「あっ、雪だ……」 闇色に染まった空から、白いモノが静かに落ちてくるのに気が付いて、烈はそっと空を仰いだ。 何時もなら、もうとっくに帰り着いている時間なのだが、今日は偶々先生に捕まって図書室の掃除に付き合わされてしまったお陰で、辺りは既に真っ暗である。 自慢にならないのだが、暗闇を苦手としている自分には、少しばかり心細く感じられてしまう。 「……寒いと思った……」 呟いて、小さく体を振るわせる。それでも舞い落ちてくる粉雪に、心細く感じていたのが少し和らいだのに、烈は苦笑を零した。 「早く、帰らないと……」 舞い落ちてくる雪を見詰めていて、我に返れるとまた歩き出す。 一様家には遅くなると言う電話はしておいたのだが、ここまで遅くなるとは思っていなかったので、思わず早足になるのは仕方ないだろう。 しかも、こんな時に限って、回りには人が誰もいないのだから、心細く思っても許してもらえるだろうか。 「……う〜っ、豪、迎えに来てくれないかなぁ……」 家までは、どんなに急いで歩いても10分以上は掛かってしまう。そんな中、一人で帰るのは、不安に思ってしまうのだ。だから、今ここに弟が居てくれたらいいなぁっと思ってしまうのも、全て心細いから……。 「烈兄貴」 そんな事を考えていたから、幻聴でも聞こえたのかもしれない。突然名前を呼ばれて、烈は驚いて顔を上げた。 「豪!」 顔を上げた先には、自分が先程居て欲しいと思った人物が居て、自分に笑顔を向けてくる。そんな相手に驚いて、烈はその名前を呼ぶ。 「お帰り、兄貴。本当に、遅いんだなぁ……お陰で、かなりの時間待たされて、寒かったぜ。おまけに、雪まで降り出すしよぉ……」 ゆっくりと近付いてくる弟の言葉に、思わず自分の耳を疑ってしまう。 「かなりの時間って……お前、何時から其処で待ってたんだ?」 豪の言葉に驚いて、それを確かめるように自分より幾分高い位置にある顔に、すっと両手を伸ばしてその頬に触れれば、かなり冷たい。 「烈兄貴の手って、すげーあったけー」 自分の頬に触れている手に、自分の手を重ねる。その手も、頬同様冷たくって、烈は呆れたような視線を向けた。 「お前、馬鹿じゃないのか!ボクが何時帰るかも分からないのに、こんな寒い所で待ってるなんて……」 「だって、ここじゃねぇと、兄貴が帰って来た時分かんねぇじゃんかよ。それに、暗闇が嫌いな兄貴の為に、こうやって迎えに来たんだぜ、お礼を言われる事はあっても、文句を言われる筋合いはねぇじゃんか」 当然とばかりに言われた言葉に、烈は一瞬言葉に詰まる。確かに自分は、豪が迎えに来てくれたらイイのにと思っていたのだから、素直にお礼を言えばこの場は終わってしまえるのかもしれない。だが、 ここで素直になれないのが、星馬烈が星馬烈である証拠であろう。 「お前が勝手に迎えに来たんだろう!何で、お礼言わなきゃいけないんだよ!」 「……素直じゃねぇの……」 真っ赤になって文句を言う実の兄に、豪がボソリと呟く。 「何か、言ったか?」 「いーえ、何にも……んな事どうでもいいから、帰ろうぜ。俺、とにかく今は、暖かいコーヒーが飲みてぇよ」 自分の体を震わせる弟に、烈もさすがに申し訳無く思ってしまう。 「……そうだな、御免。それじゃ帰ろう、ボクもお腹空いた」 「んじゃ早く自転車の後ろに乗れよ、兄貴」 止めてあった自転車の籠に、鞄を入れてから、豪が烈を振り返る。そんな弟に、烈は笑顔を見せた。 「豪、折角だから、歩いて帰らないか?」 「はぁ?」 困ったような、それでいて照れているような笑顔で言われた事に、思わず豪が首を傾げてしまう。 「だから、折角雪が降ってるのに、急いで帰るの勿体無いだろう?…歩いて帰ろう」 珍しい烈の申し出に、豪は一瞬我が耳を疑ってしまうのは仕方ないと許してもらえるだろうか? 「いいけど、兄貴、腹減ってんじゃねぇのか?」 だから、思わずもう一度確認を取ってしまうのは、悲しい性である。 「……んっ、大丈夫。でも豪が、嫌ならいいよ……」 自分が一番好きな人から、少し寂しそうに言われて、『嫌』なんて言える奴が居たら、見てみたい。 「嫌じゃねぇけど……兄貴、こう言うの苦手じゃん……」 「今日は、特別。