夜の砂漠は朝昼と違い気温は格段に下がる。多分アリシエでも寒いと思う中で、は空に広がる広大な宇宙を見上げながら、ふんふんとメロディーを紡ぎ出すが、それは砂漠独特の夜の寒気にかき消された。それが少しだけ悲しくて、は歌うのをやめて、その場にごろんとよこになる。さらさらとした砂の感触が冷たくて、それが逆に心地よかった。
空を見上げれば自分の故郷とは違い星の数は圧倒的で、まるで自然のプラネタリウムだと彼女は思った。自分の真上にぽっかり浮かぶ満月を中心に広がる星ひとつの光の瞬きはどれもが鮮やかで、まるでこの砂漠の中で必死に自己主張をしている砂の粒のようだ。この光は何億年もかけて地球にようやく届いたものだから、この地球で作られる夜景の光は同じように何億年もかけて他の星に届くのだろうか。その間に、どれだけの生物が生まれ、死に、進化できるのだろう、とはぼんやり考える。だが自分の頭ではその限界まで想像できず、結局は”未知”という結果で終わらせた。考え終わるとどうしようもなく暇で、また歌をくちずさむ。
「早く寝ろ」
濃紺の空色の視界に、星色の髪がよく映えていた。星の光を捉えた彼の瞳がきらきらと光る。ざあと風が頬をなでると同時に、彼の猫毛をさらさらと揺らした。前髪の間から見えるだろう額の呪は、暗闇の中ではよく確認することはできなかった。寝たまま話すのは失礼だと思えたから、上体を起こして振り返る。呆れたようなアリシエの表情を見てから、申し訳なさそうに、少しだけ笑って見せた。
「ごめん…起こした?」
「いや。今寝ようと思ってたんだ」
静かにの傍に腰をおろすアリシエを横目で見てから、はまたごろんと横になった。空を見上げると、視界の隅に空を見上げるアリシエの姿が映った。それがちょっとだけ嬉しくて、は目を閉じてまた歌を口ずさむ。決して最上級といえないその歌が彼女の唇からこぼれだすたびに、頬をなでるさわやかな風が吹いて、なんだか心地よかった。ふんかふんかふん、とハミングしながら瞼を開ける。視界にめいっぱい広がる星空の片隅にいるアリシエがきょとんとこちらを見下ろしていた。思わず口ずさむのをやめて彼を見上げる。
「その曲に思い入れでもあるのか?」
「……別に、思い入れはないんだけど。――お母さんがよく歌ってたんだ」
えへへ、と笑いながら呟いた言葉は、最後のほうになると本当にかすかな音で、風にかき消されたそれはアリシエの耳に届いたかどうかはよくわからなかった。アリシエを見れば空を見上げていて、もつられて空を見る。星がちかちかと瞬きをしていた。さっきの途中からまた歌を口ずさみ、ころんと寝返りをうってアリシエのほうを向いた。ちょっとだけ身体を丸めて、アリシエの服のすそを掴んで引っ張ると、アリシエが動く気配が感じられたが、得に対して咎める様な声はなかった。
「眠いかも、しれない」
「だったら部屋に戻ればいいだろ」
「もう、寝そうだ」
「それは暗に僕に部屋まで運べと言ってるのか?」
頷く気力ももうなかった。さっきまで心地よかった冷たい風も、もう寒いとしか思うことができなくなった。熱がほしくて、アリシエのほうに身を寄せる。すると小さなアリシエのため息が聞こえて、頭にぽんと手が置かれた。髪の毛を梳くように撫でるアリシエのおおきな手があったかくて心地よかった。思わず口元が緩む。アリシエがすうっと息を吸った音が聞こえた。
「……――」
耳に柔らかな音が流れ込んでくる。ちょっとだけおぼつかない足取りのメロディーだが、音程はとても正確で、はちょっとだけ驚いた。きっと彼は自分のハミングを聞いて、なんとなく覚えたんだろう。なんだか小さい頃に戻ったような気がしてなんだか微妙な、こそばゆい気持ちになったけれど、時々頭を撫でてくるアリシエの手が気持ちよくて、次第に気にならなくなった。寒かった砂漠の風でさえ心地よい冷たさに感じられる。少しだけ目を開けてアリシエを見上げると、きらきら輝く星を静かに見上げていた。また頭を撫でられて、ゆっくり目を閉じると、頭の中でその姿が残像として残った。
彼の歌を聴いているうちに、身体を包み込んでいた睡魔がだんだんと強くなってくる。思わず小さな欠伸をしてから、少しだけ身を丸めた。
――……おやすみなさい。
呟いた言葉に対しての返答はなかったけれど、そのすぐあとに、額に触れた柔らかな感触があった。
2006/--/-- 日付不明