吐息は白く色を持ち、風に乗って湿った空気の中に霧散していく。足元の石段はうっすらと雪が積もった形跡がある。参拝客が歩きやすいようにと、竹箒で掃いたのだろう。引っかくような痕跡が幾重にも残っており、階段の脇にはこんもりと雪が寄せられている。両脇に伸びる杉並木はうっそうとした湿り気を放ち、神社特有の閑寂さをかたちづくっているようにも思えた。
 しんとした空気のなか、しっとりと雪の積もった地面に、どこかの枝から雪がドサドサと落ちる音が聞こえてきた。耳に滑り込んでくる雪の音に、どことなく背筋に寒気が走る。それを誤魔化すように、首に巻いたマフラーを指先で直した。
 道行く途中、年配の女性客にすれ違いざま会釈され、一瞬の間をおいてから大和も優雅に頭を下げた。
 鳥居をくぐり、杉林の梢を抜ける。駐車場から徒歩3分たらずで、境内に出た。12月の後半、土曜日。年始の初詣も控えているせいだろうか、それとも真昼という時間帯のせいだろうか、参拝客はまばらにしかいない。人の手で除雪されたことが伺える参道を踏みしめ、まずは社務所に向かった。
 ガラス戸の向こうには柔和な雰囲気の漂う老婆が腰掛けていた。大和にとってはその姿に見覚えがあり――の祖母だ――また老婆のほうも大和がどういった人柄なのか理解していたようで、二言三言の会話で用件は済んだ。去る前に甘酒を勧められたが、大和は丁重に断ると、その場を離れた。
 参道を外れ、本殿の奥にある石段を登る。ここからが面倒だった。雪はかいてあるのでありがたいが、かき残った雪で足を滑らせ転倒したらひとたまりも無いだろう。それを恐れてだろうか――石段を見上げるも、参拝客の姿は誰一人いない。
 38段。幼い頃に覚えた石段の数を昇りきり、一度辺りを見回した。長靴を履いて防寒具を身にまとった男が、せっせとスコップで雪をかきわけていた。それ以外に人影は見当たらない。男が大和に気付き一度頭を下げるので、大和も恭しく頭を下げた。
 顔を上げ、冷えた空気を鼻から吸い込む。分社の脇を通り過ぎ、また石段を昇りはじめる。ここは確か、22段だっただろうか――うっそうと茂った両脇の杉林が太陽の光を遮り、上を見上げれば天高く頭上を覆う小枝と尖った葉が幾重にも重なり、なんだか網目のようにも見えてくる。息を吐けば、その網目が白い息に覆われた。日光が届かないから寒いうえに、薄暗くていやな心細さすら感じるような場所だ。夏ならまだしも、真冬のこの時期、人の気配はない。まるで別世界にいるような感慨すら抱いてしまうほど、静寂に包まれている。
 斜面に沿って植えられた最後の杉の樹を追い越し、石段を昇りきると、細い参道が続いていた。両脇の石灯籠は苔に覆われ、もはや灯篭としての機能を成していないように見えるが、正月には明かりが灯されるのだと聞いていた。大和はその光景を一度も見たことが無いため、それがどういった景色になるのかわからない。歩きながら想像を巡らせてみる。美しい光景だろうとは思ったが、しかし実際に目にすれば、案外、物足りなさを覚えて落胆してしまうかもしれない。
 道なりに進むにつれ、徐々に日差しが届くようになってきたのか、明るくなる。寒々しい木陰を抜けた先には、眩しい日だまりと、微かな水の音が聞こえた。
 鳥居を抜け、小さな分社の正面までくる。木造の建物を見上げたのち、一度頭を下げてから脇の泉に目を向けた。龍脈による影響で、ここには際限なく水が湧き出す。いつからこの泉ができたのかは大和も詳細を知らないが、けれども湧き出す水は清く透明で美しく、雪化粧に覆われた木々の光を反射し、ある種の神々しさをもって輝いている。大和がここを初めて目にした時から、不変だった。
 その水辺の傍らに、二つの人影があった。片方は箒を手に持ち、もう片方は石橋のそばにしゃがみこみ、泉の中に手を浸している。何か会話しているようにも見えるが、ここからでは聞き取れない。
 分社の影から日なたに出ると、中途半端に溶けた雪の感触が足裏に伝わった。雪を踏み鳴らす足音に気付いたのか、箒を持つ人影がまず気付き、次いでしゃがみこんでいた人影も顔を上げた。大和の姿を視界に捉えるなり、すっと優雅な動作をもってして立ち上がる。驚くことも笑うこともせず、ただ事務的な口調で、箒を持って傍らに立つ白袴の男に対し、社務所に戻るように告げているのが、大和の耳に入ってくる。
 通り過ぎる瞬間、白袴の男に挨拶をされた。ぎこちない、緊張したような声に、大和は会釈で応じた。
 そうして、残った人影の正面に立ち、大和はふっと息を吐いた。
「お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだな。……龍脈のほうは、特に変わりないか?」
