「幻想華火談」





 暗闇に原色のライトが散らばってまるで宝石箱をひっくり返したよう。
商店街を埋める人の波も幻のように立ち代わり入れ替わり。
豪は誰かに呼ばれたような気がしてびくっとして振り返ったれけど、
そこに見知った顔はなく、浴衣姿の大人達を見上げるばかり。
頭の上を通り過ぎる談笑。
「ったく、兄貴の奴、どこ行っちまったんだよ」
今夜は夏の終わりを飾る花火大会。
豪は立ち並ぶ夜店に囲まれて、ぼんやりと夜空を彩る大輪の花を見上げた。
もうすぐラストの仕掛花火の時間じゃねーか、花火大会が終わっちまう。
同じクラスの奴はあちこちで見つけるのに、どこにも烈の姿はない。
まさか、もう帰っちまったってことはねえ・・・よな。
俺に黙って勝手に帰るなんてことあるわけねえし。
・・・そんなのねえよな?

「・・・!。あ、兄貴!」
前方の人込みに消えていった姿が、烈の背中だったような気がして慌てて追いかける。
器用に大人達の足の間を潜り抜けて追いついた。
「兄貴!あに・・・き・・・?」

 どーん・・・。打ち上げ花火の音が通りのざわめきに重なる。
まるで決められたように動く人の群れに、豪の探し人はおらずふっと力が抜けて、周囲の雑踏が耳に付いた。
視線を泳がせたまま立ち止まると、行き交う人の足がこつんと当たってつんのめる。
どこ行ったんだよ?今、どこで何やってるんだよ。
もうこんなに真っ暗なんだし、一人で帰れるわけねえし。
兄貴だって、俺の事捜してるよな?
まさか、誘拐されたとか・・・いくらあの烈兄貴でもそれはないよな、でも・・・まさかな、はは。冗談じゃねえ。

 連続して打ち上げ音が起こり、人々が足を止めて一斉に夜空を見上げる。
咲き誇る色とりどりの華、沸き上がるどよめき。
「まさか、どっかでのんびり花火見てるなんてことねーよなー?烈兄貴ーどこだよー、うー」

 ただでさえ曖昧な夜店の風景が、潤んだ瞳にぼやけて映る。売り買いの声が急速に拡散して豪が一人取り残されそうになった時、トーンの高い声が繋ぎ止めた。
「豪!豪!ごー!」
慌ててごしごしと目をこすって振り向くと、手に氷を持った烈が立っている。
どうって事ない、いつもの烈兄貴、対して俺は・・・。
「兄貴?・・・心配した?」
「ばか、あきれてんだよ、ったく、どこ行ってたんだよ!捜したぞ、豪!」
右手でブルーの蜜がかかった氷を手渡しながら烈は愚痴愚痴とお小言。
「お前のせいで仕掛花火が見られなかったじゃないかー」 
川岸に目をやると散り逝く仕掛花火。観客もぞろぞろと帰り支度。
「なんだよ、兄貴が勝手にいなくなるから」
「勝手にって・・・それはお前の方だろ。俺のせいにするな」
人込みを避けて二人は近道をする。
人影まばらな神社の境内を抜けるころには氷も溶けてしまっていた。
甘く冷たい水を啜って、豪は口を尖らせる。
「俺のせいじゃねーよ」
「お前が大人しくしてれば迷子になる事なかったのになー」
「なんでそーゆー風に言うんだよ!」
迷子は兄貴も同じじゃねーか、俺ばっかり子供扱いすんなよ!
境内に続く階段は普通の階段より高い。
バランスを崩した豪は手足をばたばたさせていたが、幸か不幸か履きなれない下駄は無情にも豪を支えきれなかった。
「うわっ!」
「ごっ、ごーっっ!わあっ!」
慌てて手を伸ばした烈も、足を踏み外して石造りの階段を転げ落ちた。

いってえーっ。階段で足を滑らせるなんてついてねー、じんじんと打った腰に手をやる。
?・・・あれ?
「あれ?豪?」
動かそうとした手にはお財布がしっかりと握られ、がま口をぱちんぱちんと閉じたり開けたりしている。
それがまるで合図のように周りの音が聞こえてくる。
目の前には喧騒に満ちた夜店が立ち並ぶ商店街が広がっていた。
「ごーどこだー」 
その上、耳に聞こえる声は、聞き覚えのない声。でも、知っている声で・・・。
「ったく、どこ行ったんだ?」
兄貴の声だ。????? 
うお、ダメージ9999!って言ってる場合じゃねーよ。
一体どーなってるんだ、階段から落ちたのになんでまたここに戻ってきてるんだ?
しかも、花火まだやってるじゃねーか、あれー?っかしーなー?

