「しっと」






11月の第二土曜。今日は学校は休み。父さんは仕事、母さんはPTAの集まりで
学校に出かけていった。

母さんの用意してくれたお昼ご飯を食べて、豪と一緒に台所で皿洗いをした。
お皿を片付けて僕がタオルで手を拭きながら居間に戻ると、先に戻っていた豪が寝転んで
コロコロを読んでいる。

「ごお、ちゃんと手、拭いたのか?」
「んー?拭いたぜちゃんとー。」
コロコロから目を話さずに答える豪の、ズボンの縫い目の所が濡れている。
「・・・おまえ、ズボンで拭いただろ・・。」
「んー?ああー。」
気のない返事をする豪。・・・まったくこいつは〜・・。
「ほら。これで拭けよ、豪。」
 豪の前に立ちはだかって、手に持っていたタオルを落とす。豪は相変わらず、
コロコロに目をやったまま背中の上のタオルを手にとって、ゴシゴシと手を拭く。
「ほら、拭いたらこっちによこせよ。」
「んー・・。」
寝転んだままでタオルを僕のほうにさし出す。僕はそのタオルを手にとって、
洗濯機の近くのカゴに入れた。

学校がある週だったら、帰ってきてからソニックの整備をするんだけど、今日は午前中
のうちにやっちゃったから、お昼過ぎは、何にもやる事がない。
・・・・僕も漫画よもっと。
「ごお、『がんばれ!キヨハラくん!』借りていいかぁ?」
「ん?ああー。机の上にあるぜー。」
「・・・わかった。」
豪の答えを聞きながら、僕はとてとてと階段を上って豪の部屋に入っていった。

豪の部屋。
僕の部屋と壁一枚挟んだだけなのに。
いつもなら、豪が机の上なりベットの上なりに座っていて気付かないけど。

・・・いつも見慣れた豪の部屋なのに、豪の部屋に僕が独りでいると、何だかちょっと
不思議な感じがする。豪はいないのに、豪がこの部屋のいろんな所にいるような感じが
して。
・・・豪の匂いでもするのかな?・・・わかんないや。

僕は机の上にあった「がんばれ!キヨハラくん!」を手に取った。その横にはマグナムが
置いてある。その横にはビン入りの接着剤がある。あるけど・・フタがあいたままだ。
・・・まったく・・だらしがないなあ。もお。
ぼくは接着剤のフタをして豪の部屋を出た。
「ごお、お前、接着剤のふた閉め忘れただろぉ。閉めといてやったぞ。」
階段を下りながら豪に向かって言う。
豪からの返事はない。
「ごおー?」

僕が居間ののれんをくぐると、さっきまでコロコロを読んでいた豪は、いつのまにか
コロコロを枕にして、横向きになって寝ていた。相変わらず寝付きが早い。
「ごおー?そんなトコで寝てると風邪ひくぞ?・・・ごおってばー。」
豪の背中をゆすってみる。
「・・・んんー・・・れつ・・あにき・・・・・にゃ。」
完全に寝てるな、こいつ・・。しかたないなあ。まったくぅ・・。
僕はあきれて肩をすくめると、隣の部屋の押し入れから薄手の毛布をとってきて、
豪に被せてやる。・・・手間がかかるんだから・・こいつは。
豪に薄手の毛布をかけてあげた僕は、豪のかたわらに寝転んで、豪から借りた漫画を
読み出した。

僕が漫画を半分ぐらい読んだところで、豪が何か言いはじめた。何か夢を見ている
らしい。
「んー・・。・・・マグナムとる・・ねぇどぉ・・。」
何の夢を見ているかは・・・大体わかる。まーたどこかのコースを走ってるな?こいつ。
僕は豪の寝言は無視して、漫画に戻ることにした。豪の寝言はまだまだ続いている。
「れつ・・あにき〜〜。」
いきなり名前を呼ばれて、思わず漫画から目をはなす。
「・・・にゅう〜〜。ソニッ・・ク仕上がり・・いいじゃん。。かぁ・・。」
どうやらまだコースを走ってるみたいだ。
「・・・いけ・・ぇ、まぐ・・にゅむー。・・・」
口もとからよだれを垂らしながら、豪の寝言は延々と続く。
・・こいつ、こんなにペラペラ話しながら・・・よく寝れるよなー・・。
「れきゅう・・あにきぅ・・・。」
・・・だから、僕がどうしたっていうんだよ、ごお・・・。
半ばあきらめ調子で豪の寝言を聞く。

