「はぁはぁはぁ…」
朝早くの名古屋駅前を、プロデューサーが中央コンコース、太閣通口方面へ汗をかきながら走っていた。
(正反対のこっちにいるのか…?)
そう思いながら銀時計を通り過ぎ、外に出る。そこで辺りを見回してみたものの…プロデューサーは探していた対象を見つけることは出来なかった。
軽く舌打ちをして、プロデューサーは踵を返し再びコンコースへ走っていく。
(ど、どこに…どこにいるんですかーっ!あずささーん!)
――――――事の始まりは、一週間前のことだった。


「旅行番組のレポーターですか〜?」
朝の765プロダクションの事務室で、三浦あずさはプロデューサーから数枚の紙を手渡された。
「ええ。“旅の音”って旅行番組がありましたよね?その番組から依頼が入ってきたんですよ」
「まあ〜」
あずさは、間延びした声を出しながら、その紙を見る。
「取材は名古屋だそうですよ。紙にも書いてあるはずです」
プロデューサーの言葉に、あずさはあっ、と声を出す。
「ところでプロデューサーさん〜。名古屋ということは、あそこも回るんですか〜?」
「あそこ?」
「今年は世界が注目する一大イベントがあるじゃないですか〜」
あずさの言葉に、プロデューサーは少し間を空けて返す。
「…愛・地球博のことですか?」
プロデューサーの問いに、あずさは頷く。
「……あずささん。大変言いづらいんですが、カレンダーを見てください」
「…?」
あずさは、事務室の壁に掛けられたカレンダーを見る。
「今は何月ですか?」
「10月ですね〜」
「…………愛知万博は9月25日に終わっちゃいました。モリゾーとキッコロも森に帰ってます」
えっ…と、あずさは軽く驚いた後、残念そうにプロデューサーを見た。
「まあ…それは残念です…」
「ええ…。一度だけ行ってみたかったですよ…」
プロデューサーは、纏めていた資料を片付けるとふっ、と窓の外を見つめ、あずさのほうを振り返り、
「…まあ、撮影が終わったら跡地だけでも見に行きますか?一応行った感じということで」
「いいですね〜。サツキとメイの家を一度見ておきたかったんです〜」
「いや、ですからもう終わってますって…」
…そんな二人のやり取りを、音無小鳥が仕事を止めて微笑しながら見ていた。
その小鳥のデスクには小さなモリゾーとキッコロのぬいぐるみがちょこんと置かれていた。


その一週間後、名古屋駅からの撮影開始ということで、桜通口前には十数名のスタッフが準備に取り掛かっていた。
「プロデューサーさん〜。まだ撮影に時間はありますか〜?」
隣にいたあずさの問いに、プロデューサーは時計を見て、
「…まだ余裕はありますけど、どうかしたんですか?」
「ちょっとお手洗いへ行きたいんですけど…」
「あっ、そうですか……場所はわかりますよね?」
少し不安な顔をしてプロデューサーは言ったが、あずさはポケットから事務所でプリントアウトした駅周辺の地図を取り出し、満面の笑顔で答えた。
「はい!もちろんです〜」
なら平気か…と思ったプロデューサーはあずさを見送り、名古屋の街を眺めていた。
しばらく経ったとき、
「あの、プロデューサーさん…」
プロデューサーが振り返ると、そこには撮影スタッフの一人が少し時計を気にしながらこっちへやってきた。
「はい。なんでしょう?」
「あともう少しであずささんに、スタンバイをお願いしたいんですが…」
「………………あ゛」
スタッフの言葉にプロデューサーは時計を見る。あずさが出かけてからもう20分も経っていた。トイレだとしても、あまりにも遅すぎる。
と、言うことは……。プロデューサーが思いつくことは一つしかなかった。
「ちょ、ちょっと探してきますね!」
スタッフにそう言って、プロデューサーは名古屋駅へ向かっていった。


――――――そして、時間を戻す。
中央コンコース、プロデューサーは桜通口方面にある金時計の柱へもたれかかっていた。
(バスターミナルやあおなみ線の方まで探しても見つからないなんて…)
息を切らしながらプロデューサーは金時計を見上げていた。
「プロデューサーさん〜どうしたんですか〜?」
そのとき、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
「へ?あ……あ、あずささん…」
プロデューサーはにこにこしながら立っているあずさの方を振り向く。
「ちょ、ちょっとどこにいたんですか……もう撮影の時間ですよ?」
と、プロデューサーが言うと、あずさは金時計を指差し、
「プロデューサーさんが言っていた、その金時計でプロデューサーさんを待ってました〜」
「…………え?」
プロデューサーはその言葉にぴたり、と動きを止める。
「戻ろうとしましたら、道に迷ってしまいまして、プロデューサーさんから言われていた金色の時計が目印だといわれましたけど、時計が全然見当たらなくて、もしかしたら逆方向に来ちゃったのかしら?と思いましたら、プロデューサーさんを見かけまして、かなり必死の形相をしていたのでどうしたのかしらと思ったら、また元の道へ戻っていこうとしていたので、ついて行ってたんです〜」
「……」
「でも、直ぐにプロデューサーさんを見失ってしまいまして、どうしましょう?と思ったら遠くにプロデューサーさんが言っていた金色の時計があって、そこでプロデューサーさんを待つことにしたんです。そうしたら、思いっきり疲れた表情をしたプロデューサーさんがこっちへやってきた…というわけです。うふふ」
「……なんてこった」
そのあずさの言葉のアウトラインを聞いた後、プロデューサーはがくりとひざを落とし、頭を抱える。
「うふふ、プロデューサーさん、リアクションが大袈裟ですよ〜」
「…ってそれよりも!あずささん、そろそろスタンバイですから早く撮影場所に向かいましょう」
「はい〜…あ!その前に…」
あずさは、左手に持っていたビニール袋から、一本の栄養ドリンクをプロデューサーに差し出した。
「これは?」
「プロデューサーさん、ここ最近いろいろとお疲れ気味でしたから、何か出来ることは無いかと思いまして、コンビニで買ってきたんです」
栄養ドリンクを渡されたプロデューサーはあずさを見る。そんなプロデューサーにあずさは「?」と首をかしげて、
「あの〜プロデューサーさん〜?そろそろ時間じゃないんでしょうか〜?」
「あ、そうですね。行きましょうか」
プロデューサーはその栄養ドリンクをポケットに入れて、あずさと一緒に撮影場所へ戻っていった。


2人が撮影場所に戻ると、すでに撮影準備が整っていてスタッフが二人を待っていた。すぐにあずさはスタッフからの手招きでカメラの前に立つ。
それを見ていたプロデューサーの隣に、さっき話しかけてきたスタッフがあきれた顔で寄ってきた。
「全く、探しに行って迷子になってどうするんですか…ミイラ取りがミイラになっちゃ話になりませんよ…」
(……え?)
その言葉に、プロデューサーはスタッフの方を思わず振り向く。どうやら、スタッフの中ではあずさではなく、探しに行ったプロデューサーが迷子になったと思われていたようだった。
(……ま、いいか)
ディレクターがあずさに簡単な指示を出している中、プロデューサーはあずさに渡された栄養ドリンクの蓋を開けて、一気に飲み干す。
それと同時にスタッフからのカウントが入り、撮影が始まった。

「みなさん、おはようございます〜。今回は私、三浦あずさが、名古屋の街をご案内いたします〜」

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