青く澄んだ泉が目の前にある。
 いや、泉とはいうものの、大きさは雨の日にできた大きな水たまり程度の広さしかなく、直径はせいぜい2メートルほどで泉と呼ぶには少々頼りない。しかし水底は黒くフェードアウトしていてどのくらい深いのかは計り知れない。
 キールが泉に近寄ると、水面にキールの顔が写りこんだ。不満げでへんてこな顔をしている。
「おいキール、あんまり近づくなよ」
 背後からジンに注意され、キールは翼を広げて飛び立った。大きく旋回し、羽を何度かはばたかせてジンの肩に止まる。ジンは鼻歌交じりに右手で黒い宝石をいじりながら口元を緩ませている。機嫌がよさそうだ。
「こんなへんてこな水たまりに用があったのかよ」
 対するキールは機嫌が悪い。この泉を探すために、凶暴な獣がいる森の中をさんざん連れまわされたせいだ。
「水たまり言うなよ。これでも真実を見極める女神さまが住んでるって話だぜ」
 キールは無言で泉に目を向けた。泉のそこから湧き出た水にまぎれた水泡が水面に上ってはじける。
 泉の女神の問いかけに正直に答えれば、この世ではおよそ買う事が出来ない宝を手に入れる事が出来る……というのがこの泉にまつわる話だ。それをどこから聞きつけたのやら。ジンは話の信憑性はともかくとして、面白半分、散歩気分でここにきた。
「こんなとこに住んでる女神さまなんてタカが知れてる」
 俺はタカじゃないけどな、と付け足してキールは相変わらず不満そうにぶーたれた。
 絵本に描かれている泉の女神は大概、大きくて綺麗な泉に住んでいるというのが王道だ。その泉の周りも綺麗な草花ばかりで、まさに女神が住んでいそうなそんな雰囲気を醸し出しているというのに、さあ目の前の泉はどうだろう。伸び放題の雑草が生い茂り、腐り落ちた木々の枝がそこかしこに散らばっているばかりで草花なんかどこにもありゃしない。
 ジンはがっくりしているキールに見向きもせず、右手の宝石を親指で弾き飛ばした。弧を描いて投げられた宝石はゆっくりと泉に落ちていき。
 ちゃぽん。
 水面が波打ち、宝石が泉の底へ沈んでいく。水の抵抗を受けながら重力に従い、宝石はゆらゆら揺れながら下へと落ちていく。とうとう日の光が届かない深さにまで達したころ、暗闇から白い手が飛び出してきて落ちる宝石をつかんだ。唐突だった。
 突然現れた人影は、湧き出る水の流れを登って、水面へと近づいていく。
「あなたが落としたのはこの赤い宝石?」
 凛とした声が森の中に響く。水で人を模ったその姿は神々しい。女神は美しい動作で水面に座り、まっすぐにジンを見上げた。波打つ髪が揺れながら水面に混ざり合う。
 キールの目がハートになる。今にも飛び出していきそうなキールの首根っこをつかんでジンは一歩泉に近づいた。
「それとも、この白い宝石?」
 女神の両手にはそれぞれ黒い宝石と同じ形の、紅白の宝石が乗せられていた。ジンはじっとそれを見つめた後、一度だけ首を振った。
「俺が落としたのは黒い宝石だよ。どちらも違う」
「そう」
 女神がニコッと笑う。女神の手の中の宝石が一瞬にして水になり、女神の手に溶け込んだ。
「あなたは正直者ね」
「でも泥棒だけどな」
 キールが茶々をいれたが、ジンに嘴をふさがれ女神の耳には届かなかった。
「これがあなたの宝石でしょう?」
 女神の右手のてのひらから、にゅるっと黒い宝石が出てきた。ジンが頷いて手を差し出すと、女神がその上に宝石を置く。
「これもあげるわ。私の宝物よ」
 女神はニコニコと笑いながら泉にに右手をつっこむ。女神の右手は泉の底へと伸びていき、水色の布をつかんだ。物凄い勢いで引き上げる。
「えっ?」
 水底から引き上げられた女神の宝物は、手に黒くでこぼこした機械的なものを握ったまま正座した体制で固まっていた。ずぶ濡れで、頬に髪の毛がくっついている。
「えっ?」
 ジンもつられて声を上げた。宝物は明らかに人だったからだ。
 こんなものが出てくるとはジン自身予想外だった。女神は驚くジンの様子など気にせず、伸び放題の雑草の上にずぶ濡れの宝物を置いた。
「えっ、なにここどこ!?」
 女神の宝物がきょろきょろとあたりを見回しながらそう呟いたが、疑問に答えてくれる者はこの場にはいない。
「正直者には女神の祝福を」
