a branch road <分岐点>



クリームの甘い匂いと紅茶の香りが広がる部屋の中。
豪はものも言わずにじっと1点を見つめていた。

豪に見つめられているショートケーキは コンビニで売っている2コ入りのカットケーキ。
さほど値がはらないそれは、容赦のないクリームの甘さで 本来のケーキの味などよくわからない。
その代わりと言ってはなんだけど。
お湯を適温に沸かし、充分に葉っぱを蒸らしてと、 きちんと手順を踏んで淹れた紅茶は絶対美味しいはずなんだ。
もちろん、必要以上に冷めてしまわなければ、の話だけど。



「豪・・・・・お前は一体何を拗ねてるんだよ」


シビレを切らして僕が口を開くと豪はスイと視線をケーキから外した。
一瞬だけ僕と目を合わせると今度はため息。

・・・・・・・・・・・ため息つきたいのはコッチだっつーの!


今日くらいは豪のこと怒らないでやろう、という
寛大かつ篤実な気持ちで激昂しそうになるのをグググッとおさえる。
そう、豪が無事、高校合格を決めた今日くらいは。


なんとか怒鳴ることも拳を繰り出すことも留まった僕だけど
豪が何を拗ねてるのかはさっぱりわからない。
買ってきたケーキは安物だけど、豪がそんなことにこだわるとも思えないし。
この僕が淹れてあげた紅茶は実は前に豪が美味しいと言っていたのと
同じのを、今日の為にわざわざ都内まで行って買ってきてやったものだ。
   もちろん、そんなことは絶対教えてやらないけど。
弟の高校合格でこんなにも祝ってくれる兄が、この世の中にどんだけいると思ってるんだ。
一体なにが不満なわけ?



「あのなぁ・・・・・」

再び僕が口を開くと豪がじぃっと僕の目を見る。
それに気圧されて続く言葉が出てこなかった。
言葉を飲み込んだ僕を見届けるとまたふいっと視線を落とす。
そして、やっと、重い口を開いた。

「・・・・・・・・・が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って」

「は?」

思い切りが悪いな!
余計なことはベラベラしゃべるくせに。
何か文句あるならはっきり話せ!
お前が頭使うとろくなことになんないんだよ、この直線バカ!

再び奇跡の忍耐力でなんとか悪態を心のうちだけにとどめる。
この憂さは、いつか晴らす。
今日じゃなくても、何かの時にまとめて、絶対晴らす!
と、心に誓いを立てながら。


「だから・・・・・河野が・・・」
だいたい、なんで目を逸らすんだよ、話をする時には目ぇ見て話せって躾てきたはず・・・
と、心の中で続いていた文句が豪の発した(本日初の)意味のある単語で中断された。

「・・・・・コウノ?」
って誰?コウノ、コウノ、コウノ・・・・・あ。
「・・・・・・・・・河野くん?」
河野くんというのは、僕が中学の時に生徒会で一緒になった後輩で 今年は確か豪と同じクラスだったハズだ。
僕が通ってる高校を受験するってゆーんで何回か勉強をみてあげたことがある。
で、その河野くんが何だ?

「星馬先輩のおかげで無事合格できたから礼言っといてくれって・・・」
そっか、ウチの学校も今日合格発表だったっけ。
ってゆーか・・・・
「なんで、それでお前が不機嫌になるんだよ?
 お互いめでたくてよかったじゃないか。」
自分だけ不合格だったとかいうならともかく。

「・・・・・兄貴のおかげってどういうことだよ?」
キッと睨みつけてくる視線に、やっと言いたい事を理解する。
あぁ・・・つまり・・・・・

「ヤキモチ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

沈黙は肯定ととるぞ。
反論してきたとしても、肯定ととるけど。
はぁ。
今度は僕が大げさにため息をついてみせる。

「3ヶ月くらい前に偶然、図書館の自習室で会ったんだよ。
 そしたらウチの学校受けるって言うから
 たまたま時間が重なった時だけ、勉強見てあげてたの」
お互い利用頻度が高かったから、その"たまたま"は、結構な確率だったけどね。
やましい事なんてひとつもないけど、余計なことは言わない方が無難だ。
「っても、河野くんてもともとウチの学校は合格圏内だったし
 別に僕のおかげってわけでもないと思うけど?」

「なんで俺に言ってくれなかったんだよ」
「言うほどのことじゃないだろ。
 別に待ち合わせして会ってたわけでもないし」
「偶然でもなんでも俺に内緒でコソコソ会ってたのがムカツクんだよ!」



ちょっと待て。
    コソコソ(怒)?


