最近カフェオレが少しおかしくなった、というのが、マドレーヌ先生の受け持つクラスの生徒の共通認識でした。
放課後真っ先に教室を出てどこかへ行ってしまうし、昼休みもいつの間にかいなくなっているときがあるし、授業中だってボーっとしているのです。まあ授業中ボーっとしているのはは相変わらずですが。
カフェオレの行動なんて殆どが突飛なものですし、ほっとけばいいじゃないと女子は口々に言いましたが、男子はほっとこうなんていう発想にはいたりませんでした。何故なら面白そうだからです。
というわけで、とてもお日柄のいい本日、マドレーヌ先生のホームルームが終わって真っ先に教室をのしのしと出て行ったカフェオレを尾行するために、カシスを筆頭に3人の男子と1人の女子が後に続きました。順番にシードル、カベルネ、ピスタチオ、ぺシェです。当初はキルシュとセサミも来る予定でしたが、キャンディに「ストーカーなんてさいてー」と言われてしまい、当日になってキルシュはなんとカフェオレの尾行をやめたいと申し出たのです。キルシュにぴったりくっついているセサミもそれにより不参加となり、代わりにペシェが参加する事になりました。なぜ女子のペシェが参加する事になったかというと理由はしごく簡単、「もしも男子たちが変な事をしたら大変ですの!」とのことでした。
カフェオレのあとを静かに、でも隠れることなく堂々と歩く4人に、カフェオレは気づく様子はありません。カフェオレはそのまま4人を連れて校舎を出て、がしょんがしょんと音を立てながらゆっくりとした足取りで向かった先は、校舎裏に面した中庭でした。
さて、とカシスは一息ついて、みんなに隠れるよう手で指示を出しました。それはあらかじめ決められていたもので、皆は散り散りになりながらも、ひそひそ声が届く範囲で草むらや木の陰に隠れました。
「誰かいるっぴ」
ピスタチオが向こうを指差しながら呟くので、皆はそちらを見ました。そこには、学校の中庭にあるというのに、大きな公園にあるような噴水つきの池のそばで、練習用のマジックドール相手にひたすら呪文を唱えているらしい少女の姿がありました。
「見たことない子だね」と言うシードルのそばで、カベルネが神妙に頷いてみせます。
「どうやら、別のクラスの子ですの。カシス、あの子知ってます?」とペシェが言います。
「知るわけねぇだろ。なんで俺に聞くんだよ」と不満そうにカシス。
「だってあなた、節操なしに女の子に会う度会う度声をかけてるじゃありませんの!」とペシェがひそひそ声で強く言うと、
「節操なしって…、少しくらいは選ぶぜ」とカシスが呆れたように呟きました。
「お腹がすいたっぴ」と、ピスタチオが2人のやり取りを横目で見ながら欠伸交じりに呟いて、眠たそうな眼差しをカフェオレと少女に向けました。
カフェオレが少女のそばまでくると、少女は跳ねるようにカフェオレのほうに振り返って、それから微笑みかけました。少女の口がぱくぱくと形を変えていますが、何を言っているかは皆には聞き取れませんでした。距離が遠すぎるのです。
「…聞こえませんわね」ペシェがぼそっと呟きます。
「近づいてみるヌ~?」とカベルネが聞きますが、
「いや、流石にばれるだろ」とカシスが返し、
「じゃあどうするのさ」とシードルがいらいらしながら言いました。
そうやって皆がひそひそと話し合っている間、ピスタチオは1人蚊帳の外でじーっと2人の様子を伺っています。カフェオレが身振り手振りで少女に何かを伝え、少女はこくこくと頷き、またマジックドールに向かって魔法を唱えています。
(…もしかして、カフェオレがあの子に魔法を教えているっぴか?)
もうすぐ定期試験もあるし、とピスタチオは考えましたが、まさかなあとそれを打ち消しました。でもカフェオレ達がいる、いわゆるマドレーヌ先生のクラスは、ウィルオウィスプの校長先生じきじきにスカウトされた者たちで作られたクラスなので、当然、他のクラスよりもずば抜けて成績がいいのです。その代わり、新旧試験は他のクラスと違って格段に難しいのですが。
落ちこぼれの少女に偶然であったカフェオレが、少女に頼み込まれて、けれどもいやいやと言うわけではなく時間を割いて魔法を教えている図が、ピスタチオには安易に想像できました。ピスタチオはその考えを皆にひそひそ声で話すと、
「成る程、それなら納得がいくヌ~」
「あのカフェオレが魔法を教える、ねえ…」
「カフェオレちゃん! なんて素敵なんですの!」
「…うらやましいヤツ」
誰が誰とはいいませんが、皆がほぼ同じタイミングで、一様に呟きます。
そうして皆はしばらくの間、物陰から2人をこっそり見守りました。少女がマジックドールに攻撃を仕掛けるため魔法を唱えて失敗するたびに、カフェオレが身振り手振りで少女に助言をしている、ように見えなくもありません。
「なんだか、帰ったほうがいい気がするヌ~」
カベルネの呟きに、皆は内心賛成しましたが、決してそれを口に出そうとしませんでした。なぜならあの少女とカフェオレには何かありそうだとうすうす思っていたし、何よりもやっぱり面白そうだったからです。