 泉に目を向けながら言うと、は頷いて応じた。しかし表情は少し怪訝そうなものが混じっている。
「はい。ですが例年と比べると、水位、水温、ともに高いような気がします」
「フム……では、確認してくる」
 石橋を進みつつ、内ポケットから携帯を取り出す。石橋の先には浮島がぽつんと点在しており、そこに小さな祠が据えてある。いつから存在していたか大和は存じていないが、けれども一応、ジプス管轄にある、大和が操作できる端末が内部に存在している。祠の前までくると大和は携帯をかざし、程なくして銀色に光る円筒形の端末が地中から姿をあらわした。龍脈の状態を確認し、例年と変わりないことを確認してから、水温計を見る。携帯を操作し、去年のデータを引っ張り出してくれば、なるほど確かに2度近くもの差があった。湧き出す水の量も多い。
 端末を操作しているあいだ、は石橋のふもとにただ佇んでいた。特に何をするでもなく、じっと大和を見つめている。視線が背中に刺さる。妙に居心地が悪いような、そんな気にさせられてしまう。大和はため息をつき、特に異常が無い事を確認してから、端末を元に戻した。踵を返し、石橋を渡ってのもとへと戻る。の、興味津々といった様子を隠せないその眼差しに、自ずとため息が漏れた。
「……。確かにお前の言う通りだったが、特に異常は見られない。平気だろう」
「そうですか」
 が、ほっとしたように微笑んだ。その際、口から漏れた吐息が白く色づき、大和の視界に映りこんで寒々しい印象をあたえる。ともすれば、頬の赤みは寒さによるものだろう。よくよく見ればのすっきりした首周りは寒そうで、前に行儀よく重ねられた手の指先なんかは赤くなってしまっていた。
「……。寒くはないのか?」
 尋ねてみると、は何故か嬉しそうに頷いた。
「寒いですよ。一応、着込んではいるんですけれどね。……着膨れとか、してませんか?」
 は言いながら自分の姿を見下ろし、そうして大和に向けて苦笑を浮かべた。
 着膨れ。大和は頭の中でその言葉を繰り返し、あらためての姿を見下ろす。着膨れとはつまり厚着をして膨れているように見える状態の事だと、大和は記憶している。見たところ着膨れをしているようには見えない。夏にも同じような格好のを見たが、着物の生地の薄い厚いだとかを抜きにしても、特に変わりないように思える。
 大和が静かに首を振ると、怪訝と不安が入り混じったような眼差しを向けられた。けれどもすぐにパッと表情を変えて「ならよかったです」と嬉しそうに呟いた。何が嬉しいのかよくわからないが、とりあえずこれでよかったのだろう。
「大和さんは、すごく温かそうですね」
 と、は言いながら目を細め、優しげな眼差しを大和の首元へ注ぐ。その視線に誘われるように、自然と右手を持ち上げ、マフラーに触れた。確かにの言う通り、コートは変わらずだが制服は完全に冬服に切り替わっている。寒さに苦労はしていない。
「うむ。それに、風邪を引きたくはないのでな」
「ええと、……風邪、引いたことがあるんですか?」
「あるに決まっているだろう。……何故怪訝そうな顔になる?」
「病床にふせっている姿が、想像できなかったもので」
「最近は、そうだな。熱が出て動けなくなるほど重篤化した事は無い。……熱を出して寝込んだのも幼少の頃が最後になるな」
 最後に風邪を引いたのは、歳を数えるのに片手の指だけで足りるくらいの頃だっただろうか。大和が過去に思いを馳せていると、が首をかしげつつ、申し訳無さそうに口を開いた。
「……困った事に」
「ん?」
「熱を出して寝込んでいる小さな大和さんも、想像できません」
「お前は私を何だと思っているのだ」
 呆れ混じりに言えば、は口元に手を当てて、肩を震わせはじめた。何がおかしいのやら、くすくすと笑っている。大和の反応がおかしくて笑っているのか、それとも大和が寝込んでいる光景を頑張って想像しようと試みて笑っているのか――大方、そのどちらもだろう。大和が不満の色濃く表れた眼差しを向ければ、は「申し訳ありません」と手を下ろし、すぐに笑いを打ち消した。とはいえ、穏やかな微笑をたたえているその表情が、内心では笑っているのだとにおわせる。
「……まあいい。両親はどうした。祖母に不在と聞いたが?」
「父も母も役所の方に出向いています。夕方前には戻ってくるかと思いますが……何か用事でも?」
「用事、というわけではないのだがな」
 大和が言葉を濁せば、は不思議そうに首を傾げた。まるで話の続きを聞かせて欲しいと目で訴えられ、大和はしばし逡巡したのち、腕を組んで言った。
「お前は来年、今の学校を卒業するだろう?」
