※1話と2話とウィキしか見てないから黒の性格とか色々よくわかんないですごめんなさい。
※ペドロリ変態ヘイヘイ!が許せない、かっこいいヘイヘイを望む方はやめたほうがいいです。
※一緒に風呂入ってるけど、えろくはないです。
ぴちゃんと、水の音がする。
「ヘイさん、かゆいとことかないですか?」
甘い、ソプラノの声が狭い風呂場に響く。黒の頭を洗っていた手を止めながら言った少女は、鏡の向こうに見える黒を見ていた。
「ない」
「そうですか」
言って、はにかむように少女は笑う。黒は鏡に映ったその顔をぼんやり見ながら、小さくため息を吐いた。
どこでどう道を踏み外したのが、それがさっぱりわからない。自分はそういう趣味はないはずだったのに、なんで獣道なんかに走ってしまったんだ、とある種の絶望にかられながら、黒は頭にお湯をかけられて目を閉じた。
「お湯、ちょうどいいですか?」
「…ああ」
さすが低家賃アパートというべきか、この部屋の水道は熱湯が出てくるのと水がそのまま出てくるのに分かれているから、正直お湯の調節がしづらい。でも水道が通っている時点でましか、と黒は思う。そういう、どうでもいいことを考えてしまうのは、決してと一緒に風呂に入っている事からくるのではない。
「えーと、終わりました」
言われて、黒は少しだけ顔を上げる。次は自分がの髪を洗う番だ。
「そっち向け」
「あ、はい」
言われて、は嬉しそうに笑って黒のほうに背中を向けた。専用のシャンプーを取り、ポンプを押して手に伸ばす。甘ったるい花ような匂いのそれは、黒は嫌いではなかった。の髪にシャンプーをなすりつけるようにしてから、指の腹で洗う。自分の髪を洗うのとは違うから、なんだか慎重になってしまう。
「なんか、ひとに髪洗ってもらうのって、気持ちいいですよね」
柔らかな髪を持ち上げて首の辺りを洗おうと思ったが、白いうなじが酷く艶かしくて一瞬たじろいだ。なんで自分が、こんな年端もいかない少女に欲情せねばならないのかと、内心頭を抱えた。やはり自分は相当重症らしい。
「ヘイさん、髪洗うの上手いですね…なんかびっくりしました」
「髪を洗うのに上手いも下手も無いだろう」
「ありますよー。美容院とか行って、ああこの人下手だなーとか、上手だなーとか、ヘイさんは思わないんですか?」
「そんなの考えた事も無いし、考えようと思わない」
言って、黒はの毛先を撫でるように洗う。もう十分だろうと、黒はシャワーを取って水を出した。指先にお湯を当てながら、温度を調節する。
「流すぞ」
「あ、はい」
こくんとが頷くのを確認して、シャワーで泡を流す。やはり女の髪質は自分の髪よりも柔らかいもので、指ですく度にしっとりと絡み付いてくる。痛んだ様子の見られないその髪から背中へ水が伝うのが、なんともいえない気がする。黒は視線をの後頭部に固定する事にした。
最後に前髪を流して、シャワーを止める。
「ありがとうございました」
首だけで振り返って、ぺこりと頭を下げるから、黒は無言で視線をそらした。
は、住居不法侵入者だった。
黒がこのアパートに引っ越した当日、は押入れの中にうずくまって眠っていた。発見した時はさすがに驚いたし、敵かと思って首を押さえつけてしまったが、近くの中学に通うただの家出人だと本人から聞くと、このアパートの管理状況を疑いたくなったのが今では酷く懐かしい。
どうして、に情が移ってしまったのか、自分にはよくわからなかった。
の両親の、もはや虐待ともいえるだろう暴力から逃げのびたの拠り所がここしかなかったからなのだろうか。愛娘が家出をしても、虐待が公けになる事を恐れ警察に通報しない両親に憤りを感じたからなのだろうか。はにかむような笑顔が妹に少しだけ似ているからなのだろうか。まるで子犬みたいに自分になついて慕ってくれているからなのだろうか。考えられる要因は他にもあるが、順に上げていくとキリが無い。
そもそもの話、最初にを見つけたときに警察に通報せずに家に泊めさせた時点で、既に情が移っていたのかは甚だ疑問だが。
黒の足にまたがってちょこんと座り、抱きついて胸板にこてんと頭を乗っけるの頭を撫でると、は嬉しそうに目を細めた。そこら辺は、素直で愛らしいと思う。
「なんか、眠くなってきました」
「寝るなよ、面倒だから」
いろんな意味で、と言おうとしたが、黒はその言葉を呑みこんでおいた。
「わかってます」