と、そのとき。どたばたと足音が中庭の入り口から聞こえてきました。「隠れろ!」とカシスがひそひそ声で強く言い放つので、皆は慌てて草むらや木の陰に隠れました。そのままじっとしていると、唐突に爆音が響きました。皆がびっくりして中庭を覗き込みます。そこには数人の生徒が、カフェオレと少女に向かって、ひたすらボムを投げていました。ボムは爆発するたびに火を噴出すので、ファイアーボムだとわかります。火属性に強い古属性のカフェオレはボムを投げてくる生徒たちに背中を向けて、微動せずに少女を庇っていました。
「ひどいっぴー!」
あわわ、と口元に手を当ててピスタチオが呟くそばにいたペシェが、
「急いで止めますの!」
と意気込んで草むらから飛び出していきました。隠れていたほかの皆も、自分のクラスメイトに酷いことをしている生徒たちが許せないようで、ペシェに続いて草むらから飛び出していきました。取り残されてしまった臆病者のピスタチオも、カフェオレの頭に当たったボムが爆発するのを見て、耐え切れないと草むらを飛び出していきました。
「何してるんだ!」
カシスの叫び声に、生徒たちがぎょっとした顔をカシスに向けます。
「うわっ! 上級生だ! 逃げろ!」
いじめっ子のリーダー格の少年が叫んだ瞬間、いじめっ子の少年少女たちはボムをカシスたちに投げ捨てて、まるで蜘蛛の子散らすように走り去っていきました。
「待つんだヌ~!」
カベルネとシードルとピスタチオがいじめっ子の後を追いかけます。
「くそっ、何なんだあいつら」
煙にむせながらカシスが呟き、カフェオレのほうに近づきました。
「ほんとですの! カフェオレちゃん、大丈夫ですの!?」
ペシェも煙がしみて涙が出てしまった目を擦りながら、カフェオレに近づきます。
「ケッ! ヒデエコト シヤガルモンダナ」
まるで唾でも吐きそうな勢いで…とはいっても古代機械なので唾など出る訳ないのですが、忌々しそうに呟くカフェオレは平気みたいです。しかし、カフェオレの陰に隠れている少女は、けほけほと苦しそうにむせています。
「オレハ ダイジョーブダ。コンナノ ヘノカッパダゼ」
それからカフェオレは身をかがめて、少女の背中を軽くつつきました。
「、ダイジョーブカ?」
と呼ばれた少女はカフェオレに背中をさすられながら、何度も何度もこくこくと頷きました。は目を擦りながら、差し出されたカフェオレの指を握って恐る恐る立ち上がります。それからカシスとペシェの姿を見るなり、びくりと身体を震わせてカフェオレの背中に回ってしまいました。カシスとペシェはいきなり隠れてしまったにびっくりしてしまいます。
「ハ キョクドノ ヒッコミジアンナンダ」
カフェオレがすかさずフォローを入れるので、2人ははあ、としぶしぶ納得したようです。が、カシスがちょっかいを出そうとカフェオレの背中にいるを覗き込もうとすると、カフェオレがカシスの前にすっと手を差し出しました。暗に近づくなと言われた気がしたカシスはカフェオレを見上げ、「わかったよ」と言って身を引きます。
「しかしまあ、カフェオレはいつ慈善に目覚めたんだよ」
まるでからかうように、カシスが言いましたが、
「ソウダナ… ニシュウカンクライ マエダ」
からかわれている事に気づかないのか、カフェオレは真面目に答えました。
「カフェオレちゃんは2週間も前からその子に魔法を教えていたんですの?」ペシェが首をかしげながら口をはさみました。
「アア。トハ セイレイガ イッショダカラナ。オシエヤスイゼ」と言いながら、カフェオレは首だけ振り返って、のほうを見ました。
「…なんで教える事になったんですの?」ペシェが尋ねると、カフェオレはペシェのほうを見て、
「チョットシタ ジジョウッテ ヤツダ」と言いましたが、そのあとにまたのほうを振り返ります。
「その事情ってのは、さっきボム投げてきた下級生と関係あんのか?」今度はシードルが尋ねると、
「ウーン アルトイエバ アルナ」カフェオレにしては珍しく、曖昧な答えを返してきました。
「何だよ、はっきり言えよ」とカシスが何気なしにいうと、カフェオレは困ったようなそぶりをしてみせました。それからカシスたちとを見比べて、
「…フタリニハ ワルインダガ、オレノクチカラハ イエネェナ」
そう言って、赤いレンズのモノアイの横を指先で掻いて見せます。古代機械には頬などないのですが、その仕草はまさに人が頬をかく仕草といえるでしょう。
「何で言えないんですの?」
「ダカラ チョットシタジジョウッテ ヤツダ」
よほど言いたくないのでしょう、カフェオレはぴしゃりとそう言い放ち、その場で右に回って方向転換した後、の肩をつつきました。がおずおずと顔をあげます。カフェオレはの脇の下に手を差し込みの身体を持ち上げ、何を思ったか自分の右肩に乗せました。は悲鳴もあげずに、黙ってカフェオレの頭に両手を回しました。慣れているのかもしれません。
「オレハ イマカラ ホケンシツニ イッテクル。タスケニキテクレテ アリガトナ。ホカノヤツニモ ツタエトイテクレ」
そういい残して、カフェオレはがしょんがしょんと足音を立てて、いつもよりいくばくか早歩きで、その場から立ち去ります。
残されたカシスとペシェはぽかんとしたまま、呆気なく立ち去ろうとするカフェオレの後姿を見送り、カベルネ達が帰ってくるまで、ずうっとそうしていました。
2008/11/11
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