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最終話
「 放 課 後 の 終 わ り 」

「宿題」
「完全」
「「コンプリートぉ!」」
 深夜一時。夏休みは残すところあと一週間に迫ったこの時期に、直樹と仄は全ての宿題を終えた。喜びを表すように、握っていた鉛筆を宙に放る二人。
「あー……眠い」
「うん。眠いね」
 互いに手もあてずに欠伸をする。目は少し充血していた。
「さて、今日はもう寝ないと」
「……」
 直樹は、既に眠りに堕ちている仄を見て、しょうがないと言わんばかりの顔をすると、背中におぶり、仄の部屋のベッドに寝かせた。
「ふぅ……じゃあ僕も寝ないと……」

 直樹にとって、この夏休みは特に問題なく過ごせた。海に行ったり、美冬に連れられて山登りをしたり、幸人に誘われて市民プールに行き、仄とは毎日遊んだ。
「おやすみぃ……」
 自室に戻り消灯をすると、直樹はまどろみ、すぐに眠りについた。

 気が付けば、そこは灰色の空間だった。直樹は意識を取り戻しその状況を見ると、軽いパニックに陥る。そして、これは夢だと自分に言い聞かせた。意識が完全に覚醒していない現状、夢であってほしいと思っていた。しかし頬をつねっても、痛い。痛みやらの感覚がある以上、これは夢ではない。そうなると、直樹は腹を括った。
「すみません。もう呼び出すつもりは無かったのですが、これもマスターのためなのです」
 誰も何も無かった空間に、一人の男が現れる。直樹はその人物を知らないが、親しげに話してくる以上、どこかで会っているのだと考える。
「あ……あの、失礼ですが、……僕、あなたとどこかで会いましたっけ?」
 おずおずと尋ねる直樹。しかし男は無言で直樹に歩み寄る。数歩後退する直樹だが、逃げようという気は起こらない。
「えっと……」
 目の前にまで迫った男に戸惑いを隠せない直樹。
「すみません。マスターのために消去させてもらった記憶を、一時的に返します」
 男がそう言うと、直樹の額に人差し指を突く。

