「最悪!」 自分の部屋に入るなり、持っていた荷物とコートをベッドに放り投げる。 今思い出しても、自分のしてしまった事は、恥ずかしい。 「……豪の顔、まともに見る事出来ないよぉ〜 ////」 ドアを背にして、そのまま座り込む。そして、思い出した事に、また顔が赤くなるのは止められない。 「……豪の奴が、調子に乗るようぉ〜」 後悔とは、後で悔やむものである。そうと解っていても、悔やまれるのは仕方ない事。大体、特別だと 言ったのは、確かに自分なのだから……。 「……夢で、終わってくれる訳、ないよねぇ……」 現実逃避したい気持ちは、止められない。誰でも、いいから夢だったと言ってくれれば、まだ救われる だろう。 「あ〜っ!何で、あんな事しちゃったんだろう…本当、どうしようもないよなぁ…」 してしまった事を悔やんでも、時間は戻ってくれない。しかも、それが全て自分が招いた事なのだか ら、落ち込み具合は留まる事を知らないのである。 元はと言えば、豪が自分の事を寒い中待っていてくれた事に感動して、あんな行動を起こしてしまった のが全ての原因なのだ。 「そうだよ!あいつが、あんな事するから、いけないんだ!大体、あんな寒い所で、待ってるから……」 文句を言おうとした言葉が、段々と小さくなっていく。豪が悪い訳じゃないと解っているだけに、無意 味な事。ましてや、それを心から嬉しいと感じている自分を知っているからこそ、余計に虚しいだけであ る。 「……本当、こんなの風に思ってる事、豪に・・だけは、知られたくない…」 既に、遅いような気がするのだが、それでも願わずには居られない。 「結局、ボクが、豪に惚れてるって事実は、どうやっても消えないんだよなぁ……」 深いため息をついて、ゆっくりと立ち上がり、ベッドに移動する。 「…恋愛って、惚れさせた方の勝ちだって、誰かが言ってたけど、その考え方だと、ボクはもう豪に負け ちゃってるんだろうなぁ……」 呆れた様に呟いて、タンスから着替えを取り出すとベッドの上に置き、上着を脱ぐためにボタンに手を 掛けた。 「兄貴!飯、食わねぇのか?」 制服のブレザーを脱いで、Yシャツのボタンをはずした所に、急にドアが開いて豪が姿を見せる。 豪が、部屋に一歩脚を入れた瞬間、二人の動きは一瞬止まった。 「なっ、なっ……」 突然姿を現した相手に、烈は真っ赤になって慌ててYシャツの前を押さえる。 「ば、馬鹿、豪!ノックしろって、何時も言ってるだろう!」 「わ、悪い!」 真っ赤になって怒鳴る烈を前に、豪は誤ると急いで部屋を出て行ってしまう。 「?」 余りにも素直に出て行った豪の態度に、烈は拍子抜けしたようにベッドに座り込むと小さく息を吐き出 した。 「……急に来るから、ビックリした。……着替え見られるのは、なんとも思わないけど、やっぱり、豪の 顔まともに見れないや…」 苦笑を零して、もう一度ため息をつく。 「でも、珍しく素直に出て行ったなぁ……何でだろう?」 不思議に思って首を傾げるが、理由は思い付かない。 「まっ、いいか……早く着替えないと、風邪ひいちゃうよね」 自分の言葉に大きく頷いて、中断してしまっていた着替えを始めた。 「やべぇ……兄貴の着替えなんて、見なれてるはずなのに……」 部屋を飛び出した途端に、赤くなる顔を自分でも感じて、ドアを背にその場に座り込んでしまう。 「……前置きなしだと、気持ちが押さえられねぇ……たくっ、烈兄貴、可愛過ぎだってぇの ////」 愚痴を零しながら、大きく息を吐き出す。 「本当、俺が、どれだけ我慢してるのか、分かってんのかねぇ……」 自分の言葉にもう一度ため息をつく。それは、絶対に分かっていないと言う自信があるから……。