「ええ、はい。もしかして、そのお話を?」
 の問いかけに、大和は頷いて応じた。
「両親の前にまずは当人と話すか……お前は将来、どうしたいと考えている?」
「神職の資格を取らなければなりませんから、進学と。ただ、漠然としたもので、どこに通うかなどは、まだ……」
「ふむ。それ以外でやりたい事はないのか?」
「特に。うちはそこまで裕福というわけではありませんから、大学に通うにしても工面が必要ですし、それを考えると、資格を取る事以外は二の次にと……」
「フッ、まず先に金の心配か。……その言い方だと、学力には自信があるようだな?」
「はい。学力に関しては悩んでおりません。流石に11大学となると……ですが、それなりの教育機関でしたらすんなりいけるかと。この考えは、楽観的でしょうか?」
「妥当だろう。お前が聡明なのは理解しているさ」
 言うなり、が面食らったような顔をした。
「……何かおかしな事でも言っただろうか?」
「い、いいえ。大和さんがそういう評価を私に下していたとは、微塵も思わなかったもので」
 腑に落ちない、といった様子だった。
「身体及び学力の検査の報告を見る限り、そう判断するのが妥当だ。……話を戻すぞ」
「はい」
 はすぐに頷いて、何が嬉しいのか、はにかむような微笑を見せた。
「単刀直入に言う。……、ジプスに来る気はないか?」
 がきょとんとした顔になり、そのまま固まってしまった。じっと大和の顔を見つめ、呼吸を止め、瞬きの一つすら見せない。どうやら進学は頭にあったようだが、ジプスという組織に身を投じる、という事は全く考えていなかったらしい。
 しばらくして、が小さく身じろぎをした。ええと、と戸惑うような声を漏らす。
「私は、神職の資格が、取りたいのですが」
「知っている。それはたとえ國學院に行かずとも、ジプスでも取得可能だ」
「……そうなんですか?」
「ジプスとて国の機関だ、神社本庁に融通は利く。中途採用者はそういった資格を持ち合わせていないのでな、國學院から講師を呼び、勉学に励ませる。お前もそれに混ざればいい」
「ずいぶんと、待遇がよいのですね」
「期待しているからこそ、だ。……ただし、一年も学ぶ期間を与えておきながら、資格を取り損ねた無能は、それなりの職務と給与しか与えられんがな」
 大和の言葉に、はただ不思議そうな、納得していないような、ひどく曖昧な表情を浮かべた。それから目線を下げ、思案めいた様子を見せる。
「うちは宗教法人ですけれど……、公務員になった場合、そういった家業は副業にあたりませんか?」
「あたらない。だからこうして勧誘しているのだ」
 がほっとしたように微笑んで、それから首を傾け、考え込む仕草をみせた。
「大和さん」
「何だ?」
「今、ここで、結論を出さなければいけませんか?」
「いや。まず優先すべき事はお前の意思だろう、無理にとは言わん。後悔しないよう、ゆっくり考えて答えを出してくれてもかまわない。ただ……」
「ただ?」
「ジプスが政府直属の機密機関であることは理解しているな? 適性検査の果てに選ばれた者が殆どではあるが、それでも愚者は混ざる。少数精鋭の組織で、これは致命的なのだ」
 は納得のいかなそうな表情をしていたが、けれども一度、ゆっくりと頷いた。
「心からの信頼を置ける、気の置けない部下の存在は、私にとって最も重要なのだよ」
 が目を見張った。驚きを浮かべるも、すぐに元の表情に戻ってしまう。
「それは、大和さんにとっての私がそうであると――そう受け取っても宜しいのでしょうか?」
「無論だ」
 大和の言葉と首肯での応答に、ははっと息を呑む気配を漂わせ、それから困惑と戸惑いと喜びがない交ぜになった、なんとも形容しがたい表情を浮かべてみせた。
「大和さんがそこまで仰ってくれたのですから、じっくり考えてみます」
「ああ。そうしてくれると有難い」
 とはいえ、大学進学をするにしろ、この時期であればもう進学先を決めねばおかしいくらいの時期だろう。あまり猶予は残されてはいないと思うのだが、そのあたりはもきちんと考えているだろう。余計な詮索や心配はしないほうがお互いのためだろうと、大和は考えを振り払った。
「大和さんはこれから、父と母が帰ってくるまで、お待ちになりますか? それともお戻りになられますか?」
 戻るというのは、ジプスにだろう。大和を見上げる視線に少し寂しげなものが混ざっていて、どうやらはもう戻ると確信を得ているようだった。それに気付いた途端、大和の口元が、自然と緩む。
「待たせてもらえるのであれば、そうしたいのだが」
「はい、構いません。ですが、お仕事のほうは大丈夫でしょうか?」
「心配は無用だ。午後から休みを取っている」