「……ロッテか」
 直樹は一転、嫌悪を露にし、男、ロッテを睨みつける。
「一から説明させていただきますので、どうかお静かにお聞き下さい」
 ロッテの胸倉を、直樹は掴んだ。直樹自身、ここまで感情的になっている自分に驚いたが、今はただ、
「エミーナは……今も仄の振りをしているのか!」
「……話が早くて助かります。その通りです」
 相変わらず人間味のない声で冷静に喋るロッテ。そんなロッテに直樹は、握った右拳を顔面に叩き込んだ。しかし歪んだ顔はすぐに元に戻り、視線は直樹を放さない。
「冷静になって下さい。あなたの妹は大丈夫です。死んではいません」
「当たり前だ! 死んでいたら地獄のそこまで恨んでやる!」
 熱くなる直樹をなだめるように話すロッテだが、それは直樹にとっては何の意味も無い。ただただ、怒りを助長するだけだ。それをどう受け取ったのか、ロッテは直樹を金縛り状態にした。
「この……っ! 記憶を失くす最後の日に使ったあの技か!」
「……さて。胸倉を掴まれながら喋るのも面倒ですから止む無くこうさせていただきましたが、気を悪くしないで下さいね」
 直樹に背を向けるロッテ。その顔に表情は無い。
「……知っての通り、私はマスターの命令に絶対順守の生命体です。故にこの一連の行動も、マスターのためなのです」
 直樹は口を挟んでやりたかったが、仄の安否が分からない以上、少しでも情報を聞き出すべく押し黙る。
「マスターの命令はこうです。『家族を返して』。……マスターのために、その命令を遂行すべく私は『家族』という存在を調べました。気が付けば、いつも側にいる人物のことを、……大切な人と人の繋がりのことを言うようですね」
「……」
 直樹は、そんな当たり前のことを淡々と話すロッテの背を見据えている。
「ところが、マスターの家族はもはや家族として機能していませんでした。いや、どころか惑星の誰もが、そんな状態になっていたのです。そこで私は考えたのです。ここに無いならば、別の環境で家族を作り、マスターに提示しようと」
 ロッテが向き直る。直樹はその目を睨むのみ。
「別にあなたでも、あなたとは全く関係の無い別の国の家族でも、……『家族』として成り立った状態ならば、選別基準はありませんでした。たまたま地球に来、降り立った場所がこの町で、マスターが通う最初の学校が、あなたの通う学校だった。そこであなたは偶然にも私とマスターの、他者とは違う異質な存在に気付き、……海水浴のあの日に、その核心にまで迫った。その驚異的な洞察力と、心理トラップの巧さにマスターも驚いていました」
「それだけ? たったそれだけの理由で仄をっ!」
「たった? ……あなたに何が分かるのです? 本当に『家族』に飢えたマスターの気持ちが」
 口調は変わらないが、ロッテは間違いなく怒っている。
 感情がないものと思っていた直樹は少し驚くが、気圧されはしない。
「家族に飢えている人なら、この世界中のどこにでもいるさ! 自分可愛さに自分を正当化しないでよ!」
「……そうです。あなたの言うことは正しい」
「はぁ?」
「そして、間違っているのは私です。その証拠に、マスターは今、心の底から喜んではいません」
「エミーナが?」
「はい。マスターは家族を得て、幸せになる事が目的でした。……恐らくは、記憶のあるあなたと最後に出会ったあの日。あなたから受けた言葉が、マスターを苦しめているのです」
 ロッテは、直樹を見据え、直樹もまた、ロッテを見据えた。言葉による攻防戦だ。
「……なるほど。つまり、ロッテが僕をここに呼び出したのは、その言葉の訂正を求めるってことなんだね」
「何故そう思うのです?」
「だってそうでしょ? エミーナから言葉の記憶を消せば済む話なんだから、そうしないのは出来ないからなんでしょ?」
「……そうです。マスターに言われましたからね。嫌な記憶でも、マスターの記憶だけは消すことが出来ません。しかし。あなたの言うことはここまでしか合っていません。私がここにあなたを呼んだのは、別の理由です」
「……?」
「仮初とはいえ、今あなたはマスターの家族です。その家族の言うことならば、マスターは聞き入れてくれます。マスターは孤独に飢えていますので、私の力を発動させて、あなたの記憶を奪うことはもう無いはずです」
「……意外だな。てっきりまた記憶を消すものだと思ってたのに、自分の主人に説教しろだなんて」
「もうあなたにはそれが通用しません。度重なる記憶消去で、脳に焼きついてしまったようなので。記憶消去が出来ない以上、記憶の引き出しに詰め込んで厳重な鍵をかけるしかありません」
「今こうやって思い出せたのも、元々記憶が僕の中にあったから……か」
「その通りです。……それに何故かあなたは、記憶力の高さが相まってか、最初から耐性がありました」
「……記憶力だけなら、人一倍あるからね」
 直樹は寂しそうに言った。
「約束してよ。仄を返してくれると」
「夏休み間の記憶補填も加えて、必ず」
 直樹とロッテは、契約を結んだ。
「ただし、気を付けて下さい。私の使命は『マスターの幸せを守ること』です。妹をとられた恨みを言うことは控えて下さい。マスターが一瞬でも、あなたへの嫌悪感から私に記憶消去を命じた場合、即座に私は行動しなくてはなりません。……それをするのは、私としても不本意なので」
「……言いなりの生命、か。同情する」
 ロッテは、直樹を元の場所に戻した。