そん なことに自信は持ちたくないのだが、それだけは言い切れてしまうのだ。 「俺って、烈兄貴にだけは適わねぇよなぁ……」 無理やり手を出して、嫌われたくはない。好きだからこそ臆病になってしまうのは、仕方ない事。 「恋愛は、惚れさせた者の勝ちだって……本当、昔の奴は巧い事言ったもんだ。俺ってば、その言葉通り に烈兄貴にゃ勝てねぇんだからなぁ……たくっ、烈兄貴は、どれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ?」 今日、初めて烈からキスされた。それだって、自分が烈に惚れ直した瞬間である。こんなに毎日顔を合 わせているのに、次々と見せられる新しい姿が、嫌いになるどころか、もっともっと好きになる。そし て、どんどんドンドン深みへと嵌っていってしまうのを止められない。 兄弟と言う関係にありながら、恋人としての姿をも時々見せる烈のその態度は、新鮮で自分の心を暖か くしてくれる。 知っているのだろうか?自分が、どれだけ救われているかと言う事に……。 「烈兄貴が居なかったら、俺は、俺で居られねぇ……」 そんな風に思うようになったのは、何時からだったのか、もう覚えていない。ただ言える事は、烈が居 なくなった時、紛れもなく自分は半身を失うと言う事だけ。 「烈兄貴にとっても、俺がそんな存在になれればいいのに……」 そう願う事が、どれだけ贅沢な事なのか、ちゃんと知っているだけに盛大なため息は止められたい。 重いため息をついたのと、豪が背凭れにしていたドアが開いたのは殆ど同時。 カチャッと軽い音と共に、ドアが内側に引っぱられ、それに自分の身を預けていた豪は当然そのまま後 ろへと倒れる形となってしまう。 そのまま仰向けで倒れそうになった、自分のストッパーになってくれた人物が、上から不思議そうに見 下ろして来るのに笑顔を向けた。 「兄貴、顔が赤いけど、どうかしたのか?」 自分を見下ろしてくる烈の顔がまだ赤いのに、目敏く気が付いて、声を掛けられるよりも先に口を開 く。 「なっ /// 部屋の中が、暑かったんだよ……」 自分の質問に、慌てて顔に手を当て言い訳しながら、そのまま横に逸らす。 「そうか?別に、暑くねぇみたいだけど……」 分かっていて、ニヤニヤと笑いながらも、意地悪気に言えば、烈の顔がますます赤くなる。 「う、煩い!大体、お前だって、廊下に居るくせに、赤い顔してるじゃ……豪!熱、あるんじゃないだろ うな!」 赤い顔のまま文句を言おうとした烈は、自分で言った事に驚いて、慌てて自分に凭れ掛かっている豪の 額に手を当てた。 「熱は、ないみたいだけど……どうする、薬飲んどくか?」 豪の額と自分の額に手を当てて熱を測り、心配そうに声を掛けてくる。 「大丈夫だって……顔が赤いのは、んな理由じゃねぇよ……んれくらいで、風邪ひくほど軟な創りはして ねぇから、心配する事ないぜ」 烈の手を邪険にならない様に外して、豪は苦笑を零しながらため息をついた。 自分の顔が赤い理由なんて、きっと烈には分からないだろうから……。 そんな豪の態度に、烈は不思議そうに首を傾げてしまう。 「んじゃ、なんで顔が赤いんだ?」 不思議そうに尋ねられた事に、豪は一瞬言葉に詰まる。これが、さっきの仕返しかと思えば、自分がし てしまった事を後悔してしまうのは止められない。 「……別に……何でもねぇよ……」 烈から、顔を逸らして答えってから、豪は烈に凭れ掛かっていたままの身体を起こす。 「何でもないって……本当に、風邪とかじゃないんだな?」 自分から、身体を離していく豪に、それでも心配そうに念を押して問い掛ける。 「ああ、大丈夫だよ。