イギリス滞在記 第1章〜渡航編
1. 楽しいロンドン!愉快なロンドン!?

1988年の秋、日本はバブルで浮かれていた時代でした。
当時僕は入社3年目で、不運にもかなりメチャクチャなプロジェクトにプログラマーとして配属されていて、ひどい時は丸1週間も家に帰れないという生活に明け暮れていました。
そんなプロジェクトもいくぶん落ち着いてきた頃のこと・・・
脳梗塞で倒れて1年以上入院していた祖父が亡くなり、僕は急遽帰省しました。
そして葬儀も終わってひと段落し、そのまま骨休めも兼ねて1週間ほど実家で休暇を過ごしたあと、東京に戻りました。

休暇明けで出社すると、さっそくプロジェクトの責任者のY部長に呼ばれました。
「1週間も休んだせいでまた大変な事になってるんじゃないかなあ」と思いつつ行ってみると、Y部長は別段慌てた様子もなく、ニコニコしながら「Fプロジェクトは順調ですよ、それより本多君、ロンドンに行かない?」というではありませんか。
てっきり冗談かと思って「えっ、ロンドンですか?」と聞き直すと、
Y部長「ヘッヘッヘ”ロンドンロンドン愉快なロンドン・・・”のロンドンじゃないよ、イギリスのロンドンのことだよ」・・・と
当時ステッキを持ってシルクハットをかぶったバニーガールが踊るTVコマーシャルがよく流れていて”ロンドン”といえば”キャバレー”の代名詞みたいになっていましたっけ(あーなつかしい)それにしても脳天気な部長です。

Y部長の話では大手ソフト会社のロンドン支店が技術者を探していて、仕事は邦銀の住宅ローンのシステム設計〜開発、ターゲットマシンは当時まだ出たてのIBM・AS/400、言語はRPG、期間はとりあえず半年だけど場合によっては1年くらいに延長もあるとの事、まさに僕のスキルにぴったりの仕事です。
ちなみにY部長が僕にこの話を持ちかけたわけは、僕がこれまで誰も関わりたがらない今のプロジェクトで頑張ってくれた”せめてものご褒美”だとか、
「Fプロジェクトのほうは大丈夫なんですか、僕がいないと部長一人じゃないですか」と、かえってこっちが心配する始末、それに対しY部長は・・・
「ああ、こっちのほうは大丈夫、大丈夫!」と超楽観的。
(のちに僕の予想は的中するのですが)
でもまあプロジェクトはまだ続いているわけだし、Y部長のことだからいつまた火を噴いて泣きつかれるかも知れないし、そうするとこれはプロジェクトを抜ける絶好のチャンスだ!
とばかりに二つ返事で「行きます!」と即答しました。

とまあこういうわけで急遽イギリス行きが決まったのでした。



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