scene2

「おはよう、お兄ちゃん」
 直樹はベッドの上に寝転がっていた。起きてはいる。しかし起きない。
「おはよう」
「どうしたの? 宿題終わったから安心しているの?」
「……そんなところ」
「ふぅん」
 エミーナは、直樹の異変に気付いてはいない。
(本人に反省の意思があれば良いのだけど)
「エミーナ」
「なに? ……!」
「簡単に引っかかるね。前もそうだったから、本質的なところまでは修正出来ないみたいだ」
「え……な……」
 エミーナは狼狽している。対して直樹は穏やかな顔をしていた。ベッドから立ち上がる直樹の内心は怒りにも似た気持ちがあるのかも知れないが、今は冷静に話をすることに努める。
「安心して。糾弾するわけじゃない。そうじゃなく、『家族』として話を聞いてくれるかな?」
「……!」
「……そう、落ち着こう。それからだ。話は」
「ロッテに……会ったんだね?」
 エミーナは尋ねた。顔には恐怖がある。
「会ってないかも知れないのに、自分の考えを表に出すのは手の内を見せるようなものだよ?」
「うぐ……」
「……君は家族が欲しかった。そうでしょ?」
「……うん」
 エミーナは子供らしく素直に答えた。
「でも、どうしても欲しくても、家族の作り方が分からない。だから自分なりに考えた結果、誰かの家族に混ざってしまえば良いと子供ながらに考えた」
「……うん」
 スカートの裾を握り、顔は俯き、目には涙を浮かべるエミーナ。直樹は怒りよりも、哀れな気持ちが膨れ上がる。
「っと、その前に。仄の姿を止めようか。何だか仄に話しているみたいだし。……エミーナだって、素の自分で話したほうが良いでしょ?」
「……うん」
 仄の姿は、一瞬の内にエミーナのものに変化した。それでも俯くことは止めない。
「君は、姿こそ僕と同じでも、思考まではそうではない。というより、倫理観すら違う。だから、僕が一方的に怒っても、何で怒られるのかすら分からないだろう。だから、これから僕がする質問に答えてくれるね」
「う、うん」
「仄はどうしたの?」
 直樹は、いきなり直球勝負に打って出た。この質問の返答次第では、直樹は穏やかさを保てる保証は無い。
「そ、それは大丈夫。幸せになれるように、どこかの国の王族に仕立て上げたから」
 それが果たして安全かどうかまでは分からないが、現状の仄は無事のようだ。どうやら、幼心に一般的倫理観が働いたおかげやも知れない。
「そう。……じゃあ次だ。君は、ロッテを家族とは認めないつもりかい?」
「な、え? だだ、だって、ロッテは人じゃないし」
「……」
 実に子供らしい、残酷な意見だ。
「次。……僕が家族になって……嬉しかったかい?」
「それは、そうじゃなかったら私、」
「ごめん、愚問だったね」
「……怒ってるんでしょ?」
「……ああ」
 直樹はエミーナの問いに、素直に答えた。
「だったら、なんでそんなに落ち着いて話しているの? 変だよそんなの!」
「……そうだ。本当なら、君の頬を殴りつけてるかも知れない。でも、今はそんなこと出来ない。君がまた無理矢理、僕の記憶を閉じ込めようとするかも知れないからね」
「……! 大丈夫、もうあんなことしない!」
「『あんなこと』ってことは、自分でも悪いことだって分かっていたんだね」
 論戦の基本は、相手の隙を突くこと。僅かな言葉の綻びも、決して逃さない。
「そ、そう……。だけど、今回は本当にしない! 絶対しないからっ! ……だから」
 エミーナは泣き出した。しかし直樹は心を鬼にしていたので、泣き顔を見ても動じない。
「……前に僕は、君のことを餓鬼だと言った」
「うっ……ひっく……」
「……泣くな!」
 直樹の怒声。エミーナは硬直した。
「……君がどんな過去を生きたかが分かっても、心にどんなに重荷を背負っているのかは知らない。人の痛みなんか、本人じゃない限りは理解の範疇にあるわけがない。……でもね、これだけは言っとく。……自分だけが可哀想だって思うことはしないでくれ」
「う……ぅ」
 直樹は床に座り込む。エミーナは突っ立ったままだ。
「君は両親から、あまり倫理観を学んでないから、今回の行動を起こしたんだろう? 子供の考えで行動を起こしたんだろう? 『自分は可哀想だから、ちょっとは無茶しても良いよね』って感じでさ」
「……」
 エミーナには、最早反論の言葉を思いつく余裕すらない。頭の中に、もやがかかっている。嗚咽を漏らしている。
「……可哀想な人間だ。自分だけ、どうしてこんな寂しいんだ。見渡せば、幸せな家庭なんかいくらでもあるのに、どうして自分にはもう温もりが無いんだ」
 直樹がゆっくりと言葉を紡ぐ。エミーナは、それを聞いた。
「ああ。羨ましい。妬ましい。何故、何故、僕はここにいるんだ。誰か助けてくれ。僕に温もりをくれ」
 エミーナ表情に変化が訪れる。自分の心情を読み取られたようで驚いている。
「……何で……私の気持ちが分かるの?」
「……それはね。僕が君と、少しだけ似ているから」
「え」
 直樹は立ち上がり、前髪をかきあげた。
「……!」
 エミーナは、初めてみる直樹の素顔に驚く。
「右目……どうしたの、それ」
 エミーナは直樹の右目を指す。その目の周りには、重度の火傷痕が広がっていた。
「……僕の、決して忘れられない思い出。父さんも母さんも、……火事で死んだ」
「っ!」
「僕は、火事になった家の中に取り残された仄を助けるために、消防署の人間をかいくぐって家に向かった。そして、仄は助かって……代わりに僕は、生涯消えない火傷を負った」
 直樹の中に去来せし感情の波。
「でも、それを後悔したことは、一度も無い。……ただ、父さんも母さんも死んで、実質二人きりになったとき、僕を襲った絶望を……君は理解出来るかい?」
「……」
「出来るわけが無い。同情は出来ても、そこまでは深入り出来ない。……本当の家族じゃないんだから」
「あ!」
 エミーナは、わなわなと震える。直樹は、そんなエミーナを、ひしと抱きしめた。
「ぅえ?」
「……何故、今僕がこうしているか、分かるかい?」
「……ぅ……分からないよぉ……」
 理解して、僅かの間でも、仮初でも、『家族』という繋がりを持っていたいという思いから、エミーナは必死に考える。しかし、理解出来なかった。殴られるならば理解出来ても、抱きしめられるのは予想外だ。優しくされる要因など、どこにも無かったはずだ。何が直樹をそうさせたのか。答えは分からない。エミーナは、泣き出した。
「……君が欲しかったものだろう?」
「……ぇ?」
「僕がそうだったから。幼い僕には、ただ温もりが欲しかった。独りは、寒いから」
 直樹は、エミーナに、過去の自分を投影している。
「君が欲しかったのは、『家族』ではなく……誰かの、温もりを感じたかったからだろう?」
 直樹の心に、最早怒りは無い。今はただ、この哀れな少女に、少しでも、
「……」
 ほんの少しでも、
「エミーナ……人の嫌がることをして、それで得る温もりに、何の価値があるんだい?」
「……ぁ……ぁあああああ」
 エミーナは泣く。涙が枯れ果てるやも知れないほど。直樹の胸の中で、延々と泣き続けた。
「……」
 それを直樹は、いとおしく見つめている。
(思えば……僕も、あの時)
 仄がいた。両親が亡くなったときに、直樹は不安に、絶望に駆られて泣いたのだ。それでも、側にいてくれた、小さな少女の、泣きたくなるような温もりだけが、心に訪れた吹雪を、完全に晴らしてくれた。そこにあった安らぎ。直樹はそれを、生涯忘れない。