「まぐにゃむはぁ・・むてきだじぇ・・。」
しばらくすると、夢の中のレースも佳境に入って来たのか、豪の声も大きくなってくる。
「みゃぎゅ・・・なむ・・だいなまい・・とぉ」
「やったにゃあ。・・まぐにゃむぅ・・。マグ・・む、世界一・・だじぇ・・」
・・・豪はどうやら優勝したらしい。
「あに・・・きぃ・・みろぉ・・おれのぉ・・まぐ・・むはせかいい・・・ち・むゃ。」
マグナムマグナムマグナムって・・・。幸せなやつ。
いつもそればっかりだな。・・おまえは。

・・・あれ?なんで僕、いらついてるんだ?

僕は読んでいた漫画をぱたんと置いて立ちあがって、台所に向かう。
・・喉乾いちゃったから、何かのもっと。
棚からコップを取って、冷蔵庫をガチャッと開ける。中にある牛乳をコップに注いで
飲もうとしたとき、豪が顔をこすりながら台所に入ってきた。
「ふぁぁ・・。あにき、おぁよぉ・・・オレ、寝てたかぁ?」
「ああ。・・・・おまえ、口んとこ、よだれの跡。・・きたないぞ。」
「んっ?ああ・・。」
シャツの端っこでゴシゴシと口もとを拭く豪。・・やっぱりきたない。
「なあ、アニキ、聞いてくれよ兄貴!オレ、夢ん中でカルロたちとレースしたんだ!
んでもマグナムがさ、こぉ、マグナムトルネードで優勝したぜ!いいだろぉ」
嬉しそうに豪が僕に言う。
「・・・ふうん、大好きなマグナムでぶっちぎって良かったな、ごお。」
気のない返事をする。別に・・・優勝でもなんでもしてればいいんだ、豪なんて。

・・?だからなんで、僕、いらついてるんだってば・・?

「・・どしたんだ?あにき?・・・何か変だぞ?」
「・・何でもないよ。」
僕は手に持っていた牛乳を一気にのみ干す。
「なあ、どしたんだよ!ぜってー変だって!アニキ!」
「だからっ!なんでもないって言ってるだろぉっ!」
「違うっ!違うぞっ!烈兄貴っ!ぜってーアニキ怒ってるだろぉ!」
豪が詰め寄る。
「そんなことないってばっ!」
「嘘つけっ!」
「怒ってないっていってるだろっ!…ただおまえ、2回多いんだよっ!」
!!・・僕は慌てて口を押さえる。
「・・・はぁ?・・・2回多い・・って?何のコトだよ?アニキ?」
僕の言葉を聞いた豪は、わけがわからずにきょとんとしている。
・・・あちゃぁ・・。思わず言っちゃったよぉ・・・。
「なっ、・・何でもない!」
僕はちょっと焦りながら、早足で階段を上る。
階段を上り終えたとき、下から豪が僕に話し掛ける。
「ちょ、ちょっと待てよアニキっ!」
「何だよ?ごお?」
「なあ、今の何なんだ?2回って・・・俺わかんねえよ!」
「・・・別にわかんなくていいって。僕ちょっと昼寝するから、起こすなよ。」
内心あせりつつ、話題をすり替える。

「え?あ、ああ。・・オレ、マンガ読んでるから。」
豪の考えてることは顔に出るからすぐわかる。
多分・・僕の言った事について考えてる、そんな顔。

僕は部屋のドアを開けて、ベットに飛び込んだ。
・・こんなにドキドキしてたんじゃ・・・眠れないよぉ。
壁のほう横になって枕を抱いて、豪のことを考える。
大体いつもあいつはマグナムマグナムマグナムって・・。
・・少しは僕のことも気にかけてくれたっていいじゃないか。
さっきだって、僕が毛布かけてあげなかったら絶対風邪引いてたんだぞ。
・・ぼそぼそっと言葉にならない言葉で言う。
「豪の・・・わからずやっ・・。」
声に出して言ってみる。少し落ち着いたかもしれない。
「ごお・・。」
目を閉じているうちにうとうとしてきて、僕はいつのまにか眠っていた。