滅多に無いんだから、有難がれよ」 照れたように言われる言葉に、豪が優しい笑顔を浮かべた。それは本当に優しい笑顔で、街灯に照らされて、その表情は烈にもはっきりと見える。 そんな笑顔を前に、烈の顔が思わず赤く染まった。それを豪に見られたくなくって、慌てて顔を逸らす。 「何、どうかしたのか?」 突然顔を逸らされて、驚いたように豪が首を傾げる。まさか、自分の顔に見惚れての事だとは思っていないだけに、烈の行動は豪には理不尽なものだった。 「な、何でも無いよ……そ、それじゃ、帰ろう!」 慌てて歩き出した烈の後を、豪が急いで付いて行く。 「何だよ、急に!大体、一緒に帰らないと、意味ねぇじゃん」 「お前が、遅いからいけないんだろう!ボクの所為にするんじゃない」 赤くなった顔が、戻っていると分かっているから言える文句。そんな自分に、烈はため息をついた。 「何で、そこで兄貴がため息つくんだよ。俺の方がため息つきたいんだぜ」 烈に続いて、豪がため息をついて見せる。そんな弟に、烈は苦笑を零す。 「お前には、関係無いよ……ちょと自己嫌悪しただけだから……」 苦笑を零しながら言われた事に、豪はもう一度ため息をついて、そんな烈の頭を抱き寄せた。 「ちょ、ちょっと豪!」 突然の事に驚いて、烈はその腕から抜け出そうと慌てて両手を豪の胸に突っ撥ねる。 「大人しくしてろよ、烈兄貴」 そんな烈の抵抗に、豪はグッと腕に力を込める事で阻止した。 「誰も見てねぇんだから、ちょっとは大人しくしてくれよな。大体、ここでキスしようて訳じゃねぇんだから、いいだろう。そうじゃねぇと、本当にキスしちまうぞ」 自分に抱き寄せられて、ジタバタしている兄に、一番効果的な脅しをすれば、今までの抵抗が嘘のようにピタリと大人しくなる。 『んなに、嫌なのかよぉ〜(;-;)』 そんな兄の態度に、豪は心の中で文句を言いながら、もう一度ため息をついた。 「俺に、キスされるの、そんなに嫌?」 「あっ、当たり前だ!こ、こんな所じゃ、絶対に嫌だからな!」 自分を抱き締めている豪を上目遣いに睨んでそう伝えてくる烈に、豪の顔が思わず笑顔になる。 そして、真っ赤になって自分を見詰めてくる兄を、もっと強く抱き締めた。(自転車はどうしたんだ豪!) 「んじゃ、こんな所じゃなきゃ、OK.て事?」 「ばっ、馬鹿 ////」 真っ赤になって、顔を逸らす姿が可愛過ぎる。 「烈兄貴、すんげー好き!だからさ、変な事、考えるなよ」 「な、何言って……」 「俺が、何も気付かないと思ってるのか?兄貴が考えそうな事くらい、簡単に想像つくんだぜ」 自分の言おうとした事を遮って言われた言葉に、烈がバツ悪そうに豪から顔を逸らす。 そんな兄の態度に、豪は小さくため息をついて、苦笑を零した。 「兄貴、だから、俺はどんな兄貴でも好きなんだからな。大体、兄貴から冷たい事とか言われても、それが、テレ隠しだって分かってるから、心配すんなよ」 「豪……」 「折角、今日は素直なんだからさぁ、ついでに、もっと甘えてくれてもいいんだぜ」 自分を見上げてくる兄に、豪がウインクして見せる。そんな弟の態度に、烈は苦笑を零すとため息をつく。 「誰が、お前に甘えるんだよ。ボクに甘えて貰いたいんだったら、ボクよりも年上になるんだね。そしたら、幾らでも甘えてやるから」 ニッコリと笑って、とんでもない事を言う兄に、豪の方が慌ててしまう。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ、烈兄貴!俺が、兄貴よりも年上になんて、なれる訳ねぇじゃんか!」 慌てて、文句を言う弟を前に、烈はバレナイように舌を出す。 「まっ、要するに、ボクがお前に甘えるなんて、無いって事だろう」 くすくすと嬉しそうに笑う兄に、豪は正直頭を抱えたくなっても仕方ないだろう。そんな弟の姿に、烈は嬉しそうに笑顔を見せる。 「バーカ、冗談に決まってるだろう。心配しなくっても、ボクは十分お前に甘えてるんだよ」 「……兄貴に、甘えられた事なんてねぇよ」 嬉しそうに笑いながら言われた言葉に、豪が拗ねたように返す。そんな豪の文句に、烈は苦笑を零した。 「知らなかったのか?ボクは、何時でもお前に甘えてるんだよ……自分でも、嫌になるくらいな」 「……兄貴…」 照れたような笑顔見せる烈に、豪はもう一度烈を抱き寄せる。 