 女神はジンに向けてひとつウインクしてみせると、泉の中に潜っていってしまった。
 何が起きたのか理解できない2人と1匹が見つめあい、無言になる。
「あのう」
 宝物が口を開いた。濡れた前髪をかき上げてジンを見上げる。
「つかぬ事をお聞きしますが、ええと、…どちら様ですか」
「どちら様……って、むしろそちら様がどちら様ですか?」
「えっ?」
「えっ?」
 無言になる。ジンも柄になく混乱しているらしい。
「ああ、…ええと、私はです。
「あっ、ご丁寧にどうも。俺はジン」
「じん? ええと、ジンってどういう漢字で書くんですか? “仁”ですか? それとも“神”?」
「えっ?」
「えっ?」
 またまた無言になる。
「…あ、そうか、そうですね、はい。今の時代は親が名前を付けるのもこう…変ったものを好む風潮ですもんね。たとえ同年代っぽそうに見えても、名前が漢字じゃなくて平仮名とか片仮名でもおかしくないですよね。“てぃあ”とか“はあと”とか“ちわわ”とか“せふれ”とか“あなる”とかね、うんうん」
 わたわたとまくしたてながら宝物は一人納得した。しかしジンといえば聞きなれない言葉ばかりが出てきてハテナマークが増えるばかりだ。
「なあ、“ひらがな”とか、“かたかな”とか、“かんじ”って何だ?」
「え、平仮名は平仮名で、片仮名は片仮名で、漢字は漢字ですよ?」
「えっ?」
「えっ?」
 さっきと同じようなやり取りに違和感を感じたのか、苦笑する宝物とジンの脇でキールがぷるぷる震えだした。ジンの頭上を黄色と黒のしましま模様の蜂が通り過ぎていく。いかにも凶暴そうなその蜂は、何か満足そうな表情を浮かべつつ、ふらふら飛びながら木々の中へ。
「あーもう! 話は後にしろー! 街に戻りたいー!」
 今にも泣きそうなキールが右足を押さえた。キールの右足は蜂に刺されてぶっくり腫れていた。





 町の入り口から300メートルほど離れた、荒れ果てた平野のど真ん中に目当ての人影を見つけたジンは笑顔で右手を高く上げた。唸るようなエンジン音が近づいてきて、黒い鉄の塊が粉塵を巻き上げてジンのすぐそばで止まった。
「きてくれてありがとうポスティーノ」
「仕事の依頼なら呼べばどこへでも行くさ」
 ポスティーノがヘルメットをはずしてバイクから降りた。「それで?」とジンに話を促す。
「頼みがあるんだ」
 ジンが背後を振り返った。ジンの後ろには横倒しになった枯れ木があり、その上にジンの相棒キールと一人の少女が座っている。ポスティーノにとって少女は初めて見る顔だった。
「この子をどこか一人で暮らせそうな町に運んでやってくれ」
「「ええええええええええええええええええええ!?」」
 少女の声とキールの声が重なり、鼓膜を劈くような、ある種の兵器じみた騒音を奏でる。ジンとポスティーノは眉をひそめて両手で耳をふさぎ、声が静まるのを黙って待つ。少女とキールが立ち上がり、ジンに詰め寄った。
「「ちょっちょっちょっ…おまーっ!!」」
「…二人とも理解できる言語で頼むよ。つーか顔近い」
 半ばのけ反りながらジンが言う。
「まままって、ちょっ、ええええ!? 私おいてけぼりですか!?」
「おいおいジン、か弱い乙女を捨て置くたぁどういう事だ!?」
 二人の大声が見事に重なり、もはや言葉として認識できない。ジンはあきらめてスルーした。
「てか、もしもそうなったらか弱い私はのたれ死ぬしかないじゃない!」
「自分でか弱いって言う奴はか弱くない」
 ジンがスパッと言えば、少女はぐっと詰まる。が反論する気力はまだ残っているらしく、めげずに口をひらいた。
「だ、だいいち、働くとか無理です。一人暮らしも無理」
「そうだぜジン! 親の脛かじって寄生虫暮らししてた奴が素直に外に出れるわけねえ!」
「そうそう! キールの言うとおり! 私の事置いてくの反対!」
 キールに遠まわしに馬鹿にされているというのに、少女はキールと意気投合してやんややんやとまくしたててくる。正直うるさくてかなわない。
「ジン、俺は喧嘩の仲裁で呼ばれたのか?」
「違う違う。さっきも言ったろ? この子をどこか安全に暮らせそうな国に運んでほしいんだ。あんたはそういうの、俺より詳しいはずだ」
「そりゃあそうだが」