「やましいことがないんなら言ってくれればよかっただろ?!」


へぇ・・・頭の出来がどこかよくない弟のために
お前でも解り易いような用例が載ってる参考書とか問題集なんてものを
わざわざ探しに図書館まで足を運んでた僕にそういう口を利く?

「豪・・・僕が1度でも図書館に行くとき着いて来るなとか言ったことがあるか?
 それどころか何度も誘ったよな?図書館一緒に行くか、って。
 それを『静か過ぎて落ち着かない』だの『あの空気がヤダ』だの言って
 断ってたのはどこの誰だ?」

「それは・・・」

「いいよ、どうせ僕のことなんて豪は全然信用してないんだよな?
 今までは何もなかったけど、僕、本気で河野くんと浮気しようかな」

あ、本気だったら浮気じゃないか。

「河野くんって、どっかの馬鹿みたいに生意気な口きかないし。
 勉強だって、教えたことは次に絶対間違えないから教えがいあるし。
 それに、面白い話もいろいろ知ってるから話してて楽しいしね」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「豪、僕が河野くんに聞いた中でも一番面白かった話を教えてやろうか?」

ここはニッコリと、笑顔で。





「教生の女子大生が来た時、お前、年上落とすのは得意だって大見得切ったんだって?」










豪。顔が真っ青だぞ。
顔面蒼白ってこういうのを言うんだろうな。


「で、その教生と美術準備室で・・・・」
「うわぁぁぁぁ!!!わかった!もうわかったから!!!」
「なんだ、こっからが面白いのに」
「ごめんなさい。
 俺が悪かったです」
いつのまにか正座になってる豪が肩を出来る限り小さくしている。
「で、でもその話はちょっと俺が見栄張っちゃって、おまけに噂に尾ヒレがついて、
 だから、つまり、俺別に圭子ちゃんと何かあったわけじゃ・・・・」
「ふーん・・・ケイコチャンてゆー名前なんだ?」
はっ!としてるアホ面に容赦なく冷たい視線をあびせる。

「ちちちち違うんだってば!マジで、俺、烈兄貴一筋だし!
 なぁ、信じてよー!」

すっかり立場が逆転。
いじめるのはここまでにするか。
一応、今日のコンセプトは「何があっても豪に優しく」だしね。(そうだったの?)
それに、

「豪がその教生と何もなかったことくらい、わかってるよ」

じゃなきゃ、今引き合いに出したりしないしな。
そりゃ、河野くんから話を聞いた時には、豪をどんな目にあわせてやるかとざっと100通りくらいの 復讐方法が頭を巡ったけれど。

落ち着いて、ちゃんと頭を働かせればわかる。
どうせ引っ込みがつかなくなった豪がクラスメイトに大口たたいたんだろう。
念の為、ジュンちゃんにも裏を取った。(事実をきちんと裏付けるのは信用とは別問題だ。)
豪だって、気持ちの上で嫌だと思ったとしても、わかってるはずだ。
別に僕と河野くんがなんでもないってことくらい。

なので、キッチリ白状してもらおう。

「で、家に帰ってくるなり、ぶすっと押し黙って
 僕が手間かけて入れた美味しい紅茶を冷めさせてまで
 ほんとーに、言いたかったことはナニ?」
「うっ・・・」

この期に及んで逃げてみろ、今まで抑えてた分、倍にして張っ倒すぞ?















