――XX日午後XX時XX分頃、イタリアXX州XXの実業家、ラウロ・氏の自宅にて身元不明の4人の遺体が見つかった事件で、DNA鑑定の結果、遺体はラウロ氏、その妻のヘレネ氏、家政婦のニコラ氏、ラウロ氏の秘書のマルコ氏であると判明した。
 なおラウロ氏の長女の行方がわからなくなっており、警察は一家が何らかの事件に巻き込まれたか、長女が死亡の経緯を知っているとみて捜査を続けている――。

『――まさか、こんな形でテレビに出るとは思ってもみませんでした……』
 テレビから流れるニュースキャスターの声を聞いて、が困ったように呟きながら、苦笑を浮かべた。
 遺体発見から、早くも1週間が経過した。
 世界的に有名な実業家が殺されたという事もあって、マスコミは一気に事件に群がり、今やニュース番組では必ず取り上げられる事件となってしまった。
 報道内容を聞けば、未だ犯人に繋がるような手掛かりが見つかっておらず、土地のせいか目撃者もいないため、警察の捜査は難航しているようだった。
 フランはカフェオレを飲みながらじっと液晶テレビを見つめた。ニュースの場面が切り替わり、事件現場となったあの豪華なコテージを背にアナウンサーが実況を始める。
 フランも仕事の合間、スクアーロの協力のもと、自分なりに事件を調べてみたが、成果はいまひとつだった。昨日ちらりと覗いてみたインターネットのコミュニティサイトの掲示板では「マフィアの仕業だ」だの「未解決事件になる」だのという前置きのあとに、「警察は無能で市民の税金泥棒である」という結論で締めくくられていた。どこの国でも公務員を批判する輩はいるものだ。
 はフランの自室のソファにちょこんと姿勢よく座って、真剣そうにテレビ画面を見つめている。
 彼女の姿はヴァリアーのメンバー全員にはまるで見えないようだったので、の事は内密にするべきだとスクアーロが提案したのを、フランは二つ返事で了承した。ヴァリアーの中での事を知っているのはスクアーロと、報告を受けたXANXUSだけだ。
 をアジトに連れてきた初日、には触ることもできないし間違った事は起きないだろうと、とりあえずフランの自室で過ごすように伝えたのが幸いしたのか、泣きじゃくって陰鬱な空気をふりまいていたは、死んでしまった人はもうどうにもならないという感じで彼女なりにふっ切ったようで、今ではこうしてフランとよく会話するようになった。
 テレビ画面の中のアナウンサーが、現場の状況を事細かに説明し始めた。遺体は1階2階に散り散りに倒れていて、頭や胸から数発の銃弾が見つかった事。遺体は死後2週間は経過しているだろうという事。そしての遺体は見つかっていないという事。
「犯人、見つかるといいですね」
 こんな言葉をかけたところで、気休めにはならないだろうとフランは思ったが、そう言わずにはいられなかった。
『……はい』
 はフランの方を見ずに、小さく頷いて見せた。
 テレビを見ていてもアナウンサーは同じことばかりを喋り、ちっとも進展しないので、フランは自分のデスクに戻り、椅子に腰を下ろした。テーブルに散らばる無数のクリアファイルの中から1つを手に取り、クリップでまとめられた書類を取り出すと、机に足を乗せ、書類を読み始めた。
 。歳は17。自宅近くの(とはいっても10マイル近くもの距離があるが)高校に通っている。成績は上の下、友人はそれなりに多く、節度を守って適度に学校生活を楽しんでいた、いわゆる模範的な生徒だったようだ。
 の父親でもあるラウロはグループ会社の経営者でもあり、多角経営に手腕を伸ばし利益をあげ続ける天才肌で、母親のヘレネは専業主婦の合間、自宅近くの畑で小麦を育てていたという。
 ラウロの性格は几帳面でありながら、だからこそ人を引っ張っていくリーダー的素質があり、人柄もよく、人づきあいに関してはは良好だったようで、殺された理由といえば金絡みの怨恨からきたものの可能性が高いらしい。ヘレネもまた同様だそうだ。
