※注意事項
・ヒロインは告死天使。(槍使い。ロストしたのは敵意のある攻撃による痛み)
・エクセルの記憶がなくなってるままです。
・レダが仲間になっています。
・ロゼが普通に喋っていますが、気にしないでください。
・いろんなところがご都合主義です。
・エクセルがうざったいナヨナヨした性格をしています。
・レダが結構感情豊かです。
・いつのころの話なのか、時期はあんまし決めてません。
・ヒロインは告死天使。(槍使い。ロストしたのは敵意のある攻撃による痛み)
・エクセルの記憶がなくなってるままです。
・レダが仲間になっています。
・ロゼが普通に喋っていますが、気にしないでください。
・いろんなところがご都合主義です。
・エクセルがうざったいナヨナヨした性格をしています。
・レダが結構感情豊かです。
・いつのころの話なのか、時期はあんまし決めてません。
エクセルがすべての記憶を失ったことをレダから聞いて、私は信じられなくて目の前のエクセルを見上げた。きょとんとした表情で私を見るエクセルは、いたって普通だ。本当に普通で、レダの言葉が信じられなくて、彼の名前を呼んだ。
エクセルは瞬きしてから、済まなさそうに、眉を下げた。
「ごめん、覚えて、ないんだ」
いつもどおり、私に謝るみたいに言うから、思わず息を呑んだ。本当にいつもどおりのエクセルなのに、そのエクセルから発せられた言葉は私とエクセルの間に一線を引いた。私が好きだったエクセルは、いまや他人になってしまった。
呆然と、彼を見つめる。ロゼが心配そうに擦り寄ってきたのに、そんなロゼの頭を撫でてやることもできないほど、情けないくらい呆然としていた。
「本当に、ごめん」
震える声に、冗談じゃなくて本気で謝っているんだと思った。目頭が熱くなって、思わず唇を噛んだ。でも涙は止まらなくて、手の甲で必死に拭った。みんなの視線が、エクセルの悲しそうな眼差しが痛い。泣き顔を見られたくなくて、踵を返した。
「」
レダに腕を掴まれたけど、それを振り払った。
「さん!」
引き止めるようにフィアさんに名前を呼ばれたけれど、足は止めなかった。家のドアを静かに閉めてから、翼を広げて飛び立った。
泉のほとりまでくると、必死にせき止めてた涙が一気に溢れ出した。ほんとは大声出してわんわん泣きたかったけれど流石に恥ずかしかったから、声を押し殺してぼろぼろ泣いた。周りのフェアリーが近寄ってきて、心配そうに私を覗き込んだけど、そんなことを気にする余裕なんてなかった。
エクセルのことが好きだった。たとえいっつもエクセルにぶっきらぼうに接したり、ことあるごとに暴力を振るっていたけれど、それでもだいすきだったのだ。
本当はいつでも好きって言いたかったのに、友達という壁が高すぎて、今の関係を壊すのが嫌で、たった一言がいえなくて、……――まさか、こんな風になるなんて思わなかったから、とてもつらかった。
「ねえ、なんで泣いてるの?」
フェアリーの1人が声をかけてくるけど、私は何もいえなかった。目尻からこぼれる雫をフェアリーが小さな手で拭ってくれる。自分は天使だというのに、心配そうに気遣ってくれるそんな純粋な優しさに、また涙が溢れた。
「優しいのね、あなたたち」
泣きながら、浮遊する彼女達に言うと、その中で1人のフェアリーが、にこりと笑いながら。
「あなたも、とてもあったかくて優しい心をしているわ」
言われて、思わず笑ってしまった。ぼろぼろ流れる涙を次々に拭ってくれる彼女達に、何度もありがとうと呟いた。
「幸せはの裏側は悲しみ、愛情の裏側は憎しみ、じゃあさようならの裏側は?」
しばらくずっと泣いていると、さっきとは違うフェアリーがにこりと笑ってそう聞いてくる。なぞなぞなのかなとぽろぽろ涙を流しながら必死に考える。お別れの言葉なんだから、出会いの言葉なのかなと思った。
「…はじめまして?」
「ぶっぶー。違うよ」
にこにこ笑うフェアリーに、いつしか涙も段々収まってきた。私はわけがわからなくて首をかしげると、フェアリーは柔らかく微笑んで。
「思い出。…さよなら、って言って別れたら、思い出になって、残るでしょ?」
そういった。
「そして別れは、新たな出会いの始まり」
「そうして世界は、くるくる輪廻してくのよ?」
それをきっかけに、私の涙は不思議なくらいぱったり止まった。周りに浮遊しているフェアリーを見ると、みんなが笑顔をつくった。はにかむように笑ったり、悪戯っぽく笑ったり、そよ風みたいに優しく笑ったり、太陽みたいに笑ったり。
「…ありがとう」
涙を拭いながら言うと、皆はにこにこ笑って
「どういたしまして」
声をぴったり合わせてそういった。
フェアリーの言葉を聞いて、なんとなく、過去と決別するときがきたのだと、思った。そう簡単にエクセルへの思いは拭いきれないけれど、ここで暮らしてみて解ったことは、彼が前より幸せそうだということだった。女の子に囲まれている彼を見て多少なり嫌な感情を抱くことはあったが、何日も経てばもうそんな感情は抱かなくなっていた。
あれからもう、一度もエクセルとは会話をしていない。というか、ちょうど二人っきりになったときに話しかけようとしてくるエクセルに、話しかけるなと睨みつけて以来、そういう機会がなくなっただけだ。
まあ、意図的に避けているといえば、避けているわけで。馬鹿みたいに必死になって、私はエクセルと二人っきりにならないように心がけていた。なんとなく怖いのだ、他人みたいなエクセルと会話するのが。もともと他人とのコミュニケーションに関しては下手なほうだったから、会話しないならそれはそれで楽だった。
そんな雰囲気を察した家の人たちもあまり話しかけてはこない。まあ天使に声をかけるのは嫌だというのもあるんだろうけれど、せいぜい声をかけてくるのはフィアさんだけだった。
以前、フィアさんに、
「エクセル様とは、どういう関係なんですか?」
と、おずおずと聞かれた事がある。どう答えようか迷って、フィアさんの顔を見て、悟った。私よりも何十倍も、エクセルが好きなのだなあと。それはフィアさんだけじゃない。ルゥリさんやセレネさんやシエラさんだって、きっと誰よりもエクセルが好きなのだと思う。
「友達だよ」
言うと、安心したようにフィアさんは笑って、そうですかと嬉しそうに言った。そんなフィアさんに恨みとか怒りとかはまったく湧いてこなかった。むしろエクセルが彼女達の誰かと幸せになってくれればいいと思った。
そんな私とフィアさんのやり取りを盗み聞きしていたらしいレダが、フィアさんがいなくなったあとに私に近寄ってきていきなり頭をわしゃわしゃと撫ではじめた。
「不器用だな」
レダの頭の撫で方が相当不器用だったのもあって、そう言ってきたのには正直笑えた。きっと私とレダは似たもの同士なのかなと、そう思った。
「ほんとにね」
