活字の子

エデナの世界
メビウス(著) 原正人(訳) (TOブックス)

2012.3.31



一度だけフランスに行ったことがあって、行く前から、自分のためのフランス土産はバンドデシネ、と心に決めていた。
私が見つけた売り場では、バンドデシネが箱に立てて突っ込まれていて、昔のLPレコードみたいな売られ方だった。

予算と荷物の量の関係でたくさんは買えないのと、フランスなんてもう2度と来れないかもしれないのでそりゃもう真剣に品定めした。


たくさん並んだ箱から箱へ。
LPレコードを探したあの頃のように指で本を繰りながら。
たぶん目が血走ってたと思う。


周りの客に(多分)不審がられながら選んだ3冊のうち2冊がメビウスの『エデナの世界』だった(ちなみにもう1冊はエンキ・ビラルだった)。

言葉はまったく読めなかったが、頁をめくって眺めているだけで幸せだった。
そもそも台詞のほとんどない短編もあり、ある作品からはエイリアン(?)の歌声が本当に聴こえてくるようだった。

あれから10年以上経ち、このところメビウス作品の邦訳が立て続けに出版された。
台詞ゼロの『B砂漠の40日間』まで日本版が出された。
そんなわけで。
『エデナの世界』邦訳版。
これで作品の全貌と出会える。日本語になっているのでストーリーも理解できるだろう。
なんつって実はこれを手にして初めて自分がフランスで買ったのが『エデナの世界』だったと知った。「あ、これあれじゃん」と。

そんなこんなで読み始めた。

で、けっこう台詞とか多いの。文字ちっちゃいし。
「老眼はじめました」の私にはちょっと大変だった。
ルビなんかもっと大変。
濁音と半濁音の区別なんかつきゃしない。
それで思い出したが、フランスで買い物した時の選考基準が、「文字はできるだけ少ないの。どうせ読めないから」だったこと。
私が選んだのは比較的文字が少なめの2冊だったのだ。

それでも霞む目をこすりこすりがんばって読みました。
文字を読むのにがんばりすぎると絵を見る方の神経がおろそかになり、それはもったいないのであえて文字読みを止めて、意識的に絵を眺める時間をとったり、味わうように読んだ。
ささやかだけど幸せで贅沢な時間。

しかし、その幸せの時間の最中。
メビウスの訃報。

もう少しで長編の部分を読み終わるころだった。
夢の世界が錯綜してわけわかんなくなるあたり。
わけわかんない分、絵的には不思議で面白い(ずっとそうだけど特にね)。

長編の後に短編が何本か収録されているが、その中に若きメビウスが登場する。
解説によると、「二人の主人公が今度は彼らの創造主であり、永劫の時を生きるメビウスのもとに公式的に救助に駆けつける.彼は90年代に住まいとしていた家にいるのだが,その姿は70年代に自画像として描いていた姿のままである.」そうだ。

嗚呼。

80年代に雑誌『月刊スターログ』でその名を知ったメビウス。
これで輪が閉じたということか。
訃報に接して、思わずブログに「ご冥福をお祈りします」と記したが、何か違うな、という気がしていた。

なにしろメビウスだから。
私たちはずっとその輪の上を歩き続けられるんだと思う。
時々自分にとっては新しい、知らなかったものを見つけたりしながらね。


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