スコールのあと                           2009年4月12日              

 まだ、これからラオスの正月がはじまろうという頃だというのに、雨が降り出している。地球の天変地異の片鱗・・・というのはおおげさだけど、ここラオスにいても、ここ数年、毎年少しずつ、これまでの気候と変わってきているのを感じる。
 例年よりも雨が早い。
 まだ午後4時前だというのに、空は暗く垂れこめ、さぁ、雨が降りはじめた。大急ぎで窓をしめる。雷もなっている。あわてて、電話線をぬき、携帯電話の電源を切る。ラオスではみな、電話に雷が落ちるから、雷雨中は電話を切れという。またたくまに、豪雨。叩きつける雨。家の前を流れる水路の水かさもどんどん上がり、茶色い流れが、ごみもホテイアオイも勢いよく押し流している。
「逆流してる」と彼が言う。いつもは、西から東へと流れているのに、逆流している。「水門を開いたんだろう」。
 この水路沿いにずっと行くと、広い田んぼが開けているのだ。この水路はその田んぼへの灌漑となっているのだろう。
 
 そろそろと空が明るくなり、雨がやんだ。
 川がやけに賑やかだ。ふと見ると、ふり閉じ込められた子どもたちが放たれたように、人々が水路へ集まっている。大人も子どもも、わいわいがやがや、みんな、網や洗面器を持って、もう一目散に、水路の流れへと集まっている。
 彼もである。
 魚だ!魚だ!
 雨のあとには、魚が多いのである。
 魚とりの網を、腕いっぱいに伸ばして、魚をすくっている。近所の子どもたちが、わいわいとひやかしている。
「あっちだよ」「こっちに大きいのが見えるよ」
 本当に、魚なんているのかな?ゴミしかとれないんじゃないかな・・・・・というような茶色い流れなのである。どぶ川に近い。彼は、うちの庭においたハスの水鉢に入れる魚をとっている。本気でとっているおじさんたちは、今晩のおかずをとっているのだろう。
 スコールのあと、水路の流れの周りには、「いったい何の事件が起きたの?」というほどの、魚を捕る人々と野次馬がいっぱいで、「いったい何が楽しいの?」というほどなのであるが、そんな光景はちょっと愉快である。

 うちの食いしん坊のデブ金魚が1匹だけ泳いでいた水槽には、2匹の新顔が入った。ハスの水鉢にも、小さな魚がすいすいと泳いでいる。スコールのおかげで、川からうちの鉢に魚がとびこんできた?わけであるが、やはり、環境の違いが合わなかったのか、朝起きると、数匹死んでしまっていた。彼は少しがっかりした様な顔をしていたが、すぐさま揚げ魚となって、朝食にくわわった。
 あまり食べられなかったのであるが・・・


 
キキとクク                              2009年4月15日
 キキとククとは、彼がアタプー(ラオス南部)に仕事に行った折に、買ってきたインコに、私が勝手につけた名前である。
「ほら、開けてみ」と、普通はもち米を入れる籠を差しだすので、「何のびっくりばこ?」とゲテモノが出てくるのではないか?とおそるおそる開けると、緑とオレンジのきれいなインコが2羽、中に入っていた。ぱっちりとした目がかわいらしい。クークークーと、うなづくように首をふりながら、おとなしく籠に入っている。
 まだ子供だそうで、しゃべれない。クク、キキ(と私には聞こえる)となき、時には、赤ちゃんみたいな、フンギャアー、フンギャーみたいな声も出す。犬のメリーは、闖入者?に興味しんしんで、手を出そうとするのを、彼が笑って止める。彼は、バナナを手から、ククとキキに食べさせている。やっぱり嬉しいようで、2羽のインコは、ククク、キキキ、クク、キキ・・・・としきりに鳴くのであった。


 鳥かごの中に4,5日暮らし、ククとキキは、すっかりうちに慣れたようにも見えた。3日前であったか、彼が、「ほら」と少し得意そうに、まったく少年みたいにうれしそうな顔をして、ククとキキを鳥かごから出し、肩に載せてきた。半分やきもちを焼いているメリーであるが、しかも、もともと猟犬の血筋を持っているようで、動く小動物を見ると、興奮してやまないのである。「ヌーヌー(ねずみ、ねずみ)」という言葉を言うだけで、異常な興奮ぶりを見せ、クンクンクンクンとあちこちを嗅ぎまわる。小さいのだが、ジャンプ力は特別で、塀をよじ登れるし、先日は2階から飛び降りたのには度肝を抜かれた。(メリーの自慢かしら?)・・・・さて、そのメリーが、やはり興奮を抑えられず、クンクンクンクン言いながら、彼に飛びついている。その時、1羽のインコが飛んだ。
 あっ!と思う間に、塀を越え、外に植わっているバナナの葉を越えて、飛んで行った。
「わぁ〜。飛んじゃったぁ」と、急いで外に出てみたが、見えない。1羽飛んで行ってしまった。彼は「あ、行っちゃったよ。ボペンニャン(いいんだよ)」と、しばらく平気そうな顔をしていたが、やはり、心配そうにそそくさと探しに行った。が、見つからなかった。
 鳥は飛んで行ってしまった。一羽だけが、寂しそうに鳥かごに残された。