 ピーピーと餌をねだる雛のようにわめく二人を見て、ポスティーノはため息をついた。
「いやよ絶対! 私は誰かに寄生しないと生きていけない体質なの! 骨の髄までむしゃぶりつくさないと生きていけないの!」
「俺に頼らずちったあ自分で努力しろよ」
「あははジンくんおもしろいなー。努力とかいう言葉は私の辞書にはないよ、うん」
 澄み渡る青空のような笑顔でジンに言う。
「ポスティーノ、頼むからこの役立たずをどっか連れて行ってくれ。俺がこれから先立ち寄りそうもないどこか遠い地方に」
「や、役立たずだとー!? 私のどこらへんが役立たずだとー!?」
「そりゃあもう、全身から役立たずオーラがにじみ出てるよ」
「そ、そんなん出とらんわ! ヴァナ・ティールじゃ皆に頼られてたわ!」
「それは架空の世界の話だろ。つーか不正行為して「あかばんされた」って言ってたのはどこのどいつだよ。頼られる奴は不正行為なんかしないの」
「自称“泥棒”にそんなこと言われたくなーいっ!」
「今まで一度も働いたことない無職に言われたくないね」
「そ、そういうジンも働いたことないでしょーが!」
 以降、激しい罵り合いに。
「おいおいお前ら話が脱線してるぞ」
 たまりかねたキールが言えば、二人はムスッとした顔のまま黙り込んだ。
「てか、絶対役立つよ。うん。連れてって損することはないよ」
「君が役立つところがまるで想像できないんだけどな」
「いやいや絶対役立つって、ねえキール」
「え? ああ、…うーん」
 いきなり話を振られ、キールは悩んだ末、
「そうだな、天下一無職会とかあったら、優勝できるかもな」
「ほらみろ!」
 細々とした、自信なさそうな声で呟くキールとは対照的に、少女はえへんと胸をはった。
「そんな大会ねーから。武道会ならまだしも」
「いやいや、この世界おかしいし、絶対あるって! 天下一無職会の一つや二つ!」
「無職を競い合う大会がそんなにぽんぽんあるわけないだろ!? てか、あったとしても誰が得するんだよ」
「私!」
「お前かよ!」
 言いあう二人をよそに、ポスティーノはふむ、と考え込んで。
「あるぞ」
「「「え?」」」
「だから、あるぞ。天下一無職会」
「「「な、なんだってー!?」」」
 三人の声がそろい、驚きのあまりポスティーノを凝視する。
「ここから南西に向かうと大きな町がある。その町の通称が、“ムショクの町”っていうんだ」
「うわあ…なんつー名前だ」
 ジンがげんなりする。
「以前その町に立ち寄った時、そこで天下一無職会が行われていた。ちょうど今頃の時期だったかな」
 ポスティーノが言い終わると、少女は目をキラキラと輝かせ始めた。
「おおおお! なんと! 天啓だ! これは神様の思し召しに違いない! これは早速その町に向かわないとだね! 私の有能っぷりを世に示すために」
「いやいや天地がひっくりかえってもあんたが有能になることはないって」
 はあ、とため息をつくジン。
「で、こっからその町までどんくらいあるんだ?」
「徒歩で4時間だな。なんなら乗せてやってもいいが」
 くいっと親指で自分のバイクを示すが、人が乗れてもポスティーノと合わせて二人しか乗れない。
「よし、じゃあ俺はここに残るよ。頑張れ
 と呼ばれた少女はぽかんとジンを見て、それから半泣きになった。
「ええええええ!? やだよ! 私、ジンに一生ついてくって誓ったのに!」
「やめろ。マジでやめろ。一生ついてくるな。つーか誓うな。ほんと頼むから」
「そんな全力で拒否しないでよ~。兎は寂しいと死んじゃうように、私は寄生主がいないと死んじゃうんだよ~」
「近寄るな! すがりつくな! ちょっ…マジでやめて! やめ…、…アッー!」
 ジンの断末魔が木霊する。それを傍観していたポスティーノとキールはあ~あと言った感じで二人を見下ろし、顔を見合わせた。
「なんだ嫌がってる割には仲いいじゃないか」
「そうなんだよ。俺が入る隙がないくらい仲がいいんだ。ああ…俺も骨の髄までむしゃぶりつくされてえ…」
「はは、君が言うと冗談にならないからやめたほうがいいぞ」
「ごもっとも。で、俺はともかくこの二人をどうやってバイクに乗せるんだ」
 ポスティーノが「なに、簡単な事だよ」と小さく笑った。ジン達が今まで滞在していた町の入り口に目を向ける。
