last resort −Side;Retsu Seiba








3度目のスリープタイマーをかけたお気に入りのCDがプツリと途切れた。
途端に部屋に広がる耳障りな静寂。
どうしても訪れてくれない眠気に見切りをつけて烈がそっと瞼をあげると
すっかり慣れている目に薄暗い天井が映り、訳もなく溜め息が洩れた。
眠くもないのに布団にくるまってるのもなんだか鬱陶しくてのそのそと体を起こす。
小さくしていたステレオのボリュームを更に絞って、CDをかけなおすと、
微かに流れる音楽にほんの少し、気持ちが和らいだ。







眠れない夜が続いていた。
豪が部屋を訪れた、あの日から。

眠れないだけじゃない。

豪のことを思い浮かべると、お腹の上のあたりがぐるぐると気持ち悪くなる。
これも、あの日から、同じだ。
その上、豪が視界に入ると胸までもやもやしてきて、気持ち悪さ倍増。





この気分の悪さによく似た感覚を知っている気がした。





















  幼かった自分。




            何日寝ても慣れることのなかった病院のベッド。




      TVから聞こえる遠い歓声。
 



                   豪との距離。














あの頃のことを思い返して、自分でも気づかないうちに眉間にしわがよる。


これは、幼なじみの3角形から一人だけ外されてしまった疎外感?
そんな子供じみた嫉妬で、こんな気分になるなんて。


胸の気持ち悪さが喉元までせり上がってくる気がする。


気分の悪さを振り切るように軽く頭を振ると、水でも飲もうとベッドを抜け出した。






















階段を降り、そっと音を立てないよう気を付けながら両親の寝室の前を通る。


子供の頃は夜中の廊下が怖かった。
見慣れた壁のカレンダーも、洗面所のドアも、全てが恐怖の対象で。
夜中、トイレに起きると一人の部屋に戻るのがイヤで
寝ぼけたふりして豪のベッドに潜り込んだ。
何がそこまで怖かったのか、今では不思議なくらい。
・・・・・まぁ、今でも、ソッチ方面が苦手なことには変わりないけれど。


すっかり闇に慣れてしまっている目で水を汲むのは容易な作業。
キッチンに手をつきながら一気に飲み干すと、ふぅっと息がもれる。
思っていたよりも喉が渇いていたらしく、喉を鳴らして飲んでしまった。



「おー、いい飲みっぷり」


突然、後ろからかけられた声にビクリと体が固まる。
ゆっくり息を吐き出して、ボクは声の主を睨み付けるように振り返った。

「いきなり声かけんなよ、驚くだろ」
「悪りー、悪りー、オバケかと思ってビビッちまった?」
「オバケの方がまだ可愛げがある」
「可愛い弟つかまえてヒドイッッ」

よよよ・・・と泣き真似をする豪に「アホ」と手刀でツッコミを入れ
使ったコップを洗う為に水を出す。

「あ、オレも飲みたい」

横から伸ばされた腕にボクの手の中のグラスは簡単に奪われ、
豪はそのまま波々と水を注いだ。
濡れたままのグラスから雫が落ちるのも気にせずに豪はそれを口にする。
先程の自分と同じようにゴクゴクと音をたてて水を飲む豪の
ひと口ごとに上下する喉を見ていたら、なぜか胸がざわりと音を立てた。
それに気付かれたくなくて、そこから目をそらす。


「かーっ、うまかった」

「バカ、も少し声抑えろよ」


豪は、悪い、と目線だけで謝ると、使ったグラスをすすいいで、水切り桶に伏せた。
すすいだというよりさっと水を通しただけというカンジなのが目に付いたけど
口を挟むのもめんどくさくて黙認する。