そんな自分が嫌になることには、もうなれた。なれすぎたせいか、むしろ自分らしいなあと思えてくる。
「レダ、知ってる?」
「何をだ」
こちらを見下ろすレダに、小さく笑う。
「さようならは、思い出に変わるんだって」
レダに向かって言いながらも、本当は自分に言い聞かせていた。
このときに、エクセルへの思いを断ち切った気がした。断ち切れたのだと、そう思う。
それから、皆と普通に、朝起きて一緒に食事が取れるようになっていた。最初ルゥリさんは嫌そうな顔をしていたけれども、なれてしまえばその視線を無視することは容易かった。エクセルの視線も気になったが、隣に座って一緒にご飯を食べてくれるレダがちょくちょく話しかけてくれたから、そんなに気にならなかった。
「つらくない?」
木の枝に座って、赤に変わりつつある青空を見上げている私に、膝の上で丸まっているロゼが聞いてきた。ふわふわの毛並みをそろそろ撫でると、ロゼが気持ちよさそうに目を細めた。
「ううん、別に。ロゼそんな重くないし」
「そうじゃないってば! エクセルのこと!」
むきーと叫ぶロゼに、私は微かに笑うことしかできなかった。
今更、そんなことを言われても正直困るのだ。自分としてはもう吹っ切れた状態だと思っているから、過去のことを振り返りたくはなかった。でも、ロゼは多分私のことを心配しているからの行動なのだと思う。泉で泣いて家に帰ってきてからロゼと話す機会はあまりなかった。だから今聞いてきたのだろうなと思った。
「特には。しいていうなら、どうか未来永劫お幸せに、と思うよ」
私がけろりと言ったのが癪に障ったのか、ロゼは私のことをキッとにらんでくる。
「そうじゃない! はいっつもそうだ! 自分のことは棚に上げて、他人のことばっかり気にかけて…!」
久しぶりにこの子に怒られて、しかも本気で怒っているんだろうけれど外見のせいで覇気が全く感じられなくて、私は思わず噴出してしまった。ロゼはそんな私を見て、むすっと顔をしかめて身体を丸めてしまう。私はそんな背中を撫でながら、自嘲気味に笑った。
「だって、此方から彼方までずっと一緒にいることなんてできないんだよ? ――いつかは別々の道を行くんだから、今がいい機会なんだと思う」
いい具合に記憶も無くなってる訳だし、と冗談めいてそう言った私に、丸まっていたロゼは心配そうな顔をこちらに向けた。膝の上から立ち上がって私の肩までよじ登ってきて、ぺろりと私の頬をなめた。まごうごとない不意打ちだったと思う。
「僕は、前みたいにエクセルと仲良くしてほしい。…いくらなんでもこれじゃあ――」
そう言ってロゼは言葉を中断して、頭をぎゅうっと肩口にうずめてから、小さくなんでもないと呟いた。私も深く追求はしなかった。未だにしがみつくロゼをそろそろ撫でて、空に目を移す。
「あ、あのっ」
その声に疑うこともせず、条件反射で下を見下ろした。見慣れた姿をした人が、私を不安そうに見上げている。――エクセルだった。私は内心しまったと思いながら、どうすべきか迷った。声をかけるべきなのか、何もしてやらないべきなのか。
ぎゅっと腕に爪を立てられる。さほど痛くはないが、犯人だろうロゼを見れば真剣な面持ちでこちらを見ている。というか、睨んでいるという言葉に近い。エクセルを見下ろせば相変わらずというか、おおよそ声をかけたはいいが何を話したらいいのかわからないという事だったらしく、困ったように何かを言い渋っている。
記憶はなくても、他人みたいでも、やっぱりエクセルはエクセルで、そんな彼を突き放すことはできなかった。
「私に、何か用事?」
言うと、腕に立てられていた爪がすっとなくなる。ロゼが満足そうに身を摺り寄せてきた。現金だなあ、とロゼに視線で訴えると、ロゼはお構いなしらしく満足そうに笑った。
「その、えっと…」
エクセルはそういって、本当に困ったように眉を下げた。助けを乞うみたいに見上げてくるから、正直困ってしまう。何十秒まっても、何にも言ってこないから、私は小さく溜息を吐いてロゼの背中を撫でた。
空に目を移しながら、やっぱり、話しかけようとしてきたときに睨んだのはよくなかったのかなあと、少しだけ後悔した。
「何か言ってあげてよ…」
ロゼがいきなり耳元で、呆れたように言ってくる。
「どうして?」
私は何気なしに聞き返すと、ロゼが腕に爪を立てた。
「あーもう、わかったよ」
言うとロゼの爪が引っ込む。ああもうやけくそだと私はエクセルを見下ろした。ロゼの首根っこを掴んで、引っぺがす。何事かと私を見上げるロゼに、心の中でごめんと謝ってから下のエクセルに向かって投げた。
「ぎにゃあああ!!」
「うわああっ!?」
両者の悲鳴が重なる。エクセルはあたふたしながら落ちてくるロゼに手を伸ばして、なんとかロゼを抱きとめた。ロゼは尻尾を真っ直ぐに立ててエクセルにしがみついている。どうやら大丈夫そうだ。
「あ、危ないじゃないかっ」
思ったとおりのエクセルの言葉に、私は小さく笑った。
「ロゼには羽があるでしょ」
言うと、エクセルは今更気付いたような顔をしてロゼを見下ろした。やっぱり記憶はなくても、仕草は前のエクセルそっくりなのだと感じた。記憶はなくしても身体は覚えているとか、そういうやつなのかなと少しだけ考えた。さてこれからどうしようと、私はエクセルの腕の中のロゼを見下ろす。ロゼといえば恨めしそうに私を見上げてくるだけだ。小さく溜息を吐いてから、エクセルを真っ直ぐに見る。
「ロゼを迎えにきたんでしょ?」
まあそういう目的じゃないと私には近づかないだろうと思いながら、できるだけ優しく言ってみると、エクセルは目を見開いてからしどろもどろになってその、と小さくつぶやいた。おずおずと伺うように見上げてくるので首を傾げて見せると、しばらくしてからエクセルはやっと口を開いた。
「こ、ここにいてもいい?」
多分、私は酷く間抜けな顔でエクセルを見下ろしているんだろうと思った。そんなエクセルの腕の中で蹲っているロゼも、おんなじようにぽかんとした顔をしてエクセルを見上げている。そんな私とロゼとは対照的に、エクセルはいたって真面目な顔だった。
「…それだけ?」
苦笑交じりに聞き返してみると、エクセルはあっと声を上げてから、顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。そんなエクセルの反応を見るのも久しぶりで、思わず口元が緩むのを感じた。
「うんと、…別にここ、私の縄張りってわけじゃないよ?」
言うと、エクセルが私を見上げる。なんだかおかしくて笑うと、エクセルが目を見開いて、今以上に顔を真っ赤にした。そんなエクセルがなんだか微笑ましくて、懐かしすぎて、見ているのが辛くなってきたから、私は視線をまた空に向けた。下のほうであ、とエクセルの名残惜しそうな声が聞こえて、ややあってからさくさくと草を踏むような足音がした。それからしばらくして、どうしてもエクセルが気になったから見下ろすと、木にもたれかかるようにして根元に座り込んでいた。
