コタツでぬくぬくしながらテレビを見ていたら、いつの間にかメールが届いていた。
 深刻そうな声で殺人のニュースを語っているアナウンサーが映っているテレビから視線をずらして、煎餅を口に銜えたままメールフォルダを開く。
 差出人は、だ。届いた時間は5分くらい前だ。メールを開いてみると、『今からケンちゃんのおうちに遊びに行ってもいい?』という一文をじっと眺めたあと、『いいよ』と一言だけのメールを送り返した。
 今日はお母さんがお休みで家にいるけど、まあだし大丈夫だろうなと僕はのんきに考えながら、煎餅を食べながらバラエティ番組にかわってしまったテレビをぼーっと眺めた。
 煎餅を3枚くらい食べたころ、ピンポーンと音がした。お母さんのスリッパの音が廊下から聞こえてくる。かすかな話し声のあと、ドアが開いた。「おじゃまします」とやや緊張気味のの声が聞こえてくる。
 それからぱたぱたと小走りの音が近づいてきて、がらっと部屋の引き戸が開け放たれた。引き戸は僕の背中側にあるから、当然僕は振り返った。
「ケンちゃん、めりーくりすまーすっ、だよー!」
 ののほほんとした声に、僕はどう反応したらいいのかわからなくて、とりあえず視線をテレビに戻した。
 とりあえず、今はもう1月だと言うべきだろうか。そんな事を悩んでいると、がぱたぱたと僕の向かい側に立って、へへんと胸を張った。赤いスカートの裾がひらりと揺れる。
「…どうしたの、それ」
 それだけしか言えなかった。
「おねーちゃんに作ってもらったの」
 へへー、と照れたように笑いながら、もこもこの手袋で帽子を押さえた。の格好はもう見た目通りサンタさんだった。しかもミニスカートの。おかげで膝小僧が真っ赤になってしまっている。
「というわけで、ケンちゃんにクリスマスプレゼント!」
「クリスマスって…もう正月…」
「えへへ、細かい事は気にしない気にしない」
 が困ったようにほっぺたをかくと、帽子の先の白いぽんぽんが揺れた。…というかはこの恰好で家からやって来たのではなかろうか。想像して頭が痛くなった。
「ほんとはね、クリスマス当日にあげれればよかったんだけど」
 言いながらにこにこ笑って、真っ白い袋からがさごそと何か取り出した。その瞬間、少しだけ袋のあたりにノイズが入ってブレた。そんな事は気にせず、がコタツの上にぽんぽんと袋の中身を開けていく最中、僕はかけていたメガネをはずしてみた。すると、の姿は黒いワンピースに変わった。帽子もかぶってないし、手袋もはめてない。が手にしていた白い袋も、ただのトートバッグにかわっている。
 成程、テクスチャをかぶせたのか。一人納得して、僕はメガネをかけた。
「えーとね、右から順に、おねーちゃんの、おにーちゃんの、わたしのです」
 が順に指をさすので、僕はそれを目で追った。どこかのお土産なのか温泉まんじゅうの箱に、真新しい文庫本に、あたかもゲーセンで取ったようなキャラクターものの、ちょっと大きめのぬいぐるみ。そしてその横に綺麗に包装されたクッキーがちょこんと置かれている。
「このクッキーは一緒に食べようと思って持ってきてみましたー」
 えへーとが笑うので、僕は頷きながらクッキーの袋に手を伸ばした。星とかハートとかの片抜きクッキーのほかに、市松模様のクッキーが混じっている。枚数は多そうだ。
「…が焼いたの?」
「うん!」
 何が嬉しいのか、にこにこしながら頷いた。なんだか褒めてほしいオーラが出ている気がする。
「…すごいね」
 僕がそっけなく言うと、はしごく嬉しそうに笑った。
「おまんじゅうは?」
「お姉ちゃんがこのまえ温泉に行ってきたから、お土産だって。本はお兄ちゃんのオススメ」
 ということはつまり、のお兄さんが一度読んだ本という事だ。なんともいえない気分のまま、ぬいぐるみを手に取って抱きしめてみる。案外手触りがよくて、すごくふかふかして気持ちがいい。
「これは?」
「ゲームセンターでとったの! 1回500円のやつ!」
 結構奮発したなあ、と僕は抱えているぬいぐるみを見下ろした。何かの動物を模したぬいぐるみはなんだか気の抜けたような憎めない顔をしている。まるでみたいなぬいぐるみだ。ぬいぐるみの頭に顎を乗せて、ふかふかの感触を楽しんでいると、がふふっと微笑んだ。
「それ、ふかふかしてて気持ちいいよね」
「うん」
 素直に頷いて、を見上げた。
 しかし、これだけの事で僕の家に来るのはおかしい。絶対何か裏がある。
、宿題終わらないの?」
 かまをかけるために言ってみたら、のにこにこ顔が一瞬で泣きそうな顔になった。当たりだったらしい。
「…け、ケンちゃん一緒に宿題やろー」
 泣きそうな声で言うから、思わず笑ってしまった。
「部屋から道具持ってくるから、コタツに入って待ってて」
「うん」
 ぬいぐるみを隣に置いてコタツから出て立ち上がった。廊下に出て階段を上がって僕の部屋の机から、宿題として出されていた教材とノート一冊に筆箱を持って、またコタツのある部屋に戻った。は相変わらずサンタさんの格好でシュンとしながらコタツに入って身体を小さくしていた。
、お茶飲む?」
「えっ?! あ…、うん、飲みたい」
 テーブルの上に持ってきたものを置いて、部屋を出ていく。キッチンに向かってコップ二つとお茶が入ったポットを持ってまたあの部屋に戻った。やっぱり相変わらずはサンタさんの格好だ。
 コップを置いてお茶を注いで、片方をの方に差し出す。
、テクスチャ取らないの?」
 聞いてみると、はあっと声をあげて。
「忘れてた! 今とるね」
 言うなりはメガネの仮想キーボードをいじくり始めて、あっという間にサンタさんのテクスチャが無くなってしまった。
「正直、ちょっと恥ずかしかったんだー」
「だろうね」
 えへへ、とが照れたように笑うので、僕は笑いながらそう返した。

2009/01/04

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