 ラウロの遺産に関してだが、土地を含めると膨大なものになる。都市銀行の金庫に預けられていた遺言書には「遺産の全てを1人娘に継がせる」とそう書かれていたようだ。
 イタリアの国境付近の村にて祖父母が住んでいるとの事だが、とって付け足したように一文が文書の最後に添えられているだけで、詳細な情報は載っていなかった。
 フランは書類をもとのクリアファイルにしまうと、今度は別のクリアファイルを手に取り、今日提出しなければならない報告書の確認を始めた。


     * * *


 報告書を眺めている最中、部屋のドアがノックされた。
「今手が離せないんで勝手に入ってきてくださーい」
 書類をめくりながらフランが答えると、ドアが開いた。
「……いつになく汚いですね」
 フランの方を見るなり、ぽつりと呟いた長身痩躯の男は、一つに束ねた髪を揺らしながら部屋の中に入ってきた。フランの師匠である六道骸がヴァリアーのアジトに訪れるのは年に片手で数えるほどしかない。
「汚いのは机の上だけですよー」
 フランは報告書から骸の方へ視線を移す。骸がフランの脇に立つと、フランはクリップでまとめてある報告書をそのまま骸の方へ差し出した。
「はいこれ、上半期の報告書です」
 己の師匠である骸を介して、ボンゴレ側へ定期的にヴァリアーの情報を報告するのも、フランの仕事の一つでもある。さながらスパイ活動のようにも思える行動だが、沢田綱吉もXANXUSもこの事は了承済みだ。知らないのはボス以外のメンバーだけである。
 骸は報告書を受け取り、表の1枚だけを眺めた後、鞄の中にしまい込んだ。それから何も言わずにソファの方に向かう。ソファに座っていたは骸を見るなり慌てて立ち上がって部屋の隅に逃げて行った。そのままどうしたらいいのかわからないといった様子でフランに視線を向けるので、フランは骸に気付かれないように無言でベッドの方を指さすと、は小走りでフランのベッドに向かい、腰を下ろした。ほっと胸をなでおろしている。
 どうやらの姿は骸にも見えていないようだ。ヴァリアーのメンバーでもが見えるのはフラン以外誰もいなかったし、もしかして自分にしか見えないんじゃないだろうかとフランは心配になったが、心配してもどうもならないので考えるのをやめた。
「何か飲みますかー?」
「ココアをお願いします」
「……普通そこはコーヒーじゃないですか?」
 フランはめんどくさそうに席を立ち、戸棚から大きめのカップとインスタントココアの袋を取り出し、ココアの粉を適当にカップに開けた後、電気ポッドのお湯を注いでソファの前のローテーブルの上に置いた。
「まーた牛乳なしのココアですか」
 ぶちぶちと文句を言い始める。
「文句言うなら自分で作ってください」
 フランが言えば、骸は不満そうにカップに口づけた。直後に「薄っ」と呟く。
「そういえば、富豪一家殺人事件の話ですけど、おチビさんが第一発見者らしいですね」
 いくら自分以外の事にはまるで興味のない骸でも、その事件の事は知っていたらしい。
「そーですよ。もー、びっくりしたの何の」
 さしてびっくりしてなさそうな無表情でフランが言うと、骸が「相変わらずですね」と溜息を吐いた。
 フランが自分のデスクに戻ると、沈黙が訪れた。
 のもつかの間、骸がソファに座ったままフランの方を振り返った。
「ちょっと、いい加減説明してくださいよ」
「え、何をですか?」
 フランは思わずきょとんとなった。骸が不機嫌そうにベッドの方を指さすので、それに従ってベッドの方を見る。そこにはがちょこんと座っていた。
「仕事中に彼女を自室に連れ込みですか? いい趣味してますね」
『か、彼女っ!?』
 が顔を赤くしながら、目を見開いて驚きの表情を浮かべた。いや突っ込むところはそこではないだろ、とフランは内心呟いた後、
