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第三話
「 夢 追 い の 子 供 」
目の前が赤く燃えていて、熱かったのは記憶の中にある。未だ燃えている家の中に、まだ親子が取り残されているのも分かっている。それでも僕には何も出来ないことも分かっていた。無力な、年幼き我が身を呪ったことを鮮明に覚えている。焦げていく匂いが鼻をつき、けたたましいサイレンと怒号と悲鳴が耳いっぱいに押し迫る。それでも、僕は絶対に諦めることが出来なかった。まだ僕よりも幼い妹の泣き声が家から聞こえる。それなのに棒立ちなど、嫌だ。それを容認していた先の自分が激しく嫌いだ。だから僕は、
「……」
直樹は目を覚ました。炎などどこにも無い。目の前には自室の天井が広がっていた。
「……夢……」
蝉の鳴き声がする。夏休みもそろそろ中盤に差し掛かっている。ラジオ体操など行く気は毛頭ない直樹にとって、夏休みは眠り放題の時間だ。しかし今は違う。
「……そうだ。会わなきゃ、エミーナに」
よれよれの寝巻きを脱ぎ去り、夏らしさ溢れる服装に身を包む直樹。
「会って、話さなくちゃ」
仄の部屋に入ると、まだ眠っていた。一人にするのも気が引けたが、直樹はそれならばと置手紙を残す。すぐに帰る旨を知らせた内容だ。寝言を呟いていたが、直樹は聞かずに外へ飛び出す。目も覚めるほどの閃光。陽光が直樹を更に覚醒させ、発汗にまで追い込む。
「昨日聞いた話通りなら、」
直樹は玄関前にとめてあった自転車にまたがる。サドル部分が熱いのを気にせず、ペダルを踏み込み、出発した。向かい風があったが、前髪はやはり目を覆い隠している。
「必ずあそこにいるはずだ!」
人通りの少ない郊外、日の光の届かない空き地に辿り付いた直樹は、肩で息をしながら空き地に足を踏み入れた。
『昨日、金髪美少女を見かけたんだ。ラッキーだよな俺ってば』
昨日、幸人からの目撃情報を聞いた直樹は、九分九厘いないだろうと分かっていてもここに来ずにはいられなかった。なんとしてももう一度、会って話をしなくてはならないからだ。
「……」
現実は残酷だ。どんなに努力しても、どうにもならないことはざらにある。直樹はここ数日間、ずっと捜索をし続けているのにも関わらず、目撃証言は昨日の幸人のもののみ。
「やっぱり、もうすでにどこかに行ったか」
直樹は空き地の中心に立つ。日影がとても心地よいのだが、今はそんなことを考えるゆとりすらない。
「……とりあえず戻らなくちゃ。仄が待ってる」
直樹はその場を動こうとした。しかし体はそれに従わずに、抗う。その場から、腕の一本、指一本動かせない。額から流れる汗は、頬を伝い、顎に達し、そして地に落ちる。こういった異常事態には、直樹は耐性がある。だから分かる。これを行ったのは、ロッテか、エミーナのいずれかだろう。
「そのまま。私の話を聞いて」
求めていた声を、直樹は耳にした。
「……やっと会えた。会って話をしたいと思っていた。丁度良かったよ」
「私と?」
「姿は見えないけど、対等に話す機会が欲しかった。……でも、こんな風に捕縛する必要は無いんじゃない?」
直樹は穏やかに話す。エミーナは直樹の背中を見つめていた。
「……怒らないの?」
「何を?」
「こんな風に、一方的に……一方的に話しているのに」
「わがままには慣れているからね。妹とか幸人とか妹とか」
「妹が二回」
「そこは追求をしないでね」
彼女は意を決して直樹の前に立つ。相変わらず可愛らしい顔と服装をしているが、表情はやや曇り気味だ。
「そんなに……妹が大事?」
「うん」
「……だったら、話さなきゃね」
「え?」
「私ね、もうすぐ欲しかったものが手に入りそうなの。だから手に入る前に、あなたに言っとかなきゃって」
「何で? 別にそんなの」
「聞いて」
有無を言わさぬ表情と迫力に気圧された直樹は、黙って話を聞くことにした。
「私の……辛かった過去を聞いてくれれば……多分、許してくれるから」
(許す?)
