どん、という衝撃で目が覚めた。
視界に広がったのはやたら広い天井と、布団が落ちかけたベッドだった。どうやらベッドから落ちてしまったらしい。ぼんやりした頭はそれをすんなりと理解した。だが本格的に起きる気力もなくむしろ眠くて仕方なくて、ベッドの布団をひっぱるが、なかなか落ちてこない。
力に任せて思いっきり引っ張れば、布団とともに黄色いぬいぐるみみたいなのが落ちてくる。ああ、リーヤだ、と思ったときは、リーヤの硬い角が頭部を直撃していた。鈍い衝撃に記憶を飛ばしそうになる。が、一寸でそれをこらえ、打撃を受けた場所を片手で押さえながら、重い身体を起こした。
部屋の時計を見ればまだ6時前で、なるほど眠いわけだと思った。椅子にかけておいた薄手のカーディガンを引っ張り寄せて、肩にはおった。そして立ち上がってカーテンに手をかけた。
まぶしい。カーテンを開けた窓から差し込んだ光に目がくらんで、思わず光をさえぎるように右手をかざした。だんだん目がなれてきて、右手をゆっくりと下ろせば、窓の外には見事な銀世界が広がっていて、思わず息を呑んだ。
――雪だ。
理解するのにそう時間はかからなかった。ひらひらとはなびらのように舞い落ちてくる無数の小さな塊を見ながら、ああやっと、冬がきたんだと思えて、無性に嬉しくなった。
「すごいな、はじめて見たぞ!」
なんて、嬉しそうに話すリーヤを抱きかかえながら階下のリビングに行くと、ほっとするような暖かさと食欲をそそられる匂いが漂っていた。部屋の中をきょろきょろ見回すとやっぱり、アリシエがこたつに入っていた。彼はわたしのクッションを抱えながら窓の外をぼけっとした表情で見ていた。それがちょっと間抜けでおかしかった。
リーヤを床に下ろすと、寒かったのか勢い良くこたつのなかにもぐりこんでいく。リーヤがこたつの中からちょこんと顔を出すさまが可愛かった。
窓の外を見れば雪に覆われた庭で、クリスが嬉しそうに雪だるまを作っていた。クリスの故郷は一年中雪に覆われていたらしいので、なんとなく故郷にそっくりの風景だから嬉しいんだなあと思った。
のれんをくぐって台所に入ると、お母さんが目玉焼きを焼いていた。その後ろを通って、棚からコップを取り出し、冷蔵庫からお茶を出して飲む。そのあいだも、視線は窓の外に釘付けだった。きっと40センチくらいはつもっただろう、なんて考えながら。
「あら、おはよう」
いまさら気づきました、なんて顔をしながらお母さんが菜箸を持ったままこちらを見る。コップに口をつけたままおはようの意味を込めてこくんと頷くと、お母さんは申し訳なさそうに笑っていた。なんとなく予想がついて、一気にコップの中のものを飲み干した。
「あれじゃあ車出せないから、雪かきしてちょうだい」
「わかった」
のれんをくぐりざま、空返事を返してコップを食卓に置く。コタツの中からこちらをきょとんと見上げてくるリーヤとアリシエを気にせず、廊下に出る。廊下の床が凍みるように冷たい。身震いしながら自分の部屋に戻って身支度を整え、下に行こうとすると、階段の下にちょっと心配そうな表情をしたリーヤとアリシエがいた。なんだか子犬みたいな目で二人とも見上げてくるもんだから、すこし小走りで階段を下りる。
「どこか出かけるのか?」
首をかしげながら聞いてくるアリシエに、ちょっとだけ苦笑した。なんだか出かける親を心配する子供みたいだと笑いたかったが、笑ったりしたらきっと機嫌が悪くなるに違いなくて、…まあそれはそれで面白いけどちょっとかわいそうだから、笑いたい気持ちを抑えた。
「ちがうちがう、雪かきするの」
「…ゆき、かき?」
「うん。雪かき。あんなにつもってたら歩くのに邪魔でしょ?」
そう説明すると、はあはあなるほど、とアリシエとリーヤはほんのちょっとだけ納得したようだった。でもやっぱり自分で確かめたいらしいのか、外に出たいというオーラがじんわりと伝わってくる。とくに、リーヤがきらきらと輝きを放つ瞳で見つめてくるので、もう何もいえなくなった。お母さんの寝室から、もう使われなくなったお父さんのジーンズとかその他もろもろと、リーヤ用に帽子を持ってきて彼らに渡した。
「私は先に出てるから。寒かったらちゃんと言ってね」
そういうと二人はぱあっと花が咲いたような明るい笑顔をうかべた。どうにもこの顔にはかなわないなあと思いながら、わたしも笑顔を作ってみせた。
寝室から聞こえる二人の嬉しそうな声を聞きながら、スニーカーをはいて外に出ると、しんしんと雪が降る中で、ごろごろと自分の身長の二倍以上ある雪だまを転がすクリスを視界にとらえて、必死そうな彼に、自然と口元が緩んだ。
玄関の隅にたてかけてあった雪かき用の赤いスコップを手にして、雪の上に突き刺すと、さくっと懐かしい音がした。
「クリス」
名前を呼ぶと、つぶらな瞳がわたしをとらえた。するとよちよちぱたぱたとおぼつかない足取りでこっちにやってくる。わたしの足元で嬉しそうに笑うと、「おはよう!」とくちばしの奥から言葉をこぼした。にこっと笑って、わたしもおはようとつぶやく。
「ね、かまくら作るんだけど、手伝ってくれる?」
そういったとたん、クリスはぱあっと明るい笑顔を見せた。
「クリスは寒くないの?」
雪かき用のスコップを雪山に突き刺して、足元で必死に私の手伝いをしてくれているクリスを見下ろした。水かきのついた水鳥みたいな足で、なんとかバランスを保ちながらよたよたと歩く姿が、いつもより嬉しそうなオーラを放っていた。
「なれてるんだ。平気だよ」
くちばしからこぼれ出る言葉がなんとなく頼もしくて、手袋をした手で頭を撫でると、クリスがちっちゃく笑った。
「すごいな」
いつの間に隣にいたのだろう。アリシエが手袋をはめた手で口元をおおいながらぽつりと呟いた。手の隙間から白い息がこぼれる。
「綺麗だよね」
「ああ」
素直なその感想がなんだか子供っぽかった。
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