 が、文字通り硬直した。口を引き結んで固まっている。絶句したといっても過言ではないその顔を見つめていると、が何度かまばたきをした。そうして「えっ?」と小さな声をあげる。
「……ど、どういった風の吹き回しでしょう?」
 肩をすぼめつつ、おずおずと尋ねてきた。
「フフ、随分な言い様だな? まあ、超過勤務だと嗜められてしまってな。休めと言われて休んだ、ただそれだけだ」
「そ……うですか」
 一度、表情を強張らせたのち、釈然としない様子で呟いて、すぼめた肩をゆるゆると解いていく。何かものいいたげな視線を大和によこしたかと思うと、すぐに視線を逸らし、か細いため息を吐いた。吐息は一瞬にして白く染まり、みるみるうちに大気に溶け込んでしまう。
「……下に戻るか?」
「そうですね」
 頷いて、大和が踵を返すと、が後ろをついてきた。服装が服装だからか歩く歩幅は狭い。距離が離れないよう気を配ると、自然とゆっくりとした歩調になる。
「そういえば、大和さんはお昼、何か召し上がりましたか?」
「いや、まだだ。は?」
「私もまだです。掃除が一段落着いたら、と思って……」
「……。もしかしなくとも、邪魔をしただろうか?」
「いいえ、掃除は大和さんが来る前に終わりました。……さっき一緒にいた方、覚えていますか?」
「ああ」
「昨日から新しく入った助勤の方で、神社についての説明をしていたんです。大和さんがいらっしゃったのは、その途中でした」
「……。そうか」
 それっきり、話すこともなくなり、互いに口を閉ざしたまま歩き続けた。特に気まずいわけでもない。変な話だが、そうするのが当たり前だと言う空気が、場に漂っている。会話を強要しないこの沈黙が、かえって心地いい。参道は暗く湿った空気を帯びているのに、それでも明るく温かな気持ちにさせてくれる。
 一つ目の階段を降りきる。分社の周りの雪をかいていた男はいなくなっていた。そのかわり、一箇所に雪が集められ、随分とすっきりした印象を与える空間に変わっていた。
 二つ目の階段を降り、社務所のある参道まで来る。まばらにいた人の姿はなく、ひどく閑散としていた。社務所のほうを見れば、参拝客が一人いたが、それだけだった。風が吹くたびに杉林がさあさあと音を立てる。都会にいたときのような、人のざわめきは聞こえない。
「大和さん?」
 間近で声をかけられ、はっとした。気付けばが怪訝そうに顔を覗き込んでいる。
「……。随分と静かなものだな」
「嵐の前の静けさです。この反動が、お正月に返ってくるんですよ」
 微笑みながら言う。立ち止まる大和を置き去りに、はそのまま歩き出してしまった。社務所に向かうかと思ってついていけば、杉林の中、横にそれたわき道へ入っていく。ほんの少し、散歩する程度の距離を歩くと、こじんまりとした庭と、古そうな家屋が見えてきた。和風建築という言葉を文字通り形にしたような景観である。が家の門をくぐっていくので、大和も後に続いた。
 表札にはの文字がある。――つまり、の家だ。
「よろしければ、お昼、食べていってください。といっても、昨日の夕飯の残りで、ろくなものは出せないですが」
 立て付けが悪いのか、それとも長い年月で歪んでしまったのか、玄関の戸を開けると、ガラガラと、いかにも滑りの悪い音が響いた。大和は躊躇するようにの顔を見つめ、ここで拒否するのもかえってどうかと思い、静かに頷いた。お礼の一言でも口に出せればいいとは思うのだが、改まって言うのもどうしてか気が引けて、なかなかに難しい。しかし、は大和の、たった一度の頷きだけで満足したようで、嬉しそうに微笑んだ。
 どうぞ、と促されるまま玄関に足を踏み入れる。家の中に入った割に、頬を包み込む空気は外のそれとなんら変わりない。家の中はしんと静まり返っていて、誰もいないのだとすぐにわかる。となれば、暖房を切っているのも当たり前の事だった。
 ブーツの紐を解いで脱ぎそろえ、廊下に上がる。も草履を脱いで廊下にあがると、その場にしゃがんで履物をそろえた。は立ち上がるなり大和に向けて微笑んで見せ、――何が嬉しいのやら、大和を案内するように先導し、そうして居間に通してくれた。がどこからともなく持ってきたハンガーにコートとマフラーをかけ、すすめられるがまま、食卓の椅子に腰を下ろした。は暖房のスイッチを入れると、着物が汚れないようにエプロンを身に着け、待っててくださいと一声かけてから台所の方へ姿を消してしまった。
 一人残される形となった大和と言えば、小さくため息を吐いて部屋の中を見回した。寒くて静かだった。