「…兄貴が、俺に甘えてるっなんて、そんな事、これぽっちも思っちゃいねぇよ。大体、嫌になるくらい俺に甘えた事なんてねぇじゃんか。大体、俺にも分かるように甘えてくれよな」 ため息をつきながらボヤかれた内容に、烈は大きく首を振った。 「……お前に分からなくっても、甘えてるんだよ。今日だって、本当は、お前に迎えに来てもらいたいって思ちゃったんだから、そんな風に考えてる事自体お前に甘えてっ……あっ…」 抱き締められたまま、文句を言っていた烈は、自分が言った事に驚いて慌てて口に手を当てる。そんな烈の態度に、豪は嬉しそうな表情をして見せた。 「やっとで素直になった……こうでもしねぇと、本心見せねぇんだから、本当大変だよなぁ…」 ため息をつきながらも、その顔は本当に嬉しそうだ。そんな弟を、烈は顔を真っ赤にして睨み付ける。 「お、お前、ボクの事、は、嵌めて……」 「んな顔で睨まれても、可愛いだけだぜ、烈兄貴。いいじゃんか、俺は、その言葉が聞きたくって、待ってたんだからさ。今日は、特別なんだろう?だったら、大目に見てくれよな」 ウインク付きで言われた事に、烈はため息をついて苦笑を零す。 「……確かに、今日は特別って言ったけど……あ〜っ、もういいよ!ボクの負け。……それじゃ、特別ついでだ。豪!」 「はい!」 ドンッと豪の腕から離れると、キッと豪を睨み付ける。そんな兄に、豪は思わずビシッと背筋を伸ばして、返事を返す。 背筋を伸ばして立っている豪に、烈が背伸びをしてスッと顔を近付けると、ゆっくりとその唇に掠めるようなキスをした。そして、 「好・き・だ・よ…」 真っ赤になった顔で照れたように囁かれた言葉。 「あ、兄貴?」 余りにも突然の事に、豪の動きが停止してしまう。『何が起きたのか、全く分からない』今の豪の思考は、その言葉で全てが片付けられるくらいに、混乱していた。 「ほら、帰ろう。お前の体、冷た過ぎるぞ」 笑顔を見せながら、豪を促して、烈は倒れてしまった自転車を起こす。 「あ、あ、あに、い、い今、お、オレに、キ、キキス……」 「キキス?お前、ちゃんと日本語しゃべれよ。何言ってるのか、分からないぞ」 まともな言葉をしゃべらない弟に、呆れた様にため息をつきながら、苦笑を零した。 「でも、兄貴から俺に……」 「言っただろう、今日は特別だって……」 豪が言おうとした言葉を遮って、照れて赤くなった顔を空へと向け、そして、まだ降り続いている雪に、すっと手を伸ばす。 手のひらで溶ける雪を見ながら、烈はもう一度その視線を豪へと戻した。 「だから、雪に感謝するんだな。こんなボクは二度と見れないぞ」 ニッコリと笑顔を向けて言われた言葉に、豪も笑顔を返す。 「……だなぁ…本当、雪様々だぜ。寒い中、待ってた甲斐があったって訳だな」 「……言い過ぎだ、バカ…大体、そんなんで、風邪でも引いたらどうするんだよ」 笑っている豪を、烈が睨み付ける。そんな悪態を付く兄に、豪は意地の悪い笑顔を見せた。 「今日は特別なんだろう?んな、可愛くない事言わない!」 ニヤニヤと笑っている豪の笑顔に、烈は盛大なため息をついて見せる。 「言いたくなるのは、お前が、オヤジみたいな顔するから、いけないんだろう!」 「オヤジって……」 「ダラシナイ顔するなって事だよ。ほら!帰るぞ、自転車運転しろよ、豪」 起こした自転車を豪に渡して、運転するように急かす。 「って、歩いて帰るのは?」 「特別は、終了!だから、特急で帰るぞ。お前に風邪引かれたら、ボクが大変なんだからな」 豪が自転車に跨るのを確認して、烈もその後ろに続く。 「それって、烈兄貴が、俺の看病してくれるって事?」 自転車の後ろに乗った烈に、豪は思わず聞き返す。 「違う、お前が風邪引いたら、ボクにも風邪がうつるから、大変なんだよ」 「……それってなぁ……」 「グダグダ言わない!ほら、さっさとペダル漕げよ」 ぽんっと豪の頭を叩いて急かす。そこまで言われては、豪も仕方なく自転車のペダルを漕ぎ始めた。 「ん〜っ、冷たい……豪、もっと飛ばせ」 「ああ?んな事より、俺が風邪引いたら、何で烈兄貴まで風邪引くんだよ」 烈の注文に、納得いかないとばかりに、豪が言葉を返す。 