「師匠、もしかしなくても彼女が見えるんですか?」
「はあ? 何言ってんですか?」
 骸が怪訝そうな顔になる。
 間違いない。骸には彼女の姿が見えている。
 フランと骸の共通点は幻術を扱う事で、彼女の姿が見えない者達の共通点は幻術を使えない事だ。
 なんとなく、フランは腑に落ちた。ようやく彼女の姿が見えた理由が浮かんだのだ。
「で、誰なんですこの子」
「例の富豪一家殺人事件の1人娘ですよ。行方不明中の。名前は――テレビで散々流れてるから知ってますよね」
 言いながらフランがを手招きすると、はおずおずとベッドから降りて、警戒しながらも近寄ってきた。
「これ、ミーの師匠で六道骸って名前です」
 フランが投げやりに骸の事を紹介すると、が不思議そうに首をかしげた。
『お師匠様? 何のですか?』
「幻術ですよ。ていうか尊敬に値するような人じゃないですから敬称はいらないです」
 は「幻術?」とぽかんとした顔で呟いた後、骸を見上げた。骸はの姿を理解するのに必死なようで、行き過ぎた現実逃避で痛み始めたこめかみを押さえていた。


     * * *


 フランは骸に経緯を事細かに説明すると、骸は納得したようだった。
「恐らくこの子、生きてると思いますよ」
 骸が薄いココアを飲みながら、をまじまじと見つめたあと、そう呟いた。
「わかるんですか?」
 フランが尋ねると、骸が頷いた。
「彼女の肉体と精神が離れちゃったんでしょうね。恐らく憑依弾のような効果を持つ禁弾か何かで、肉体と引き離されたんでしょう」
 骸に見つめられすぎるあまり、気恥ずかしくなってきたのか、が俯いた。
って言いましたっけ。ちょっといくつか質問してもいいですか?」
『え? は、はい』
 骸に尋ねられ、再度が顔をあげた。人の目を見て話さないと気が済まない性分のようだ。
「顔立ちを見る限り純粋なイタリア人ではないみたいですね。……両親の出身は?」
『えと、父はイタリア人で、母はギリシャ人です』
「……祖父母は?」
『父方の祖母がイタリア人で、祖父はオーストリア人です。母方の祖父母はどちらもギリシャ人で、4年前に他界しました』
 つまり3カ国の遺伝子が彼女の中に存在しているらしい。ふむ、と考え込むように骸が頷いた後、
「祖父母の歳は? 大体でいいので教えてください」
『もう80になると聞いています』
「2人が結婚した歳は聞いてますか?」
 がふるふると首を振る。
「どういった経緯で出会ったとかは?」
 再度、がふるふると首を振る。
『そもそも、あまり顔を合わせた事がなくて……』
 申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とすの隣で、フランが呆れた眼差しを骸に向けていた。まるで何を聞いてるんだ、と言わんばかりに。
「事件当日、犯人の顔は見ていないんですよね?」
 がこくんと頷いた。それを確認して、骸はローテーブルにココアのカップを置いた後、すくっと立ちあがる。
「帰りますか?」
 フランが尋ねると、骸は口元をゆるめながら頷いた。まるで悪人のような笑顔である。
 フランの背筋を悪寒が走った。何だか嫌な予感がした。
「調べ物をしたいので」
 そう言ったあと、2人に向けて手を振り、颯爽とした足取りで部屋を出て行った。
 がぼんやりとドアを見つめた後、フランの方に向き直って苦笑を浮かべた。
『な、何か、不思議な方ですね』
「不思議っつーかただの変人ですよ」
 フランはドアを見つめながら、「変な事にならなければいいですけど」、とぽつりと洩らした。


     * * *


 その3日後、また骸がヴァリアーのアジトを訪れた。
 フランの部屋に来るなりクフフフと笑いながらソファに腰掛け、の方をじっと見つめた。オッドアイに射抜かれたは、蛇に睨まれた蛙のように小さくなった。
「僕はいろんな機関に顔が聞くので、この3日間あなたの周りを調べさせていただきました」