何しにきたのと聞きたかったけれど、勇気がなくてできなかった。仕方無しにまた空に目を向ける。夕焼け交じりの空にふわふわ浮かんでいる雲がなんだか美味しそうだなあとぼんやり考えていると、私のいる木のほうにぴちぴちと鳴き声を上げながら小さな鳥が飛んでくる。小さな翼を動かして飛び、私の座っている枝より一つ上の枝に鳥はとまった。見上げると、鳥と目が合う。左手を伸ばしてみると、鳥はぴちぴちと鳴きながら首をかしげるようにせわしなく動いて、羽を広げて飛び降りた。
そして、私の手首辺りにちょこんととまって、座り込む。
「人懐っこいね、きみ」
ぴちちと鳴いて首をかしげる姿に、私は苦笑するしかなかった。と、頭に重みが加わる。ぴち、と小さな鳴き声が聞こえて、私はぽかんと驚くことしかできなかった。頭の上にいるだろう鳥の容姿は多分、左手にとまっている奴と似たり寄ったりなんだろうと思った。その鳥に右手を近づけてみても、何も反応はない。人差し指で軽く羽毛を撫でても、少しだけ瞬きする程度だった。
もしかして私のことが怖くないのだろうか、と思ってしまえば、やたら傍若無人な態度のこの鳥たちにも納得がいった。一匹、また一匹と私の周りに鳥が増えていく。太ももに鳥の足の爪が食い込んで痛かった。しばし鳥を睨みつけてみるけれども、何も変わらない。
小さく溜息を吐いて、下に座っているだろうエクセルをちらりと見下ろしてみると、以外にもエクセルは私を微笑ましそうに見上げていて、思わずビクリと身体が震えた。その反動で鳥が飛び立つかと思って視線を戻したが、意外にも彼らは落ち着いた様子で座り込んでいる。もう私の事は恐れるに足りないのかと項垂れそうになりながら、またエクセルを見下ろす。エクセルは今さっきの微笑ましそうな顔とは打って変わって、照れたようにあたふたしながら、ややあって照れくさそうにはにかむように笑ってみせた。思わず、条件反射という感じで、視線を元に戻した。でも、未だにエクセルからの視線は感じる。
はやくいなくなってくれないかなと思った矢先、ざくざくと小走りで草を踏みしめる音が聞こえた。途端に鳥たちはいっせいに飛び立つ。鳥の後姿を目で追ってから、何事かと下を見下ろすと、見慣れたツインテールの少女がいた。
「ルゥリっ…!」
慌てたようなエクセルの声にかまわず、ルゥリさんは嬉しそうにエクセルの手を引っ張って無理矢理連れて行く。引かれながらエクセルがこちらに振り返って助けを求めるような視線を送ってきたので、私は慌てて視線をそらした。
それからしばらくして、二人の足音が聞こえなくなってから、情けないなあと私は盛大に溜息を吐いた。肩膝を立てて目がしらを押し付けると、ぴちちとさっきの鳥の声がした。顔を上げると、手首に止まっていた奴とそっくりな鳥が私の左手首にちょこんと座り込んでいた。恐る恐る人差し指でくちばしを撫でると、鳥は何を思ったか指先を啄ばんできた。
なんだか無性に可愛くて、しばしそれに没頭する。
「…何やってるんだ、お前は」
いつの間にやらいたのだろう、レダが私の横にふわふわ浮いていた。うわっと悲鳴をあげて驚いた途端、枝の上でバランスを崩す。せめて鳥は巻き込まないようにと左手を振ると鳥はその場から舞い上がった。そのまま落ちそうになって、すんでのところでレダに腕をつかまれ支えられてしまった。鳥といえばまた私のほうに飛んできて、左肩にちょこんと座った。そんな鳥を見て、レダはほんの少しだけ口元を緩めた。
「懐かれたな」
「みたい」
翼を広げて地面に降り立っても、鳥は私から離れようとはしなかった。仕方なく私は溜息を吐いてから、正面に立つレダを見上げる。
「どうかしたの?」
「飯だ」
言って、すぐにレダは踵を返してしまう。私も慌ててその後姿を追いながら、肩にとまっている鳥を見た。離れる様子はないから、鳥に向かって当たらないようにデコピンをしてみると、鳥はびっくりしたのか翼を広げて飛び上がってから、また私の肩に舞い戻ってきた。もう一回デコピンしてみるけれど、今度はびくともしなかった。
「……おまえ、名前はほしい?」
ぴち!とやたら気合の入った鳴き声が帰ってきた。やたら感情豊かな鳥に微妙に引きつった笑みを浮かべているのが自分でも解った。
夕飯を食べ終えてしばらくしたあと、皆が自室に戻った中で、私は今で小さな鳥に餌をあげていた。餌とはいっても夕飯の残りのパンなのだけれど。小さなパンの塊をちみちみとつついては、嬉しそうにぴちぴちと鳴いて、尾羽を揺らす姿は微笑ましかった。
「名前、決まったのか?」
向かい側に座っているレダが頬杖をつきながら眺めてくるから、私はやや苦笑して見せた。
「ぴちぴち鳴くからピッチ」
私が言うと、ピッチはやっぱりぴちぴち言いながらパンをつついた。それを眺めてから、反応のないレダに心配になって恐る恐る見上げると、情けないような、悲しそうな目でピッチを見ていた。
「お前も哀れだな。こんな奴に懐かなければ、もっとマシな名前が貰えただろうに」
「…馬鹿にしてます?」
口元を引きつらせて言うと、レダはやや乾いた笑みをこぼした。ああきっと馬鹿にしてるなと思いながら、だってトリとかナナシとかって名前よりは、ちょっとはマシじゃないかとぶつくさ愚痴をもらしてみたけれど、レダは相槌を打つ事はおろか、特に何の反応も示さなかった。ただまじまじとピッチを見つめている。私は小さく溜息を吐いて、ピッチを見つめた。
ピッチをこの家に連れて帰ってきたときの暴れようは、相当なものだった。とりあえずルゥリさんに威嚇してつつきまわってからフィアさんとシエラさんを追い掛け回して、それから物をぽいぽい投げてくるルゥリさんに怯えたのか私の服の中に潜ってしまった。くすぐったくて笑いを堪えていたら、あろう事かレダが服の中に手を突っ込んできた。
まあそのおかげでピッチも無事に出てきたし、別にやましい事はされてないし、レダもそういう気持ちはない事をわかってたから別にそんなには気にしなかったけれど、あの時のみんなの視線と黄色い声はなんだかすごかった。自分はあんな声は一生頑張っても出せないなあと思ってから、あの時エクセルが立っていた場所を見た。
あの時エクセルは、今まで見たことないような瞳をしていた。寂しそうで悲しそうで、けれども今にも怒り出しそうな、そんな目だった。レダがあの眼差しに気付いていたかはどうかは知らないけれど。
わっかんないなあと、私は頭を抱えた。いつものようにはにかんで笑うエクセルと、今まで見たことない表情をするエクセル。正直、エクセルが何を思い、何を考えているのか、さっぱりわからなかった。前はそんなことなかった気がするのになあ、と考えてから、泉でのフェアリーの言葉を思い出した。
――――そうして世界は、くるくる輪廻してくのよ?