 出された昼飯は、の言った『ろくなもの』とは裏腹、ご飯に味噌汁に煮物に焼き魚に叩き牛蒡に漬物と、外で食べる食事と何ら変わりなく美味しかった。米は近所の住民から新米を貰ったとの事で、白く艶々と輝いていて甘みがあり、煮物によく合った。思いのほか腹が減っていたらしく全て平らげてしまったが、けれどもそれでよかったらしい。祖母と一緒に食事をしないのかと尋ねたが、祖母は決まって社務所で食事を取るとのことで、綺麗になった皿を前にして感謝された時は流石の大和も戸惑った。
 食事を終えた後は、炬燵にあたるように言われ、その言葉通り炬燵に移動した。は緑茶を出すなりまた台所に引っ込んでしまい、また大和は一人で居間にいる形になってしまった。微かに水の音が聞こえてくる。どうやら茶碗を洗っているようだった。
 大和はぼうっと座りつつ、暇を持て余していた。テレビを見る習慣などなく、勝手に電源を入れるのもかえって失礼だろう。炬燵の上にあるのは新聞のみだ。手持ち無沙汰にそれを取り寄せ、一面に目を通す。高速で玉突き事故があっただとか、どこそこで殺人事件があっただとか、スポーツで誰かが優勝しただとか、そんな記事ばかりだった。大和が興味を引くような、めぼしいニュースは見当たらない。それでも無いよりはマシだろうと適当に目を通していると、パタパタと小走りの足音が聞こえてきて、が戻ってきた。
「何か面白い記事でもありましたか?」
 尋ねながら、台の上に木製の器を置いた。中には蜜柑と菓子がいくつか入っている。
「……。特には」
「そうですか」
 ふふ、と笑いながら、湯気の立つカップも台の上に置き、そうして大和の斜め左の席に腰を下ろした。
「もう少ししたら戻りますけれど……。他に何か欲しいものとかは?」
 戻るとは、どこに――考えてから、社務所の方だろうと大和は思い当たった。の今の格好を見れば家の手伝いをしているとすぐにわかる。考えなくてもそう思い当たるのが自然なことだった。
「……。私一人で家に残ってもいいのか?」
「はい。もしかして、外で待っていたほうが、楽でしょうか」
「いや、そういうわけでは……」
「でしたら、ここで待っていただけると嬉しいです」
 何が嬉しいのやら。聞き返そうにも、の微笑みに、どうしてか口をつぐんでしまった。せっかくなので厚意に甘えようと、大和は開き直る。
「ならば、本か何か、暇が潰せるものを貸してもらえると有難いのだが」
「本……小説でも構いませんか?」
「形式は問わん。読めれば何でもいい」
「わかりました」
 頷いて、はパッと立ち上がり。パタパタと廊下に出て行ってしまった。さっき座ったばかりなのに、かえって申し訳なさが先立つ。大和は何とも言えない複雑な気持ちのまま、が持ってきた木製の器に目を向ける。せっかくだから何か口にしようかと思ったが、けれどもあいにく満腹だった。仕方なく、緑茶に口をつける。
 ほどなくして、が戻ってきた。先ほど座った席に再度腰を下ろし、大和の前に文庫サイズの本を二冊、そっと置いた。
「どちらも小説になります。片方は自分で買ったものですが、もう片方は読書感想文の指定図書なんです」
「そうか。この2冊とも、お前は読んだのか?」
「青い表紙の方が指定図書になります。そちらには一切目を通していません。大和さんに先に読んでいただこうかと」
 ふふ、と笑いながら言う。
「……。こちらから先に読めということか」
「そうして頂けると幸いです」
 どうやら大和に読ませた後、感想を聞く算段らしい。そう理解した途端、大和の口元がふっと緩んだ。
「……わかった。読ませてもらおう」
「ありがとうございます」
 は微笑んで、緑茶に口をつけた。すするように飲んで、ほうっと安堵めいた息を吐く。
「……。。尋ねたいことがあるのだが」
「私にですか? 何でしょう?」
「休みはどのように過ごしているのだ?」
「休み、ですか?」
 がきょとんと表情を変え、不思議そうに首をかしげた。尋ねた大和本人ですら、おかしな事を尋ねている自覚はあったので、がそういった反応を示すのも仕方ないように思える。
「家の手伝いをしたり、本を読んだり、勉強をしたり。そんなところでしょうか」
「ふむ。そうか」
「……もしかして、お休みの使い方に、迷っていらっしゃいますか?」
「恥ずかしい話だが、その通りだ。仕事の事ばかり考えていたせいだろうか、休日というものをどうやって潰すのかわからん」
 今の今まで、休みを取る事など皆無だった。こうして休みを取ってから、自分にとって自由な時間が出来てから改めて、大和はそういった問題にぶち当たってしまった。もしかしたら、心のどこかでそういった問題があると理解していたから、休日を取らずに働き尽くめだったのかもしれないと気付かされるほど、大和は休日の過ごし方というものに困っていた。