 機嫌よさそうに笑っているあたり、どうやら何か見つけたらしい。
「恐らくこのまま警察に任せていては犯人は見つからないどころか、事件はもみ消されますよ。……どうです? 情報提供と、これからの捜査協力をして差し上げましょう。僕と取引しませんか?」
『へっ!?』
 案の定、フランの嫌な予感は的中してしまった。
「取引の内容は何ですか?」
 困惑のあまりあたふたし始めるを見かねて助け船を出してやると、骸が意地汚い笑みを浮かべた。
「あなたが引き継ぐ遺産の全てを、僕に譲渡してください」
 なんとも無茶な要求だ。
「……師匠の働きぶりが相応に価値のあるものとは思えないんですけど」
「お前は黙ってなさい。今僕は彼女に話してるんです」
 黙ってろとは言われたが、黙っていられるわけがない。いくら骸が悪の代弁者とはいえど、フランはを助ける際、見返りを要求しようとか、そういうつもりは微塵もなかった。純粋にの力になろうとしていたのに、自分の気持ちが踏みにじられたような気がした。
『どうして、犯人は捕まらないって、そう言えるんですか?』
「取引を承諾するなら理由を教えてあげますよ」
 骸は足を組み、ソファのひじあてにひじを立て、手の甲で自分のほほを支える姿勢になった。骸に静かに威圧され、がぐっと詰まった。パジャマの裾をぎゅっと握りしめる。
「……師匠のそういうとこ、ミーは嫌いです」
「僕はあなたのそういう、同情で動くとこが嫌いですよ」
 フランは反論しようとしたが、言葉が見つからずに黙りこんだ。
 図星だった。少なからず、フランはに同情してしまっていた。
「それで? 取引しますか? しませんか?」
 が俯く。必死に考えているのだろう。フランは何も言わずに黙っての動向を伺っていると、がゆっくり顔をあげた。
『わかりました。取引しましょう』
 の声は震えていた。骸が口の端を吊り上げる。
「契約反故は許しませんよ」
『その時はフランさんを証人に立ててください』
 フランが盛大にため息を吐いた。どっと疲れが身体を襲ってくる。
「それじゃあまずは、あなたの祖父母の話から始めましょうか」
「……? 彼女の祖父母は関係ないでしょう?」
「いいから黙って聞きなさい」
 が神妙な顔で頷いた。フランも怪訝そうな表情を浮かべて、骸の話に聞き耳を立てる。
「あなたの祖父は第二次世界大戦中、ドイツ軍の将校でした。祖母は連合軍で看護婦として働いていたようです。この事は知っていましたか?」
 がふるふると首を振った。
『でも、祖父はオーストリア人で……』
 確かにオーストリア人がドイツ軍の将校になどなれるわけがない。
「あなたの祖父は国籍と名前を偽っていたようです。純粋なドイツ人でしたよ。それに公文書をさかのぼって調べさせてもらいました。あなたの祖父母は1949年の11月に籍を入れたようですが、それ以前の情報が白紙だったんです。何故でしょうね?」
 尋ねられては困惑したような顔になった。フランも首をかしげたが、しばらくしてぽつりと、
「……もしかして、戦争花婿ですか?」
 そう呟くと、骸が頷いた。
「その通りですよ。あなたの祖父の若いころの写真も見つかりました。……まあ写真を見せたところで、写真の中の軍人が祖父かどうかあなたはわからないでしょうけどね」
 自嘲気味に骸が笑った。
「そんな写真、どこで見つけたんですか?」
 フランが尋ねると、骸はクッフッフと控えめに笑い声をあげて、「僕の情報網を甘く見ないでください」と、ただそれだけを告げた。
「あなたの祖父は連合軍の捕虜になった際、あなたの祖母と恋に落ちたようです。なんともまあロマンチックですね。ですが戦後、捕虜になったドイツ軍将校の殆どは死刑が確定していましたから、祖母がどうにか手引きをし、偽造書類を使ってイタリア国籍を取得し、事無きを得たようです。――ここまで質問は?」