「…時代の流れなのかな」
呟くと、レダはふんと鼻で笑ってから、
「頭でも打ったか?」
そう言った。怒りも何も湧き上がってこなかった。
次の日の朝、皆はピッチを警戒しているらしく、私の上着の胸ポケットに入っているピッチに怪訝そうな表情を浮かべた。狭そうなポケットにすっぽりと納まっているピッチは、以外にも居心地がよかったのかまったく暴れようとはせず、むしろ上機嫌でぴちぴち鳴いている。
今日の朝ごはんは昨日の晩御飯と同じパンだった。けれども昨日のとは違って色の黒いパンだった。クルミも入っていたしピッチが食べれるかどうか不安だったけれど、以外にもピッチは小さなくちばしで美味しそうに啄ばんだ。
「、行儀悪いぞ」
肘を突いて餌を上げていたせいか、レダにそういわれて私は無言で姿勢を正した。手作りだろうイチゴジャムをパンに塗ってから、かじりつく。銜えたまま口をもぐもぐ動かして、強請る様にうるさく鳴きはじめるピッチに小さくちぎったパンを与えると、ピッチは驚くくらい大人しくなった。それから銜えていたパンを手で持って食べ始めると、レダが小さく溜息を吐いたのが聞こえた。
「仕方ないでしょ、ピッチがうるさいんだもの」
スープを飲みながら言うと、レダはやっぱり同じように溜息を吐いてから。
「人様の家だろうここは。マナーは守れ」
言われて、私はうぐっとつまる事しかできなかった。確かにここは自分の家ではないわけで、少しだけこの家の住人に申し訳なくなった。またピッチにパンをちぎって渡してから、自分のパンをかじる。それを交互にすると、レダからの注意はぴたりとなくなった。どうやら銜えたままがよくなかったらしい。
「ごちそうさまー」
ルゥリさんが席を立って、食器をキッチンへと運んでいく。食べ終わるのはやいなあと思いながらもそもそとパンをかじっていると、ふと唐突に、唇の右端に冷たいものが触れた。それは何かを拭うようにすぐに離れてしまう。慌てて右側に座っているレダを見ると、ぺろりと人差し指を舐めていた。
「ああ、ジャムがついていた」
悪びれた様子もなくしれっと言いのけるレダに、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「あ、あのね…マナーに反するんじゃないの、これは?」
「お前の口の周りのほうが見苦しい」
あ、あははと引きつったように笑って見せると、レダは溜息を吐いてからスープを一気に飲んで、ごちそうさまでしたと席を立つ。その後姿に内心覚えてやがれと毒づいてから視線を戻すと、エクセルがこれみよがしに慌てて視線をそらした。んー、と首を傾げてみるけれど、ピッチがご飯をねだるように鳴きだしたからそんなには気にしなかった。
ピッチがパンを食べなくなった頃には、もう皆はごちそうさまを済ませていた。フィアさんにごめんなさいと内心謝ってから、食器をまとめて持ち席を立つ。キッチンに行くとフィアさんがみんなの分の食器をせっせと洗っていた。
「ごちそうさまでした」
にこりと笑っていって、踵を返そうとすると、あの、とフィアさんに呼び止められた。振り返って首をかしげると、フィアさんはその、とやや言い渋る様子を見せてから。
「…エクセル様の様子が変なんですけれど、何か心当たりとかは、ありますか?」
ぱちくりと瞬きしてから、私はふるふると首を横に振った。エクセルの様子が変と彼女は言ったけれど、どう見てもいつもどおりだと思うのだ。そんな私の反応に、フィアさんは落胆する様子を見せてから、そうですかと寂しそうに言った。それから食器を水でゆすぎながら、ぽつりと呟く。
「さんは、レダさんとお付き合いなさってるんですか?」
またもや同じように私はぱちくりと瞬きしてから、ふるふると首を振った。レダと私が付き合うなんて、冗談じゃないと思った。
「そんなことがあったら、世界は天変地異になって滅亡すると思う」
ありのままを言うと、フィアさんは今日初めて、私に向かって小さく笑ってくれた。
「…って、フィアさんに言われたんだけど」
昨日と同じ場所で、ピッチを肩の上に乗せながら、一つ上の枝に座っているレダに言うと、レダはふうんと小さく呟いてから。
「お前、気付いていなかったのか」
さも意外そうに、そう言った。
「いや、なんかちょっとエクセルの視線が気になるなーっていうのはあったけど…」
そんなに変じゃないよね? と聞いてみると、レダは盛大に溜息を吐いて見せた。なんだよその呆れたような溜息、と言う前に、レダが呆れたように珍しく表情を崩して見下ろしてくる。思わずビックリして固まっていると、レダが口を開いた。
「エクセルも鈍感だが、お前がその倍以上だって事を忘れていた」
その倍以上てことは、私は超鈍感なんですか、と口元がひくつくのを感じた。ていうかエクセルよりは鈍感じゃないと思うのだ。ていうか鈍感って言うのは気の利かない奴のこととか、感覚が鈍い奴のことを言うんじゃないかと心の中でレダに文句を言ってみると、レダはそんな心を軽々と察したのか、翼を広げて私の傍に降りてきた。
「感覚や味覚の鈍感じゃない、お前は感情の方の鈍感だ」
言われて、意味が解らなくて私は首をかしげた。するとレダはふんと鼻で笑ってから、
「後は自分で考えろ」
そう残して、どこかに飛び去って行ってしまった。取り残された私は、どうしたらいいのかわからなくてピッチを見下ろした。ピッチもぴち?と鳴きながら首をかしげて、丸っこい瞳で私を見上げてきた。ピッチに聞いてもどうしようもないなあと思って、私はレダが飛んでいってしまった青空を見上げた。
確かにエクセルは変わったと思う。リヴィエラに下りてきて初めて会ったときとは比べると、友好的に私に接するようになった。とはいっても、2、3度しか話したことはないが。
でも、怯えるように私を見ていたのに、今はなんとなく怯えとは違うものが感じられるのだ。よくわからないけれど。
「むずかしーなー」
考えていると頭が爆発しそうになったので、気分転換に散歩でもしようと私は考えた。枝から下りようと下を見下ろすと、驚いたことにエクセルがいた。私は思わず吃驚して、不覚にも枝の上でバランスを崩した。うわっとかいう色気のない悲鳴をあげて、背中から落ちる。
「危ないっ!」
エクセルの声に、私は慌てて背中の翼を広げた。羽ばたいても、少し落下スピードが減速しただけで、宙に浮くには間に合わなかった。そのままぼすんと、エクセルに抱きとめられる。ぱちくりと瞬きしてエクセルを見上げると、エクセルもまたぱちくりと瞬きをするだけで、私を地面に降ろす素振りは全くといっていいほど見せてくれなかった。こんな歳になってお姫様抱っこというのはやはり抵抗があるわけで。
「…あの、おろしてくれないかな?」
なんとなく気恥ずかしさを感じながらいうと、エクセルはややあってから顔を真っ赤にした。
「ご、ごめっ…!」
あたふたしながら、危なっかしく私を地面に降ろした。ちょっとこけそうになったけれど、踏ん張ることでなんとか堪えた。そしてあらためて、エクセルを見る。身長差のせいで、自然と見上げる形になってしまう。そういえば真面目にエクセルと向き合って話したのは、泉に行った日だったよなあとぼんやり考えてから気恥ずかしくなって、指で頬をかきながら俯きがちになって思わず苦笑した。
「その…ありがとうね」
言うと、エクセルも照れくさそうに笑った。