心配すんなっ……」 烈を安心させるように、振り返って笑顔を見せ様とした豪は、振り返った瞬間言葉を失ってしまった。 振り返った先にあったのは、本当に安堵した表情で微笑んでいる烈の姿。 少しだけ頬を赤くして、安心したように微笑んでいるその姿に、豪は言葉も無く見惚れてしまう。 「良かった……ボクの所為で、お前に風邪ひかれたら、どうしようかと思った……」 安心したその笑顔と言葉に、豪は何も言えずにただ烈を見詰める。本気で自分の事を心配してくれてい るのが分かるだけに、感動の余り何も返せない。 「豪?」 何も言わずに、自分の事を見ている弟に烈は心配そうに声を掛けた。 だが、それにも何の反応も見せない。 「おーい…大丈夫か、豪?」 心配そうに再度声を掛けて、その顔を覗き込むように近付ければ、漸く反応が戻ってくる。 「なっ、何だよ……」 正気を戻した瞬間、目の前に烈の顔がある事に驚いて、豪が慌てて後ろに下がった。 「何だよじゃないだろう……声掛けても、反応しなかったじゃないか…」 突然、後退した豪の態度に、少しだけ拗ねたように呟いて、それでも真っ直ぐに相手を見詰めて口を開 く。 「ボクが、変な事言ったのか?それとも、気分が悪いのに、我慢してるってのなら、許さないからな」 「許さないって……」 真っ直ぐに見詰めてくる瞳と、言われた内容に、豪が困った様に頬を掻いた。 「別に、烈兄貴が変な事言った訳じゃねぇし、気分も悪くねぇよ。それどころか、スッゲー最高の気分だ ぜ……」 少しだけ照れたように言われた言葉の意味が分からずに、烈が不思議そうに首を傾げる。そんな、烈の 態度に、苦笑を零しながらも、豪はその理由を話す。 「だから、兄貴が、俺の事本気で心配してくれた事が、スッゲー嬉しい。今日は、最高に嬉しい日だっ て、改めて思ってたんだよ」 照れ笑いを見せながら言われた事に、烈は今更ながらに今までの事を思い出してしまった。 そして、それと同時に、音が聞こえそうなほど見事なまでに烈の顔が耳まで真っ赤に染まる。それは、 本当に見ている方が、気の毒になるくらいに赤く。 「れ、烈、兄貴?」 自分の言葉と同時に、見事としか言えないぐらい真っ赤になってしまった烈に、豪が驚いて声を掛け た。 「バッ、バカ、ゴー //// お、思いだしちゃったじゃ、ないかぁ〜 ////」 真っ赤になった顔を豪から逸らして、烈が慌てて自分の部屋に引っ込もうとする。 「って!ちょっと、待った!」 急いでドアを閉めようとしたのと同時に、豪がその扉を慌てて掴む。 「ご、豪 /// 離せ、馬鹿力」 閉めようと思った扉を掴まれて、烈が力を入れてドアを閉めようとする。そんな烈を前に、豪は片手だ けでドアを掴んだままため息をついた。 「離してたまるかよ!今、離しちまったら、昔みたいに俺の事避けちまうだろう?」 「さ、避けるって……そんなんじゃ……」 言われた事に、困った様に烈が視線を逸らす。それと同時に、ドアを閉めようとしていた力が緩んだ。 「そんなんじゃねぇなら、何で逃げんだよ?」 烈の力が無くなったドアを簡単に押し開いて、豪が真剣な瞳を向けてくる。それを感じながら、烈は顔 を上げられずに、俯いた。 「……べ、別に、逃げてないだろう……」 自分に視線を向けないまま、答える烈に、豪はため息をついて見せる。 「逃げてんじゃん。俺、兄貴がしてくれた事、スゲー嬉しかったのに、なんでそんな風に逃げんだよ」 「……に、逃げてる訳じゃないだろう!お、お前だって、何でそんな風に言うんだよ!本当は、ボクの気 持ち知ってるくせに……い、意地悪言うな!」 豪の呆れた様に言われた事に、烈が真っ赤になった顔を上げて、キッと相手を睨み付けて、逆に文句を 言う。 