※どちらかといえばアニメ版です。オリキャラがでしゃばっています。 私よりも父や母を愛する者は、私に相応しくない。 私よりも息子や娘を愛する者も、私に相応しくない。 また、白分の十字架を担って私に従わない者は、私に相応しくない。 自分の命を得ようとする者は、それを失い、私のために命を失う者は、返ってそれを得るのである。貴方がたを受け入れる人は、私を受け入れ、私を受け入れる人は、私を遣わされた方を受け入れるのである。 預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。 はっきり言っておく。私の弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける―― ラジオのノイズに紛れて穏やかな女性の声が聞こえて、ナマエははっと目を覚ました。視界いっぱいに映るコーヒー色の木目をじっと見つめた後、懐のポケットに仕舞いこんである時計を取り出した。カチカチと時を刻む永久機関のその時計は、今しがたちょうど11時を回ったということを示していた。 出したばかりの時計を懐に仕舞いつつ目を擦りながら身体を起こすと、今までうつぶせになっていたテーブルに水の入ったグラスが置かれた。 「起きたようですね」 初老の男性の声にナマエは頷いて、出されたグラスに口をつけて飲み始める。テーブルの上には乱雑に薬莢と雷管が転がっている。そういえば昨日弾丸を組み立てている最中だった事をナマエは思い出す。テーブルの端から端まで眺めた後、火薬の袋が見当たらないので慌ててテーブルの下を覗けば、小さなビニール袋が足元に転がっていた。それを拾い上げて、安堵したように息を吐く。酒を飲みながら銃を弄るものではないと、ナマエは頭を左手の爪先でかいた。 カウンターの向こうにいる初老の男性――ジャンは、宗教じみた女性の声が聞こえるラジオの電源を切り、相変わらず微笑んだまま、フライパンに卵を2個割り落としていた。おいしそうな匂いがナマエの鼻腔を擽り、お腹が空いたなあと思ったすぐそばから腹が大きな音を立てた。ナマエが頬を赤らめ腹を片手で押さえるのとほぼ同時に、ジャンが小さく噴出した。ナマエは一つ咳払いして、彼のほうへ顔を向ける。 「…すみません、散らかしたまま、寝てしまいました」 「ああ、いいのです。そのままでかまいません」 「いや、でも、火薬だけは仕舞わせてください。危ないですから」 「それもそうですね」 淡々とした会話の後、ナマエは火薬の袋を『火気厳禁』と書かれた紙袋にしまい、自分の鞄の中へとしまった。その間、カチャカチャと食器がぶつかり合う音がする。もうすぐで朝食ができるのだろう。 「顔を洗ってきてください、その後ご飯にしましょう」 「はい」 ナマエは素直に頷いて鞄の中からタオルを取り出し、裏口へと向かい壁際の棚から洗面器を取り外へ出て、町の区画ごとで共同の井戸へと向かった。そこには既に先客がおり、ヤギの角を生やした比較的たれ目の獣人が、ゆっくりと水を汲んでいる最中だった。ナマエの足音に気がついたのか、耳をピクリと動かしてヤギの獣人がそちらを向く。ヤギ特有の、長円の瞳孔がある黄色い瞳でまじまじと見つめられるが、敵対する気配も感じられないし、別段悪い気はしない。 「おはようございます。いい天気ですね」 笑いかけると、ヤギの獣人は空を見上げてから「そうですね」と言った。口元に皺がよっている。獣人は微笑んでいた。 この町は人を見下した考えを持つ獣人は他の町と比べて少ない。というか、そういう考え方を持っている人がいない。町を治めている領主は獣人だが、人も獣人も関係ないと豪語する実力主義者なのでそういう思考が町に浸透した。それに反戦を掲げており平和を好む領主なので、住民は平和ボケしており争いとはまるで無縁なのだ、とナマエはジャンから聞いた。 ナマエは獣人と「最近寒くなってきましたね」とか「暖かいものが食べたくなりますよね」とかいう世間話をしながら洗面器に水を汲む。タオルを浸して固く絞り顔を拭きながら「砂くじらの牛乳なべ」のレシピを聞いている最中、平和な日常とはかけ離れた音を聞いた。その音は四方の建物にぶつかり反響して、歪んだ響きとなってナマエの耳に届く。 ――銃声だ。 ヤギの獣人がびっくりしてバケツを落としてしまい、こぼれた水が石畳に広がった。 「今のは…?」 怯える声の後に、また銃声が響いた。ナマエは音のするほうを見ながら呟く。 「銃声、ですね。何かあったのかもしれません」 顔を拭きながらすくっと立ち上がるナマエを不安そうに見てから、獣人はおろおろと辺りを見回しながらバケツを拾った。 「一旦家に戻ったほうがいいかもしれません。危ないので家からは出ないように、となるたけたくさんの人に伝えてください」 「え、ええ」 言われて獣人はこくこくと頷き、路地に蹄の音を響かせ小走りで駆け抜けていく。ナマエも地面に置いたままの洗面器を拾い上げ、小走りで来た道を戻った。かつかつとナマエのブーツの音に紛れてまた銃声が響いた。 「ジャン、銃声が」 裏口の戸を乱暴に開けてナマエが戻ってきたが、当のジャンはのんきにテーブルに朝食を並べていた。テーブルに置いていた薬莢や雷管はテーブルのすみに綺麗に並べられていた。 「ええ、聞こえました。3発、かなり大きな音でしたね。少しびっくりしてしまいました」 言い終わるあたりに、またパーンと音が響く。4発目だ。 「はい、びっくりしましたね。――いや、そうではなくて、銃声が聞こえたんですよ」 「ええそうですね。びっくりしました」 言いながら、ジャンは椅子を引き、華麗な動作でそこに座った。 「さあナマエさん、少し遅いですが朝食にしましょう。まあ、ブランチということで」 目の前ののんきな人を見て、ナマエはぐったりと脱力した。そうだジャンとはこういう人だった、とナマエは溜息ひとつのあと席に着く。 「主よ、全能の神よ、主の慈しみに感謝しこの食事をいただきます」 宗教家はたいがい変だが、ジャンもその一人だとナマエは思う。ジャンの御言葉を復唱しなければ料理を食べる事を許されないのは実証済みなので、ナマエは素直にジャンの言葉を復唱してナイフとフォークを手にした。 「今日、これから我らに罪を働くもの、また、罪を働く我らを平等に許したまえ」 ジャンが言うので、ナマエが復唱すると、また銃声が響いた。 「弾がもったいないですね」 砂鯨のベーコンを食べながら言うジャンに、ナマエは呆れた。 「誰かが死んでいるかもしれないのに、それはないんじゃないですか」 「でもそう思いませんか? 人を殺す正義の弾より、人を守る正義の弾のほうが、私は使い道があると思いますけれど」 「そうですね」 ナマエはやや焦げかかったトーストにかじりつく。しばらく無言の朝食の後、ナマエが半熟の目玉焼きにナイフを刺し入れたとき、勢いよく玄関のドアが叩かれた。 「朝から乱暴ですね」 ジャンがナイフとフォークを皿の上に置き、ナプキンで口元をぬぐいながら呆れたように呟くので、ナマエは言った。 「今はもう昼だと思います」 ドアが勢いよく開け放たれた。町の警備隊の服を身にまとったキバイノシシの獣人が飛び込んでくるが、ナマエとジャンの有り様を目の当たりにした瞬間、がっくりと肩を落としてから、キーッと奇声をあげてわしゃわしゃと頭を掻き毟り始めた。 「かーっ! 何をやっとるんだお前らはああ!」 「朝食です。見て分からないほど、貴方は馬鹿だったのですか」 ジャンの挑発的な言葉をフォローするためナマエは話に割り込もうかと思ったが、キバイノシシの獣人の彼とは古い付き合いなので黙っておいた。 「どうしてっ、おまえらはっ、いつもこうなんだっ!」 「朝食とは一日の始まりの糧となります。大事なものなのです。朝食を抜くことはできません」 言い終わると、ジャンはまたナイフとフォークを手にして食事を再開した。どうやらもう彼と会話する気はないらしいので、ナマエが目玉焼きの最後の一口を食べ終わった後、獣人のほうへと向いた。 「賊でも町に出たんですか」 ナマエが聞くと、獣人はうんうんと頷く。 「銀行強盗だ」 「物騒ですね。犯人たちは獣人ですか? それとも人間?」 「人間だ」 「そうですか。人間と聞いてほっとしました。皮膚が脆いから助かります」 獣人は毛皮や皮膚が厚く、骨も頑丈なため銃弾が貫通しにくい。よって専用の銃と弾が必要になってくるのだが、その弾丸は人間用に比べると倍額の費用がかかるのだ。 「いつも思うんだけどな」 「はい」 「お前らは少しずれていると思うんだが」 「自覚しています」 ナマエの返答にあわせて、ジャンもうんうんと頷いた。その反応にキバイノシシはやれやれと肩をすくめてみせる。 「――賊よりも何よりも、自覚した変人が一番厄介なんだよ」 そのセリフには少し聞き覚えがあったので、ナマエははてと考え込んだ。いつだっただろうか、どこかで読んだ小説の登場人物のセリフにあった気がする。その人は目の前のキバイノシシの獣人と同じく町の平和を守る軍隊に所属していて、そのセリフを言った直後に殺されてしまった。賊に拳銃でパーンと一発で。 そのことを獣人に伝えようか迷ったが、特に何も面白くはないので黙っておいた。 ナマエは自室に戻り警備隊の制服に着替えハンドガンとライフルを装備し、壁にかけてある帽子をかぶった。外に出て移動用のためサイドカーを車庫から引っ張り出し、歩道の脇に停めて運転席に乗りジャンを待っていると、しばらくしてジャンが家から出てきた。ジャンはナマエや獣人と同じような制服に身を包んでいるが、2人とは違い左胸に小さな勲章を数個つけている。ジャンはこう見えて警備隊の中では階級が高いのだ。そんなジャンは散弾銃と、なぜかバズーカ砲を肩に下げてやってきたので、キバイノシシの獣人が目をひん剥いて奇声を発した。 「おまっ、それっ、どうする気だ! 町を破壊する気か!?」 「ふふふ」 にこにこ笑顔でジャンはサイドカーに乗り込んだ。 「ジャン、流石にそれは危ないと思うんですが」 ナマエが聞くと、ジャンは微笑を絶やさず、 「大丈夫ですよ、ええ、大丈夫。威嚇用ですから」 そう言ったあと、嬉しそうにバズーカ砲を撫でている。 「…すみません、何かあったら、よろしくお願いします」 ナマエは苦笑しながら頭を下げて、サイドカーを発進させようとした。が、 「ああ、まてまて! お前らに一つ忠告しておく」 言われて、ナマエとジャンは一斉に獣人のほうを見た。 「世界撲滅委員会の目撃情報があるんだ」 「ほう」 無表情ながらも、ジャンは右手であごひげを撫で始めた。 「なんでも、銃声が聞こえる数分前に銀行に入ったらしい」 「じゃあ彼らが強盗を?」 「すまん、そこらへんは俺は知らないんだ。で、撲滅委員会を捕まえ次第至急、世界救済委員会に受け渡すように、とのことだが…」 「――それは、領主からの命令でしょうか」 「いや違う、救済委員会様からだ」 ふむなるほどとナマエは頷いて、 「一緒に現場まで乗っていきますか?」 そう聞いた。獣人はとんでもない、と首を左右に振る。 「乗ったら最後殺されそうだ。それに俺は自転車で来たしな」 そういって、街路樹の横に立てかけるようにある自転車を顎でしゃくった。 「そうですか…残念です。では、いってきます」 律儀にナマエは頭を下げ、ジャンにヘルメットを渡した。ジャンが不満そうに口を尖らせる。 「これ、嫌なんです。頭は蒸れるし、なんか視界が狭くて」 「そうですか。ヘルメットなんて大抵そんなもんです。被ってください」 有無を言わせないナマエの言い方にジャンが渋々ヘルメットを被り、帽子に付属してあるゴーグルを目元に引き下げる。バイクのエンジンが唸り声を上げ、ゆるゆると発進し、縁石に乗り上げガタンと鈍い音を立てた瞬間ジャンの身体が少しだけ浮き、ジャンは自分のバズーカ砲にしがみついた。 「ナマエ」 ジャンに名前を呼ばれるが、ナマエは前方を見たまま答える。 「なんでしょうか」 「安全運転でお願いします」 「ええ、善処します」 言い終わらないうちにエンジンが爆発した。いや違う、爆発するような音をたてた。 路上に濛々と煙を立てて醜い音で走り去る、ナマエが砂海も走れるようにと改造しまくりにしまくった哀れな成れの果てのサイドカーを見送りながら、 「相変わらずひでえ…」 キバイノシシの獣人は呟いた。 件の銀行のある商店街まで来るとナマエはスピードを緩め、銀行から6つほど離れた飲食店の前にバイクを止め、ジャンとともに人だかりへと向かった。野次馬を牽制している警備隊服の男が2人を見るなり慌てて右手を額の上へと掲げ敬礼をする。ナマエもそれに習って彼に敬礼し、そして敬礼せずに辺りを見回して背伸びをするジャンを肘で小突いた。 「暴力はいけません。暴力は人にとって無用な感情を生み出します」 「それをあなたが言うんですか」 呆れたようにバズーカ砲を見上げ、やれやれと溜息を吐くナマエの前に立つ野次馬が何事かと後ろを振り向き、ジャンのバズーカ砲を見て小さくひっと悲鳴をあげた。 「すみません、警備隊のものです。道を開けてください」 ジャンが言う前に野次馬がすっと避けて道を作ってくれる。 「どうです? これ、もってきてよかったでしょう?」 ほめてほめてと言わんばかりに自慢げに語るジャンを見て、ナマエは 「ええそうですね」 大した興味を示すことなく呟くので、ジャンはがっくりと肩を落とした。 銀行前はいつにもまして閑散としていた。ガラス窓は全てカーテンが閉められており中の様子が見えない。入り口ドアのガラスが割れていて、すぐ前の歩道に破片がちらほらと散らばっているが、全て繋ぎ合わせてもガラス一枚には足りないだろう。多分内側からではなく、外側から銃弾が当たって割れたのだ。 音声拡張期を持ったウサギの獣人が苦々しく歯軋りしているのを目に留め、ナマエはすぐさまそちらに近寄った。 「エルナ、状況はどうなっていますか?」 エルナと呼ばれた若い女性の獣人はナマエを見るなり立ち上がり、顔を真っ赤にしてぽかぽかとナマエを叩き始めた。 「遅いじゃないの、このばか! とんちんかん!」 ぽこすかと容赦ない拳を避けれず、ナマエの頭にクリーンヒットする。 「い、いたっ、痛いからやめてください」 頭を両手でガードしながらエルナの攻撃がやむのを待ち、エルナが落ち着いたのを確認してナマエはふうと一息つき銀行を見据えた。 「…最悪よ、すごく最悪」 「何が?」 「奴らよ、傍若無人とはまさにあれのことを言うんだわ」 エルナが赤い目で睨みつける先には、白髪頭の男と、金髪頭の少女がいる。見覚えはないが、雰囲気で分かる。世界救済委員会のメンバーだ。 「この町の平和は私たちが守るって言ってるのに、撲滅委員会はあなたたちに任せられないだのこの場は私たちに任せて避難してくださいって言うもんだからたまらず反論したら現場の責任者を出せだのなんだのってずかずか割り込んできて…」 金髪頭のほうは可愛らしい服を着ていて、一見人間に見えたのだが頭から角が生えているので獣人だとわかる。わかるのだが、何の獣人だか分からない。角が生えている動物などそうそういないので、ナマエはとりあえず“バイソンの獣人”として認識した。 「さっき町で銃乱射したのもあの女の子なのよ。おかげで跳弾した弾がハインツに当たって彼即病院行き。ほんとかわいそう」 次いで隣の男を見る。男にしては華奢なほうだが無駄に肉のついてない筋肉質な身体を強調するような服の下、ひょろっと出た尻尾を見て、ナマエはきょとんと一拍おいたあと男の頭を見た。人間の頭だ。獣の耳など見当たらない。またふさふさの尻尾を見てから男の顔を見て、ナマエは哀れむような眼差しを向け目をそらした。悲しそうに口元を手で覆う。 (――ああ、きっとこの人はコスプレイヤーなんだ) 少しずれた考えである。というかエルナの話を聞いていない。 やっとナマエが我に返ったのは、エルナに頬を何度かつつかれてからだった。 「あんたいきなりボーっとしちゃってどうしたのよ。何か打開策でも思いついたの?」 「いや、それがあいにく思いついていなくて。そもそもあなたに状況説明を求めたにもかかわらず、“最悪”という以外大して役に立ちそうな答えが返ってきていません」 エルナのこめかみにぴきりと皺が寄ったが、すーはーすーはーと何度か呼吸をしてにっこりと笑った。こめかみの皺がなくなり、それから真面目な顔に戻る。 「強盗は3人。で、中には人質が――7人の従業員と8人民間人がいるの。計15人。で、そのうち3人が」 「世界撲滅委員会、ということでしょうか」 「ええその通り。正直、厄介よね。強盗ならまだしも撲滅委員会がいるなんて」 うーんと腕を組むエルナの肩に手を置いて、覗き込むようにジャンが2人の間に割って入ってくる。 「そうでしょうか。別に厄介でも何でもなさそうですけれど」 ジャンのけろっとした言葉に、エルナが眉を寄せた。 「これを一発打ち込んでしまえば、万事解決ですよ」 言って、大事そうに持っているロケット砲を示した。警備隊全員の顔が強張り、ナマエは慌ててジャンに飛び掛った。 「ばかですかあなたは! 無害な人質を危険にさらすどころか町を破壊する気ですか!」 「いいじゃないですか建物の一つや二つ。それにナマエさんは先ほど“何かあったら頼みます”とキバイノシシの彼に言っていたではありませんか」 「あなたは何のためにそれを持ってきたんですか! 威嚇用だとほざいていたのは何処の誰ですか! ふざけるのもいい加減にしてください!」 怒鳴られてジャンは「冗談ですよう」とがっくりと肩を落とす。 「なんというかさ、ほんと、逆よね、いろいろと」 エルナが噴出しながら言うと、ロケット砲を見せ付けられ警戒のオーラを発していた周りの警備隊がほっと息を吐いて緊張を解いた。 警備隊の何人かが拡声器を用いて強盗への説得を試みたが、相手は「車を一台と、船を一台用意しろ」の一点張りだった。ナマエがエルナから拡声器を拝借して律儀に「船は一台と数えるのではなく、一隻と数えるのではないですか」と質問すると、強盗が「うるせえそんなことはどうでもいいだろ人質の命が惜しくばはやく用意しろ」だのいけしゃあしゃあと喚きだし、結局火に油を注ぐような形になってしまい、ナマエは警備隊の皆に次々に「ばかたれ」と額を小突かれた。 「すみません、気になって仕方がなかったので」 「ああわかったわかったもういい。お前らはとりあえず銃の手入れをしておけ」 この隊の中で一番偉い、いわば隊長と呼ばれる階級に位置するトカゲの獣人、名前をアーネストという、に額を小突かれながらそう言われてしまい、ジャンとナマエは渋々後ろ側へと引っ込んだ。ジャンがふむ、と頷いて、 「さて、どう思いますかナマエさん。私はこの状況はもうどうしようもないと思うので、さっさと車を用意したほうがいいと思うのですが」 ひそひそ声でナマエに言った。ナマエはうーんと唸って、小さな溜息をつく。 「この町にバイク産業や船舶産業はありますが、自動車産業など聞いたことも見たこともありませんし、道路を車が走っているのなんか目にしたことないですよ」 「そうですね。だからこれから隣町に連絡を取り、業者に連絡してもらって車を運んでもらうのはどうでしょう? 距離的に一週間はかかりますが」 「…ああ、そうですね。ええ。ジャンの冗談に付き合うのがどれほど大変か、銀行強盗の皆様に呼びかけたいです」 「ふふ、それは嬉しいことだ」 口元に手を当てて笑うジャンを見、ここまで茶目っ気たっぷりのおじ様は早々いないだろうと空を仰いでいると。 「いちかばちかですが、威嚇射撃してみるのはどうでしょう」 ジャンが言ってきた。 「人質はどうせロープに縛られて中央か隅にまとまって座らせているはずです。ナマエが今日持ってきた弾は…」 言ってナマエのハンドガンを見る。 「跳弾しません」 今日ナマエが持ってきた弾は、壁に当たると砕けてしまうタイプの弾だ。多分ジャンは跳弾が人質に当たる事を危惧しているのだろう。やはりなんだかんだいってもこの人はいろいろ考えているのだ。多分。 「ならそうですね、どれでもいいのでどこか一枚窓ガラスを割ってしまいましょう。今日は風が強い。運がよければ風が入り込み、カーテンがめくれ上がって内部の様子が見えるかもしれません」 「ええ、そうですね。で、もしも窓際に人質が固まっていると仮定し、そうして人質にガラスの欠片を浴びせ、銃で犯人を刺激して、何かいいことがありますか?」 「ありません。犯人はナイフを所持しているらしいので、人質の命が少し危うくなります」 はあ、とナマエが溜息をつくが、ジャンは顔色一つ変えず、むしろにこにことしたまま話を続けた。 「まあ船は用意できても車は用意できませんし、いっそのことヤるだけヤってみたほうがいいのではないかと思うのです」 「――、すみません。“ヤるだけ”の“ヤる”とは“殺る”のほうですか? それとも“する”のほうですか」 「ふふふ、嫌ですねえ、成人前の少女が“やる”だなんて。そんな物騒なこと、口にしてはいけませんよ。主も哀れんでおられる」 「そうですか。よほどジャンの発言が、主はお嫌でたまらなかったのでしょうね」 「いえいえ私を哀れんでおられるのではなく、あなたを哀れんで」 ジャンの言葉を遮るように、ナマエはアーネストの名を呼んだ。 「ナマエさん、少しは人の話を聞きましょう」 「どっちがですか」 しばらくして嫌そうにやってきたアーネストに対し、ナマエは先ほどジャンと話した計画を試しに話してみた。時折ジャンが合いの手を入れるたびにアーネストが不振そうな顔をしたり思わず奇声を発したりしそうになったが、そのたびにナマエが「彼の言葉は冗談です。真に受けないでください」とにこにこしながら言うと、アーネストはふうと一息ついて落ち着いた様子になる。 全てを話し終えた後、アーネストは腕を組み、考え込むような仕草をした。 「難しいなあ」 「ああいえ結構ですそんな真面目に考えなくても。これはただの耄碌爺の発言ですので、参考になればと思ったまでですから」 「誰が耄碌ですか誰が」 むっと眉を寄せて皺を作るジャンの顔を見て、ナマエは目を見開いて息を呑んだ。 「…驚きましたジャン」 「何がですか」 「あなたが自分は既に耄碌しているという自覚があったということに心底驚きました」 「………」 「ああ、いえ、少しからかってみたかったんです、すみません。何もそんな仏頂面しなくても――なんでそこに座り込んで膝を抱えるんですかもうこれだから更年期…あっいやすみませんほんとに冗談なんですってば。ジャン、機嫌直してくださいよ」 おろおろとジャンのまわりをうろつくナマエの肩を、アーネストが軽く叩いた。 「まあ、車を用意するにもかなり時間がかかる。仕方ない、やってみよう」 話を聞いているナマエも、地べたに座りながらアーネストを見上げていたジャンも、いっせいにぽかんと口を開けて間抜けな顔をしてみせた。 ハンドガンとライフルにそれぞれ弾を装填し、ジャンは散弾銃にゴム弾を装填している。それを見ながら安全装置をはずして一息つくと、頭上から鼻で笑うような声が聞こえた。 見下ろしてくる赤い瞳が不満そうに細められる。世界撲滅委員会の少女だ。今のは彼女の笑い声なのだろうとナマエは思ったが、隣の男がかすかに口元を緩めているのを見てナマエはこの人が嗤ったのだと理解した。 「不思議ですね」 ナマエをのほうを見ながら話しかけてくるので首を傾げて見せると、男は言葉を続けた。 「反戦を掲げているにもかかわらず、武装した集団が町の平和を守っている。矛盾していると思いませんか?」 自分に聞かれているのだろうか。ナマエは考えてから、口を開く。 「いえまったくそうは思いません」 きっぱりと即答した。金髪の少女が苦いものでも食べたかのように顔をゆがめるので、ナマエは内心焦りながら顔をそらす。 「ナマエさん、準備できましたよ」 声をかけられてジャンのほうを見れば、嬉しそうにバズーカ砲を肩に掲げている。ナマエは瞬時に手刀をつくり、それでジャンの頭を叩いた。 「あっ、すみません。思わず叩いてしまいました」 「いえいえお気になさらず。大して痛くはなかったです」 「そうですか。もっと強くしておけばよかった」 「ふふふ」 笑いながら、ジャンは散弾銃を手にする。 「ジャン、ひとついいですか。どうにも腑に落ちないのです」 「何が腑に落ちないのですか?」 「あなたの散弾銃です。それを撃てば、人質にも弾が当たるのではないでしょうか」 にこにこ、とジャンは笑ったままなので、こいつ気づいてやっていたなとナマエは悟った。 「ふふ、ゴム弾ですから大丈夫ですよ。それに散弾銃は男のロマンです」 「エルナーっ、すみませんっ! 本当に申し訳ないんですがジャンの散弾銃を預かってください!」 「ああっ、私の散弾銃がっ」 散弾銃を取り上げられ、何も持っていないジャンに、渋々ナマエはハンドガンを渡した。 「ええーっ…ライフルがいいですうー…っ」 「わがまま言わないでください。あと喋り方が気持ち悪い」 そんな変なやり取りをしながら、ジャンを引っ張ってナマエはアーネストの元へ。アーネストの周りには、鉄の盾を持ち頭にヘルメットを被った数人の警備隊がいる。 「突っ込むつもりですか」 ジャンが聞くと、アーネストは「これしか手がないんだ」と溜息混じりに呟いた。ジャンもナマエも納得する。 「だからお前ら、うまくガラス割ってくれよ」 「まあ、人質に当たらない事を祈ってますが」 ジャンの微笑み交じりの発言に、アーネストは顔をしかめた。 「だからお前らが呼ばれたんだ。少しは自分たちの能力を自覚しろ」 アーネストに言われて、2人は顔を見合わせうーんと考え込んだ。 「これだから銃を撃った事がない人は…」 「ジャン…失礼極まりないですよ」 ぶつぶつと愚痴をこぼすジャンを嗜めるナマエ。その2人を蚊帳の外になってしまったアーネストが耐え切れなかったのかこほんと咳払いするので、ふたりはきょとんとした顔をしてアーネストを見上げた。 「ジャンはこの作戦についてどう思う?」 アーネストに真面目な顔で問われ、ジャンも今までの顔とは打って変わって、心底まじめですといった顔になる。 「まず拡声器で人質にできるだけ頭を庇うよう呼びかけ…まあ無駄かもしれませんが、その後中央の窓ガラスを撃ちます。人質は立たせておくわけがないでしょうし、人が座る高さより上の位置を撃てば、人質が座っているようなら当たらないと思います。そして割れたガラス窓から隊員を突入させ、強盗を捕縛する。まあいちかばちかという感じですが、こういう流れを狙っている訳ですよね。私は別に構いませんが…」 ちらりと、ジャンがナマエを見る。 「ナマエはどう思いますか?」 不安そうに聞かれてしまい、 「…ジャンが賛成ならば、反論はないです」 不承不承頷いた。 『えー、あー、人質のみなさーん』 エルナの声が聞こえる。ライフルのストックを右頬と右肩に当て、左手で銃身を支え、右手をトリガーにかけて構える。スコープを覗き込み、その先に映る銀行の窓ガラスを黙って見つめる。窓ガラスの下の壁には銀行内に突入する役割を持つ隊員が頭にヘルメットを被り、落ちてきたガラスで怪我をしないよう重装備でその場に身を伏せていた。その中にはアーネストもいる。 とりあえずは、銃で窓ガラスを撃つというのはナマエだけの仕事になった。ジャンはどうしようもないときの手助けをするという理由で、自ら銃を置いたのだ。理由はわからない。が、多分何かしら考えての行動だろう。 『できるだけ体制を低くし、頭を庇うように? お願いしまーす』 不安そうな、戸惑いがちなエルナの声を聞きながら思う。今度から銀行強盗対策のマニュアルを作るべきだと。そうしなければまた銀行強盗が発生したとき、今のようなあやふやな対応をすることになる。 『そして銀行強盗のみなさん、残念ですが、交渉決裂です。なのでこちら側は正当防衛に入ります』 ボルトを起こし、後ろ側に引く。かちんと、銃の中で音がする。 引き金を引いた。衝撃が身体に響く。耳が爆音を捉える。手元が震え多少ブレたが、ガラス窓に命中したのを見て、またレバーを起こした。石畳にころんと空薬莢が落ちる。銀行内から悲鳴が聞こえた。 もう一発打ち込むと、ガラスが窓枠から落ちるように割れた。その開け放たれた窓に、隊員の一人がレースカーテンを持ち上げ、煙玉を何個も放り込んだ。銀行の中からもくもくと煙が立ち上って、奥のほうが曇って見えなくなる。 隊員の一人が邪魔なカーテンを外から掴み引っ張って破くと、皆が突撃を開始した。ひょいひょいとガラス窓を乗り越え内部に侵入していくのを黙って見送る。 ぎゃあぎゃあと銀行の中から悲鳴が聞こえて、ナマエは銃を下ろした。安全装置を連射から切り替える。自分の出番はもうないだろう。 「畜生!」 と思ったのも束の間、怒声とともに入り口のドアが蹴破られる。薄汚れた上下の服に、右手には刃渡り40センチほどの大振りなナイフ、左手に小さな子供を抱えた男が飛び出してきた。まさに世捨て人のような山賊めいた風貌に、こいつが銀行強盗のメンバーかと思いながらも、安全装置をまた連射に切り替えて銃を構えた。 …のだが。 強盗の後ろに何かが飛び掛る。白い象牙のようなものが男の首の後ろから飛び出してきて、よく見ればそれは色白の人の腕だった。男の首に腕が、男の腰に何者かの足が絡む。筋肉で盛り上がった男の肩からふわふわと揺れる金髪がちらちらと見えて、何事かと目を見開けば。 「うわぁあぁああ…」 泣きそうな声が聞こえた。男の肩口からひょっこり、間抜けな顔が覗く。 「…エルナ、あれは――」 エルナの名前を呼ぶと、エルナがナマエへ一枚の紙を差し出した。撲滅委員会の似顔絵が載った手配書だ。ナマエは手配書に載っている悪人面の男と、男にしがみついて半泣き状態の少年を見比べる。 目つきはともあれ、手配書にあるキリエという人物の顔に似ているといえば、似ているような。 「あの撲滅委員会の少年と強盗犯を挟み撃ちにして捕獲してください」 ジャンが言う指示に従って、サポートに徹底している数人の隊員を除外した残りの全てが場を離れる。ナマエも向かおうとして、ジャンにたしなめられた。 「ナマエと私はこちらにいましょう」 頷いて銀行の中を遠目に覗き見るが、煙の晴れた銀行の奥には、お縄にかかった強盗が2人、銀行の中央で折り重なっていた。アーネストがいるのだ、失敗などありえないだろう。とジャンをじと目で見ればジャンは苦笑して頭をかいた。「ただサボりたかっただけなんじゃないですか?」と言葉を発しかけて、飲み込む。そんなの言ったら皆の士気を下げるだけだ。 銀行から次々に人質が外に出てくる中、 「待て! 逃げるな!」 警備隊の手をすり抜けて、大きな刀を持った少女と、小さなヌイグルミが飛び出してくる。 ライフルを構えて、照準を少女に向ける。が、動きが早く狙いが定められない。 「リア、いきますよ」 「はい」 撲滅委員会が動いた。少女が両手にハンドガンを持ち構えようとするのを、ジャンとエルナが慌てて腕を押さえるようにして止めた。というか、半ばしがみついているようにも見える。 「街中での乱射はおやめください」 ジャンの嗜めるような言葉を聞いて、少女の目つきが一気に変わった。爬虫類のように瞳孔が縦に割れている。ナマエは純粋にそれを怖いと思った。少女はバイソンの獣人、という認識を、爬虫類系統の獣人だと改めた。 「なぜ邪魔をするのです」 唸るような白髪頭の声に、ジャンは至極真面目に、 「ここは我々が治安する町です。我々以外の者が治安行為を行うのは領主が認めません。それは法で決められており、貴方たちが行っているのは紛れもない違法行為です。然るべき処罰を与えなければならなくなります。…郷に入らば郷に従え、これくらいはあなたもわかるでしょう?」 言われて男がぐっと唸る。撲滅委員会を唸らせるほど、そこまでこの町の領主に権力はあっただろうかとナマエは疑問に思ってしまう。 「いやだー! 助けてー! おかあさーん!!」 甲高く泣き叫ぶ声が響き音源のほうを見れば、撲滅委員会のキリエと強盗犯が小さな子供を取り合っていた。強盗犯がナイフを持つ手をキリエに向け、対する彼はその攻撃を何とか避けて、強盗犯から子供を奪い取る。 泣き叫ぶ子供を大事そうに抱えながら、こちらに走ってきて、 石畳に躓いた。 「でぇっ!」 変な声をあげながら、キリエは咄嗟に空中で半回転し、背中から石畳に落ちた。ごつんと人の頭がぶつかる嫌な音がしたが、キリエは自分の身体の上に子供を乗せたまま痛そうに頭を押さえている。平気そうだ。 「てめえっ!」 強盗がナイフを振り上げる。 「ひーっ!」 男としてはどうかと思うような甲高い声をあげながら、子供を抱きしめて、その子供を庇うように瞬時に強盗のほうへ背を向けた。なんという反射神経だ、と思いながらナマエは咄嗟にライフルを構えていた。覗いたスコープに男の頭が映る。 男がナイフを振り下ろす動作に入る瞬間、ナマエは即座に引き金を引いた。 銃声が響き、騒がしかった通りが静まり返る。 撃たれた男は後ろにのめって、ばたりと倒れた。 解放された人質から悲鳴が上がる。目を見開いている人もいれば、顔を引きつらせている人もいるし、両手で顔を覆っている人もいる。実に見苦しいものを見せたと思う。 「ジャン、すみません」 咄嗟に謝ったあと、謝る相手が違うだろうと自分自身に問いかけた。 「いえ、貴方の判断は正しい」 言いながらジャンも、ハンドガンを構えていた手をゆっくりと下ろした。 強盗犯3名のうち2名を生け捕りにしたが、残る1名はナマエに撃たれ死亡した。 石畳に残る血や体液から病原体が繁殖する可能性もあるので、すぐさまバイオハザード班が出動した。白い防護服を身に纏った班員がしゃがみこみ、ブラシで石畳をきれいにしているのをナマエはぼんやり見ながら、男の成れの果てを思い出していた。 自分が殺したので遺体の様子を見たいと申し出ると、ジャンは反発したもののアーネストは了承してくれた。青いビニールに包まれた亡骸はむごかった。ライフルで脳天を打たれたのだ。ハンドガンとは比べ物にならない威力は彼の頭蓋を破壊し、下あごより上を吹き飛ばした。自分でも酷い殺し方をしたと思った。 ナマエは溜息まじりに振り返り、縄にかかっている撲滅委員会のメンバーを見る。クマのトッピーの表情は険しかったが、テディベアのような外見のせいでまるで怖くはない。モルテ少女は終始ぶすっとしていて、キリエ少年はどの誰よりも暗い面持ちをしていた。彼は間近であの遺体を見てしまったのだ。仕方ないだろう。彼は子供を解放し、親元に帰るように言った後、男の死体を見てその場で吐いていた。 というか犯罪者集団の癖に、そういうのには慣れていないのだろうか。 「…キリエさん」 話しかけると、モルテ、トッピーが順にナマエを見たあと、最後にキリエの青ざめた顔がナマエのほうを向いた。 「あの、惨いものをお見せして申し訳なく思っています」 「ああ、…あはは、は」 渇いた笑いが病的すぎる。 「あの子供を庇ってくれた事には、警備隊一同感謝しています」 頭を下げる。鼻で笑ったような聞こえたので頭を上げると、モルテが蔑むようにナマエを見ていた。 「感謝してるなら、この縄ほどいてよ」 「それは出来かねます」 言って、別方向を見る。そこには救済委員会の2人と、アーネスト、そしてジャンが何事かを話し合っていた。議題は多分撲滅委員会の引渡しについてなのだろう。 この町では犯罪者を捕縛した場合、特定の機関に明け渡すのには領主の許可が要る。許可が出れば明け渡せるが、許可が出なかった場合は大人しく町の刑務所に入ってもらう事になっている。 恐らく、領主の許可が出なかったのだろう。この町の領主は救済委員会が大の嫌いだと聞く。だから揉めている。少女の激しい怒鳴り声に、アーネストはたじたじになっているが、ジャンはにこにことしたままだ。ジャンは彼らに何事かを告げ、頭を下げたあと、こちらにやってくる。 「もう家に帰ります」 開口一番にジャンが言うので、えっとナマエが声を上げると、 「彼らは我々の意向を理解しようとしない。ならば話し合いなど端から無理なのでしょう」 ジャンは肩をすくめながらそう言って、縄にかかっている撲滅委員会を見下ろした。 「貴方たちがこれからどうなるかは私が担当する事になりました。宜しいですね?」 「宜しくもなんともないわよ」 モルテの発言に、ジャンがふうと一息ついて、なぜか撲滅委員会の縄を解き始めた。 「ぶっちゃけて言いますと、領主様はあなた方の存在自体がすごく迷惑なので、刑務所にもいれず解放してくれるそうです。よかったですね」 ジャンはモルテとトッピーの縄を解き終わり、綺麗にくるくるとまとめている。縄を解かれ自由になったモルテとトッピーはぽかんとジャンを見上げるが、今まさに縄を解かれている最中のキリエはどんよりしたままだ。 「はぁ? どういうこと?」 予想外の事態だったのか、ぱちくりと瞬きしながらモルテが首を傾げてみせる。 「どういうことも何も、貴方たちを刑務所に入れても、逆に危ないという事ですよ」 ふふっとジャンが笑うのを見て、ナマエは領主の意向をやっと理解した。 世界で恐れられる凶悪犯を捕まえておくことは大事だが、もしも脱走した場合には莫大な被害が出るだろう。そんな何かしら大事が出る前に懸念して、彼らを逃がしてしまおうというわけだ。触らぬ神に祟りなしといったところだろう。 「ここは平和をモットーとする町です。住民の不安を煽る存在は正直いらないんですよ」 ジャンはにこにことしながら結構酷い事をサラッと言ったが、モルテは大して気にした様子なく、へぇ、と口元を緩めた。 撲滅委員会を連れ、彼らが人目に触れないよう裏路地を進み、ジャンの自宅までやってきたが、意外な人影がそこにいた。人影は撲滅委員会とナマエとジャンの大所帯を見て苦笑しながら右手を上げる。 「「「アガン(さん)!」」」 モルテ、トッピー、ナマエが同時に嬉しそうに叫ぶので、アガンが「人気者は辛いなあ」と笑った。しかしジャンとキリエの2人だけが、浮かない顔をしている。キリエは先ほどのショックから立ち直れないのか、うつろな目でぼーっと地面を見ている。ジャンはジャンで怪訝そうにアガンを見つめ、顎に手を当てて考え込むような仕草をした。 「おかしいですね、人質はまだ聴取から解放されていないと思いますが」 「あんなかったるいの、付き合ってられねえよ」 アガンが言うには、商売ごともあっていろいろ言って逃げてきたのだという。それよりもナマエが驚いたのは、ジャンの発言だった。 「アガンさん、銀行強盗の人質の1人だったんですか」 「ああ」 はあ知らなかったなあと頷くナマエをジャンはちらっと見たあと、ナマエをじーっと怪訝そうに見つめるモルテとトッピーを見て何かを悟ったのか、ジャンはニコニコ笑顔で言う。 「とりあえず立ち話もあれなので中に入りましょう」 皆が了承し、モルテがキリエを引きずる形で、ジャンの家の中へと入っていく。 家に入ってナマエとジャンは客を優先的にテーブルへ座らせた。4人がけの食卓に、撲滅委員会のメンバーとアガンが座る。ナマエとジャンは4人に茶を出した後、ジャンは壁にもたれかかり、ナマエは花の模様が彫られた木製の踏み台に腰掛けた。 「さて、とりあえず私から。アガン君は撲滅委員会の人たちとは知り合いだったのですか?」 ジャンの言葉に、アガンがティーカップに口をつけ、茶を飲みながら頷いた。 「この前砂海の上で拾ってやったんだ」 「はあなるほど。ではモルテさん、何か言いたげなのでどうぞ仰ってください」 言われて“よしきた!”といわんばかりにモルテが意気込み、ナマエとジャンとアガンを見た。 「そういうアンタたちこそ、アガンとは知り合いなのね」 「ええ、まあ。知り合って間もないお付き合いですが」 ジャンが苦笑してナマエを見下ろすが、ナマエはひたすら銃を弄っていた。どうやら話を聞いていない。銃に集中し始めるといつもこうだ。 「時たま、銃を整備して欲しいだの、改造して欲しいだの、依頼が来るのです。それをアガン君に少し手伝ってもらっている、というわけです」 「アガン、お前、銃が弄れたのかクマ?」 トッピーの首をかしげながらの問いかけに、アガンが首を振って、 「まさか!」 と笑いながら答えた。ジャンも苦笑する。 「銃を弄るのはこのナマエです。私は昔ガンスミスとして名を馳せていましたが、もう老体なので、ナマエにそれを引き継いでもらっているのです。ナマエは一応こんな頼りない見てくれですが、ガンスミスとしての腕はそれなりにいい。仕事の殆どはナマエが依頼主のほうに出向くようにしているので、アガン君にはナマエ自身の運び屋をやってもらっています」 「何よ、それ。じゃあ最初からそう言いなさいよ、ややこしいわね」 お茶を飲みながら、モルテ。だが気にせずジャンはアガンに問いかける。 「で…今日はどういったご用件でしょうか」 「ああ、北方に位置する町の豪商が、銃を改造してほしいそうだ。ナマエ、頼めるか?」 アガンが椅子に座りながら振り返って、ナマエを見るが、踏み台に腰掛けていたナマエはいなくなっていた。視線を少し下に向けると、ナマエが床に座って解体した銃の手入れを始めている。 「話聞けよ…」 呟くアガンの声が耳に届いたのか、ナマエは「ん」と顔を上げ、首をかしげてみせた。 翌朝、ナマエは早い時間に目を覚ました。身体を起こし、隣を見る。横にはモルテがくうすうと眠っていた。枕もとにおいていた時計を見る。5時半だ。 撲滅委員会の彼らは昨晩家に泊まる事になった。理由は至極簡単、今解放すれば救済委員会に捕まるだろうからだ。