「休日とは、文字通り休む日です。難しく考えずに、気楽に過ごすべきだと思うのですが」
「……そうだろうな。だが、こうしてお前と話している間にも、仕事の心配ばかり浮かんでしまうのだよ」
「ふふ。心配性なんですね」
「そうかもしれんな」
 柄にも無い事に手を出して、改めて気付く事もあるものだ。自分自身の事なんかは特にだ。
「一旦、お仕事の事は忘れましょう」
「そうしたいのは、山々なのだが……」
「本を読んで、物語に没頭すれば、頭から抜け落ちるかもしれませんよ?」
「……どうだろうな」
 分厚くもなく、けれども薄くも無く。半日もかからずに読み終えることができそうな青い表紙の文庫本に目を落とし、大和は嘆息した。

 緑茶を飲み終えるなり、は「家にあるものはご自由に使ってくださって構いません」と言葉を残して、家を出て行ってしまった。
 大和は一人だけの静かな空間、炬燵の暖かさに身をゆだね、の言うがまま、本を読んでいた。
 時たま吹きすさぶ風が木々を揺らす音が耳に飛び込んでくるが、邪魔な音とは感じなかった。けれども、慣れない家の、馴染みの無い部屋の、暖かな炬燵の中。いつもと違う状況に、しばしば本を読む集中力が途切れる。そのたびに、仕事への心配と、一抹の心細さが邪魔をする。が居た時は心細くはなかったので、認めたくは無いが、恐らく今ここにがいてくれれば、その心細さもどうにか解消できたかもしれない。
 読んでいる小説の話の中身は、人間関係がひどく面倒で泥臭く、読み進めるのが億劫になってくる。確かに感想文を書くのには適した題材なのだろう。なんとはなしに炬燵の上に置かれたもう一冊の本の表紙に目を向ける。白と淡い緑が貴重の表紙はそういったものが一切感じられない。手元にある本に目を落としてから、大和は小さなため息をついて、ページを捲った。こちらを読むのが先決だろう。
 喉の渇きと口さみしさを解消すべく、空になったカップを手に台所に足を運んだ。家主のいない間に、台所にはいるという行為にいささか引け目を感じつつ、おまけにこの家の台所というもの初めて入ったので勝手が分かるわけがないので時間がかかるだろうと予想したのだが、けれども台の上にこれ見よがしに急須と茶筒と保温ポットが置いてあったのですぐに茶を淹れる事ができた。そのまま炬燵に戻る。
 緑茶に口をつけつつ、ページを捲るという動作を繰り返し――何時間が経過したのだろうか。恐らくそれほど経っていないかもしれないが、それでもかなり時間が経ったと思わせる頃になって、玄関のほうからガラガラと引き戸を開ける音がした。大和はふと顔を上げ、居間と廊下を仕切る襖に目を向けた。とたとた、と軽やかな足音が聞こえ、襖が開き――が顔を出した。
 しばしの間をおいて。
「ただいま戻りました」
「……。ああ」
 なんと返すべきなのか――ご苦労さまも、お疲れさまも、ましてやおかえりと返すのも全て違うような気がして――大和にはよくわからず、頷くだけにとどめておいた。
「……。戻ってくるのは随分早いような気がするが」
「ええと。おば……祖母に、もう手伝いはいいと、言われまして」
「……。そうか」
「着替えてきますね」
 襖がしまると、足音が遠ざかる。大和は手元の本に視線を戻し、読み進める前に、あらためて文庫本を観察した。目測でちょうど半分。折り返しまで読み終わった。半分読み終えたのだ、という実感が湧いた途端、何故かため息がこぼれた。
 ページを5枚捲った頃、が居間に戻ってきた。炬燵に入るかと思えば台所に向かい、急須とポット一式を持ってきて、炬燵の上に置いた。
「最初から、こうしておけばよかったですね。気が回らず申し訳ありません」
「いや、構わない」
 本から目を逸らさずに、首を振りながら答える。視界の端で、が炬燵にもぐりこむのが見えた。はー、と心底ほっとしたような息を吐いて、大和とのカップにそれぞれ緑茶を注ぎ、蜜柑を手に取った。皮をむき始める。
「本、どうでしょうか?」
「……。正直に言うと、つまらん」
「ふふ。だと思いました」
 大和の否定的な感想を、それでも嬉しそうに受け止め、は蜜柑を口にした。
「……もう一冊の方、借りて行ってもいいだろうか」
「構いませんよ。でも、読む時間、あるんですか?」
「明日も休みを取ってある」
「明日も、……ええと、一日全部ですか?」
「うむ」
 頷いて、ページを捲る。
「その間は、ご自宅で?」
「そのつもりだ」
 頷くと、何故かがほっとした表情を浮かべた。
「安心しました。てっきり執務室のほうで、過ごすのかと」
「それは公私混同だ。第一、あそこは休む場所では……」
