ペプシがやってきた
                            
       2009年5月1日
 
ペプシがうちに来たときの、メリーの憤慨ようったらなかった。
 うちの唯一のお嬢様犬だった、メリーは、なんで一番大好きなご主人さまであるノイが、やせっぽちの小さな子犬を、その腕に抱いて、家に帰ってきたのか・・・・・天地がひっくり返るほど、許せなかったのちがいないんだ。その薄茶の小さな犬に向かって、キャンキャン、キャンキャンと甲高い声で、容赦なく吠え付いた。 
 メリーは、その丸い目で、小さな子犬をにらみつけると、
「それにさ、何よ!この犬ったら、私みたいに毛の長いフランス犬じゃなくて、ふつうのラオス犬じゃないのよ」
と思っていたに違いない。
 
 メリーは、おフランス犬である。(もちろん、ラオス生まれだが・・・・)ラオス生まれだけど、フレンチレストランのフランス人オーナーシェフの家に生まれた犬なのだ。プードルみたいな・・・・・テリアみたいな・・・・毛のもわもわした小型犬である。おフランス育ち(オーナーがフランス人ということだが)らしく、いまだに、飯より、本当はパンとかチーズとかバターとかが好きらしい。でも、うちは、飯と肉を煮込んだ雑炊ごときが、いつも犬の飯なので、口のまわりの毛がノリをつけたように、がぴがぴになっている。今では、飯も食べるが、最初は、飯などに見向きもしなかった。
「フン、だれがそんなもの食べるの?」
ってな具合にツンとして、肉だけをつまみ食いする。メリー・アントワネット? のように贅沢な態度をとるのである。肉なしの汁かけごはんなどには、見向きもしない。
「きっと、メリーは、前世は贅沢なごちそうしか食べなかったわがままなお嬢で、その罰で、犬に生まれてきたんだろうなぁ」
とノイは言った。ラオスの人たちは、魂の輪廻を信じているから、まんざら冗談で言ったわけでもない。
 
 さて、小さな子犬は、メリーに吠えつかれて、
「ぼくだって、どうしたらいいか、わかんないもん。クィ〜ン、クィ〜ン」と身の置きどころなさそうにしている。情けなさそうに、椅子の下に入り込んでいるが、ノイが汁かけ飯をやると、出てきてガツガツと食べた。

「どうしたの?その子犬?」と私がきくと、
「友達の家からもらってきたんだよ。母犬のおっぱいをまだ飲んでいる子犬たちの中で、一番小さいのを、頼んでもらってきたんだよ」
とノイが言う。 まったく、母から引き離されて、いきなり連れてこられた子犬もかわいそうに・・・・それに、メリーがいるっていうのに、それ以上犬を増やしてどうするんだ・・・・と、私は内心思ったものだ。

「この犬、名前あるの?」
「まだ、ないよ」
 
 私は、その犬に「ペプシ」と名付けた。
 ペプシは、ラオスの国産飲料だ。コカコーラは、タイから輸入されているが、ペプシはラオス産、コマーシャルでも、「ペプシ!ラオスの新しい世代の飲み物」とか宣伝されているから、ラオスの犬にはぴったりだし、響きもかわいいじゃないか.。私はもちろん、ビールの方が好きだが、子犬にビールとつけるんじゃ、ちょっとかわいそうな気もしたのである。

「おまえの名前はペプシだよ。うちの2番目の子だよ」

 その晩、メリーは、かなり長いこと、キャンキャンと、ペプシに憤慨して吠え付いていたが、ペプシは、ご飯を食べ終わると、椅子のしたに入り、丸くなった。


 ペプシが、うちに来た晩の話。