「お前、まだそんな事言ってるのかぁ?……そうだなぁ、理由が知りたいんだったら、早く家に帰るんだな。家に着いたら、教えてやるよ」 「本当だな?」 「ああ、約束する」 「よし!兄貴、しっかり掴まってろよ!」 豪が気合を入れたと同時に、自転車の速度がぐんっとアップする。スピードが上がった事で、顔に当たる雪の量が増えるのに、烈は静かに瞳を閉じた。 そして、その瞳を開くと、グッと豪の肩を掴む腕に力を込める。 「いけぇ!豪!」 「おっしゃ!」 「お疲れさん、結構早かったな」 自転車から下りながら、烈が嬉しそうに籠から鞄を取った。 「当たり前だろう。誰が漕いでると思ってんだよ!陸上部期待の新人なんだからな」 「はいはい、分かったよ。雪も、もう止んじゃったし、先に家に入ってるぞ」 自転車を置きに行く豪に手を振って、烈が先に玄関へと向かう。そんな烈を横目で見送って、豪はこっそりとため息をついた。 「ちぇっ、待っててくれてもいいじゃんか……」 先に家に入っていく烈に、文句を言いながら、急いで自転車を片付けると烈の後に続く。 「ただいま」 家の中に入れば、外とは違って暖かい空気が出迎えてくれて、思わずほっと息を吐き出し、玄関で靴を脱ぐと、そのままキッチンに直行する。 「兄貴?」 「ああ、お帰り、豪…ってのも変な感じだけど……はい、コーヒー。インスタントで悪いけどな」 キッチンに入るなり差し出されたコーヒーに、思わず目を丸くする。驚いて自分を見詰めてくる弟に、烈は笑顔を見せた。 「言ってただろう?暖かいコーヒーが飲みたいって……それとも、別なのが良かったのか?」 「えっ、嫌……コーヒーでいいけど……もしかして、先に入ったのって、俺にコーヒー入れるため?」 差し出されているカップを受け取りながら、思わず聞いてしまった事に、烈が少し顔を赤くしてそっぽを向く。 「……わざわざ、迎えに来てくれたお礼だよ…」 「サンキュ、烈兄貴 (^ -^)」 照れているのが分かる烈の態度に、豪が満身の笑顔で礼を言う。だが、先ほどの質問はまだ解消されていない。それが気になって、豪は素直に首を傾げてみせた。 「何だよ。何か、言いたい事でもあるのか?」 自分のことを何か言いたそうに見詰めてくる弟に、烈が不思議そうに首を傾げる。 「…ああ、さっきの質問なんだけど、家に帰ってきたら教えてくれるんだろう?」 「あっ!/// ……忘れて、なかったのか?」 聞かれた事に、一瞬困ったような表情を見せたのが、次の瞬間には真っ赤になってしまうのを目の前で見せられて、豪は訳がわからずに烈を見詰めてしまう。そんな豪の視線を真っ直ぐに受けとめな がら、烈が渋々言った感じで口を開いた。 「……約束だから言うけど、お前が風邪引いたら、ボクが面倒見るのは、目に見えてるだろう。そしたらお前、ボクに何もせずに大人しく寝てられるか?」 真っ赤な顔をしたまま、豪を恨めしそうに見詰めて聞かれた事に、豪がもしそうなた時の事を想像してみる。 「……烈兄貴に看病してもらうってと、ずっと兄貴が傍に居るって事で……そりゃ、Hな事なんかは病人だから出来ねぇだろうけど、やっぱキスくらいはしちまうだろうなぁ……って、ああ、そう言うことか!」 自分で考え付いた事に、漸く納得がいったとばかりに豪が大きく頷く。 納得した豪を前に、烈は赤くなった顔を逸らした。 「……そう言う事だ、バカ!そんな事、ボクに言わせるな!」 「えーっ!でも、そう言うの想像したんだろ、烈兄貴」 ニヤニヤと笑う豪を前に、烈が拗ねたように豪を睨み付ける。 「する訳ないだろう!んなバカな事言うな!…ボク、着替えてくるから……」 顔を真っ赤にしたまま、烈がキッチンを後にするのを見送って、豪は余りの事に噴出してしまう。 「本当、烈兄貴って、可愛過ぎだよなぁ……しかも、今日はまた特に格別!本当、冬の夜ってのも、偶にはいい事あるぜ」 烈が出て行った方を見詰めながら、コーヒーのカップに視線を向けて、それを軽く持ち上げた。 「初雪に、乾杯ってとこだな」 烈の入れてくれたコーヒーを微笑を零しながら口に入れる。 「んでもって、烈兄貴からの初キッスってのも、やっぱお祝いしねぇとだよな (^ v ^)」 |