 それから1日たった夕方、少し遠くから、クク・・・という声が聞こえる。「あれ、いるんじゃないの?」と言うと、「鳥かごの中の声だよ」と彼が言う。
 そうかなぁ・・・・と思いながら、しばらく聞き耳を立てていると、確かに、「クク」「キキ」と、鳥かごの中と、どこか近くの木の中から、声を掛け合っているじゃないか。彼はあわてて出て行ったが、すぐに戻ってきて、鳥かごを、二階から張り出した屋根の上に置いた。より、木に近いからである。
「キキ・・・・」「クク・・・・」「キキ・・・・」「クク..・・・・」としばらくやりとりが続いた。 
 当然、私たちとしては、鳥かごの中の1羽にひかれて、もう1羽が帰ってくればいいなぁ・・・・と願っていたのだ。でも、いつのまにか、木の中からの声はしなくなって、かごの中の1羽も、疲れたように寝てしまった。
 彼は、「きっと、出ておいで、出ておいで、鳥かごの外の世界は楽しいよって、友達を呼んでいたんだろうなぁ・・・・」と言う。インコは逃げて嬉しかったであろう。鳥がかごの中にいたいものか。空を飛べて、木々の枝にとまって、きっと嬉しいんだろう。たとえ、ヴィエンチャンの森とはとても言い難い木立でも・・・・

 その時以来、かごの中に残された1羽は、元気がない。クゥ〜ともキィ〜とも鳴かないし、バナナも食べない。
「きっと、がっかりしてるんだろうなぁ。友が呼びにきたのに、鳥かごから出られなかったことをさ」と、彼が言う。
 アタプーから来て、この都会、ヴィエンチャンで生きていくのは大変だろう。きっと、まだ生きるすべをあまり学んでいない子どもだろうし・・・・かごにいたら、私たちが楽しめるし、インコにとってもえさの心配はない・・・・・とは思うものの、残された1羽の元気のなさ・・・がかわいそうで、いったい、うちにいるほうがいいのか、それとも、空を自由に飛ぶように離した方がいいのか・・・なんだか考えてしまうのである。

 鳥は自由に空を飛ぶのが、一番いいに決まっている。

キキとクク(続き)                                    4月17日(金)
 元気をなくした片割れ(彼に言わせると飛んで行ったのはオスで、残されたのはメス・・・)は、あれ以来、本当に何も食べずに、ほとんど鳴かない。
 ゆうべ、友達たちを呼んでわいわいとみんなで騒いでいる中で、彼が、「ぼくのインコが死んじゃうよ」と言う。アシが固くなりはじめて、止まり木にもう止まれないのだという。片割れは、ただ元気をなくしただけではなくて、生きるのをやめてしまったのだ。
「ノックゲーオ(インコ)は、片割れだけになると、生きていけないんだよ。揃ってないと、生きていかないんだ」と。
 飛んで行った彼は、あの時、「ぼくはもう籠には帰らないよ。おまえが出てこられないんだったら、さようなら」と言いにきたのかもしれない。都会の木立の中で、彼は新しい片割れを見つけることができるのだろうか?かごから出られない彼女は、残されてしまったその時に、もう生きるのをやめて、食べることも鳴くことも拒んだのだ。
 インコは涙も出さず、ぱっちりとした目は愛くるしいままである。でも、心は張り裂けてしまったのだ。もう生きない。
 鳥が自ら死を選び、そして、本当に自ら死んでいくことに、私は少なからずショックを受けていた。

 夜中、友達たちが帰った後、彼は、鳥かごから出して、机の上に寝せたインコに話しかけた。
「死んじゃったのかい?まだ生きてるね」そして、ハンカチを首のところまでかけてやった。インコはもう立つこともできない。
 翌朝、インコは死んでいた。ぱっちりとした目は空いたまま、片割れを失ったインコは死んでしまった。彼は、「逝っちゃったね」と言い、庭の片隅に埋めた。