scene3

 夏休み終了前夜。

「直樹ぃ! 夏休みとっときの花火、用意したぜぇ!」
 玄関チャイムをやかましく鳴らした犯人である幸人は、両手に花火セットを持っていた。
「いらっしゃい幸人さん! ねずみ花火ある?」
 仄はワクワクした面持ちでセットを眺めた。
「ねずみか、あれは危険でっせぇ? 嬢ちゃんにはちぃっとばかし扱いづらいかも知れんぞぉ?」
「むむ、僕だって大人だい!」
「子供はいつだって大人に憧れるぅう痛ててテてて!」
 背後から訪れた美冬の間接技に、幸人は極められた!
「子供をからかうな。それに世間一般から見れば、私達は立派な子供だ」
「ごめんなさぁぁあああい!」
「だが許さん」
「いやいや、許してあげようよ。近所迷惑だし」
 直樹家の庭が、花火をするスペースである。今宵、夏休み最後の思い出にと、皆で集まっていた。
「閃光花火ぃ!」
 先陣切って着火したのは無論幸人。その花火、線香とは違い本当に眩い光で、闇夜を切り裂いている!
「なんのぉ、いけぇチューチュー花火ぃ!」
 仄も着火し、ねずみ花火を幸人に放つ!
「おのれ、ねずみの一匹二匹、ちょこざいなぁ!」
 幸人は、自作花火『爆裂』を着火、地を這うねずみに投げ放つ! 爆砕し、相討ちとなった!
「ぬっははは! ねずみなどおそるるにたらぬわぁ!」
「むーーっ! ならこれだぁぁあ!」
「んぎゃぁああ! ロケット花火はヤメテェエエ!」
 そんな風に戯れる二人を見て、線香花火に興ずる美冬は、爆ぜる光を見て呟いた。
「悪ガキの模範的遊び方だな」
「まぁまぁ」
 直樹は美冬の隣で同じく線香花火をしている。
「……しかし、心なしか何かが足りない。何だろう?」
「何かって?」
 美冬が首をかしげる。直樹は共に考えるが、
「あ、落ちてしまう! 救援だ!」
「え、あ!」
 線香の先っぽを、直樹のそれに近づけ、大きな一つの塊を作り出す。
「うわ、大きいね」
「はは。全くだ。いつかはこうなりたいものだな、ナオ君」
 美冬が、直樹の目を見つめる。そして驚く。
「前髪……切ったのか?」
「うん。……色々と整理がついたんだ」
「……そうか。おめでとう。それはナオ君の、決意表明みたいなものだからな」
「う、うん」
「ほらほら、しゃきっとして。しおらしいナオ君見ているのは忍びない……あ」
 線香の先っぽが落ちる。地面に、僅か輝きを残して。
「ねぇ……これはどうやって使うの?」
「ん? 打ち上げ花火か」
 直樹は突然現れたエミーナに驚かず、着火の手順を説明した。
「エミーナさん! こんばんは!」
「え、あ、……こんばんは」
 仄からの笑顔を直視出来ず、エミーナは狼狽する。
「え……僕、何かしたかな?」
「さぁ? だけど、素晴らしい! 美少女が三人! 一人微妙だけど、パラダイスかもねこれ!」
「……直樹。アイツを絞めていいか?」
「だめ、絶対」
「ちっ」
「えと……打ち上げるね」
 エミーナはおずおずと、着火準備に入る。幸人は手際の悪さにイライラしてか、
「可愛いその手を汚させなぁい!」
 後ろからふざけ半分で抱きつく。驚くエミーナ。
「公然猥褻罪だぁあああ!」
「いやぁああああ!」
 当然美冬に絞められる幸人。
「ねぇねぇ、打ち上げて魅せて! 僕もそれ見てみたい!」
 仄の屈託のない笑顔に後押されてか、少し嬉しそうにエミーナは着火した。
 小さくも印象的な、一発の打ち上げ花火。
「ああ……今年の夏は」
 美冬は、そのとき久しぶりに幸人とハモる。ちょうど一年前の今日、同じ台詞で。
「「楽しかったぞぉお!」」



