手と手のしわをあわせてしわあせ。アレ?
今は真冬です。雪がわんさか降っています。だというのに隣の男は手袋はおろかマフラーすらしていません。見た目さむすぎです。こっちまで寒くなってきます。
「だからー、手袋貸してあげるよー」
「いりません」
こっちに顔を向けずにそういうこの男。愛想のひとつやふたつ向けてくれてもいいだろうに、なんでこうわたし相手だとつっけんどんになるのかなあとため息を吐いたら幸せが逃げますよっていわれた。それはおまえのせいだ六道骸。
「さむくないの?」
「全然。許容範囲です」
「嘘だあ」
いいながらわたしは右手の手袋をとって骸の手を握ってみた。…ちょ、つめたっ! 予想以上の冷たさに、手から寒気が上ってきて思わず離してしまう。その離し方はまるで汚いものから慌てて手を離すような動作に似ていて、ちょっとやばいかなと思って骸を見たら、予想通り眉をひそめていた。怖いよ!
「だから、手袋したほういいってば。あかぎれになるよ」
「気にしません」
「しもやけで手ぼろぼろになるよ」
「なりません」
くそう、強情なやつだ。骸の左腕を引っ張って立ち止まると、自然と骸も足を止める。右手をつかんで、無理やり手袋をはめると、骸がこれでもかというほど顔をしかめた。
「…気持ち悪い」
「ひどっ! 人が親切でやってるのに!」
「そんな親切、僕は一度たりとも望んでませんけど」
くそーなんてヤツだ! 冷たすぎる! まるで冬のようだ! この雪男! アルプス! ハイジ!
「はー、骸に手袋を貸したわたしがものすごーぉくバカでした。手袋返してよー」
「は? 手袋を押し付けられたと思ったら今度は返せですか。非常に心外です。あなたの言い方が非常に不愉快だ。僕はあなたから手袋を取り上げた覚えはないのですが?」
もしや、こいつ怒っていらっしゃるんですか? と、骸にきつく睨まれて、ちょっと蛇に睨まれたカエルな気分を味わった。つーか手袋ごときで怖いよこいつ! 寒いわ怖いわでガクガクブルブルしてると骸が盛大にため息を吐いた。手袋をしていない骸の左手が、同じく手袋をしてないわたしの右手をつかむ。ぎゃっ! つめたっ!
「なんで顔を顰めるんですか。…本当に、あなたといると不愉快でたまらない」
「そっそれはこっちのセリフだちくしょー! 冷たいんだよお前!」
このいろんな意味でアブソリュートゼロ(絶・対・零・度!)が! と吐き捨てるようにいうと、骸が静かに睨んできた。わたしはまたカエルになる。けろけろり。
「はあ、もうやだやだ!」
「駄々をこねる労力を歩く事に費やしてくれませんか?」
カエル状態のわたしは当然、かっちこっちと歩き出す。まるでパントマイムだ。
「その歩き方気持ち悪いからやめてください」
ちくしょうつっこまれた! 仕方なく普通に歩く。
「はあ…」
「…」
「はあ…」
「…」
「はあ…」
「…ハァハァハァハァ煩いです」
「ため息だってば!」
くそーちくしょーなかなか癪にさわるヤツだ! しかし落ち着け名前。ここでプッツンしたら相手の思うツボだぞ。
「安っぽい手袋ですねー捨てていいですか?」
「やめろー! あーもう本気で返してくれ!」
「イヤですよ。あなたに手袋を返したら、僕が負けたみたいじゃないですか」
うわーなんてヤツだ。もう泣きたい。鼻をすすって俯くと泣いてるんですかみっともないっていわれた。ちくしょう泣いてないよ誰が泣くもんか!
「くそーおかあさんのうそつき」
「はあ?」
「手と手のしわを合わせたら誰とでもしあわせになるって絶対嘘だ」
「なんだか妙にひっかかる物言いですね。僕と手を繋いでいるせいであなたは不幸のどん底にでも陥ってるかのような…」
「まさにそのとおりだよこのバカむくろ」
呟いたらおでこを殴られた。でも手袋はめてたほうの手だからそんなに痛くはなかった。ていうか手加減してくれたのかも知れない。叩く音もそんなしなかったし、せいぜいぽすんって音がしただけだし。
「くそーくそー、…って、骸、手あったかくなってきたよ」
「ほんとあなたはいきなりですね……そうですか?」
「うん」
左手にはめた手袋を口に銜えてはずしてポケットに突っ込んで、そのまま両手で骸の左手を包み込むように握る。やっぱりさっきよりいくばくかはあったかくなってるみたいだ。骸の左手をさすってみるとまたおでこを叩かれた。ぽすん。痛くはない。
「気色悪いのでやめてください」
「うー、かわいくないなあ」
言いながらポケットの手袋をいそいそと骸の左手にはめた。びっくりしたのか骸が立ち止まる。
「…どういうつもりですか」
「いや、なんとなく」
骸の両手がわたしのもこもこの手袋で覆われる。なんかすごい一仕事した気分になった。
「…寒くないんですか」
「うん。そんなには」
すると不満そうに骸は眉を寄せて、ちょっとだけそわそわしながら左手から手袋をはずした。
「ちょっ、せっかくやったのに!」
「…黙れ」
「すいませんでした」
やっぱコワイヨー。ぐすぐす鼻をすすってうつむくと、左手をつかまれる。あっという間もなく、手袋をはめられた。びっくりした。これは何かの夢なんじゃないかと骸を見ると、骸はぷいとそっぽを向いた。
「ほら、行きますよ」
手袋をはめていない手を握られる。半ば引っ張られるようにして歩きつつ、骸の赤い耳を見ながら、明日は隕石が落ちるんじゃないかとか、そんなことを考えた。
すっげーグダグダ。
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