活字の子

少年少女漂流記  

古屋×乙一×兎丸(著) 集英社
2007.3.31

古屋兎丸といえば、その昔「ガロ」で読んだ。
サザエさんのパロディとか、ちょっとおかしな奴がドア越しに話し続けるやつとか。

乙一は名前しか知らなかった。

でもそんなことはどうでもよくて、私はこんな漫画があることをまったく知らず、ある日買い物のついでに寄った書店でこの本を見かけてその場で買った。

古屋兎丸という名前に惹かれたからだろうか、装丁が凝っていて目を引いたからだろうか。

そんなことももうどうでもよくて、肝心なのは、買って大正解だった、ということだ。

習慣的に漫画を読まなくなって何年も経つが、漫画は好きだ。
自分で描くほど好きだ。

漫画を読みたいと欲しているが、答えてくれる漫画を見つけるのはなかなか難しい。
という話は長くなるのでここではしない。

『少年少女漂流記』は面白かった。
おそらく、この漫画を支持する人の多くが感じているであろうように、主人公たちは私自身である。
私もこんな風だ。
かつて中学生だった頃、こんな風だった。
四十代半ばの今でもこんな風だ。

周りには現実とがっちり組み合って生きているような人がたくさんいるが、私は現実が恐ろしくてしかたない。
四十代半ばの今でも。

10代のころ、表面上は大きな事件など無かったが、内面は主人公たちと同じように、大風にのみこまれていた。
今でも時々大風が吹き荒れる。

頑張って乗り越えるというより、止むのをじっと待つことのほうが多い。
現実は、自分がコントロールできないところで大きく動いて、時々襲いかかってくる。
私は現実が恐ろしくてしょうがない。
今でも。

でも、時々は、この漫画の最終話のような、人との結びつきを実感できることもある。現実に居れば。

だからきっと。
大丈夫なんだろう。



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