真っ赤な顔のまま言われた事に、豪は本当に意地悪く笑うとポンっと烈の頭に手を置いた。 「良く分かってんじゃん、俺の事。うん、ちゃんと、知ってる……烈兄貴が、ただ恥ずかしいんだって 事。でも、それくらいで恥ずかしがってたら、俺、いつまでたっても、烈兄貴の事抱けないじゃん」 苦笑を零しながら言われた事が、余りにも当然の様に呟かれたため、烈は一瞬その意味が分からず首を 傾げてしまう。だが、言われた事の意味を理解した時、その顔はまたしても真っ赤に染まってしまった。 「……だ、抱けないって……な、何言って…… //// そ、そんな事……」 「そんな事って……俺、これでも大分我慢してるんだぜ。兄貴、無防備だかんな。でも、無理強いはした くねぇから、兄貴がその気になるまで、我慢してんだから、褒めてもらいくらいなんだけど……」 ため息をつきながら言われた事に、烈は口をパクパクさせるだけで、何も返せない。そんな烈の態度 に、苦笑を零しながらそのまま烈の部屋へと入っていくと、まだ困惑している兄を優しく抱き寄せた。 「隙ありってとこなんだろうけどなぁ……兄貴、もしかしなくっても、俺の事そんな風に思ってねぇんだ ろう?」 すっぽりと腕の中に納まる体に少しだけ呆れた様に呟けば、一瞬身体が小さく震えるのを感じて、豪 は、もう一度苦笑を零す。 「俺は、何時だって兄貴の事、欲しいって思ってる。でも、兄貴がそう言う事苦手だって知ってるから、 ずっと我慢してきた。だから、俺の事、そう言う風に本気で考えて欲しい」 抱き締められたまま真剣に語られている言葉を、烈は何も言わずに聞いている。自分の腕の中で、何も 反応を示さない相手に、豪は心配そうな表情を見せた。 「あ、兄貴……急に、こんな事言っちまって、悪いとは思うけど、でも……」 「……大丈夫だよ……」 何も返さない烈に、慌てていいわけを始めた豪の言葉を遮って、小さい声が返される。 「烈兄貴?」 小さい声で返された事に、烈の様子を伺おうとした豪は、自分の胸に顔を埋めるようにしている所為 で、その表情を見る事は適わなかった。 「……見るな……そのままでいろよ!」 何とか、烈の事を引き剥がそうと、肩に手を掛けた瞬間、くぐもった声で制止されてしまい、仕方なく そのままの態勢を保つ。 「……馬鹿、豪……そんな事、一々口に出すなって、言ってるのに……」 「兄貴……泣いてるの?」 自分に縋っている肩が小さく震えているのに、豪はその肩にそっと手を回した。 「泣いてなんかない!」 顔を上げずに、文句を返す烈の態度に、豪は苦笑いするとその頭を優しく撫でる。 「……泣いてない……甘やかすな!馬鹿、豪!」 「うん、俺、本当馬鹿だよなぁ……烈兄貴が、俺の気持ちに答えられなくって悩んでるってちゃんと知っ てたのに、あんな事言っちまって……ごめんな……」 申し訳なさそうに誤れば、小さく首を振って返された。そんな兄の態度に、優しく微笑を零すと、烈が 落ち付くようにその肩を優しく叩いてやる。 「いいんだぜ、烈兄貴。無理する必要なんて、全然ねぇんだよ。今のままで、十分だから……俺は、兄貴 とこうやって居られるだけでいいんだ。先言った事なんて、気にする事ねぇからさ。俺は、兄貴がその気 になってくれるまで、待つ自信あるから、だから、泣き止んでくれよな」 自分の言葉を、ただ黙って聞いている烈は、今だに泣いているのか、その肩はまだ小さく震えていた。 そんな兄に、豪は本気で心配し始める。 「あ、兄貴……だから、本当に気にしてねぇから、泣き止んでくれよぉ〜!兄貴に泣かれるのが、俺には 一番辛いんだぜ……」 まだ泣き止まない兄に、本気で焦り出した豪が慌てて伝えた言葉で、烈の肩が更に大きく震えた。 