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第二話
「 一 日 目 」

 「漫才って言われても、どんなジャンルが良いのかも分からずに出来るかって」
 雀に掴まってより一時間。秋人は平静を保つべく、非常食のかんぱんをかじっていた。
「にしても……」
 秋人が周囲を見渡せば、蝋燭の灯りと、それにより明らかになる蜘蛛の巣やボロボロの絨毯、天井には古びたシャンデリアがぶら下がっており、どこかでねずみが鳴声をあげる。つまるところ、
「ボロボロって言うか、本当に。廃墟って感じだな」
 秋人はここに来る前、この館には絶対に幽霊がいると信じて止まなかった。幽霊に幻滅するとは思ってもいなかった。
「もっとこう、『魂よぉこぉせぇ〜』的な、妙にハッスルした幽霊かと思ってたのにな……ま、あいつも相当ハッスルしてるけど」
「独り言多いですよ秋人さん。今はここから脱出する方法を模索しなければ」
 その傍でブリッジをきめている弥生がそう言った。
「弥生は何しているんだ?」
「私は今、空間との同化をしています。これで風通しの良い所を検索し、脱出ルートを割り出すのです」
「……お前、友達は俺以外いるのか?」
「いえ、全く」
 そりゃあそうだろうと心で思い、秋人は溜息をついた。
 四六時中こんなわけの分からない行動をしていたら、人はおろか動物すら寄り付きにくい。
「そういえば悪かったな。弥生まで巻き込んじまって」
「いえ。幽霊に巻き込まれることなど、なんて事はありません。……それに、最悪脱出ルートが見つからなかったとしても、面白い漫才をすれば全て丸く収まりますから問題はありません」
「その漫才が、お前、出来るのか?」
 秋人の問いに、弥生は口をつぐんだ。
「まずはあの雀とか言う奴に聞いてみよう。どんな漫才が良いのか分からないでネタ作っても意味無いし」
「そうですね……あ、ああ。風通し、見つかりました! こっちです!」
 いきなり立ち上がり、駆ける弥生。それを秋人は追いかけた。床が所々抜けた、薄暗い廊下を転ぶことなく駆ける弥生。そして足を引っ掛けて転ぶも立ち上がる秋人。
 二人は大きな玄関口にたどりついた。
「す、ごいな弥生。俺は何度か転んだのに、お前は全く転ばないなんて……」
 神は本当にいるのかと秋人は思った。
「駄目……やっぱり開かない」
 弥生が力一杯玄関のドアを押すが、ドアは大きく重い。
「そりゃあ、あいつも馬鹿じゃないし、そこからは無理だろう」
「でもここが駄目だとすると、もう脱出ルートは皆無です」
「……そうか。仕方ない。漫才考えるか」
 元いた食堂に、二人は戻った。薄暗いために秋人は戻るまでに三回転んだ。しかし弥生は一度も転ばなかった。
 漫才の方針はさて置き、二人は会議を始める。
「で、まずは役決めだ」
「薬ギメ! 駄目です! 薬は二十歳からです!」
 二十歳になっても薬は禁止と突っ込みをいれる秋人。
「よし、弥生がボケをやれ。俺が突っ込む」
「イヤです! 私が突っ込みやります!」
「何だ、突っ込みがやりたいのか?」
 変な神を崇める弥生ならば安心してボケを任せられると踏んでいた秋人は、いきなり予定が狂った。
「やらせて下さい! 出来ますから! なんやねそれ、とか言えますから!」
「なんでやねんな。まぁ良いか。じゃあ俺がボケるから、弥生は突っ込みな」
「分かりました!」
 どことなくほっとした表情をしたのを、秋人は見逃さなかった。よほどボケがイヤだったのだろうと察した。
 
 ボケと突っ込みが決まると、二人は館の探索に乗り出した。地形を把握しなければ、雀とのコンタクトが取れないためである。
「雀ぇ。どこにいるんだ? お前が面白いと思う漫才ってなんなんだぁ?」
 秋人の呼びかけに、笑い声が返ってきた。鈴鳴りのような綺麗に透き通る、雀の笑い声が。
「これは試練よ。私を見つけてごらんなさい」
「要するに、かくれんぼかい。受けて立とうじゃないか。弥生、離れるなよ」
 弥生は頷いた。懐中電灯で辺りを照らしながら、二人は脳内に地図を作成していく。
 
