「―――さて」
書類を見通したプロデューサーは、このことをどう伊織に話すか考えていた。
「伊織のことだからな…絶対駄々こねるに決まっている…」
プロデューサーが見ていた書類の表題には"旅の音"と書かれていた。
765プロでは春香、千早、あずさ、亜美真美が出ており、彼女たちが出ていた回の視聴率はなかなか良く、高評価を得ている。
そして、今回は水瀬伊織にそのオファーが届いてきたのだ。
「どうしたものかな…」
テーブルに置いた書類を再び手に取り、蛍光灯の光にすかすようにして見る。
「何をぶつぶつ言っているのかしら?」
後ろから、耳慣れた声が聞こえ首を動かしてみると伊織が笑顔でプロデューサーの後ろに立っていた。
いつものうさちゃん人形も一緒である。
「ああ、おはよう伊織。メール読んだよ」
「まあ♪伊織超嬉しい…じゃなくて、なによその書類。ちょっと見せなさいよ」
プロデューサーがその書類をもとのテーブルに置くよりも早く、伊織はさっとプロデューサーの手から取り上げた。
「あっ」
「なになに…あら、"旅の音"じゃない!春香や千早がやってたやつよねー…」
伊織はふんふん、とうなずきながら書類をぱらぱらとめくり、もう一度最初のページに目を見る。
「場所は…横浜…?」
ぴたり、と伊織が動きを止める。
「ああ」
プロデューサーはうなずいた。ふーん…と伊織はもう一度書類を片っ端から読み直す。
「会社の意向で今シーズンは日本を中心に取材を行うそうだ」
「へーえ…いいじゃない」
「え?」
「横浜よ!いいじゃない!番組側もいいのを選んでくるじゃない♪」
伊織の意外な反応に、プロデューサーは目を丸くした。
「…なによ、その反応」
「いや、てっきり、伊織のことだから海外にしろというのだと…」
「何よ、私でもそんなことは言わないわよ!もうプライベートで回れるところは回っちゃったし♪」
そうか…とプロデューサーはうなずいて、伊織が持っていた書類を取り上げる。伊織はプロデューサーの隣のいすを自分のところに寄せてプロデューサーに向き合うように座った。
「で、これに関してなんだけど明日製作会社と話を進めていくんだが、どうする?一緒に立ち会うか?」
うーん、と伊織はうさちゃん人形を両腕に抱きかかえながら少し考えて、
「いいわ。付き合うわよ」
そう伊織がうなずくと、プロデューサーは書類を机において、手帳を懐から出した。
「わかった。それじゃあ、今日のスケジュールを……」

翌日。
765プロにある応接室にて、プロデューサーと伊織は一人の女性と向き合って座っていた。
「どうも、はじめまして。今回"旅の音"の企画担当である『オフィス・ファンキューブ』のマーサ・ヨーコ・イノウエです」
と、女性は言って名刺を差し出す。プロデューサーはその名刺をもらってから自分の名刺を差し出した。
「はじめまして。今日は宜しくお願いします」
「はじめましてー水瀬伊織でーす♪」
「伊織ちゃん、はじめまして。会えて嬉しいわ」
伊織はいつもの(営業)スマイルで担当のイノウエに挨拶をした。イノウエも満悦そうな笑顔で答える。
「ところで、今回の"旅の音"のロケ地が横浜だということは、プロデューサーから聞いた?」
「ええ♪」
「じゃあ、主にどういうところを回ってみたい?」
『え?』
イノウエの問いに、プロデューサーと伊織は思わずハモってしまった。
「あ…実はもし伊織ちゃんも打ち合わせに来てくれたら、どういうところを回りたいか聞いて、撮影のルートを決めようと思いまして」
「そんなことが出来るんですか?」
プロデューサーは信じられないと思いながら尋ねる。
「それが…今回スポンサーであるゼネラルリソースさんから、撮影に必要な制作費をほぼ全てと行ってもいいほど出してもらいまして、おかげでロケに関してはどんな撮影ルートでも支障なく行けると番組側が判断しまして、もし可能ならばリポーターの―――伊織ちゃんの―――意思に合わせて決めるようと言われましたので」
ゼネラルリソース…今回の番組、"旅の音"のスポンサーであり、プロデューサーも何度か話をしている。
まだ設立してから日もまだ経っていない企業だが、その潜在能力は計り知れないところがあり、ほとんどの回の"旅の音"の制作にはゼネラルリソースの協力なくしては成り立たなかったとも言われていた。
「そ、そうなんですか…」
ええ、とイノウエは頷く。それを聞いた伊織は身を乗り出し、
「にひひっ♪それじゃあ好きに決めちゃってもいいのね?」
と言って、テーブルに置かれていた横浜周辺の地図を中央に寄せる。
「伊織、あまり無謀なルートは決めないでくれよ…」
ノリノリな伊織を見て、思わずプロデューサーがこぼした言葉に伊織は満面の笑顔で後ろにいたプロデューサーを振り向いたがその顔からは、
(下僕の癖につべこべ言わないでくれるかしら?)
…という威圧がプロデューサーには感じ取れた。
―――プロデューサーは伊織に何も口出しをせず、イノウエとの打ち合わせを再開した。
一時間後。
「ええ。これならいけるかもしれないわ。戻って話をしてみるわね」
「ベイブリッジからランドマークタワー。コスモクロック、山下公園、赤レンガに山手洋館、馬車道、中華街、カレーミュージアム…結構回るなぁ」
プロデューサーは伊織が決めたルートを眺めながらつぶやく。
「無理なルートではないとは思います。スタッフにも話しておきますから」
書類をまとめたイノウエは、プロデューサーに言う。
「それじゃあ伊織ちゃん、当日宜しくね」
「はーい♪宜しくお願いしまーす♪」


―――そして、撮影当日。横浜ベイブリッジを一望できる港の見える丘公園。
「…平日というのに、結構人がいるわね」
「まあ、場所が場所だしな…じゃあ伊織、準備はいいか?」
「もちろんよ」
伊織がそう答えたと同時に、撮影の準備を終えたスタッフが伊織を呼ぶ。
「じゃあ、行って来るわね。プロデューサー♪」
伊織はうさちゃん人形と共に、スタッフのところへ向かっていった。

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