「あ、兄貴?」 自分の腕の中で大きく肩を震わせて、何かを堪えているような烈の態度に、流石に可笑しいと思った豪 は恐る恐る烈の肩に手を添えて、ゆっくりと自分から引き離す。 「……烈、兄貴……」 「……み、見るなって、言ったのに……」 突然引き離された事に、文句を言う烈は、自分が心配していたような表情をしてはいなかった。嫌、確 かに涙は流しているのだが、それは違った意味での涙であって、決して悲しいとか辛いとかそう言ったよ うな涙でないというのは、烈の口元を見れば一発で分かる。 「……烈、兄貴、俺を騙すたぁ……やってくれるよなぁ……」 「だ、騙されるお前が悪いんだろう!あーあ、可笑し過ぎて涙まで出てきちゃたよ」 目元に溜まっている涙を指で拭って、まだ笑い足りないと言わんばかりにお腹を抱えている烈に、豪は 冷たい視線を向けた。 「てもなぁ、あんな風にされたら、誰だって騙されるに決まってんだろう!」 「知るか!これは、さっきまでの仕返しだ、馬鹿。人が何時も言ってるのに、あ、あんな恥ずかしい事言 う奴が悪いんだろう……」 「……恥ずかしい事ねぇ……」 自分で言って思い出した事に、顔を赤くしている烈を横目に、豪はため息をつく。確かに、何時も言わ れてはいるのだが、自分はそう言う事を全く気にしない性格なのだから、許してもらいたいと思うのは許 されないのだろうか? 「……まぁ、許しては貰えねぇだろうけどなぁ……でも、そんなとこも好きだから仕方ねぇったら仕方 ねぇんだろうなぁ」 「な、何、ブツブツ言ってるんだ、バカ豪!」 「ブツブツって……」 呟きを聞き付けた烈が、まだ顔を赤くしたまま自分のことを睨み付けてくるのに、呆れた様に返すが、 直ぐにニッコリと目の前の兄に笑顔を向ける。 「な、何だよ……何か、文句でもあるのか?」 突然、嬉しそうな笑顔を向けられて、身構えるように一歩後退する烈に、豪は全く気にせずに口を開 く。 「文句じゃねぇけどさ。烈兄貴の事、愛してる?って言いたくなちまっただけだぜ」 悪ビレもせずに、言われた言葉に瞬間烈の顔が赤く染まった。それを前にしてシテヤッタリと言わん表 情を見せていた豪は、だが次の行動を予測する事は出来なかったようである。 真っ赤に染まった烈が、豪の頬に自分の右手を上げたのは、本当に素早かった。 「イッテー!」 思いっ切り頬を殴られた形となった豪は、叩かれた頬に手を当てる。こう言った時の烈の張り手は手加 減は全くない。 「じ、自業自得だ、バカ!少しは、反省するって事を知らないのか、お前は!ボクだって、何時までも 黙ってないからな。今度から、そんな事言ったら、これぐらいじゃ済まないから、覚悟しとけよ」 真っ赤になった顔をそのままに、豪を睨み付ける。 「そ、そりゃ、ねぇだろう……烈兄貴……」 その言葉に、情けない声で抗議を上げる豪に、烈はそっぽを向くと呆れた様に言葉を返す。 「当然の、結果だろう、バカ……調子に乗ってると、本当に知らないからな!」 呆れたようなだが、どちらかと言えば照れ隠しの強いその言葉に、豪は苦笑を零すとため息をついた。 「……調子に乗るとねぇ……」 「あ、当たり前だろう!ボクだって、何時までも手加減しないからな」 復唱された言葉に、烈が即答で返す。 「……今までも、十分手加減ねぇと思うけど……」 今まで、自分が烈にチョッカイを掛けた事には、ちゃんと烈の平手が返された。平手でない時は、肘鉄 だったり、足を踏まれた事も一度や二度では済まないだろう。その事を思い出し、豪は盛大にため息をつ く。 目の前で、ため息をつく弟に、烈が少しだけ不安そうに瞳を伏せる。 「……悪かったなぁ…どうせ、素直になんてなれないよ……お前が、ボクの気持ちを分かってくれてる事 に、甘えてるってのもちゃんと分かってる。