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最終話
「 実は四日目だったのです 」

「花火?」
 雀が持ってきたのは、大筒の花火八本。
「そう、花火。……ただし、ただの花火じゃないんだなぁこれが」
 得意気でいてどこか悪戯っぽく笑う雀。秋人は嫌な予感がした。
「あの、これで誰を追い払うのですか?」
「……そろそろ来る」
 弥生の質問に、苦々しい表情をしながら雀は答えた。

 屋敷に侵入者が来た。それは、
「男女の群れ?」
 怪物などの類を想像していた秋人は拍子抜けしてしまった。高校生か大学生辺りの若い男女六人が、雀曰く侵入者らしい。
「あれが危険な奴らなのか?」
「そう! 見てよあの邪悪なオーラを!」
「いや、俺にはオーラとか分からねえけどさ」
「見えます。何だか桃色です」
 館の二階窓から、侵入者たちを見る三人。
「具体的にどんな実害があるんだよ? まさか館燃やしに来たわけでもあるまいし」
「……口にするのもおぞましいけど、一応言っとく」
 深呼吸一つして、雀は頬を染めて言った。
「『乱れた交わり』をやっていくのよ」
 秋人と弥生は固まった。
「そんな……そんな恐ろしい事を!」
「無断でこの館に入ってお化け見たさに探索する中学生位なら問題ないの。けどあいつらがここに来るのは、溢れ出る若さのぶつかりあい! 館のどこにいても聞こえてくる嬌声が耳に痛くて痛くて! 知っている? 聞いていると段々変な気持ちに」
「やめろ、それ以上の発言はR指定だ!」
 話を止める秋人に、もうすでにギリギリですと突っ込む弥生。『それ以上の発言』の内容を秋人が知っていることについては誰も何も言わなかった。
「とにかく、確かに厄介だな。朝までンなことされた日には、どうすることも出来ない」
「悪霊の方が幾分かマシですよね」
「……って待て。そういえば、館に入れないって選択肢は無いのか? 俺たちを閉じ込める事が出来るなら、逆に進入させないことも出来るだろう?」
 秋人の提案を、雀は却下した。その理由も添えて。
「駄目。……私は幽霊。物体に干渉する媒体として、空気を操る力を持ってはいるけど、錆びた鍵をかけたりする力とかはないの。あなたたちを閉じ込めているんじゃないの。そういう『空気』を作り出しているだけ」
「……? どういう意味だ?」
 雀の話がイマイチ掴めない秋人。雀は、言って良いのかなぁと自問し、しばらくして、話し始める。
「空気の読めない奴とか、その場の空気って皆は揶揄しているけど、幽霊はそれを本当に扱うことが出来るの。『この館内から出る事が出来ない』っていう場の空気を君に吸い込ませたりして、閉じ込めてもいないのに閉じ込められたと思い込んでしまうの。何度か窓を開けたりしようと最初は試みなかった? 玄関から出ようと思わなかった? でも今はしない。何故か?」
「あ、……そういうことか。逃げ出せないんじゃなくて、逃げ出す気力が無くなっただけなのか。……うわ、嵌められた」
「やっぱり言わない方が良かったかしら?」
 怒られるのかと少しだけ構える雀。しかし、
「そういう空気なんだろ? 良いよもう。明日漫才するって約束は守るつもりだし。……それよりもさぁ、あいつらを何とかしないと」
 秋人は怒らなかった。
「アキト君、さっき持ってきた花火を使いましょう」
「ここでいきなり花火を使ってどうするよ? それに、情事の最中に鳴らしても、悪戯程度にしか認識されない。……作戦を練らなきゃあいけない」