 茫然と骸の言葉を聞いていただったが、はっと我に返ったあと、力なく首を振った。
 オーストリア人だと思っていた祖父が実はドイツ人の、しかも軍の将校で、おまけに不法入国者となれば驚くのも無理はないだろう。
「普通に過ごしていれば表に出る事はなかったともいますが、あなたの父親が大富豪と呼ばれる存在になってからは、ハイエナのように辺りを嗅ぎまわる者が増えてきました。ここからは僕の予想にすぎませんが……恐らく、何らかの形であなたの祖父が不法入国者だという事が、誰かにばれてしまったんだと思います」
 そういった後、骸は鞄からクリップでまとめられた紙を取り出した。とフランが見やすいようにローテーブルの上に置く。
「警察の知り合いに頼んでコピーさせてもらった、ラウロ氏が個人で契約している銀行預金残高の推移です。一昨年の7月から、毎月10000ユーロずつ、他人の口座に振り込んでいます。その口座は今月の初めに振り込まれたのを最後に、契約解除になったようです」
 説明しながら、にわかりやすいように、金額を記入する列に10,000と記された行頭を指で示す。
「自分の父親がナチスで、強制送還が適用される不法入国者だと知られればスキャンダルになり、会社の経営も傾きます。恐らくそれを誰かに脅され、毎月口止め料を請求されていたのではないかと思いましたけど、……何か心当たりはありませんか?」
 がふるふるっと首を振る。
『全然。そもそも、父は公私混同はしないタイプで、仕事の事は一切喋ってはくれませんでした』
「そうですか。でも次の会社のトップに立つのはあなたでしょう? ちょっとくらい、何か話したりとかは……」
『とんでもない! そんな事絶対にありません! ありえません!』
 ぶんぶんと勢いよく首を振った。
『私には人を引っ張っていく、父のような才能はありません。もし私が経営者になったら最後、たくさんの人が路頭に迷う事になります。父もそれをわかっていたようで、次期社長は総会で決定すると……』
「……えーと、つまり、遺産相続しても、経営権は別のところにあると?」
『はい!』
 骸がチッと舌打ちをした。
「……ししょー、もしかしなくてもそれが狙いだったんですか?」
 フランがジト目になりながら尋ねると、骸はあからさまに視線をそらした。
「それはさておき、おチビさん」
「何が『それはさておき』ですか。話逸らさないでくださいよ」
「まあまあ。おチビさん、有給、どれくらい余ってますか?」
 いきなり何を言い出すんだこの変態、といった視線を骸に向けた後、フランは自分がとれる休暇日数を指折り数え始めた。
「……まー、軽く1週間はとれると思います。去年取ってない分含めればもっといけると思いますけど」
「じゃあ明日から1週間休みを取りなさい」
「そんな事、いきなり言われても無理に決まってます―。3日後には任務でここ離れなきゃいけないですし」
「じゃあ僕が説得してあげましょう。ほら立った立った」
 骸が立ち上がり、フランの首根っこをつかんだ。持ち上げるようにして乱暴にフランを立たせると、そのままずるずると引きずって部屋のドアに向かう。
「いだっ! いだだだっ! 手っ、手ぇ離してください!」
「こうしないと逃げるでしょう」
「逃げませんてば!」
 やれやれと肩をすくめながら骸がフランを解放してやると、フランは服の襟で圧迫された喉を押さえながら咳払いをした。
「ほら、行きますよ」
 骸が廊下に出る。フランがソファの方を振り返ると、1人ぽつんと取り残される形になったは、困惑した様子でフランの方を見ていた。
「すぐ戻りますから」
 声をかけると、が小さくうなずいた。
 廊下に出て後ろ手にドアを閉め、骸を睨みあげる。
「……どうなってもミーは知らないですからね」
 フランがぽつりとぼやいたが、骸は機嫌よさそうに鼻歌を口ずさんでいた。

2011/--/-- 時期不明