「こんな時間まで何してたんだ?」

こっそり、内緒話でもするようなトーンで声を出す。

一度寝た豪が夜中に目を覚ました、というよりは
夜更かしして今まで起きてた、という可能性の方が断然高い。


「んー、別に何もしてないけど。
 なんとなく、起きてた。
 烈兄貴こそ、こんな時間に起きてるのめずらしーじゃん」


しかたないだろ、眠れないんだから。


「・・・・・・兄貴さぁ・・・」

「・・・?」

豪の呼びかけに顔をあげ、目線をあわすと豪の大きな手のひらが遠慮がちに自分の頬に触れた。

「・・・・・・寝てないの?」

豪の親指が、そっと目の下をなぞる。
このところ眠りの浅いボクは目の下にうっすらクマができていたから
それをなぞってるんだろうと思い当たる・・・・・・が。

刹那、鮮烈に思い出す、豪の唇の感触。

明かりを点けていないキッチンは、窓から入ってくる月明かりだけが頼りで。
赤くなっているであろう顔は見られないですんだけれど、きっと豪にはバレバレだ。

だって、こんなに顔が熱い。
特に豪の触れてる場所が。
水にさらされて、豪の手は幾分ひんやりしているにも関わらず。


心臓が暴走をはじめて、思考もまとまらない。

この手をどけなきゃと思うのに、それもできない。



とにかく、何か言おうと息を吸ったところで、
豪の触れている方の目から、ポロリと雫がこぼれた。



豪が息を飲むのがはっきりとわかって。




ボクは乱暴に豪の手を払いのけると、自室へと駆け上がった。
ドタドタという音に両親は目を覚ましてしまったかもしれない。


部屋に戻りパタンとドアを閉めるとその場にしゃがみ込む。




もともとスキンシップ好きの弟が、自分に触れてくることなんて珍しいことじゃない。
ここのところ、顔色が悪いのも自覚してたし、豪は自分を心配してくれてただけだ。


なのに、どうして、自分は、あんな      。





息苦しさを覚えて、胸の辺りをパジャマの上からギュッと握りしめる。













           胸が苦しい。















何故こんなことになった?


明日、両親に何か聞かれたらどう答えよう?


どうして、こんなに胸が苦しい?


なんで、自分の涙は止まらない?


豪は自分のことをどう思った?









頭をかすめる無数の疑問に、頭の中はパンクしそうだったけど。

心臓は、あいかわらずうるさくて鼓動が静まる気配はなかったけれど。








だけど。





胸の苦しさはそのままか、もっとヒドくなってるくらいなのに。




不快な気持ち悪さは、消えていた。












呼吸をおちつけて、のろのろと動き出す。

いつもなら数歩の距離をことさら時間をかけ、
やっとベッドまでたどり着くと、カーテンの隙間から月が見えた。

光と闇が対称となった、綺麗な半月。



その闇に隠れた部分がまるで、自分自身の見えない心のようで。
カーテンの隙間をきっちり閉めると布団にもぐりこみ、枕に顔をうずめた。
そうすると、周りの音が遠くなる。



カチカチという時計が刻む正確な音も。

キィンと耳に響く、少しうるさいくらいの静寂も。

パタンという隣の部屋でドアを閉める音も。











今は、何も聞きたくないと思った。












END & the next ・・・? ◇aiko's NOVEL TOP

副題「星馬烈、遅い初恋にトキメキ注意報」(死) いやいやいや。 今までもね、可愛い女の子に可愛い恋心なんかは抱いてたりしてたと思うんですが。 だってこの烈、高校生だもん。こんな鈍かったらヤだよ、アタシ。 ただ、今回は今までの淡泊な恋(笑)とは違ってよ?ふふ。 めちゃめちゃ予定調和な終わり方ですが、一応コレでlast resortは終了デス。 今回は豪とジュンちゃんの別れがメインなので。 <その割に烈で始まり烈で終わっている(爆)。 少しブランクあけてから、この後のゴーレツメイン話を・・・ ・・・・・・・・・・・・書く気はあるらしーです・・・・・・(信用ならない)。 そんなこんなで。ムダに長くなってしまったこのお話を、 最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございましたv