※固定ヒロインものなので、先にryuusei00.htmを読んでおくといいかもです。


 おやつのホットケーキを焼いているとき、ぴんぽーんと家のチャイムが鳴った。
「誰かきたぞー」
 夕方の日差しが差し込む窓際のフローリングにてぐでーんと犬のように横たわっているクムシスカが、めんどうくさそうな口ぶりで私に言った。わたしは電磁式コンロのスイッチを切って、玄関のほうを見る。
 さっき、ホットケーキにかけるハチミツがないから、スバルにおつかいを頼んだ。だから最初はスバルが帰ってきたのかと思ったけど、スバルは自分の家に帰ってきてわざわざ玄関前のチャイムを押すようなキャラではない。
「…誰だろ」
 リビングのドア近くまで小走りで近寄り、テレビドアホンの画面を覗き込んだ。画面の中には、緑色の髪の毛の、女の子みたいな子が映っている。私はその子に見覚えがない。この子は多分スバルに用事があるのだろう。受話器を取って「はい、星河です」と応えると、画面の子がカメラに向かって微笑んだ。同い年の人には向けないような、綺麗な愛想笑いだ。どうやら私はスバルの身内だと思われているのかもしれない。
「あの、僕、スバル君と同じクラスの双葉ツカサと言います。その、今日はスバル君が忘れたプリントを届けるようにと先生に頼まれて…」
 画面の中にいる子が自分の事を“僕”と言うので、この子が男の子だって言う事に吃驚してしまった。巷の女の子よりも遥かに可愛い顔をしているというのに、これで男だっていうのが信じられなくて私は頭を抱えた。世の中ってのは凄く広いもんだ。
「わかりました。今開けます」
 それだけ告げて受話器を置き廊下に出ると、私の後ろをのそのそとクムシスカがついてきた。宇宙人だってのにこのだらしなさはなんだろう。
 人に会うのにビジライザーをかけたままでは失礼なので、ビジライザーをはずして首から提げた。眼鏡ストラップって便利だ。
 スニーカーを履いて鍵を開ける。ノブを下に引いてドアを押し開けると、ドアチャイムのすぐ前に双葉ツカサ君が立っていた。同い年にしては背が高い。多分背の順で並んだら後ろのほうに位置する子なんだろう。双葉君は大事そうにA4サイズのプリントを胸に抱えていて、ぽかんと間抜けな顔で私を見下ろしていた。
「えーと、スバルなんだけど、今買い物に行ってていないの。よかったら家に上がって待ってる?」
 双葉君は抱えているプリントを見下ろして、やや思案めいてから首を振った。
「プリントを届けにきただけだから」
 言ってプリントを差し出してくるので手を伸ばして受け取ろうとすると、後ろにいたクムシスカが何故か唸りだして、双葉君を威嚇し始めた。クムシスカの姿は見えないが多分牙を剥き出しにしているのが容易に想像できる。慌てて小声でクムシスカを嗜めたけれど、クムシスカは相変わらず威嚇したまま、電波にのって私のトランサーの中に潜り込んだ。
「お前、ジェミニだな」
 クムシスカが冷たく言い放った。
 ジェミニ、といえば敵対するFM星人の一人だ。驚いて双葉君を見れば、彼もびっくりした顔をして私のトランサーを見ている。
「何の用だ。に手を出すなら容赦しないぞ」
 ぐるぐる唸るクムシスカに、いや戦うのは私なんだけれどもと突っ込もうかと思ったが止めておいた。双葉君が今までの穏やかな顔とは打って変わって、険しい顔をしたからだ。
 私は双葉君を警戒し、後ずさって距離を置いた。こんなところで襲われたら、たまったもんじゃない。クムシスカが黙っていればこんな事にはならなかったのに、とトランサーを見て小さく溜息を吐いた。
 まさに一触即発…とでもいうのだろうか、空気がとてもピリピリしている。トランサーからは相変わらずクムシスカの唸り声が聞こえるし、双葉君はトランサーを睨んだままだ。正直な話、2人ともすごく怖いです。
「…あれ? ツカサ君?」
 場にそぐわない明るい声に、私はほっと息を吐いた。双葉君も険しい顔からきょとんとした顔になって後ろを振り返った。スバルが近所のスーパーの袋を提げてぼけっとした顔で突っ立っている。スバルは双葉君が抱えているプリントを見て、一拍置いてから「ああっ」と素っ頓狂な声を発した。
「放課後、先生に呼ばれてたの、忘れてたっ」
 うわーと頭を抱えるスバルを見て私は苦笑する。双葉君を横目で見れば、双葉君も口元を緩めていた。ピリピリしていた場の空気が、今は穏やかになっている。双葉君はさっきとはうってかわってほのぼのした顔をしている。
「クムシスカ、なんだか悪い人じゃなさそうだけど」
 トランサーにこっそり話しかけると、でもなあ、とクムシスカが不満そうに呟いた。
「間違いなくあいつはジェミニだよ。あいつの波長とジェミニの波長が一致する」
 波長、というのが何なのか分からないが、クムシスカは人を正確に、そして精密に区別できる。それは疑いようがないものだ。だから彼がジェミニだというのは本当のことなんだろうけど、スバルと楽しそうに話しはじめる彼を見ていると、やっぱり悪い人ではなさそうに思える。
 とりあえず私はお邪魔虫のようだし、そーっと玄関のドアを閉めて家の中に引っ込もうかと思った矢先、
「そうだツカサ君! よかったら家にあがってよ」
 スバルの明るい声のあと、トランサーの中でズコーッとクムシスカがこける音が聞こえた。トランサーを覗き込めば、クムシスカが鼻先を前足で押さえている。
「クムシスカ、大丈夫?」
「…平気」
 むすっとしたように言って、クムシスカが盛大に溜息を吐いた。そうしてトランサーの中から飛び出してしまう。どこかに行ってしまったのだろうかとビジライザーをかけて辺りを見回せば、クムシスカは私の足にまとわりついていた。未だに双葉君のことをジト目で見上げて、ぐるる、と唸っている。
、いいよね? それとただいま」
 スバルは言いながら私にスーパーの袋を差し出してきたので、私は素直にそれを受け取った。
「別にいいんだけど…というか、私にそれを決める権利なんかないよ。あとおかえりなさい」
 私はしがない居候者だし、この家の人が友達をお家に招待するというなら、従うしかない。
「えーと。双葉君だっけ。ホットケーキ焼いてるんだけど、食べる?」
 聞くと、双葉君は一瞬戸惑ったように固まったけど、ややあってからうなずいて笑ってくれた。