「・・・・・受験する時からわかってたけど、」

「うん」

「合格して、学校決まったら・・・俺、ホントに烈兄貴と違うとこ行くんだなって思って」

「うん」

「去年、兄貴が高校決めた時、絶対同じトコ行くって思ったのに」

「でも、豪は自分のしたいことがその学校にあるから其処に決めたんだろ?」

「・・・・・・わかってる。
 だから、別に後悔とか、そゆんじゃなくて」

「うん」

「・・・・・・・・・・・・・」

「それで?」

「わかってても、でも、やっぱなんか嫌で、なのに
 河野のバカは春からまた星馬先輩と同じ学校だ、なんて、笑ってるし」

「うん」

「・・・・・・別に、兄貴と河野がどうとかはそーゆうのはないって判ってたけど」

「うん」

「俺、この1年だって、兄貴と学校違うの嫌だったのに、
 また3年間も・・・・・別の学校行くんだと思ったら・・・・・・・・」

「うん」

「八つ当たりだと、思ったけど」

「うん」

「すっげムカついて・・・・・・淋しかった」

「そうだな。
 ・・・・・・・僕も、淋しいよ」

「ッ?!」

なんだ、その心の底からビックリしてます。って顔は。

「・・・・・兄貴、淋しいの?」
「お前がいない学校生活は、すっごい平和だよ。
 この1年、僕の高校生活ははっきり言って順風満帆。
 ・・・・・でも、それじゃ足りないんだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「豪がいなきゃ、足りない」


今度は豪の顔が真っ赤に染まる。
リトマス試験紙か、お前は。


「だけど、僕はお前にウチの高校来て欲しいなんて思わないし、
 豪がN高受かってホントによかったって思うよ」


だって、学校に豪はいないかもしれないけれど。
家に帰って来た時に豪がいて「おかえり」と言ってくれたりするのは、悪くない。


「例えば、お前が忘れ物しても僕は辞書もジャージも貸してやれない。
 でも、お前の背中を蹴って前日に時間割を揃えさせることは出来る」

「・・・・・・・・・・」

「教室移動の廊下で会った時に飛びついてくるお前を殴り飛ばすことはないけど、
 寝汚いお前に寝技かけて、朝叩き起こすことはできるし」

「・・・・・・・・・・」

「イマドキ、廊下に立たされるなんてバカな弟に恥じかかされることはなくなったけど、
 人様の夕飯のおかずを掠め取ろうとするバカには毎日苦労させられっぱなしだ」

「・・・・・・・・・・」

「何か質問は?」

「・・・・・俺、もしかして愛されてる?」

「それは自分で判断しろ」

「・・・・・・できれば殴ったり蹴ったり、寝技かけたりの部分だけ抜いていただけると、
 感極まって泣きながら抱きついたりしそうな勢いなんですが」

「お前の八つ当たりもいいとこな拗ね方のせいで機嫌損ねてるから、却下」

「どうしたら、機嫌直る?」

「・・・・・・・・・・・・・とりあえず、紅茶淹れ直して来い」

「りょーかいっ」


ポットとカップの乗ったトレイをひっつかんで階段をおりてゆく。
タンタンタンッという軽快な足音とカチャカチャとカップがこすれ合う音が響いてくるが、
途中で一際大きなガチャンと言う音と、ぎゃぁっという可愛くない悲鳴が聞こえてきた。
・・・・・・カップの紅茶、こぼしたな。


  「母ちゃん、雑巾ちょーだい、雑巾!」
  「今度は何やったんだい?!」

自分が怒鳴られるのは勘弁だけど、
こうやって階下から聞こえてくる、母さんの豪を叱り付ける声も実は好きだ。
その時の豪の様子が手に取るようにわかるから。

一緒にいる時間が減った分、そんな些細なことまで一つ残らず、
全てが僕の大切なものになったということまでは豪に言うつもりはないけれど。



とりあえず、河野くんには可愛い彼女がいることくらいは
合格祝いに教えてやろう。







END

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50,000サンクスフェア第3段です。(1&2はWJnovels)

タイトルは本当は「a parting of the ways」とかにしたかったんだけど
これだとあまりにズバリで他のSSと統合性がとれないのでこうなりました。
意味が微妙におかしくない?とか言わないのが優しさです。

で。
・・・河野ってダレ?(笑)
もうオリキャラは出さないんじゃなかったのか?
いや、もう2人だけの話は限界だ。
これからはガンガン出してこう。そうしよう。<開き直ったー!