「ううん、気にしないで」
それっきり会話がぱったり途絶えて、気まずくなる。心の中でレダカムバックと何回も言ってみてもやっぱり都合よくレダが現われる気配は感じられなかった。
その代わりに、エクセルのはるか後ろのほうで、緑色の髪を揺らしてやってくる子を見つけた。
「エクセルさん、後ろ」
指差すと、エクセルはつられて後ろを見た。フィアさんがちいさく笑って、私たち――正確にはエクセルだけだろうけれど――に手を振った。溜息を吐いてからエクセルに、幸せになれよと心の中で呟いた。
「それじゃ、私、行くね」
翼を広げて、宙に浮く。
「あ、ちょっ…まって!」
すかさず、エクセルが私の手を握った。思わず目を見開くと、エクセルは困ったように眉を下げて私を見てから、そろそろと手を離した。ぬくもりがはなれていくてのひらを、そよ風が撫ぜた。
「…なんでも、ない」
「そっか、それじゃあね」
俯きがちなエクセルに小さく笑ってから、私は青空をとんだ。今まで肩にとまっていたピッチも小さな翼を広げて、めいっぱい風を受けて空を飛んでいた。
気持ちいいなあと思いながらも、心のどこかではエクセルのことを心配している自分がいて、私はその考えを振り払うように首を振った。
なんとなく、やっぱりエクセルとは話さないほうがいいと思えてきた。むしろ、いっそのこと突き放したほうが彼のためになるんじゃないかと思った。
なんて、ロゼに相談してみたら、ロゼは寂しそうな眼差しで私を見上げてきてから、の好きにするといいよ、って小さく呟いた。
「ロゼにはエクセルと仲良くしてほしかっただろうけど、どうしても私には無理なんだ。ごめんね」
言って、ロゼの頭のてっぺんから背中までするりと撫でてから、笑って見せると、ロゼはとことことエクセルの部屋に戻ろうとしてから、また私のほうに走って戻ってくる。
「や、やっぱりダメ! そんなこと、僕、絶対耐え切れないよ!」
泣きそうな声に、私は笑うしかなかった。
「ごめんね、もう決めちゃったから。私が頑固なの、ロゼもよくわかってるでしょ?」
言うと、ロゼは泣きそうな顔をしてから、とたとたと足音を残して走っていった。肩に乗っているピッチが弱弱しいトーンで小さく鳴いたから、私は小さなくちばしを何度も撫でた。
「私の周りって、優しい子ばっかりだ」
ピッチが鳴きながら首に擦り寄ってくるから、泣きそうになるのを必死に堪えた。
「…」
リビングで1人っきりでお茶を飲んでいると、案の定というか、エクセルがやってきた。
「ん、何?」
カップに残り少ないお茶を飲んで、私はエクセルを見上げながら言うと、エクセルはやや言い渋ってから、その、と呟いた。
「話あるんだけど、いいかな?」
これはもしやチャンスかな、と私は思った。こうもはやく機会がやってくるとは思わなかったし、心の準備もあんまりできてなかったから、なんとなく緊張した。でもいつしか言わなければならないのだ、絶対に。
「…私も、話ある」
「え…?」
エクセルが戸惑ったように私を見つめた。俯きがちに自嘲してから、エクセルを見上げる。そして小さく、にこりと笑って見せた。
「あの、エクセルさん。こう言っちゃなんだけど、私になれなれしく話しかけてくるの、止めてもらえないかな」
なんて酷いことを言っているんだろうと思ったけれど、それが自分の口から発せられているというリアルな実感は湧かなかった。ただ、淡々としていたと思う。自分でも恐ろしいくらいに、声が澄んでいて、ぽろぽろと言葉が出てきて、正直吃驚した。
エクセルを見れば、何を言われたのか理解できないらしく、ぽかんとしたまんま、椅子に座っている私を見下ろしている。
「鬱陶しいから、話しかけるの、止めてほしい。視界に入るなとまでは、言わないから」
言い終わってから真っ直ぐにエクセルを見つめると、エクセルは悲痛そうな顔で私を見た。ごめんね、とエクセルに何回も言ってから、これから酷いことを言う私をどうか許してほしいと心の中で願った。
「正直に言うと、嫌い。……――あなたなんか、大嫌い」
睨みながら言うと、エクセルは目を見開いて、それから呆然と私を見て、泣きそうな顔を作ってから家の外に飛び出して行ってしまった。
「エクセル!」
声と共にロゼが階段から転がるように飛び降りてきて、玄関のドアから闇夜に飛び出していく。盗み聞きしてたのかと、ロゼが出て行った玄関を見てから階段のほうに視線を移すと、レダが不服そうな面持ちでそこに立っていた。つかつかと足音を立てて歩み寄ってくるレダは、私の傍で足を止めると、右手を振りかざした。私は条件反射で身をすくめる。
と、首根っこを掴まれて、家の外にピッチと共に投げ出されてしまった。
「…殴らないの?」
「あそこまで言えたのは賞賛に値してやる。だからさっさとエクセルを連れ戻して来い」
私は見下ろしてくるレダに、ふるふると首を振った。
「無理だよ。他の子に任せるべきだと思う」
言うと、レダは小さく溜息を吐いてから、私を優しげな眼で見下ろした。
「たまには、自分の感情に素直になったらどうなんだ? この鈍感娘」
そう言ってレダは静かにドアを閉めた。
どうしようかと私は呆然とドアを見つめる。このままじっと待っていればきっとロゼが連れ戻しに来てくれるだろう。私が動くことはないなと、その場に座り込もうとすると、ピッチが勢いよく私の頬をつついてきた。
「い、いたっ! 痛いってば!」
見るとピッチは、睨むように私を見つめてくる。行け、ということなのだろうか。しばらくピッチとにらみ合っていると、また頬をつつかれた。ちくちくと容赦ない突付きに、私は我慢できずに叫んだ。
「もう、わかったよ! エクセルのこと探しに行くから!」
するとピッチは満足そうに鳴いて、羽を広げて飛び立った。私も負けじと羽を広げて飛び立つ。
探すとは言ったものの、正直何処を探したらいいのかわからなくて、とりあえず私がよくいる木のほうへ飛んで行って見たが、誰もいなかった。そのあたりをぐるっと回って探してみたが、やっぱりエクセルの姿はなかった。うーん、としばらく考え込んでから、とりあえず自分が泣きじゃくった泉に行ってみようと、また羽を羽ばたかせた。
闇夜の中木々の合間を縫うように飛んで泉のほうまで来ると、蹲るように座っているエクセルとその脇に座っているロゼを見つけて、私は慌てて近くの茂みに隠れた。ピッチが暴れるかとそわそわしたけれど、以外にもピッチは暴れることなく私の肩にちょこんと座った。
「エクセル、泣かないでよ…」
ロゼの声が聞こえて、反射的に私はびくりと身をすくめた。あのエクセルが泣いているのかと疑問に思ったから、私はそろそろと茂みから顔を出した。エクセルが手の甲で目を拭っていた。本当に泣いているんだと思ったら、どうしようもない罪悪感で押しつぶされそうになる。
「だって…が、僕のこと、……嫌いだって…!」
嗚咽交じりの声に、びっくりしてしまった。特に嫌い、と言った辺りから、嗚咽が一層酷くなる。そこまでショックだったのかと、エクセルにあんなことを言ってしまったのをあらためて後悔した。それが罪悪感とぐちゃぐちゃに混ざり合って、私に重くのしかかってくる。
「違う! はエクセルのことは嫌いじゃない! あんなこと言ったのは、なりにエクセルのことを考えて…!」
「なりに僕のことを考えてって………じゃあ、なんで僕に嫌いなんて言うんだよ…」