「この町のバイク屋に言えば、サイドカーくらい貸してくれるさ」





「君は異世界からきたのか」
 ヘルメットをに差し出しながら、ポスティーノがそう聞いた。おおまかなことはジンから聞いたが、どうしてもそれが信じられなかったのだ。
「うん、そうみたい」
 ポスティーノからヘルメットを受け取りながら、あっけらかんとが頷いた。
「まあ、なんつーか、初対面の人にいきなり「君は異世界の人間だよ」といわれても、実感が湧かないんだよねぇ。現に今でもこれは夢なんだろうなと思うし」
「…夢か」
「そう夢。夢だなって思いこまなきゃこんな明るくふるまえませんって」
 へへっと笑いながら、はポスティーノのバイクに取り付けられたサイドカーに乗り込みシートに座った。の肩にとまったキールが、うーんと唸りながら翼で嘴をおさえる。
「ジンがあの泉に行かなきゃ、俺たちももいつも通りの生活をしたてっていうのにな」
「後悔したって遅いぜキール。つーか、今になってわかったよ。女神の宝物は“この世では絶対買う事ができない”っていう意味が」
 ポスティーノからヘルメットを受け取りながらジンが言う。
「うんうん、私は非常に希少価値が高いってことだよね」
「まあそれは否定しないけどな、“この世で絶対買う事ができない”って事は“この世で絶対売られる事はない”って事だ」
「つまり?」
 キールが首をかしげる。
「この世ではおよそ“現金に変えることができない”、いわば“価値のない”ものなんだよ」
 がたっと音を立ててがその場で立ち上がった。キールがあわてての肩から飛び立つ。
「おまっ! え!? もっかい言ってみろ! もっかい言ってみろ!?」
は価値がない」
「それマジで言ったん? ソースあるならすぐ出せ。マジなら無職総力を上げて潰すけど!」
「お前は無職の親玉か」
 ジンは呆れた眼差しをに向けたあと、何事もなかったようにバイクの後部座席に座った。もはーと気の抜けた声を漏らしてシートに座る。膝の上に肘をのせ手を組み、そこに額を乗せた。俯いてブツブツと何かつぶやき始める。
「あーどうしよう。ほんとに夢じゃなかったらどうしよう」
「社会復帰のいい機会じゃないか」
「こんな世界で社会復帰などいやです」
 きっぱりとが言うので、ジンは肩をすくめた。
「さ、出るぞ」
 ポスティーノがゴーグルを引き下げ、バイクにまたがった。
、キールの事抱えててくれ」
「わかった。おいでキール」
 は素直に頷き、キールを手招きする。
「喜んでぇっ!」
 今にも「ウヒョー」と叫びそうなほどのスピードでの膝にダイブする。バイクのエンジンがかかり、ゆっくりと進み始めた。徐々にスピードを上げはじめる。
「ムショクの町とやらまで何分くらいかかるんだ?」
 ジンが聞くと、
「40分くらいだな。荒野を一直線に走るから」
 ポスティーノがすぐさま答えた。バイクは速度をあげながら、舗装された道から荒野へと乗り出す。いたるところに転がった石ころをサイドカーの車輪が乗り上げる。その振動がにも伝わる。は振り落とされないようサイドカーにつかまりながら、もう片手でキールを押さえた。




 荒野を走り続け、30分とちょっとで、バイクは目的地についたのかスピードを徐々に緩めて停止した。
「お、おしりがあああ…」
 うわあああ、と今にも泣きそうな声でうめきながら、はヘルメットを外した。よろよろとサイドカーを降り、同じようにやつれたキールを胸に抱えてとぼとぼとジンの側に向かう。ここまでの道中、でこぼこした地面を走るせいでサイドカーは揺れに揺れ、いくらシートの上に座っていたとしても何度も何度もシートに尻を打ち付ければ相当痛くなるもので、もはや間隔はマヒしていた。
「顎が、がくがくするぜ…」
「そりゃあ災難だったな」
 対するジンはさわやかな笑顔を浮かべている。本体のほうはそんなに揺れなかったようだ。キールとは恨みがましい目つきでジンを見た後、視線を別のほうへ向けた。
 8メートルはあるだろう壁がずっと続いている。途中でカーブして見えなくなっているあたり、これは町を中心に囲んでいる壁のようだ。そしてジン達の目の前に、大きなトラックが軽々と通れそうな門があけ放たれていた。