 若者たちが館に入ってくる。「動かないで」という指示を守るオルランドは、若者たちに好評であった。
「オルランドさん……待っていて下さいね。絶対にあいつらを追い払いますから!」
 近くでその様子を見る三人。
「でも、本当にそんな作戦で良いの?」
「ああ。多分逃げ出すぞ。でもそのとき夜じゃないと効果は薄いな」
 秋人が窓から外を見れば、空は夕焼け色に染まっている。舌打ちをする。
「その間に始めたら不味い。時間を稼ぐために花火をつける」
 秋人は弥生の手を引こうとする。しかし弥生は手を退いた。
「……? 何で避けるんだ?」
「あ、いえ、……その、色々あるんです」
「まぁ良いや。とにかく俺と弥生は例の地下室で待機しているから、雀。手はず道理に」
「了解した」
 雀は敬礼した。

 地下室に戻り鍵をかけようとする秋人。しかし鍵は錆び付いており、かける事が出来なかった。
「入れないように何か置いとくか……いや」
 秋人は扉を背に、階段の一段目に座る。
「弥生、来いよ。ほら、隣」
 その誘いに弥生は応じた。
「……なぁ弥生。お前俺のこと嫌いだろ?」
「いいえ? 何故です?」
「しらばっくれても無駄無駄。手に触ろうとしただけであそこまで過剰になるか普通? 確かに二日位風呂に入ってないせいか、ちょっと臭うかもだけどさ」
 弥生が慌ててフォローする。
「違います、嫌ってなんかいません! ただこれには理由がありましてですね」
「神様か?」
「そうです。私の信じる神アミュエディーア様は言いました。あまり人に触れてはいけないと。その人が清らかであれ、不浄であれ。ですから」
「あーはいはい、分かった分かった。……しかし、雀ってすげぇなぁ。そぉ思わねえか?」
 火薬の破裂音が聞こえる。八つの花火を順々に点火し、注意を逸らしまくる作戦だ。館内では神出鬼没の雀だから出来る作戦である。案の定若者たちは皆どたばたと動いていた。マジやばくなぁい? という声も聞こえる。
「……凄いですね」
「でも幽霊が分かる弥生も凄いぞ。俺の知らないこと何でも知っていてさ。……でもさぁ」
 秋人は、階段の上に置いていた弥生の手に素早く手を伸ばした。秋人は、冷たい石の感触を得た。
「……思えば俺は、弥生の事そんなに知らないんだよなぁ」
 驚いた弥生は慌てて手を引っ込める。
「……! だ、駄目じゃないですか秋人さん、そんな、触っちゃ」
「触ったらバレると思ったのか? ……変だと思ってたんだよなぁ。ことあるごとに何かが引っかかってたんだ。俺を避けているわけでも、ましてや嫌っているわけでもない。……なのに俺には触れようとしない」
 弥生はハラハラした目で秋人を見ていた。二発目の花火の炸裂音がした。
「距離感が無いんだ。決定的に欠けているんだ。近くにいるのに、遠くにいるような感じがするんだ。……さっきの過剰な反応と、雀の『空気説明』でようやく分かった。……弥生、お前は」
「それ以上はっ! ……それ以上は言わないで下さい」
 弥生が震える拳を握った。
「……言われたら目覚めちゃう……ですからっ……今は何も言わないで下さい」
「……じゃあ、この話の続きは後でだ。それじゃあ、あいつら追い出しに行くぞ」
 秋人が扉を開けると、夕焼けは夕闇になっていた。
「思えば、漫才のネタまだ作ってなかったけどさぁ」
 振り返り、秋人は二カッと笑った。
「弥生と出会ってから、ずっと漫才していたんだよな、俺たち」
「……漫才ですか?」
「そうだよ。幽霊出たり謎の美少女は出てきたり、三日間とはいえ楽しかったぜ」
「び、美少女ですか?」
「あ、美は……微に変えといてな」
「何でですかぁ!」
 手のスナップを利かせた突っ込みが秋人に入った。
「これだ。この突っ込み。おかしい事におかしいと言える究極の言葉。それが突っ込みなんだ。……最早お主に教わる事は、何も、……無い」
 秋人は原因不明の吐血と共に仰向けに倒れた。
「いやいや、何師匠のような口ぶりで弟子の死に様決めているのです! 起きて下さいってばぁ!」
 その吐血がケチャップだったことに気付いたときに、もう一度突っ込みを入れる弥生なのであった。