そういってエクセルは、膝を抱えて顔をうずめてしまう。ロゼもエクセルになんて言葉をかけたらいいのかわからないようで、戸惑いがちにエクセルに擦り寄った。私は茂みに顔を引っ込めて、小さく溜息を吐いた。
これはもう慰めるのは無理だよ、とここに居ないレダに心の中で呟いて、私は肺の中に溜まっているもやもやした空気を吐き出した。それでも、心地の悪いもやもやは消えてくれない。ずきずきと胸が痛んで、思わず膝を抱えた。どうしたらいいのかわからなくて、ただぼんやりと夜空を見上げた。
「また、泣いてるの?」
いきなり、突拍子もなく横からそういわれて、声を出しそうになったから慌てて両手で口を覆った。見ればいつかのフェアリーが1人だけ浮遊している。きょとんとこちらを見てくる彼女に私は違うと視線で訴えてふるふると首を振ると、フェアリーは茂みの奥にいるエクセルにちらりと視線を向けた。
「あの子のことが、心配なの?」
どう対応しようか迷った挙句、人畜無害なフェアリーなんだから素直になろうと、小さく頷いた。そんなフェアリーはやや考え込んでから、どうして?と小首を傾げて聞いてくる。
「どうして、あの子の事が心配なの?」
私はぱちくりと瞬きをした。それから、どうしてエクセルのことが心配なんだろうと自分に問いかけてみるが、特に答えは見つからない。寧ろ、レダやピッチに言われるがまま従い、ここに来てしまったのだと思う。でもそんな言葉ではこの感情は収まりきらなかった。
そんな私にフェアリーは小さくくすりと笑って、耳元にそっと顔を近づける。
「好きなのね?」
一気に、顔が熱くなった。多分ぼっと音を立てるくらいだったと思う。慌ててフェアリーから距離を置いて、両手を交差させて顔を隠して、ぶんぶんと首を振った。いやそんなことはあるわけないと必死に否定するけれど、完璧には否定しきれない。エクセルへの思いは断ち切ったはずなのに、そう思い込んでいただけで、本当は未練たらたらだったのかと思うと、女々しくて情けなくて恥ずかしかった。きっと穴があったら入り込んでいただろう。
そんな私にフェアリーは小さく笑って、また近づいてくる。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。他人を好きになるって事は、大事なことよ」
フェアリーの小さな手がそろそろと私のほっぺを撫でた。
「…この前泉で泣いてたのは、彼のせいだったのね」
にこりと笑って言う彼女に、ぱちくりと瞬きして、どうして解ったんですか!と視線で訴えると、フェアリーはさもおかしそうにくすくすと笑った。
「だってあなた、前とおんなじで、あったかくて優しい心をしてるもの」
きっと彼のことを考えると、自然とそうなってしまうのね、とそう付け足して、フェアリーは微笑ましそうに私を見た。なんだか図星を突かれた気がしてうぐっとつまってしまうと、フェアリーはそんな私がおかしいのかくすくすと笑って、鼻の天辺を人差し指で優しく押した。
「今仲直りしないと、あなたはきっと後悔するよ?」
そうだろうな、と思った。私自身仲直りして後悔するよりも、仲直りしなくて後悔するほうの気持ちが大きいような気がしていたのだ。目を伏せて小さく頷くと、フェアリーはいいこいいこ、と私の頭を撫でた。
と、いきなりピッチが私の肩から飛び上がる。止めようと手を伸ばしたけど、ピッチは私の手をすり抜けるように、泉のほうに飛んでいってしまった。多分きっとエクセルのところに飛んで行っただろうと想像し、もう後戻りできないのだと思わず頭を抱える私に、フェアリーはくすくすと笑う。
「泣いた後には、何が待ってると思う?」
前のような謎かけをしてくるから、私は首をかしげた。フェアリーは小さく笑って、私の額を小突いた。
「泣くとね、身体の中にあるどろどろしたものとかが全部流れ出てって、心が透き通るから綺麗な笑顔になるの。空だって泣いたあとは透き通った青空を見せるでしょ?」
頑張ってね、と語尾に付け足して、フェアリーは木々の間へと飛んでいってしまった。あんなに応援してくれたんだから、やれるだけはやってみようと、私は翼を広げてエクセルのほうへと音もなくとんだ。
ロゼは飛んできた私を見て、嬉しそうに笑った。ピッチといえば、膝を抱えて蹲るエクセルの肩にとまって、ぴちぴち鳴きながら耳を軽く啄ばんでいる。
「…エクセル」
名前を呼ぶと、彼はびくりと身体を震わせてから、そろそろと顔をあげて、私を見た。泣き腫らした真っ赤な目で怯えたように私を見上げてくる。私はその場にしゃがみこみ、そろそろと彼に手を伸ばすと、彼は目を見開いてからその手を払った。
ピッチが驚いて飛び上がり、私の肩に舞い戻ってくる。私は叩かれて赤くなった手の甲を見ながら、やっぱりあんなことを言われたら嫌いになるよなあと自嘲してエクセルに視線を戻した。エクセルは今にも泣きそうな顔で私の手を見て、また膝を抱えて蹲ってしまった。
さて、どうしたらいいものやら、と私は膝を抱えるエクセルを見る。ロゼが心配そうに見上げてくるから苦笑し返すものの、本当に、どうしたらいいのかわからないくらい、酷く戸惑っていた。今まで一度もエクセルが泣いてる所なんて見たことないわけで、…というか、そもそも他人の泣いている場面に出くわしたことなんて皆無に等しいわけで、謝るべきなのか慰めるべきなのか怒るべきなのかわからなかった。
「エクセル」
名前を呼んでもうんともすんとも反応してくれなくて、なんだか途方に暮れた気分だった。どうしたらいいのか、本当にわからない。
「…ごめんなさい。あんなことを言ったのは、自分でも酷いと思ってる」
そう言ってから、次にどうしたらいいのかもうわからなさすぎて、半ば自棄気味になったのかもしれない。なんとかなるだろうと自分を励まして、おずおずと口を開いた。
「その、あんなことを言ったのは、……エクセルが記憶をなくして、この世界で前よりも幸せそうに暮らしてるから、もう私がいなくても大丈夫なんだなって思ったからなの」
私自身、自分でも何を言ってるかわからなかった。頭がぐちゃぐちゃにこんがらがってしまって、もう何がなんだかわからなくなる。
「今までずっと、私は依存するみたいにエクセルと一緒にいたから、これはエクセルから離れるにはいい機会なのかなって………だから――」
言って、言葉を飲み込んだ。思わず、私の胸の内全てを打ち明けそうになる。でも、言うべきなのかなと必死に迷って、俯いた。言わないで後悔するよりは言って後悔したほうがいいと思ったから、ぎゅっと目を瞑って、口を開く。
「私のことを全部忘れちゃったエクセルが、すごく憎くて、すごく怖かった。エクセルはもう私の知らないエクセルになってて、…わたしの大好きなエクセルはもういないんだなってすごく悲しくて、だから、いい思い出にして終わらせようって、思ったの」
声が震えていて恥ずかしかったけど、必死に息を吸いこんだ。
「――ごめんね。エクセルは悪くないのに、泣かせちゃってごめんなさい」
そう最後に言って、俯いたまま、必死に涙を堪えた。思えば、今までのエクセルに対する行為は八つ当たりだったのかもしれない。どうしようもなく馬鹿で愚図な自分が情けなくて、堪えていた涙が溢れたから目を拭うと、いきなり抱きつかれた。ふわり、と懐かしい匂いが鼻先を掠める。首筋に顔をうずめられて、くすぐったくて慌てて引き離そうとしたけど、エクセルは私の背中に手を回して、ぎゅーっと苦しいくらいに力を込めてきた。