でも、分かってても直せないから……偶に、素直になる事く らいしか出来ない。し、仕方ないじゃにか!それが、ボクなんだから……」 吐き捨てるように言って、烈が大きく息を吐く。 目の前で、言いたい事を言い尽くした感じの兄に、豪はもう一度苦笑を零すと、今度は優しい笑顔を見 せた。 「勿論、知ってるぜ、兄貴の性格。テレ隠しに俺に冷たくするのも、偶に素直になってくれる烈兄貴も、 俺には全部兄貴なんだ。俺は、どんな兄貴だって好きなんだかな」 笑顔で言われる言葉が、何時でも自分の心を暖かくしてくれる。 「……本当、お前って、ボクを甘やかせるの上手いよなぁ……」 優しい微笑と共に告げられた言葉に、烈は苦笑を零す。 「当然!なんせ、今まで烈兄貴に甘やかされてきたかんなぁ、ツボは心得てるぜ」 嬉しそうに言われた事に、思わず噴出してしまう。答えになってるのか、なってないのかよく分からな い返事である。 「……んなに、変な事言ったかよ?」 勢い良く笑い出した烈に、豪が少し不機嫌そうに首を傾げるが、烈は笑いながら首を振って返す。 「言ってないよ。確かに、その通りだ。でも、自覚あったんだなぁ……」 小学校までは、確かに自分は豪の事を甘やかしていたらしい。らしいとは、自分に自覚はなかったの で、あくまでも回りの意見なのだが、大分酷いと言われたので、中学にあがってからは、出来るだけ甘や かさないように努力はしたつもりである。(もっとも、それでも甘やかしていると言われたが……)で も、弟の事を構うのは普通だと思うのだが……。 もっとも、それは豪が中学1年の時に、構われるのを『鬱陶しい』って言うようになってからは、極端 に距離を置くようになり、気が付いたら告白されて悩んだあげくに至る。(その間、色々あったんです よ。これでも、苦労してます(苦笑)<烈談>) 「あったに決まってんだろう!俺としては、子供扱いされてるみてぇで、すげー嫌だったんだからな。特 に、烈兄貴の事好きだって自覚してからは、特にな」 拗ねたように言って、ため息をつく。当時の事を思い出しているのだろう、何処か複雑な表情をして見 せた。 「……のワリには、今だにボクに甘えてくるのは誰だよ?」 「うっ……やっぱその、弟って言う特権は使わねぇとなぁ……なんてぇ……」 冷たい目で見詰めてくる烈に、愛想笑いを浮かべて返す。 「たく、調子いいのだけは本当に変わらないなぁ……でも、弟に甘えられると嫌と言えないのも、兄貴の 性ってやつなんだろうなぁ、本当に厄介だよ……」 ため息をつきながら言われることに、豪の顔がパッと明るくなる。 「そ、それって……」 「だからって、その……して欲しいとかって甘えても駄目だぞ……当分は素直になんてなれないからな。 ……そうだなぁ、また雪でも降ったら考えてやるよ、豪」 「ゆ〜き〜?」 にっこりと笑顔で言われた言葉に、豪が不服そうな表情を返す。 「そ、雪。世界が、真っ白な雪景色になったら考えてやるよ」 そんな弟に嬉しそうに笑いながら、自室を後にする。 「約束……だからな……」 静かにドアを閉めて、小さく呟く。それが、自分自信への約束。そして、特別な人への約束。 今日は、特別。だから、次の約束を忘れない。それが、自分への約束。 そして、特別な人への約束は、ありったけの素直な気持ちと、少しの勇気……。 雪景色になたら、二人で散歩しようよ。 真っ白な雪道に、足跡を残して行こう。 誰もいない道を、手をつないで歩こうよ。 真っ白な雪道に、二人だけの足跡を残そう。 そんな中でなら、素直になるよ。 だから、約束しよう。 冬だけの特別な日を…………。 |