その時ザッハークは、これは神のご意志、己はもはや不幸から逃れられぬと覚った。
しかし脳中には嫉妬の焔が燃え上がる。広間にむかって縄先をなげおろすと、王座のことも己の命のことも考えず、高々とした宮殿の露台から縄を伝って広間へとおりていく。彼は悩ましい胸のおもいも口にせず、いかなる悪魔の名も唱えず、きらめく短剣を握りしめ妖精の美女の血に飢えて床にとびおりた。
ザッハークの足が地につくやいなや、ファリードゥーンが疾風のようにかけつける。牛頭の鎚矛をにぎりしめ、蛇王の頭上にふりおろしてその兜をうち割る。
『フェルドゥスィー作「王書(シャー・ナーメ)」から、英雄ファリードゥーンが邪悪の蛇王ザッハークをうち倒す場面』
このあと邪悪の蛇王は堅く縛り上げられてデマーヴァンド山に幽閉されることになるのでした。
因みにゾロアスター教神話ではこの蛇王ザッハークは3つの口、3つの頭、6つの目があり、千の術を使い、最強の魔性を持つ邪竜アジ・ダハーカに、英雄ファリードゥーンは善神アフラマズダから大地の支配者の証とされるカウィの光輪を授かったベーシュダート朝の再興者:英雄王スラエータオナとなっている。
アジ・ダハーカの最後もザッハークとほぼ一緒で…
スラエータオナが神の力を授かった煌めく剣でアジ・ダハーカを斬り殺そうとしたとき、邪竜の体内はあらゆる悪が詰まっていることに気づく。それらが外に流れ出ることを危ぶんだスラエータオナはアジ・ダハーカを岩のようにしばりあげてデマーヴァンド山の岩窟へと幽閉する。完全なる邪悪は最後の使命の時まで滅びることはないのだ。
(最後の使命:ゾロアスター教で言う最後の3千年期-現在のこと-の最後に行われる光と闇との戦いの時に人類の3分の1を滅ぼすということ)