「え、エクセルっ…! くるし…っ!」
言うと、ちょっとだけ腕の力が緩んだ。でも、放してくれる気配はまったく感じられない。頭上でぴちぴちと鳴き声が聞こえて、ピッチがねたましく思えた。
何でエクセルが抱きついてきたのかまったくわからなくて、困惑気味にロゼを見れば、ロゼは柔らかくにこりと笑った。助けるつもりはないらしいその猫から視線をエクセルの背中へと移す。下ろしていた手をそろそろとエクセルの背中に回すと、エクセルは立てていた足を伸ばして、そのまま足の間に私を閉じ込めてしまった。
抱きすくめられている状態に思考が追いつかなくて、逃げることはできないなあとのんきに考えながらそろそろとエクセルの背中を撫でた。するとエクセルは息を呑んでからぎゅーっと腕に力を込めて、震える声で私の名前を呼んだ。
「なに?」
できるだけ優しく聞き返してみる。
「もうちょっと、このままで、いい?」
嗚咽交じりの言葉に私がゆっくり頷くと、エクセルは小さくありがとうと呟いて、私に少しだけ寄りかかってきた。小さく鼻をすするおとがして、それに少しだけ苦笑して、私はエクセルのことをぎゅーっと抱きしめた。
しばらくずっとそうしていると、ふと唐突に、エクセルに名前を呼ばれた。私が「ん?」と聞き返してみると、
「ほんとは、すごく、つらかった」
そんな事を言ってくるから、酷いことを言った私に対して言っているのかと、少しだけ身構えた。
「のこと、覚えてないって言ったとき、が泣いて家を出ていったのを見て、皆には気にするなって言われたけれど、を泣かせてしまったんだなって思ったら、ものすごくつらかった」
ゆっくりと確かめるようにぽつぽつ呟くエクセルが以外だったからちょっとだけ驚いて、背中を撫でていた手をぴたりと止めた。
「ほんとによくわからないんだけど、と話そうとしても睨まれたり、意図的に避けられたりして、すごく嫌だった」
嗚咽が混じってくるから、私はそろそろとエクセルの背中をまた撫でて、お話しするのゆっくりでいいよ、と呟くと、エクセルが小さく頷いた。エクセルが私の背中に回していた手を離して、そろそろと目を拭っているのがわかった。
「ロゼにそのことを言ったら、とは一緒にいないのが珍しいくらい凄く仲がよかったって聞いて、だからにああいう風にされるのが嫌なのかなって思ったら、妙に納得がいったんだ。の記憶がなくても、心はちゃんとのこと覚えてたのかなって」
なんだか、言ってることが、わからなくなってくる。別に、エクセルの言葉が変とかそういうわけじゃなくて、自分で頭の整理ができなくなっているのだ。ぐちゃぐちゃにこんがらがって、なんだかよくわからない。
そんな私をエクセルはやっぱり気にせず、ぽつぽつと言葉をつむいでいく。
「それで、木の上にいるに頑張って話しかけてみたら、が僕に笑ってくれて、別にの隣とかに座ってるわけじゃないけど、と時間を共有できてる気がしてすごく嬉しくて、これが自然に思えて――」
ひっく、と本格的に泣き出すエクセルを見て、私は彼の背中をぽんぽんと叩いてから、ゆっくりと頭を撫でた。
「――だから、レダとが仲良くしてるのを見て、自分でも驚くくらいすごくいらいらして、…レダにやきもち焼いてるって気付いたら、なんでやきもちやくんだろうって思って。そうしてやっと、が好きなんだなって、気付いた」
思わず手が止まった。今、彼はなんと言ったのだろうか。もう一回整理しようとしても、やっぱりまだ頭の中はごちゃごちゃしてて、上手くまとまらない。
「そのこと、この前フィアに相談したんだ。のどこが好きなのかって聞かれたとき、何も思いつかなくて、答えられなかった。……のこと、まったくわかんないのに。……でも、なんでかと一緒にいたくて、むしろのことが大好きなのが当たり前のことみたいな気がしたんだ」
ぎゅうっと名残惜しそうに抱きしめてから、エクセルはそろそろと身体を離した。潤んだ瞳で、私を見つめてくる。
「はほんとに、僕のこと、嫌い…?」
答えようによっては泣き出してしまいそうだったから、エクセルは卑怯だと思った。これがあれか、惚れた弱みとかそういう奴なのか、とぼんやり考えながら、ふるふると首を振る。エクセルがほんの微かに、目を見開いた。
「あんな事言ったけど…ほんとは、エクセルのこと、世界で一番すきだよ。だいすき」
言い終わってから、ちゅ、とエクセルの瞼に唇を押し当てる。それからそろそろと唇を離すと、エクセルは信じられないものを見るかのように私を見て、視線を落として、ややあってからぼろぼろ泣き出してしまった。思わずぎょっとしてしまう。それから慌ててエクセルの目元を袖で何度も拭ってあげた。
「ほ、ほらっ、泣かないの」
前髪を撫でながら言うと、エクセルはもっと泣いてしまった。
「だって、がっ…!」
好きって言ってくれるなんて思ってなかったから、とエクセルが嗚咽交じりに言う。それを聞いてなんだか気恥ずかしくなって、ちょっと嬉しくて、私は小さく笑ってエクセルを抱きしめた。
そういえば、エクセルは小さい頃は泣き虫だったなあとふと思い出しながら、またエクセルのほっぺに唇を押し当てた。
「」
下のほうで名前を呼ばれて、私は読んでいた本を閉じて下を見た。そこにはレダが呆れた顔を作って私を見上げていた。レダが次に何を言うかなんて容易く想像できたから、私はレダに苦笑して見せた。
「いい加減に、エクセルを助けてやったらどうだ」
遠くのほうで「やめてー!」とエクセルの声が聞こえる。それを追いかけるように女の子達の「浮気者ー!」という声が大きく響いた。エクセルがああなってしまった原因は自分にあるのだろうけれど、自ら危険な場所に好き好んで飛び込みたくはないのが現状で。
「殺されはしないでしょ」
あっけらかんとそう言ったらば、レダは盛大に溜息を吐いた。
「……酷い奴だな」
たちの悪いものでも見るかのような目に、少しだけむっとする。
「じゃあ、レダがいけばいいでしょ」
さっきまで読んでいたページを開いて、文字に目線を落としたときに、レダが私の座っている枝の上に飛び上がって腰をおろした。視線だけを上に向けると、レダの視線と見事にかち合った。
「…遠慮する」
ぽつんと、ひとこと。
「酷い人」
レダを見上げて小さく笑ってそういうと、草を踏みしめる足音が聞こえた。急いだ様子のその足音は、この樹のすぐ近くで止まった。文字に落としていた視線を、さらに真下へ向ける。そこにはぜえはあと息を切らしたエクセルが、私たちを見上げていた。
彼はぽかんとしたような表情をしてから、すぐにむっと頬を膨らませる。
「ま、また二人で一緒にいるし…っ!」
明らかなレダへの敵意に、レダは溜息を吐いて小さく両手をあげた。私も苦笑して本を抱えたまま枝から飛び降りてエクセルの傍に降り立った。ピッチが小さく鳴いて、私の肩に飛び降りてくる。
「…こっぴどくやられたね」
かすり傷だらけのエクセルに苦笑すると、エクセルは一層不満そうな表情を見せた。そんなエクセルの傷だらけの手をとって、左手をかざす。左手に神経を集中させて、エクセルの傷を撫でると、傷はすっかりふさがっていた。右手もおなじように治して、それから、ほっぺについている赤い一本線の傷をそっと撫でる。きれいにふさがったのを確認して、エクセルの折れた襟を立てる。