 唐突に違和感が生じ、大和は言いかけたまま固まった。そんな大和に、は怪訝そうな視線を向ける。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
 首を傾げるその表情に、妙な違和感が付き纏った。違和感と呼ぶよりも、予感と呼んだほうが、相応しいかもしれない。じっと見つめていると、は「変な大和さん」とくすくす笑い始めた。予感は期待に変貌し、つられて口元が緩みそうになった。
 まず、をジプスの施設に招いた事は一度も無い。だというのに、するりと執務室と言う言葉が出てきた。まるで、執務室の存在を知った風に語る口調に、もしかしたらという期待が過ぎる。
 あの七日間からどれだけ経ったのか――1ヶ月ほどしか経っていないだろうに、ずいぶんと遠くに来たように感じる。あの七日を犠牲に巻き戻った世界は何ら変わり無く、平和で停滞した、大和のもっとも嫌う世界に戻っていた。しかし、大和がその事に気づいたのは、つい最近だ。多少の違和感はあれど、それでも日々の仕事に追われているうち、ふと唐突に、思い出したのだ。
 それから大和は、側近の真琴や史や乙女の動向を観察したが、確かにあの七日を境に、彼女達には何かしら心境の変化があったようで、いつもと違うと思わされることがしばしばあった。真琴は自分の信念を持つようになり、弱者にも手を差し伸べ、たまに反抗的な態度をとることもあった。史は我武者羅に行っていた研究が、自重を覚えたようなものに変わった。乙女は娘によく気を配るようになり、残業をあまりしなくなった。
 の態度も、あの七日より前と比べると、堅苦しいものは一切感じられない。少し踏み込んだ雑談も交わしてくれる。多少なりとも、意識の変化はあったようだ。ともすれば、他の面子も、そうなのだろう。
 ささやかに世界を変えたあの張本人である少年は今頃どうしているのか――考えている途中、唐突に、電話の呼び出し音が鳴り響いた。はビクッと肩を震わせ、パッと炬燵から出て廊下に飛び出していく。電話を取りに行ったのだろう。しばらくすると、けたたましく鳴り響いていた音がぱたりと止んだ。襖の向こうから、ひそかな話し声が聞こえてくる。
 ふと、炬燵の上、が食べかけのまま放置している蜜柑に目がとまり、大和は一旦本を閉じた。器から蜜柑を一つ手に取り、皮をむく。炬燵の熱が伝わり温くなった蜜柑を一房口に含むと、みずみずしさの中に甘酸っぱい味が広がった。
 味の濃さも丁度良く、美味しかった。二つ目を口の中に入れた矢先、が戻ってくる。
「あの、大和さん。何時頃お帰りになられますか?」
「特に考えてはいないが。……電話の相手は、両親からか?」
「はい。お夕飯は外で食べてくるとの事でした。申し訳ありません。大和さんがいらっしゃってくださったのに」
「構わん」
 先日、家を訪ねるという連絡を入れた際、外す事の出来ない先約があると聞かされていたので、別段、予定をすっぽかされたとか、そういう憤りの気持ちは沸いてこなかった。の神社は市の文化財に指定を受けているので、それ絡みの談合だと聞いてはいたし、ならば大和の視察よりも、そちらを優先すべきだろう。
「多分、帰りはかなり遅くなってしまうと思うんです」
「だろうな。酒の席であれば尚更だ」
 頷いて、ページを捲る。捲くってから、はたと気付いた。
「帰りが遅いのであれば、どのみち話はできん。私が長居する必要はないな」
「えっ!?」
 が驚嘆の声をあげる。大和が視線を向ければ、ちょうどは恥ずかしそうに片手で口元を覆うところだった。
「……。今のは、叫ぶような事か?」
「申し訳ありません……。その、もう、お帰りになられるのかと思って」
「そうするつもりだが。不服か?」
「ええと……」
 が言いよどんだ。首を傾げると、渋々と言った様子で、が口を開く。
「もう少し、大和さんとお話がしたいです。……駄目でしょうか?」
 ひどく言いにくそうに言葉をつむぎ、は言い終わると蜜柑を口に入れた。大和は無表情のままを見つめ、壁に掛けられた時計を見上げたあと、窓の外に目をやった。冬という季節は日が沈むのが早いもので、空はもう薄暗くなってきている。
「……。しかし、長居するのはさすがに邪魔だろう?」
「そんな事はありません」
 きっぱりとが言い切った。その勢いのよさに大和が面食らっていると、しばらくしてがあたふたし始めた。
「もしかして、たまの休み、お一人で過ごしたい、とか……」
「いや、別段そういうわけではないが」
 じっと、穴が開くほどの視線を向けられる。大和も負けじと見つめ返すのだが――以前はこんなに頑なだっただろうか――根負けしたのは大和のほうだった。
「わかった」
