シュティフター

2007.03







「没落してゆく民族がまず最初に失うものは節度である」  
(『石さまざま』の序)  

 アーダルベルト・シュティフター(1805-68)はオーストリアの国民的作家と呼ばれているようですが、日本での知名度は不当に低いようです。

 荒々しい激情や衝動、熱狂といった心情を、公正、質素、克己、分別、美への嘆賞などより低いものと見る彼の作品は、その多くが、めくるめくエンターテインメント的ドラマトゥルギーには意識的に背を向けたものになっています。
 シュティフター晩年の傑作『晩夏』を、終わりまで読み通した人には「ポーランドの王冠を進呈しよう」などと酷評したバカな劇作家もいたようです。
 その一方、『晩夏』を繰り返し読むに値するわずかな作品のひとつに数え「ドイツ文学の宝」と賞したニーチェ、晩年になってからシュティフターに「非常に心をこめて没頭した」というトーマス・マンなど、一級の読み手から高い評価を得ていることもまた事実です。

 私はそうしたシュティフターの作品の何たるかについてしったかぶって語るべき立場にはありませんが、高校時代、『石さまざま』中の一篇「水晶」に出会って以来、おりにふれて彼の作品を嘆賞してきました。
 ことに近年ようやく文庫化され身近に手に取ることができるようになった『晩夏』については、ポーランドの王位継承権を主張できることはもちろん、一ページたりとも退屈しなかったと胸をはっていうことができます。
 あらすじにすれば一、二行ですんでしまう彼の作品が、一読忘れがたい感銘、何かほんとうに美しいもの、偉大なものに一瞬だけ触れえたかのような読後感を残すのは不思議なほどです。

 シュティフターが活動した時代のヨーロッパは政治的には激動の季節でした。
メッテルニヒの弾圧政治が三月革命によって終わりを告げたのが1848年、しかしご多聞にもれず革命は堕落し、果てしない殺し合いと不毛な議論に陥ってゆき、世相は乱れに乱れていたようです。
 醜い時代に抗して、美しいものを守り、描こうとした・・・などとお手軽にまとめてしまうのもはばかられますが、画家でもあり故郷オーバープラーンの精緻な自然描写で知られるシュティフター、単に牧歌的なだけのおめでたい作家ではなかったようです。

「風の吹くこと、水のながれ、穀物の生長、海の波だち、春の大地の芽ばえ、空の光、星のかがやき、これらをわたしは偉大だと考える。壮麗におしよせてくる雷雨、家々をひき裂く電光、大波を打ちあげる嵐、火を吐く山、国々を埋める地震などを、私は前にあげた現象より偉大であるとは思わない」(『石さまざま』の序)

 シュティフター作品の主な邦訳は以下のとおり


『水晶、他三篇』(岩波文庫)
『森の小道・二人の姉妹』(岩波文庫)
『晩夏』上下(ちくま文庫)
『森の小道』(沖積舎)
『ナレンブルグ』(林道舎)
『シュティフター作品集』全四巻(松籟社)
『ヴィティコー』全三巻(書肆風の薔薇)


 今回のフィギュアは『晩夏』上巻、および松籟社版作品集一巻に収録されていた肖像写真を参考にしました。岩波文庫版『森の小道・二人の姉妹』には肖像画が収録されていますが、写真とは似ても似つかないため、髪型や襟元など写真で不鮮明だった点を参照するにとどめています。

 ポリパテで制作後、レジン置換。
 資料が不鮮明なモノクロ写真、しかも半身像であるため、細部、および塗装は想像に拠っています。

「……私は節度と自由の人間です――残念ながら、いまはこの二つとも危険に瀕しています」(友人宛書簡)




もどる