 作戦名『リビングメイルこぉーほぉーこぉーほぉー』
 花火でも帰る事が無かった粘り強い若者たちに正義の鉄槌を下すために考え出した、秋人の案である。
 その作戦は、一箇所に集まった若者たちの前に、オルランドが多少大袈裟に登場。すくみ上がった若者たちに警告を与え、咽もとにスピアを突きつけた後に口から煙を放出(秋人持参の線香)、そして鎧崩壊という流れであった。花火による恐怖感も手伝ってか、若者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ミッション、コンプリート」
「やりましたね!」
 一仕事終えた後の、やり遂げた感漂う秋人の顔を見た弥生も笑っていた。
「ご苦労様。今年はこれで来ないよきっと」
 雀は分解したオルランドを組み立てていた。


 最終話 bサイド  それから

「で、満足したのか?」
 地獄の法廷。再びここに戻って来た雀は、
「漫才は全然面白くなかったけど、でも満足」
 何やら吹っ切れた表情で、閻魔様代理に言った。
「……? まぁ、満足したなら良し。……ん、特に極楽に送る理由も地獄に送る理由も無い。じゃあ極楽へ行け」
 台帳を広げて確認する閻魔様代理。
「地獄は?」
「あっちは人員不足で、地獄施設がパンク状態なんだよ。余程極悪なことしなければ、送ったりはしない。……しかし、漫才見たいと言っていたのに漫才が詰まらなくても良かったのか?」
「良いの。……作られた漫才よりも、遥かに面白い漫才見れたし」
 満足という笑みを浮かべられ、閻魔様代理はそれ以上の追及は出来なかった。
「ならば、極楽へと行くが良い」
 鬼にエスコートされ、極楽への階段を上る雀。
「いいなあ。……生きているだけで、人生は面白いんだなぁ……きっと」
 そう呟く雀は、やはり、笑顔だった。



 そして、
「生霊?」
「はい。死んだわけではないんです。でも生きてもいない、不思議な感じですね」
 館から脱出を果たした二人は、大きく伸びをした。
「何だってそんな厄介なことになったんだ? 同じクラスにいたのに幽霊になってたもんだから初めビックリしたぞ」
「……私、臆病者で……」
「そういやぁ、教室ではずっと本読んでたなぁ」
「……だからある日、そんな自分に嫌気が差して、……自分を変えるために私。入信してみたんです」
「何でやねん。いや、何か色々すっぽかしてないか?」
「……そうですね。普通は友達に頼ったり、しますものね……すみません」
「いや、謝られても困るんだけど」
 秋人は弥生の手を握った。
「……今はやっぱり触れないか」
「多分もう少しで元に戻るかと。そういう儀式ですから」
「すごいなぁ。その、宗教? 幽霊に詳しくて、望めば生霊にもなれるって。……教祖様も案外幽霊だったりして」
「あはは、まさか。……有り得そうで怖いです」
 三日目の朝日が昇る。弥生の体が徐々に消えていく。
「それじゃあ、今度どっかに行こうか。そのときは生霊になんかなるなよ」
「勇気出して頑張ってみます! それじゃあ、また!」
「達者でなぁ!」
 弥生は元の体へと戻って行く。
「……なんだろ、すっげぇ疲れたけど、……この三日間のこと、ぜってぇに忘れられそうにないな」
 そして秋人は、帰路に着いたのであった。

 がちゃん、がちゃん。
「……そうだった、忘れてた」
『さぁ、主亡き今、私はどうすれば良いのでしょうか?』
 オルランドの問いに秋人はしばし考え、
「……面白そうだし、家には物置もあるし……良し来い! 今度弥生を驚かしてやろうぜ」
『そうですね』
 二人(?)が歩き始める。
「ところで、あんたが動く原理は何なんだ?」
『それは、ひ・み・つ』
「何でやねん!」
 漫才が始まる。そしてこれからも、漫才は続いていくのである。

END

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