 目を逸らし、読みかけの本に視線を落とす。目で文字を追うものの、それでも意識はに向いたままで、文章が頭に入ってこない。結局、何故か顔を上げてしまい、の無防備な笑顔を目に留めてしまった。微笑でも忍び笑いでもなく、本当に嬉しそうな笑顔を目にした途端、全身から力が抜けたような脱力感に見舞われる。本を閉じてしまわないよう左手で押さえつつ、蜜柑を口に運ぶ。蜜柑の美味しさと、自分の変化とを噛み締めた。
 は変わったと思うが、恐らく大和だってそうだ。あの少年に打ち明けたときは、その変化に奇妙な怯えを感じたものだが、今こうしてみると、さほど嫌な気はしなかった。恐らく、素直に受け入れてしまったのかもしれない。
「お夕飯前には、お帰りになられますか?」
「そうするつもりだが。……それを尋ねると言う事は、何かあるな」
「大和さんがよかったら、ですが……、食べていきませんか?」
「……それは」
 それはどうなのか。昼もご馳走になったうえで、夜もご馳走になるのは、流石の大和も気が引けた。気心の知れた間柄というわけでもないし、付き合いは長かろうが、底が見えるほど浅いものだ。表面上だけの、引っ張ればすぐに切れそうな細い細い糸のような、そんな関係なのだ。けれどもの笑顔を見ていると、迷いが生じる。自分にも他人にも甘えたくはないのに、しかしそうしてしまいたいという気持ちの芽生えに、大和は内心自嘲を浮かべた。
 そもそも、家の人間に悪人やろくでなしはいないし、たとえ大和が長居したとしても、の両親は快く歓迎してくれるだろう。昼間に甘酒を勧めてくれた祖母にしろ、そういう人柄の家系なのだ。厚意に甘えたところで、つけ込まれる心配はない。しかし、本当にその厚意を受け取ってもいいのだろうか――? いつしか大和は眉をひそめるほど悩んでいた。そんな自分を不安そうに見つめるの視線に気付き、大和はため息を吐いた。難しく考えているのが、馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「……では、そうさせてもらおう」
「はい」
 言い終わるなり、が嬉しそうに笑うものだから、大和はたまらず本に目を落とした。たったの一言で、どうしてそこまで喜べるのか。理解出来ない。何か裏でもあるのではないか、と疑念が芽生えるも、すぐにそれはないと一蹴してしまう自分の心境にも、呆れるほかなかった。本のページの、つまらない文字を目で追うも、頭に入ってこない。そもそもどんな中身だったか、頭から抜け落ちていた。ページを一つ巻き戻し、全体を流し読みしてようやっと話を思い出すほどだった。
 そうしてから、もう続きは読めないと、限界だと大和は気付いた。本を閉じてそっと、炬燵の上に置く。
「本、もういいんですか?」
「……すまない。私にこれは合わないようだ」
「い、いえ。謝らないでください。変な本だとわかっていながら勧めたのは私ですから……」
 の慌てた声に、少しの罪悪感を覚える。本当は最後まで読もうと思えば読めるのだ。けれども、本を読むよりも、が先に言ったように、話をしたいという欲が、大和の中で勝った。
 おぼろげだった記憶が完璧に蘇ってからと言うもの、と最後に交わした言葉が忘れられない。告げられたときは流石に戸惑いこそしたが、世界が巻き戻り、相変わらず腐敗した世界の中で今までの生活を続け、それでも変化を受け入れた今となっては、もはや心の拠り所になってしまったのかもしれない。
「もう片方の本は、面白いのか?」
「大和さんにとってはどうかわかりませんが、私は好きです」
「……。そうか。ならば、楽しみにしておこう」
 大和が言い終わると、が嬉しそうに笑う。その顔を、今度はちゃんと正視する事が出来た。大和が幸せならが幸せになってくれると言ってくれたのが、伝播してしまったのか――嬉しそうに笑う顔をみると、どことなくくすぐったいような、けれども喜ばしい気持ちにさせてくれる。
 蜜柑を口に運んで、温い甘酸っぱさを噛み締める。が美味しいですかと尋ねてきたので、すぐに頷いて応じた。昔は『馴れ合い』とどこか見下すような思いだった対話も、今では気軽に楽しめている気がした。が相手だから、尚更かもしれない。何故なのかと思うが、耳触りのいい声にしろ、見ていて飽きない表情にしろ、艶のある髪も目鼻立ちも、大和は嫌いではない。おそらくの代わりはどこを探しても見つからないから、そう思ってしまうのかもしれない。それに、は見え透いた嘘を絶対に言わないという永久不変の安心感は、純粋に嬉しいものだった。だから、そのまま身を委ねてしまう。
 休日も、こうやって過ごすのであれば、悪くないものだ。

記憶の残滓は、初雪の訪れと共に