「行く?」
「うん」
 幸人、美冬が去り、仄が寝室で眠っている深夜。エミーナは別れを告げに来た。
「散々迷惑かけて、何のアフターサービスも無しに?」
 直樹は珍しく意地の悪い発言をした。
「……本当にごめんなさい」
「良いって。本当は良くないけど、結果的に何とかなったし」
「……ねぇ」
「ん?」
「……また、来ても良いかな?」
「誰にも迷惑をかけないならば、何度でも歓迎する」
「う、ん。ありがとう」
「ロッテは?」
「宇宙船の整備」
「……偉そうに聞こえるかもだけど、最後にアドバイスだ」
「え?」
 直樹が語り始める。
「『家族』というものが大事なんじゃないんだ。温もりがあれば良い。一緒にいて、あったかくなれれば良い。時には大喧嘩したり、ぶつかり合いにだってなっても、必ず元通りにあったかくなる。家族という縛りに、惑わされないで。……エミーナは、ロッテといて、寒いのかい?」
「ううん」
 エミーナはハニカミながら、首を横に振る。
「じゃあ、それで良いんだよ」
「……うん。……ありがとう、本当にありがとう直樹」
「良いよ、気にしないで」
 エミーナは上目遣いに直樹を見た。
「……アフターサービス、しなくちゃね」
「いや、あれは冗だ」
 不意にエミーナが、直樹に顔を近づけ、直樹の口が塞がれた。
「む……」
「ん……」
 軽く触れ合っただけのキス。それでも互いに、顔を赤らめた。
「あんなに怒ってたのも、……私のためなんだよね?」
「……半分はね」
「半分でも嬉しかった。……好きよ、直樹。あなたのこと、いつまでも私は忘れないから」
「とか言って、明日には忘れてたり」
「疑り深いなぁ」
「用心だよ」
「……ね、……私、直樹と一緒にいて、温もりを感じても……良いのかな?」
 もじもじと尋ねるエミーナ。直樹は応える。
「逆に、僕もエミーナに温もりを感じて良いかな?」
 エミーナは、一筋の涙を流した。
「ありがとう。直樹」
 月夜、その下で、二人の若者が唇を再度重ねた。


scene4

 一年後。

 長い長い夏休みを経て、学校が始まる。
「着席しろよぉ、そこの馬鹿共ぉ」
 担任教諭の号令、そして礼。
「ようぅし、お前らにトップニュースだ。このクラスに転校生が来る! 今日、ここに!」
「女子ですか! 美少女ですか!」
「バリッバリの美少女だ。男子諸君、感想は!」
「「「うおおおおぉおおおお!」」」
 女子は嫌悪感を。男子は感激を露にした。
「転校生か。直樹、どんな奴だと思う?」
 美冬が尋ねる。
「多分だけど」
 直樹は少し困ったような顔をした。
「僕、その子のこと知ってる」
「ほう」
 美冬は興味を示した。
「どんな奴だ?」
「そうだね、強いて言うならば」
 教諭が扉を開ける。そして入室したのは、金髪の美少女。男子は興奮し、立ち上がって吠えた。
「幸人の言葉を借りるなら、夏休みを長い長い放課後と言うから」
 直樹は面白そうな目で、その美少女を見た。
「もったいぶらず、一言で」
 美少女は、直樹を見つけると、満面の笑顔で呼びかけた。男子一同は直樹を睨みつけた。
「平和を乱す侵略者。そう」
 美少女は直樹に駆け寄る。
「放課後エイリアンだ」

END

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