ヤバイ、豪とはぐれたな・・・。
───え?今の?
こんな時に・・・早く見つけないとまずい、よなー。
───烈兄貴の声?じゃないみたいだけど、烈兄貴で・・・。
てくてくと商店街を河川敷の方に向かって歩き出していた。
目に映るのはうまそーなたこ焼やいか焼きやフランクフルトを売る屋台なのに、なんて言うか買うつもりはないらしい。
屋台の前の人込みをじっと見てはすぐの隣の店に焦点が移っていく。
きっと食い意地のはったあいつの事だから、屋台の前でお預け食ってそうなんだけど・・・。
あっ、トイレかな?
「あれ、烈、どうしたの一人?豪は?」
「それが、あいつ迷子になっちゃったみたいでさ、見つけたら花火見て、さっさと家に帰ってろって言っといて」
───れっ、れーつー!?
ジュンちゃんにまで迷惑かけて、もー豪の奴。このお小遣いは迷惑料で全部俺が使っちゃうぞ。
烈は中の千円札を覗き見て、派手な音をたててぱっちんと財布の口を閉める。
あーあ、今頃焼きそばでも食べながらのんびり花火を見てたはずなのに。
なんでこうなっちゃうんだろ?
───なんか、さっきより視界が広い気がする!?だってさっきは見えなくてジャンプしたのに、
   今ははたこ焼8個入ってるって見えるもんな。これってもしかして・・・。
花火を見に来た観客に流されながら、右に左に商店街を歩いて豪を捜す。
このすごい人の中から豪一人を捜さなくちゃいけないんだ、はあ。
ちゃんとあいつを見張ってなかった俺が悪いんだけどさ、ちょっと目を離した隙にどっか行っちゃうんだから・・・。
迂闊だったよなー。
───俺、もしかして、烈兄貴になっちゃったとか?
「これからは首輪しないとだめかな?ぷっ」
しっぽをふりふりして、首に青いベルトの首輪してきゃんきゃんうるさくってさ。
居場所が分かるように鈴付けとかないとなあ。あっ、それじゃ、猫か。ぷくくー。
「あっ、いけないいけない、豪を想像するんじゃなくて、捜すんだった。ごおー!ごおー!」
浴衣姿の大人達に混じって、屋台の前を重点的に捜す烈。
こんな事なら前もって集合場所でも決めておけば良かったと後悔するが後の祭り。
こんな風にただ闇雲に捜したって見つかるわけないのに・・・。
何度も振り返りながら前に後ろに豪を捜して、人込みに混じって土手までそぞろ歩く。
手にはお財布をしっかりと持って。
───じゃあ、なんで兄貴の声が聞こえてるんだろう?
どーん。どーん。豪もこの花火見てんのかな?夜空には幾重にも泡沫の花が咲いては散って行く。
一段落付いたところで烈はまた歩き出した。
豪の事だから先に帰ったって事はないだろうけど(まだ、花火やってるし)、
あ、まさか、あいつ、俺が夜だめなのを知っててわざとやってるのか?
───そんなことしねーよ、兄貴。
むっとして速歩きになる。ずんずん来た道を後戻りして、また商店街に来ていた。
幾分人気が引いた屋台、中には店じまいを始めているところもあって、
売れ残った商品を眺めながらぼんやりと空を眺めている。
熱の冷めた商店街に漂う微かな寂寥感。
商店街から花火大会会場の川岸なんて歩いてすぐなのに、全然違う・・・。
今、どこにいるんだよ、豪。 
───ここにいるんだけど。っても聞こえないか。
「このままだと、何にも買わずに終わっちゃうなあ」
烈は屋台を一通り見渡して、氷を選んだ。夜の8時を回っていても蒸し暑い夜だったから。
「わるいなーもうこんだけしかねーんだわ」
屋台の人のよさそうなおじさんが言った通り、
見上げる台に並べられていたのは赤のいちごと黄色のレモンばかり。
でも、まだ氷は残っているみたいだった。
「あの、すいません、ソーダが欲しいんですけど」
───あの氷・・・
氷を手に持って川岸に向かって再び歩き始める。
豪・・・何やってるんだろう。
花火を見てるならいいけど、何かあったんじゃ・・・。
あいつの事だから大丈夫だとは思うけど、どうしてるんだろう?
あーあ、こんでのんきに家に帰ってたりしてさ、心配した俺が損するするんだよな。
でも、もし本当に何かあったんなら、俺の責任・・・兄貴だもんな。
派手な轟音と共にラストの花火が盛大に饗宴される。
夜空が明るく染まり、大小様々な花火が色鮮やかに咲き乱れる。
見上げる烈の大きな瞳にもいくつもの花が咲いては消えていった。
───この花火、さっき見た花火じゃんか、なんで同じもん繰り返して・・・そっか・・・
本当は豪と見たかったのにな、ったく、しょうがない奴だよ。
家からでも見えるのに、あいつが真下で見たいって言うから来たのに。
───過去なんだ。
もう、ほんとうにどうしようもない奴、何であんな奴の事、俺が・・・あっ。
前の人込みの中に草色の甚平。ぽつねんと立つ小さな背中に、あの相変わらずのくせっげわーー。
───じゃあ、ここは烈兄貴の中?今までずっと聞こえていたのは、あの時烈兄貴が思っていた事・・・?
「豪!豪!ごー!」
───あっ、俺が振り返る。

「いってーーっ」
そう言って、じんじんとする腰をさすりながら豪は頭を起こす。
十段くらいだろうか二人が転げ落ちたのは、今は階段の中間地点。
「豪、大丈夫かー」
ほいっと差し出された手は、薄地の甚平から伸びる烈の手。
「あ、兄貴・・・心配した?」
「心配?ああ、お前の石頭で階段が壊れたんじゃないかってねっ!」
今度の烈兄貴も素直じゃねーな、あんなに俺の事心配してたくせに。
兄貴っていつも言ってる事と思ってる事とがあんなに違うのかなあ。
あっ、そうだ。豪は烈の手を掴まずに代わりに手首を掴んで引っ張る様にして立ち上がった。
「・・・。烈兄貴、俺、兄貴の犬じゃねーからな」
烈ははとが豆鉄砲でも食らったような顔をしたが、
すぐに掴まれていた腕を振り解いて一歩引いて頭のうしろで腕を組む。
「俺だって、女の子じゃあるまいしそうそう誘拐されるか、泣き虫のばか豪」 
豪はドキッとして立ちすくんだ。


おわり
キリ番ニアピン賞だったのに、こんなにステキなゴーレツを ありがとうございますっ!! こういうお話をサラッと書かれるだからNさんに乾杯!(謎) ちょっと不思議な体験をした星馬兄弟をありがとう、だからNさん&いやみNさん! <by あいこ>    ★NOVELのTOPへ戻るHOMEへ戻る