ふぁ、と小さく欠伸をしては黒に擦り寄る。どうやらは学校で思いのほか疲れたらしい。いつもなら黒に学校の事をたくさん話すのだが、黒が帰ってきたらは意外にも横になって眠っていた。夕飯のときも箸が進んでいなかったような気がしないでもない。でも、だからといってに何かあったのかと聞けばなんだか負けたような気がするから、黒は触れなかった。何に対して負けた気がするのか、は言わないが。
しばらくそのまま湯船につかっていると、が小さく身じろぎをして、水面が小さく波紋を立てた。
「ヘイさん」
「なんだ」
「今日、お母さんが学校にお迎えに来ました」
その言葉の意味が一瞬だけわからなかったが、なるほどだからの様子が変だったのか、と黒は納得した。
「そうか」
「お家に帰ってきなさいって言われました」
「そうか」
「でも、お家に帰るのは嫌です」
「そうか」
同じ相槌ばかり打つ黒に、は小さくため息を吐いた。
「そうお母さんに言ったら、黒さんを警察に突き出すって言われました」
「……そうか」
「ヘイさんに迷惑かけれないので、明日、お家に帰ろうと思います」
「家にいる時点でかなり迷惑だけどな」
黒が呟くと、は小さく笑った。その笑い方がなんだか寂しそうで、黒は心の中で盛大にため息を吐いて、またの頭を撫でた。
- - -
「ヘイさんヘイさん」
「なんだ」
背中のぬくもりが、もぞもぞと動いた。いきなり眠りの淵から呼び起こされたせいもあってか、黒はさも不機嫌そうに返事をする。
「短い間だったけど、今までどうもありがとうございました」
部屋の時計を見れば、もう1時だ。それを今言うのか、と黒はやや呆れてしまう。
「えと、怪我や病気をしないように、気をつけてお過ごしください」
「それは寧ろお前だろう。殴られても助けには行けないからな」
あはは、とが小さく笑う。
「あ、当たり前です。そんな事が起きたらきっと地球は大爆発をして滅びます」
暗に、黒がそういうことをするのは絶対にありえない事だと言う。それを無言で聞いていた黒は、自分から行動を起こすのがそこまで希少なのか、と妙に複雑だった。
「だから、ぜーったい、心配なんかしないでください。約束ですよ」
何が言いたいんだよお前は俺に心配して欲しいのか? と聞こうと思ったが黒は言うのをやめた。開いた口を閉ざして、寝返りを打つ。それにびっくりしたのかの体が大きく震えた。黒は思わず盛大にため息を吐いて、の腹に両手を回した。そのまま引き寄せる。
何をやっているんだろうと、この状況を冷静に観察する自分がいて、黒はそれに呆れた。
「へ…ヘイさん、ロリコンは犯罪ですよ? ていうかもともとそういう趣味だったんですか?」
「違うに決まってるだろ。幼女趣味や小児性愛は成人女性を受け入れる事ができない精神病患者兼異常性欲者だ」
「いやそんな無駄な説明誰も望んでないです」
小さくため息を吐くに、黒は確かに、と内心呟く。
「……どうやら自分でも今の状況に動揺しているらしい」
思っただけのつもりだったが、それは見事に口からこぼれていた。本当に動揺しているらしいと、黒は内心頭を抱える。
「へ、ヘイさんでも動揺するんですか?」
「当たり前だ」
「…なんか意外です。冷酷で冷徹な完璧最強超人だと思ってたので」
「そんな人間は空想の中だけにしか存在しない」
「はあ…ヘイさんもそういう事言うんですね」
前言撤回、かなり意外です、とは呟く。
「……お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「だから、さっき言ったじゃないですか。冷酷冷徹完璧最強陰気根暗天邪鬼ペドロリ超人」
「…なんか増えてるのは気のせいだよな?」
黒は怒りをあらわにはしないものの、声のトーンを低くして言ったのはには効果覿面だったらしい。はガクガク震えながらすいませんすいませんとうわごとのように呟きはじめる。そういうのが黒にとっては、見ていて飽きないなあと思わされる。
「―――、ほんとに出てくのか」
「あ、当たり前です! 出て行かないと黒さんが強姦容疑で逮捕されます」
「…事実に基づいた真摯な発言を頼みたいんだが」
黒が声のトーンをいっそう低くさせてそう言うと、は今以上にガクガク震えだした。
「すいませんすいませんごめんなさいもうしません口チャックして早く寝ます」
「待て、寝るな」
「ふぁんふぇふぇふふぁ?」
それは「なんでですか」という風に言ってるようにも聞こえなくは無い。どこまでふざけたヤツなんだ、と黒は口元を引きつらせた。
「お前は殺されたいのか?」