モルテとナマエは同姓なので寝床を一緒にしたが、他の男衆はジャンの部屋で寝ることになった。多分床で寝ているのだろう。少し哀れに思う。 ベッドから出て靴を履き、壁のフックにかけてあるタオルを手に取り部屋を出る。階段を降り一階へ行くが、誰もいなかった。裏口に向かい、洗面器を手にして外に出る。区画共同の井戸へ向かい、洗面器に水を汲んでタオルを浸し顔を拭いた。石畳に水を捨て、家へと戻る。 裏口の戸を開けると、すぐ近くにキリエがいた。ドアノブに手をかけようとした体制で静止している。が、ぴくんと動いて、再起動した。 「ぅえっ、あっ、おはようございます」 よほどびっくりしたのか、戸惑いがちにキリエに言われて、ナマエもつられて戸惑いつつも、ややあって口を開いた。 「はい、おはようございます」 それからあたふたと挙動不審なキリエを見ながら、ナマエは家の中に入り裏口のドアを閉める。裏口そばの棚をあさり、ハンドタオルを取り出してキリエに洗面器ごとそれを渡した。 「顔を洗うなら、裏口を出てすぐそこに井戸があるので、そこを使ってください」 「ひゃ、ひゃい!」 返事をして、ばたばたと裏口から出て行く。時折石畳で躓きそうになりながら、井戸のほうへまっしぐらに向かっていくその後姿を見ながら、ナマエは小さく溜息を吐いてドアを閉めた。 絶対に、昨日のアレが原因だろう。そんな事を考えながらキッチンに向かい、水差しからケトルに水を入れて釜に火にかけ、ティーポッドを出して茶葉を入れる。 「っ、あー、寝過ごした」 一息ついたところで、アガンとジャンが二階から降りてきた。2人とも既に着替えている。 「おお、珍しくはやいですねナマエ」 ジャンに言われナマエは苦笑した。モルテと一緒に寝たのはいいがベッドから落とされそうになったりすることがありあまりよく眠れなかった、とはいえない。絶対にいえない。 「とりあえず着替えてきなさい。今何か作ってあげますから」 ナマエは頷いて二階の自室に戻った。未だに寝こけているモルテを起こすべきか迷ったが、寝かせておく事にした。身支度を整え、ボストンバッグに寝泊りに必要なものと工具を詰め込む。一張羅のロングコート手に持ち、ボストンバッグを抱えて階下に下りる。 「メシ食ってる暇なんかねぇぞ」 言いながらアガンがゆっくり茶を飲んでいる。 「どうしてですか?」 「港で俺の船を待たせてる。つか、駐船料金高すぎなんだよこの町」 「それは仕方ないですよ。この町には特産品なんかありませんし、それしか収入源がありませんから」 ジャンは笑って、棚から食パンを取り出した。ナイフで1センチ程度の幅に数枚切り出す。 「アガン君も持って行きますか?」 「何を」 「サンドイッチ。おいしいですよー」 にこにこ笑いながらのジャンに気圧されたのか、アガンがおずおずと頷いた。ジャンの笑顔はまぶしすぎて、逆に胡散臭く思えてしまうのだ。初対面や慣れていない人がジャンと会話するとき、殆どの人が戸惑うのをナマエは何度も目にしてきた。 「あっあの!」 裏口のほうからキリエの声が聞こえた。視線を向ける。キリエはびくっとして顔を背けた。 「こっ、これ、どうしたらいいですか」 手元の洗面器とタオルを示しながら、だんだんと尻すぼみになっていく声音に苦笑してナマエはキリエの元へ向かう。ナマエが近づくとキリエは一歩ぶん後ずさりしたが、ナマエはかまわずキリエの手から洗面器を受け取った。棚の中にそれをしまい、タオルを近くのハンガーにかけて壁のでっぱりにかけて干しておく。 「あ、りがとう」 「どういたしまして」 ナマエは笑うが、キリエの顔は引きつった笑みを浮かべていた。。 「ははは、嫌われましたね」 ジャンのからかうような発言に、ナマエが頭をかいて苦笑する後ろで、「いやっそんなっ違いますっ」とあたふたと手を振るキリエを見て、 ――だめだこりゃ。 アガンが小さく溜息を吐いた。そうしてキリエとすれ違うように裏口から出て行く。顔を洗いに行ったのだろう。キリエはここに居辛いのかそわそわしていて、しばらくすると「トッピーの様子を見に行きたいから」と二階へとあがってしまった。 こうして一階には2人しかいなくなる。いつもの風景だ。 ナマエは鞄から手帳を取り出し、仕事のスケジュールを書き込む。町までつくのにアガンの船で7日ほどかかる。それから町で依頼をこなすのに2日くらい、そして帰りにまた7日。計16日かかるが、何もアガンはナマエを町に運ぶ仕事がメインと言うわけではない。アガンはアガンで別の運び屋の仕事がたくさんある。帰りもアガンに送ってもらえるのは正直無理に近い。なのでナマエの愛車のサイドカーの登場だ。サイドカーで砂海越えは辛いがまあできなくもない。要は気力の問題なのだ。で、それを配慮して見積もると、3週間程度かかる計算になる。 「ナマエ、帰ってくるまでどのくらいになりそうですか?」 ジャンがサンドイッチを作りながら、食卓に座り手帳に何かを書き込んでいるナマエに問いかける。 「3週間です」 「長っ! 長いですよ!」 「そんなもんでしょう」 あうあうと今にも泣き出しそうなジャンとは対照的に、ナマエは非常に淡白だ。 「帰りはアガンさんの船に乗れるとは限りませんから、サイドカーにしようかと」 「あれで砂海を越える気ですか」 あのサイドカーは所詮、陸上用の廃棄処分されそうになっていたボロボロのシロモノだ。それをナマエが何とか手入れして使える状態になっているだけで、正直今すぐに壊れてもおかしくはないのだ。それにスピードもサンドバギーほど出ないわけで。 「…無理じゃないでしょうか?」 一般人はそういう風に考えるが、あいにくナマエは普通ではない。普通の人よりちょっとだけ思考の基準にズレが生じている。まあジャンもだが。 「致し方ないですよ」 ジャンの心配そうな顔に見向きもせずナマエは答える。 「…ちょっとは後先のことを考えたらどうですか」 「後先の事より今のことで精一杯です」 手帳を閉じ鞄にしまいこむ。裏口からドアの音がして、ちょうどアガンが帰ってきた。ナマエは財布を取り出し、金貨3枚をアガンに投げる。くるくると空中回転しながら飛んでいく金貨は、見事にアガンの手の中へ収まる。 「行きの運賃です。足りるでしょうか」 「…足りるどころか寧ろ余るぞこれ」 「サイドカーの分です」 サイドカーという単語で全てを察したのか、アガンはジャンに視線を向ける。やれやれと苦笑して肩をすくめるジャンを見て何かを悟ったのか盛大に溜息を吐いた。 「やめとけ、熱中症で死ぬぞ。帰りは送ってやるからそれだけはやめとけ」 な? とアガンに言われ、 「そう言うなら、お言葉に甘えさせていただきます」 ぺこっと頭を下げた。 ナマエがアガンとともに玄関の扉をくぐったのはちょうど6時半を回った頃だった。 身軽なアガンとは対照的に、ナマエの荷物は大きい。アガンが「持つか?」と聞いたが「大事なものが入っているから」とナマエは頑なにそれを拒んだ。 