エミーナの言葉に直樹は引っかかったが、何も言わなかった。
scene2
天暦三〇〇四年(セレーヌ星の暦)。セレーヌ星は、三十年もの歳月をかけて、永久エネルギー機関の開発に成功した。これにより、資源枯渇、環境破壊、他星への移住等、危惧していた事態全ての解決に繋がった。政府はこれを基に、環境改善に加えて環境の永久保全、星の全体的な発展、果ては人体の強化、人工知能を持ったアンドロイドの作成、考えうる全ての夢を叶えていった。
そして時は流れ、天暦三〇二七年。政府は星に住む全ての国民に声明を発表した。
「このセレーヌ星は今、全銀河系最高水準に達した。星は永久にその形、成分、環境を維持し続け、我々セレーヌ人もまた、不老不死を享受したのだ。異星侵略者のことも恐れなくとも良い。我々は、真の平和を作り上げたのである!」
国民は歓喜、狂気の渦に巻き込まれた。全銀河系一という表現は大げさやも知れないが、少なくともセレーヌ星の属する銀河の中には、そこまでに発展した星はない。
星に住む人々は、永久に続く平和に酔いしれていた。このあとに訪れる強大な破滅の布石を打ってしまったことに、未だ気付く者はいない。
当時十歳の少女がそこにいた。少女は歳月の経つごとに美しく成長し、素敵な男性と恋に落ち、大人の女性となり、一人の少女を産んだ。少女の名を、エミーナと名付けた母親は、平和を約束されたこの世界に感謝した。
そして絶望するのに、そう時間はかからなかった。全ての雑務はアンドロイドが行い、黙々と星の維持を続ける。何もしなくとも食事が運ばれる。何でもしてくれる。人間が介入するべきものがなくなったのだ。行き着くところまで行ってしまった科学、それによる向上心の剥奪。そしてそれなのに、不老不死の体は、体形を崩さず、そのままあり続ける。街に出歩いても何をするのも自由なのだが、自由にも限度がある。その限度は既に振り切っていた。やがて、政府の雑務、政策すらアンドロイドが行うようになる。何もせず、ただただ人間は生きるだけの生活になる。死にたくはないから不老不死になったそれは良い。かといって退屈は駄目。そうなれば、暇を持て余した人々は、自然と退廃的な日々にはしる。
ある者は薬にはしる。ある者は意味も無く他星の侵略行為にはしる。ある者は電脳空間にはしる。 エミーナの両親も、自然とそういう行為を行うようになった。
「ほら見てご覧。面白い映画だから」
父親が持ってきた記憶端末から映し出される映像。それは、侵略者と原星人の戦いを映したものであった。妙にリアルで、血が噴出したり、体を溶解させたりと、やたらおぞましい、一方的な殺戮を侵略者が行う。エミーナはそれに恐怖したが、父親はただただ、感嘆の声を漏らすだけ。最終的には星を破壊してその映像は終わりを迎えた。
「おとーさん……これ、なに? なんなの?」
「はっはっは、怯えるなよエミーナ。しがみつかなくてもいいのに」
「だって……怖いんだもん……いくらフィクションの映画だって分かっていても、あんなに死んじゃって……」
「おぉいおい、何言ってるんだエミーナ?」
『笑いながら』父親は、言葉を繋げる。
「現実から目を逸らしちゃいけないなぁ。死んでいった原星人に申し訳ないだろ?」
「…………え?」
エミーナは、そのときの父親の顔を、生涯忘れられないだろう。子供のように笑いながら、こう言った。
「ノンフィクションだ。二〇人組の侵略者が星を侵略しては粉微塵に吹き飛ばすんだ。大ヒット映画でな、続編が次々……エミーナ? わっ! 吐くんじゃない、どうしたんだ一体?」
先程まで血まみれになったり、見せしめに四肢を分断されたり、惨酷な目にあった原星人たちの阿鼻叫喚が、嘘ではなく、真実。
「お父さん、……そんなにこの映画……面白い?」