「ほかに、怪我したところはある?」
乱れた髪を撫でて直してあげると、エクセルはふるふると首を振った。それから不満そうに、愚痴をこぼす。
「ずるいよ。僕だけ置いて逃げるなんて」
「だってねえ…こわかったし」
朝食のときの話。私がエクセルと仲直りしたことを悟ったらしい隣に座っていたフィアさんが、気を利かせてエクセルと席を交換したとき、レダとエクセルとの間に板ばさみにされて思わず身構えて小さくなった私に追い討ちをかけるように嫉みや嫉妬を含んだ視線が送られてきた。向かいに座っている女の子たちの背後に悪魔めいたものがいるのが感じられて、朝食の味が全く感じられないくらいに私は怖くなった。
というのに、レダはそ知らぬ顔でもくもくとご飯を食べ続けているし、エクセルはなんだか嬉しそうだし、フィアさんは空気を読めずにけろっとした顔で「仲直りできたんですね」と喜びながら言うし、それに対してエクセルが照れながらはにかむように笑って頷くし。
その結果が、これだ。女の子達の怒りを買ってしまったらしい。まあ、そりゃあそうだろうなと思う。いきなりぽっと現われた私が、エクセルをかっさらってしまったんだから。
――っていったら、なんか私が悪女みたいで嫌だ。
「そもそも、エクセルもエクセルだよ。皆に八方美人に接してた結果がこれなんだから」
言いながら、エクセルの服についている土や埃とかを叩きながら払い落とす。エクセルを見れば、何がうれしいのか少しだけ笑っていた。
「えへへ、やきもち?」
「いや違うから」
否定してもエクセルのにへらーっとした嬉しそうな笑顔はおさまらなくて、私は盛大に溜息を吐いた。昔もエクセルの笑顔でゴリ押しされた覚えがたくさんあるから、多分エクセルの笑顔には一生勝てないだろう。
と、レダが地面にふわりと降り立った。
「来たぞ」
はるか遠方を見て呟くから、私はレダの視線の先を何気なしに見た。ツインテールの子と、真っ赤な魔女と、こうもりの羽の少女が真っ黒いものを背負いながら走ってこちらに向かってくる。
「うわ、すっごい執念」
「…おまえな」
思わず呟いたのを、レダが頭を軽く叩いて嗜めた。こらー!というルゥリさんの声に、思わず苦笑してしまう。
「…逃げるか」
「だね」
踵を返して颯爽と走り出すレダの後ろを追いかけるようにして、私はエクセルの手を引っ張って走り出した。エクセルはちょっとだけバランスをくずしてから、私と同じペースで走り出す。
近くの林に飛び込んでから森の中に入って、木の根っこに躓きそうになりながらも走っていると、エクセルが唐突に聞いてきた。
「二人は飛ばなくてもいいの?」
私とレダは顔を見合わせた。レダは小さく鼻で笑ってから視線を元に戻してしまう。なんにも言わないとはレダらしいなあと思いながら、不安そうな顔をしているエクセルに小さく笑って見せた。
「…飛んでほしい?」
聞くと、エクセルは小さく驚いてから、繋いでいる私の手をぎゅーっと握った。なんだかそれがおかしくて噴出すのを堪えながら、悪戯っぽく笑ってみせる。
「ほしいなら、そうするけど」
少しだけ羽を広げる仕草をして見せると、エクセルがもっと不安そうな顔をする。正直、失礼だけど面白いと思ってしまった。
「エクセルをからかうのもいい加減にしてやれ」
レダに頭をはたかれて、私は叩かれた場所を押さえた。エクセルの手を握って自分の頭を片方の手でさすりながら走るのは結構難しいものがあったから、さするのは諦めて走ることに専念した。
「僕のことからかってたの!?」
エクセルの耳を劈くような声に、思わずびりびりと痺れた。なみだ目でエクセルを見れば、むすっと不満そうな顔をして私を見ている。
「だって、エクセル面白いし」
素直な感想を述べると、エクセルはむっと眉を寄せて、私の手をぱっと離した。どうやら本気で怒ったらしい。ごめんってば、と謝ってもつんとそっぽを向いてしまう。はははと笑いながらレダに視線で訴えてみるが、我関せずといった感じで睨まれた。思わずうぐ、とつまってしまう。
「また二人してなんかしてるし…」
どうやらそのやり取りを見ていたらしいエクセルがぽつんとそう呟いたから、私はエクセルの手を取った。ぎゅーっと強めに握って、根っこに躓きそうになりながら、エクセルに向かって小さく笑う。
「やきもち?」
エクセルはちょっとだけ目を見開いてから、またむすっとしたような表情に戻る。
「…ちがうよ」
ぽつりと吐き捨てたような言葉に、思わず苦笑してしまう。
「素直じゃないなあ、レダもそう思うよね?」
レダを見上げながら言うと、彼は私たち二人を横目で見てから、呆れたように盛大に溜息を吐いて。
「……どっちもどっちだ」
そう言った。これは多分、めんどくさいから無難なこの言葉を言ったんだろう。つれないなあ、と私が小さく呟いて溜息を吐くと、レダは知るか、と小さく言った。
「こらー! エクセルー!」
ルゥリさんの声が響いて、私たちは顔を見合わせてから、もっとスピードを上げて走り出す。のだが、どうしても二人に追いつけない。ていうかそもそも私は性別上は女なわけで、この二人と同じペースで走れるわけが無い。半ばエクセルに引っ張られるようにして私はばたばたと走った。
「は、速いってば二人とも!」
「お前が遅いんだ」
「レダと一緒にしないでよ!」
レダにそう皮肉付いても、やっぱり二人のペースは変わらないわけで。そりゃあ、後ろを追いかけているだろう女の子達が怖いというのもわからなくはないけれど、気を使ってもいいんじゃないかとぼんやり思った頃。
「、ごめんっ」
ぱっと手を離されたと思ったら、浮遊感が身体を包む。背中と足に手を回されて、思わず飛びのきそうになってしまった。
「うわっ! 暴れないで!」
「ちょ…だってこれ! いや、これはやばいって!」
なんだか最近もこんな体制になった気がするなあとか考えながら、エクセルの腕から抜け出そうとするけど、エクセルが逆にバランスを崩してしまいそうになったから、私は慌てて身を縮こませた。それに満足したらしいエクセルは、小さく笑って私を見下ろした。
…こういう状況だったら、走れない人を置いていくのが無難だと思うのだ、普通は。というかむしろ私は飛べるわけで、これは無意味なんじゃないかなあとぶつぶつ呟くと、エクセルは小さく噴出した。
「別に1人くらい、どうってことないよ」
「いや、でも。飛んだほうが…」
少しだけ翼を広げると、エクセルは私の背中に回した手に力を込めた。飛ばないで、といわれてる気がして、おずおずと翼を小さくたたむ。そんな私をエクセルは満足そうに笑って見た。
「…こうしてたほうが、なんか嬉しいから、これでいい」
ぽつんとエクセルが呟く。思わずぱちくり瞬きして、言葉の意味がよくわからなくて、顔があっつくなるのが感じられて、頭の中が混乱してきて、とりあえずレダに視線を向けてみた。そんなレダは極力こっちを見ないようにして走っていた。そんな気持ちはわからなくもない気がする。
「エクセル」
「なに?」
「こっ恥ずかしいとか、そういうのはないんですか?」
「…?」
ん、と小さく首を傾げて見せるから、私は苦笑してから盛大に溜息を吐いた。するとエクセルが変なの、と小さく笑う。
やっぱり私は、エクセルの笑顔には勝てないらしい。
2007/02/01