「そんなに何かを持ちたいなら、ナマエの代わりにどうぞこれをもってください」 ジャンはにこにこしながら手に持っている、可愛らしいピンクを基調としたウサギの模様がついたハンカチで包まれた四角いものをアガンに無理やり渡した。大きさの割には軽いそれを怪訝そうに見つつも、可愛らしすぎるその模様が気に食わないのか、アガンがやや口元を引きつらせる。 「ナマエの朝食のサンドイッチです。余分につくっていますので宜しかったらアガンさんもどうぞ」 「ああ、どうも…」 船で朝食が用意されているだろう事を想像したが、アガンはジャンのにこにこ顔を見て、なんだか申し訳なさいっぱいになり、気が抜けたような声で礼を述べた。小腹が空いたら食べようと、アガンは考える。 「それでは、いってきます」 「はい。お土産期待していますよ」 「そんなもの買うお金なんかありませんよ」 渇いた笑みをこぼすナマエに、ジャンが「冗談ですよ」と笑いかけて、ナマエの身体に手を回した。抱きしめられたナマエは荷物を地面に置いて、ジャンの背中に手を回した。身体を離して、右頬、左頬、最後に額をくっつける。この地方に伝わる、信頼するものへの挨拶だ。最後にナマエがジャンの頬にキスをして、微笑んだ。二人の傍らでそれをぼーっと眺めていたアガンの視線が気になったのか、ジャンは彼に向きなおって、 「アガン君にもしてあげましょうか?」 と言ったので、アガンは苦笑して首を振った。 「おっさんにされるくらいなら若い女の子にされてたほうがいい」 「ですよねえ」 その場で笑いあう2人だったが、ナマエは我関せず…というか話に耳を傾けすらせず、その場でコートを着込んでいた。 砂海は熱い。が、熱いからといって半そでにでもなれば、強い日差しのせいで日焼けを肌が日焼けしてしまう。なので砂海を移動する場合は、大抵の人が袖の長い服を着て、厚着だ。 だがこの船の人はタンクトップの人もいれば半袖の人もいるし、半裸の人だっている。そういう人は砂族で、普通の人間より日差しに強い肌をしている、のだとナマエは思っている。アガンの船の乗組員がきびきびと仕事をしているのをぼんやり見ながら、ナマエは甲板に座りサンドイッチを銜え、コートごと袖を捲り上げた。 ナマエの腕は白い。小麦粉みたいに白いのである。男たちの肌を見れば浅黒くこんがりと焼けていて、すごく健康的だ。ナマエの一族は山奥の洞窟の奥深くにある地下都市で暮らしていた。だから体質上、肌が黒く焼けない。焼けたとしても真っ赤になって皮がむけて、多少黒くなったかなと思えばまた白に戻る。それが疎ましくてたまらない。 ナマエは小柄でやせっぽちで女だから、男の仕事としての認識が強いガンスミスの職についているからこそ、なめられやすい。ジャンの弟子だと言って、ようやく腕を認めてくれる程度なのだ。今ナマエを贔屓にしてくれている客たちも、所詮はジャンの客だったのだ。ジャンの弟子だからといろいろ注文をくれるのはありがたいのだけれど、やはり、実力で客を集めたい。のし上がりたい。そんな事を考えてしまう。くわえていたサンドイッチを手に持って、 「こんなんだから駄目なんですね、私は」 ぽつんと呟いた。欲を出せば最後、身が滅ぶのは目に見えているので、ゆっくりいこうと、ナマエはサンドイッチを銜えて両手で両頬をぺちんと叩いた。 「ナマエー」 名前を呼ばれたので振り返ると、アガンがこちらに小走りでやってくる最中だった。 「サンドイッチ、俺にもくれ。料理長のヤツ、俺が町で食うだろうって踏んで、俺の朝食作ってなかった」 言ってアガンが隣に座るので、ナマエは苦笑してサンドイッチを渡した。 「具は…ハムとチーズか?」 「えっと、ハムというかパストラミです。ジャンが好きなので」 ナマエが言ったが、聞いたアガンはどうでもよさそうに頷いて、大口開けてかじりついた。ナマエはそれを見ながら、豪快だなあと思いつつ、自分のペースでもつもつと食べる。 「そういえばアガンさん、砂族の方でしたよね」 「ん? ああ」 “なんだぁ?”といった感じで、アガンがナマエを見下ろす。 「――の割には、肌、黒くないですね」 「そりゃあな。俺、日陰にいること多いしな。いきなりどうした?」 ナマエはやや言い渋ったものの、観念したように呟く。 「この船の方たちはすごくきめこまやかな黒い肌をしていて、健康的で羨ましいなあと」 「はあ?」 「きめこまやか?」と首をかしげるアガンに対し、ナマエが苦笑してみせる。 「私はどうしても肌の色を変えれないので、お客さんたちによくもやしっ子だと馬鹿にされるのです」 筋トレくらいしてるんですけれど、と付け足して、水筒を手に取りコップを模した蓋にコーヒーを注ぐ。白い湯気が立つが砂海の気温があったかいせいか、湯気はすぐに掻き消えてしまう。コップに口をつけてコーヒーを飲みながら、砂海の地平線を眺める。 もやしっ子だと言われた時の大抵が、ナマエを上から下までまじまじと見て、頭を撫でながら感慨深げに、しかも嬉しそうに言ってくるのだ。それを思い出すたびに、流石のナマエでも傷つくのである。 …という事を、ナマエがつらつらアガンにまくし立てて言うと、アガンはやれやれと苦笑していた。 「要は子ども扱いが嫌なんだろ?」 くつくつと笑う声が聞こえたので、ナマエは俯きがちに頷いた。 「客に愛されてる証拠だろ。気にする事ねぇと思うけどなあ」 アガンにわしゃわしゃと頭を撫でられて、ナマエはむっと眉を寄せたままサンドイッチにかじりついた。 「つか、その小動物じみた食べ方が、さらにもやしっ子っぽく思えるんだけどな」 もくもくと食べていたナマエがぴくっと止まって、アガンを見上げる。 「もっとこう、豪快に食ってみろよ」 ナマエが手元のサンドイッチを見下ろして、大口あけてかじりつく。のだが。 「…んぐ」 口に入れた質量が多すぎて噛めないのか、そのまま固まっている。とうとうアガンが腹を抱えて笑い出した。ナマエはサンドイッチをハンカチの上において、両手で口を覆う。 「ああおい、吐くなよ」 頷いて、ナマエがモゴモゴと口を動かす。数分かかってようやくナマエの喉がごくりと鳴った。ナマエは苦しそうに唸りながら、コーヒーを喉の奥に流し込む。一息ついた後、ナマエは恨めしそうにアガンを見て、盛大に溜息を吐いた。 「もう、このままでいいです」 からかわれるのはもううんざりですと言わんばかりにナマエが呟く。 「ああ、そうしとけ」 それからもそもそとサンドイッチを食べ始めるナマエに対し、アガンはけたけたと笑いながら明るい調子で言って、わしゃわしゃとナマエの頭を撫でた。ナマエは不満そうに眉を寄せながら、ゆっくり瞼を落とす。どうしてこうも子ども扱いされるのだろうかとナマエは考え、ガンスミスとして自分は半人前だし実際に子供なのだから仕方ないか、と目を開けてサンドイッチの最後の一口を口に放り込んだ。 2008/10/02 (2008/10/04 加筆修正) 戻る