 一階。空き部屋三つ、食堂、風呂場、玄関、倉庫、厳重に鍵のかけられた扉一つ。一階の廊下を歩いて得た情報はこれだけだった。いずれにも、雀の姿はなかった。
 イヤでも聞こえてくる夏虫の鳴声は、館中に響いている。
「いませんね」
 玄関口にある甲冑の置物に寄りかかる弥生。秋人は腕時計を見た。
「不味いな。もう午前一時……いつの間にか明日になっている」
 山にいるためか、肌寒い。秋人は身震いをする。
「今日が明日ってどういうことですか?」
「そうそう。突っ込みはそうでなきゃあ。……にしても、随分立派な甲冑だな」
 秋人は甲冑を照らして見る。青銅色のフルアーマーにフルヘルム。手甲にはスピアが握られている。
「なんだか、全部が全部おんぼろなこの館の中で、一番浮いているっていうか……綺麗に磨かれているな」
 秋人が甲冑に触ったそのときだ。
 『誰です? 私の体を嬲ろうとする不埒者は?』
 甲冑から、野太い声が聞こえた。秋人はびっくりしたために大きく後退した。
「な……」
 声にならない呻き声を出す秋人は、目の前の甲冑を凝視した。幽霊がいる世界だ。ならばこういう展開があってもなんら不思議ではない。そう言い聞かせて、自分を保つ秋人。
「鎧が……喋った?」
 流石の弥生も驚いたのか、甲冑から退いた。
 『誰です? 甲冑姦などというマニアック極まる行為に及ぼうとする貴方は』
 甲冑は一歩足を踏み出す。床がミシミシと悲鳴をあげた。甲冑の手にあったスピアが、秋人の首にひたりと突きつけられる。秋人は逃げられないと悟り、生唾を飲む。
「お、俺は、雀って奴に閉じ込められた一般人だ」
「い、一般人其の二です」
 『……おお。これは失礼した』
 秋人の咽からスピアが遠ざかった。
 『わたくし、この館の警備を勤めさせていただいております、オルランドでございます』
 恭しく一礼する甲冑、オルランド。頭部を守るフルプレートが、音を立てて落ちた。
 『失礼、私は礼が出来ないのでした』
 甲冑の中には闇のみ、つまり、誰もいない。頭部を守るべきフルヘルムは、何一つ守っていなかった。
「ゲームとかで言う、リビングメイルか」
「生きた鎧ですか?」
 正体を知ったら二人は途端に冷静になった。
 『そうですね。わたくしの使命は、この屋敷の警備です。危ないことに巻き込まれそうになったらば、是非呼んで下さい』
「ちょうど良かった。雀の居場所分かるか?」
 『雀様……あの方は神出鬼没にして油断ならないお方。見つけ出すのは至難の技ですが、この館からは出られませんので、根気よくお探し下さい』
 甲冑は元々飾られていた場所に戻る。
「そういえば、何で雀はこの館から出られないんだ?」
「地縛霊だからでしょう。この館そのものに自分を縛りつけているんです。幽霊というのは、この世界の一部と密接な繋がりがないと存在が出来ませんので、一番自分の繋がりたい物に縛り付けるのです」
 すらすらと、弥生は答えた。オルランドからの答えを着たいしていた秋人は驚いていた。
「すごいな弥生。やけに詳しいじゃないか」
「え……あ、はい。わ、我が神には、霊に対する教えもありましてですね、幽霊に対する知識が膨大なのです」
「ふぅん」
 少し慌てた様子の弥生を、緊張しやすい奴だと認識する秋人。二人は雀を探すために、二階へと歩を進めた。


 第二話―bサイド  微笑は闇の彼方に

 雀は生前、裕福な生活を送っていた。戦後、親が戦争中に稼いだ財を館に変えた。雀は、鳥かごにいる美しい鳥同然に扱われる。年齢の近い執事、侍女が話し相手だった。不自由はしなかった。友達という概念が無いので、寂しくもなかった。しかし、彼女の生活には、笑顔が無かった。
 
「さてさて、一階を探索したようだけど、私は二階だ」
 館内ならどこにでも移動が出来る雀は、天井から頭を生やして秋人と弥生を見ていた。
「オルランドと仲良くなったのか。……お、上がってきた」
 二階に雀は罠を多く仕掛けていた。金ダライの激突音と、「大丈夫ですか!」 という弥生の声が響いた。
「仕掛けた罠は全部で七つ。全部引っかかるかな?」
 金ダライを皮切りに、秋人と弥生に罠が襲い掛かった。
 立体的な罠の数々に、秋人を気遣う弥生の声があがる。
「……むぅ、やっぱりあの女の子には効かないか」
 しかし、弥生は一撃たりとも罠をその身には受けなかった。
「まぁいいか。そろそろ出てやるか」
 秋人と弥生の位置は把握しているので、壁をすり抜けて二人に会いに行った。驚く二人の反応を楽しむ雀。
「で、何度も呼ばれたけど、何の用かしら?」
「ジャンルを聞かなきゃいけないのを思い出したんだよ。あるだろ? 一発ギャグ系とか、コント系とか、物ボケ、消音エトセトラ。何が良いんだ?」
「あの、出来ることなら突っ込みがない漫才で」
 お前に聞いていないと弥生に突っ込む秋人。
「やはり面白いな。流石夫婦、息もぴったりだ」
 弥生が固まった。秋人は雀に、夫婦じゃないことを伝える。雀は驚いていた。
「あら違うの? 幼馴染とかいうのでもないの? 随分互いを理解している良いコンビだと思ったのに」
「あのなぁ。俺たちは会ってまだ一ヶ月くらいしか経ってないんだぞ? 幼馴染じゃあない。友達だ」
「そ、そうです。友達です」
 弥生も援護した。
「そうなのか。あまりにも息ぴったりだったから勘違いしてしまった。ごめんごめん」
「分かれば良い」
「それはそうと、ジャンルかぁ……すぐに笑えるやつで頼む。一分以内でな」
「よし。とっておきの一発ギャグを作ってやるぜ!」
 秋人は自信満々で返したのであった。

続く

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