「ん? ああ。ぞくぞくしないか? 本来一方的な侵略活動のはずなのに、ほら、あの場面。原星人がセレーヌ人に夜襲をかけてきたときの原星人たちが見せた必死の形相。いやぁ、作り物とかじゃあそこまでリアルに迫れないよ」
エミーナは、以来父親とは一言も口をきかなかった。母親にすがろうとしたが、それも叶わない。母親は電脳世界に入り浸り、仮想世界の中を生きていた。
scene3
エミーナは一人ぼっちだった。逃げ出したかった。しかし、七歳ほどの少女に、そんな度胸も無い。
「もし。そこの女の子」
街を歩いていたエミーナは、この時代には珍しく礼儀正しい青年に出会った。
「私?」
「はい。私は人工の完全有機生命体試作品、ロッテでございます。只今起動テスト及び一般市民の偽装化訓練の最中なのですが……迷子でしょうか?」
「……迷子……なのかな」
「私には判断しかねます」
「……じゃあ多分、迷子だよ。お父さんとお母さんが、いなくなっちゃったんだから」
「ほう」
エミーナは、その青年の着ていた黒いスーツの裾を掴む。そして涙を浮かべた。
「お願い……誰でもいいから……私に……家族を返してよ」
「……私でよければ家族の代わりを務めることが出来ます。ですから、泣くのを止めてください」
「……良いの? 君にもご主人様がいるんじゃないの?」
「マスターは趣味で私を作っただけです。私以外にも、何百体もの生命体がおりますから」
その後マスターに掛け合った結果、何百ある内の一体くらいくれてやると、あっさりとエミーナに譲渡した。物に対する執着が無いのだ。
「……では本日より、あなたが私のマスターです。……そうでした、『家族』ですね」
ロッテは四六時中エミーナの側にいた。ずっと守っていた。コロコロ変わる表情に目をやっていた。エミーナも、それが当たり前のようになっていた。
「……そういえば、ロッテは出てこないね。この間のように出てくれば良いのに」
もうすぐ朝の七時。直樹は最後まで、エミーナの話を黙って聞いていた。
「海の時……ごめんなさい、あれは私のミスだった。だからあの後ロッテにも、私が本当にピンチのときしかああいうことをしないでって言っといた」
「そう。……でも、この拘束を解いて帰る前に、僕から一つ」
直樹は目の前で、エミーナに優しく伝えた。
「誰の家族になったんだい?」
「え?」
「いや、気になったからさ」
「……それを知ったら多分、君は絶対私を許してくれない。でも、どうせ記憶は消すから、」
エミーナは、その姿を、一人の少女に変えた。
「…………え」
直己は唖然とした。
「……本物は?」
「本物は、記憶を書き換えて」
「……そう……そういうこと」
直樹は、眼前の『仄』を指差した。いつの間にか手が動かせるも、足は動かせない。その目は、怒りに燃えていた。
「わがままもね……大概にしてよ。なんなのさ……エミーナ、君の……お前の望む家族って……誰かを犠牲にして成り立つようなものなのか?」
「私はっ! 私は家族が欲しいの! ロッテのように作られた生命で無くて、血の通った、心のある人間との家族が欲しいだけ」
「その顔で、仄の顔でこれ以上言うな! お前のような、後先も迷惑も何一つ考えないで、泣いて大人にすがるような子供を何て言うか知ってるか? 『餓鬼』だ!」
「……っ!」
「だから償いに昔話? 同情をひこうとした? 父親は享楽にひた走って、母親は仮想世界に入りびたり。『そんな過去を聞いてれれば、絶対に妹のことを許してくれる』……馬鹿だよ。お前は」
エミーナが泣き顔になりながら、左手を天に伸ばす。そのとき、直樹の意識は途絶えた。
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