・・・

窓からさしこむ、傾いた太陽の光で、僕はちょっとだけ目を覚ます。
まだ頭がボーっとしている。・・・豪、まだ下でマンガ読んでるのかな?
そろそろ母さん帰ってくるだろうから、起きようかな・・としたとき。
・・ドアが小さな音を立てた。
「あにき・・?・・・まだ寝てる?」
小声で僕を呼ぶ。・・・・豪?
思わず目をつぶって寝たふりをする。
静かにドアを開けて、できるだけ音がしないようにして近づいてくる豪。
僕が寝ているベッドの横で足音が止まる。足音は静かだけど、落ち着いてない様子が伝わってくる。
「あにき・・?ねてんのか?」
返事は返らない。
「寝ててもいいや。ゴメンな、烈兄貴。」
豪が小声で話し掛ける。
「オレ、わかったぜ。・・寝言でずっとマグナムマグナムって言ってたんだよな・・?
・・そだろ??・・・だから、ゴメン。・・でも言っとくけど、ちゃんと烈アニキだって
夢ん中にいたんだぜ?・・・おれ、優勝したとき真っ先に烈兄貴の床に行ったし。
・・でも、なんかマグナムのことばっかり言っててゴメンな。」
胸がドキッとする。
「・・だからさ、今、兄貴寝てるけど、今のうちに言っとくな。」
豪、もしかして・・ずっとそれ考えてたのか?僕が寝てる間。
「えっと、マグナムは2回だったよな。・・・じゃあ、アニキは3回な。」
いや・・、回数の問題じゃないような気もするけど・・。ま、いいか。
「えへへ・・なんかちょっと恥ずかしいな。・・じゃあ・・。」
どうしてかわからないけど・・心臓が・・どきどきする。
「・・・・烈兄貴・・えへへ、れつあにき、・・・・れつ、あにき。と。
・・・これでいいか?」
ちょっと照れながら豪が言う。
・・なんでだろ。ただ、豪が僕の名前を呼んだだけなのに・・・。安心する。
僕がじっとしていると、豪が続けた。
「・・でもさ、烈兄貴、・・兄貴が怒ってんのって、「しっと」って言うんじゃねえのか?
・・・にしし☆」
・・・前言撤回!こいつ・・・。
「なんだよっ!そんなわけないだろっ!」
思わず跳ね起きて豪に言う。
豪がびっくりしたように僕を見ている。
「あれ!?兄貴、起きてたのか?」
「ああ、起きてたよっ!豪、僕は「しっと」なんかしてないからなっ!」
「え?そーなの?オレ、兄貴がマグナムにヤキモチ焼いてるよーにしか見えなかったぜ?」
あっけらかんとして豪が言う。
「そ、そんなことない・・っ。」
・・・顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「あれ?あにき、赤くなってんじゃん!にしししし☆」
「う、うるさいっ!」
あせって余計に赤くなってる自分に気がついて、思わず横を向く。
「へへへ〜。でも兄貴、ちゃんと聞いててくれたよな!?」
豪に言われてドキッとする。
僕の向いている方に回り込んで続ける。
「オレ、ちゃんと兄貴のこと考えてるってこと、わかってくれた?」
「・・わ、わかったよ。」
「そっか?・・・えへへ☆」
照れる豪。
「・・・ぷっ。あはっ、あははは」
そんな豪を見ているうちに、つい僕はおかしくなってふき出してしまった。
「へへへ・・・ぶあはははっ!」
つられて豪も笑い出す。
僕は笑いながら、涙が出そうになるを必死にこらえていた。

・・・どうして涙が出そうになるのかはわからないけど。


・・・・


僕たちが笑っていると、不意に玄関が開く音がした。母さん、帰ってきたみたいだ。
「ただいまぁー。烈ー?豪ー?ケーキ買ってきたわよぉー。」
「なに?ケーキー?今行くー!」
「ケーキ」という言葉にすばやく反応する豪。
「いこーぜ、あにき!ケーキだって!」
「お、おい、豪っ!」
僕の手を引いて部屋を駆け出す豪。
「かーちゃーん!ケーキって何ケーキ?」
「イチゴショートだよー。」
「やっりー!なあ、あにきあにき・・・あのさぁ。」
豪が僕のほうを向いて言う。やっぱり顔に書いてある。
「イチゴだろ・・・・俺のも食べていいよ。」
「え?マジマジ?やりぃー!言ってみるもんだぜっ!」
無邪気に喜ぶ豪。

・・・ま、今日は少しだけやさしくしてあげよっか。
・・・豪の手に強く握られた僕の手を見ながら、僕はくすっと笑った。

                                   Fin

1011092030 遊佐某





素敵ですねー☆ これぞ、ゴーレツ!!って感じです。 こんなラブラブリーな星馬兄弟をありがとう、遊佐さん!! <by あいこ> NOVELのTOPへ戻る HOMEへ戻る