ガイドから、建物の外側の彫刻の説明を受けたあと、中へ入る列に並んだ。


ノートルダム寺院前から
ガイドによるとせむし男がいるのは右側の塔だそうだ。

列の後から前を見ていると、寺院に入ってすぐのところに大きな垂れ幕か張り紙のようなものがあって、いくつかのアルファベットの単語とともに、「沈黙 祈りの場」という日本語が子供のお習字のような字で大きく書かれていた。
なんだこりゃ?と思って、前にいた島田さんに
「沈黙って書いてありますよ」
と言うと、
「沈黙、祈りの場か。お祈りの場だから静かにしてろってことでしょうね」
なるほど。そう思って見ると、アルファベットの単語には「silence」というのがある。
観光客は中に入れてやるけどおとなしくしてろよ、ということか。

というわけで沈黙したまま薄暗い寺院内へしずしずと入っていった。
内部は、「祈りの場」としての重々しさと、観光客のざわざわが混在した、ちょっと変わった雰囲気だった。
声高に話す観光客が周りの人に「シーッ」と、たしなめられたりしていた。

入る前にガイドが「ここのステンドグラスは素晴らしいですよぉ」と言っていたが、本当だった。
今までステンドグラスというものに興味をもったことは無かったが、外の天気が良かったこともあって、暗い寺院の内側から見るステンドグラスはとても美しかった。



内部から撮影したステンドグラス
特に撮影を禁止している様子もなかったのでデジカメでたくさん撮影してしまった。
ここを祈りの場としている人には申し訳なかったかも。

内部をグルっと一周して明るい外へ出た。
寺院の裏の通りでバスと待ち合わせしたのだが、時間があったので、近くのみやげ物屋でトイレを借りたり、おみやげを見たりしたが、なおも時間があったので、寺院の裏にあるちょっとした広場で時間まで待つことになった。

ノートルダム寺院は裏に回ると複雑な形をしていて、なんとなく「海底二万哩」という映画に出てくる潜水艦「ノーチラス号」を思い出した。そういえば「海底二万哩」の原作者ジュール・ベルヌはフランス人だったな。何か関係あるのかな?無いのかな?


ノートルダム寺院裏側

そこで寺院の裏側の写真を何枚か撮り、ついでにだるまも一緒に撮っておこうと、左手にだるまを乗せ、腕をグっと伸ばして撮影していたら、右後方から「ケラケラケラッ」と笑い声が聞こえてきた。
見ると、10歳くらいの女の子がだるまを指差して爆笑している。
近くにいる、多分母親であろう女性の上着をひっぱって、「ほら、ママ見て見て!あれ何?あれ何?おかしぃー。ケラケラケラッ」という雰囲気だ。
とりあえず私もにっこり笑っておいた。

私の考えが正しければ、一年以内に、フランス発のだるまブームが世界中に広がっているはずだ。日本のだるま業界のみなさんは、フランスにビジネスチャンスを見出すべきである。と言っておこう。


この写真を撮っていて、少女に笑われた。

少女に笑われている間にバスが来て、ノートルダム寺院を後にした。

「40.巴里の幽霊男」につづく

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