ばちばちばちっと電気がショートするような音が、のおなかの辺りから聞こえた。の顔がさーっと青ざめていって、ビクンと硬直する。
「ごめんなさいお許しください…」
「真面目に聞け」
黒自身、正直自分が何を考えてこんな事を言うのかわからなかった。わからないというか、認めたくなかったのかもしれない。が出て行くことに“寂しい”という感情を抱いてしまった事を。
反吐が出そうだ、と黒は心の中で吐き捨てるように呟いた。
「本当に、帰るのか」
「何度も言ってるじゃないですか」
むすっとした様子でが呟く。
「虐待を受けていたんだろ? だったら、お前は親に引き取られる事を拒否する権利がある」
「そ、それはわかってますけど…」
は小さくため息を吐いた。
「虐待の定義がよくわからないんです。どこからどこまでがしつけで、どこからが虐待なのか、わかんないんです。もしかしたら、お父さんやお母さんが、しつけで行ってる事かもしれないじゃないですか」
声を振り絞るようには言う。そこまでして両親を信じたいのかと、黒は呆れた。
「わざと服で隠れるような場所を殴り青アザをたくさん作らせ、肋が浮き出るほど満足に飯をやらない、それのどこがしつけだ。日本は他の国とは違って飢え死ぬほど食糧不足ってわけじゃない――まあ浮浪者を除いてだが。普通の一般家庭のレベルの食生活じゃ、そこまで痩せないだろう。お前がなんといおうと虐待を受けたという事実には変わりない。家に帰っても、それは変わらないだろ」
黒が言い終わると、がぴくりと震えた。いきなりが寝返りを打つ、のもつかの間、黒の視界がぐるりと変わって、仰向けになったせいで古びた天井を捉えた。子供の癖にこんなに力があったのか、と黒は変なところに感心しながら、自分に馬乗りになって半ば押し倒しているように見えるに視線をやり、そしてぎょっとした。
「お、お父さんとお母さんは、何があってもわたしのお父さんとお母さんです。おなかを痛めて生んでくれた事に変わりはないです。必死に働いて育ててくれた事にも変わりはないです。そんな二人にまだ希望を抱いちゃ、ダメですか?」
黒のほっぺたにぽたぽたと涙の粒が落ちると同時、が鼻をすすった。は黒の胸に置いていた両手を持ち上げて、必死に涙を拭う。
「……俺のせい、か?」
「あ、当たり前です。ヘイさんは酷い事言いすぎです」
ちょっとは人の気持ち考えてください、とぐすぐすと泣きながらもいつもの調子なので黒はちょっと拍子抜けしたが、…けれども動揺している事に変わりはなかった。
「ハァ……泣くなよ」
手を伸ばしての手を退けて、親指での目じりをなぞる。それにびっくりしたのか、の涙が止まる。これでもかというほど目を見開いて黒を見下ろしてくるので、黒は眉を寄せてを見上げた。
「あ、明日はきっと隕石が落ちます…っ」
泣き止んだのは一瞬だけだったらしい。言い終わってからはまた泣き出してしまった。ていうか、さっきよりも涙の量が酷くなったのは気のせいではないようだ。
「落ちてたまるか」
の腕を掴み、自分のほうへ引き寄せる。こてん、と黒の胸の上にの頭がのっかった。黒がの頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でる様子は、どうにもぎこちない。黒が空いた片手での背中をぽんぽんと軽く叩いた途端。
「明日はきっと宇宙人がやってきて、地球を侵略します」
「侵略されてたまるか」
はあ、と投げやりにため息を吐いて、黒は器用に横になった。俗に言う腕枕というヤツを他人――しかも年下の少女にするなんて思いもよらなかった、とぼんやり考えながら、黒はまたため息を吐く。腰に回した手に少しだけ力を込めて、ちょっとだけ抱き寄せた。
「ヘイさんはもう幼女趣味の人をバカにできませんよ」
「ああ、だな」
反論する気すら黒には起きなかった。下を向いて、額に唇を押し付ける。柄にもない事をしたもんだから、妙な恥ずかしさが湧いてきた。
「とりあえず、お前、家に帰るの、少しくらい様子見て考えたらどうだ」
「わ、わかりました」
ぐすぐす泣いて、鼻をすすったあと。
「あ……の、ヘイさんのシャツに鼻水つけてしまいました、って言ったら怒りますか?」
「……もう、どうでもいい」
黒がげんなりしたように呟くと、が至極嬉しそうに微笑むので、悪くもないなと黒が思ったのはまた別の話である。
2007/07/02
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