 計4枚焼きあがったホットケーキをそれぞれ4枚の皿に1枚ずつのせて、のこった1枚はあかねさんの分としてラップに包んで食卓のあかねさんの席に置いた。スバルと双葉君は壁に埋め込まれた液晶テレビの前に敷かれたカーペットの上、四角いテーブルを囲むようにして置かれているクッションに座って、テレビを見ながら仲良く話している。なんだか微笑ましいなあと思いながらホットケーキの皿とハチミツをいれた小さな容器をテーブルへと運んだ。
 ホットケーキを焼きながら淹れておいた、生姜と砂糖を混ぜた紅茶を双葉君はいたく気に入ったのか、紅茶を注いだティーカップはもう空になっていた。どうやら遠慮しているらしく注ぎ足そうとしないので、私が注ぎ足すと双葉君は慌てて私にお礼を言った。やっぱりいい子だと思う。
 四角いテーブルをはさんで向かい合うようにスバルと双葉君が座っている。つまり私が座れる場所は二人に隣あった席しかない。ビジライザーをかけると窓際にクムシスカがぐでっと横になっていたので、窓側に面した席に私は腰を下ろした。クムシスカは聞き耳を立てていたのかぴくっと耳を動かして、それからのそっと起き上がって私のそばに座り込む。不機嫌そうな眼差しで私を見上げてくるので、私は苦笑いを浮かべた。どうやらクムシスカは双葉君がお気に召さないらしい。ビジライザーをはずしてハチミツをホットケーキにかけたあと、容器をスバルに渡した。なんだか先に食べるのは気が引けてしまい、2人がハチミツをかけ終わるのを待つためにテレビに視線を向ければ、芸能人が電撃結婚したとかいうニュースが流れていた。平和だ。
「そういえば、このまえ転校してきた……名前、大崎さん、だよね」
 いきなり双葉君に話しかけられてそっちを見る。
「う、うん」
 それから双葉君は怪訝そうにスバルと私を見比べる。その意図がよくわからず私も首を傾げたが、スバルは「あっ」と慌てたように声を出して。
はその、家庭の事情でうちに住むことになったんだ」
 ああ、と私は納得した。双葉君はどうやら転校したての女子が、違うクラスのスバルの家にいることがひっかかっていたようだ。疑問をあっさり解消した双葉君は、「そっか」と笑ったあと、ハチミツの入った容器を紅茶が入ったポットの傍に置いた。
「いただきまーす」
 先手をきってホットケーキにフォークを刺す私を双葉君とスバルが呆気に取られたように見ているが、気にせずホットケーキを一口大に切って口に運んだ。うん、おいしい。我ながらうまいと思う。ふとテレビを見ると、どっかの会社のシステムサーバが電波ウィルスに感染したせいで個人情報が流出したとかいうニュースをやっていた。大変だなあという事以外は何も感じなかった。興味がない。
「…おいしい」
 ぼーっとテレビを見ながら食べていると、双葉君がぽつんと呟いた。視線を向けると、双葉君は私を見て、照れくさそうにはにかんだ。もしも双葉君が女の子だったらきっと男子にもてていただろう、とそんな事を考えてしまうくらい双葉君の笑顔は可愛かった。
「…よかった。正直な話双葉君、甘いの苦手なんじゃないかなって思ってた」
「僕が?」
「うん。男の子って女の子と違って甘いの苦手な人多いから。…スバルは別だけど」
 言うとスバルがげほげほとむせ始めた。それから私に向かって何か反論しようと口をあけたが、言葉が思いつかないのかスバルは口を閉ざしてもくもくとホットケーキを口に運んでいる。
「でもほんとにおいしい。ふわふわしててホットケーキじゃないみたい」
「ああ、それはね、マヨネーズいれたからだよ」
 ホットケーキを口に運びながら言うと、隣のスバルが「ええええええええ」と素っ頓狂な叫び声をあげた。
「ま、マヨッ…マヨネーズ!? マヨネーズなんか入れてるの!?」
「うん。言ってなかったっけ」
「聞いてないよ!」
 そういえばスバルは出来上がったものを運んで食べるだけだ。私の調理法方を知らないのも無理はない、気がする。
「あれ? スバルってマヨネーズだめな人?」
「…ダメってわけじゃないけど」
 そう言ってスバルは切り分けたホットケーキを口に運ぶ。もぐもぐと口を動かして、そうして不満そうに眉を寄せる。
「うー、信じられない」
 と言いながらもぱくぱくと食べているスバルを見て、思わず苦笑してしまった。

 2009/01/04

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