 その先に見える景色は、白。
 どの建物も白ばかりで、赤や青など、他の色が見受けられない。街中を歩く人は遠目でも色があるとは認識できるが、それでも薄いものだ。あらためて門と壁を見れば、雨風を受けて汚れているとはいえ、無彩色の白だ。
「なるほど。ムショクの町ね」
 ジンが納得するように頷く。で、自分が暮らしていた世界には到底あり得ない、幻想じみた光景にぽかんと口をあけて黙って町の風景を眺めていた。
「いつまでぼーっとしてるんだ二人とも」
 ポスティーノがバイクを押しながら歩きだすので、二人はあわててその背中を追いかけた。
 町の入り口に駐車場があったので、そこにバイクを停め、徒歩で市街地に入る。町の大通は人通りが多くそこらじゅうで市場が開かれていて賑やかだが、けれども人々の服は淡い色のものばかりだ。ほぼ白ばかりで、時々ベージュや水色、ピンクなど、そういった薄い色があるだけだ。だから、街中を歩くジン達は異様に目立った。
 屋台を覗いてみれば、何でもかんでも白い食べ物ばかりだ。酒もパンもジュースも肉もスープも全てが白い。
「ああ、あそこだ」
 唐突にポスティーノが指さした先には、大きなドーム状の建物があった。
 そこの入り口の側にテントがあり、その下には人が群がっている。テントには「天下一無職会 受付」と大きく書かれていた。
 が、はその文字が読めない。首をかしげながらキールにそれを聞き、読み方を教えてもらうとパアッと顔を明るくして一人納得したようだった。
「結構盛大なイベントなんだな…」
「ああ。市長が直々に運営するくらいだからな」
「ポスティーノさん、あそこで受付やってるの?」
「そのようだ」
「よし! 不肖ながら、参加表明しに行ってきます!」
 はびしっと敬礼して、駆け足でテントに向かっていく。その後ろをキールが追いかけた。
 しかしテントの前に列をなしている人の数は多い。100人以上はいる。
「大会は今日だけなのか?」
「この時期は毎日やってるようだ」
「そうか…」
 そんなに無職がいるのかとジンは呆れた。
「景品はなんか出るのか?」
「優勝すれば、この町での永久滞在権が得られるそうだ。衣食住の世話はおろか一生隠居生活できるほどの補助金もでるらしい」
「…なるほどなー。働きたくないやつがこんなに集まる理由がわかったぜ」
 そう言ってる間に、列に並ぶの後ろに一人二人と続く。ざっと列に並ぶ人のいでたちを見れば、誰もが色のある服を着ている。と同じく他の地方からも集まってきているようだ。
「ところでジン、一つ質問なんだが」
「なんだい?」
「あの子、文字は読めないのにどうして言葉はしゃべれるんだ?」
「さあ。俺が思うに、あの泉の女神さまが何かしたんじゃないかなと思うけど」
 そんな雑談を続けていたが、しばらくするとポスティーノは「仕事があるから」とその場を立ち去ってしまった。「後で合流しよう」という言葉を置き土産に。一人残されたジンは立って待つのも疲れるので、近くの屋台から白いホットドッグを買い、ベンチに座ってそれを食べながらぼんやりとテントのほうを見つめた。
 ほどなくして、とキールが戻ってきた。はジンが座っているベンチの前までやってくると、笑顔で手に持っている紙を広げた。
「じゃじゃーん。参加表明書!」
「はいはいおめでとうおめでとう」
 ジンは棒読みで、おざなりな拍手をに送った。
「明日の午前から出場だそうです! ジンくん応援しにきてね!」
「えっ、やだよ」
「ちぇー」
 が口をとがらせてぶーたれる。がそこまでショックを受けた風ではない。ジンに断られるのを予想していたようだ。
「嘘だって。せっかくだし行くよ」
「えっ、やだよ」
「…」
「ごめんなさい嘘です応援しに来てください正直言って心細いんです」
 早口でまくしたてるに苦笑して、ジンはの手のひらに小銭を数枚押しつけた。
「腹減ってたらそこの屋台でなんか買ってくるといい。つっても真っ白いホットドッグしか売ってないけど」
「おっ、ありがとう。…てか、ポスティーノさんは?」
 小銭をギュッと握りしめながら、がきょろきょろとあたりを見回す。
「仕事に行ったよ」
「そうかあ」
 どことなく残念そうに、がつぶやいた。

 2009/07/04