会旗は残った!

サークル休会からわずか数ヶ月後、部室のあった六号館地下は閉鎖され、使用不可能となった。部室に残された備品もことごとく撤去された。

唯一残されたのが「会旗」である。それは、現在、呼びかけ人の一人、岡田広之(昭和61年政経卒 早大図書館勤務)が預かるところに。

「歴史文学ロマンの会」会旗お預かりについて

                            岡田広之(第11代幹事長)

 すでにOB・OG諸氏にはご存じのとおり、昨年三月、「歴史文学ロマンの会」は、四半 世紀を越えるその歴史を、静かに閉じました。「ロマンの会」消滅の報に接し、一抹の寂し さを感じられた方も多いのではないでしょうか。四号館ラウンジ、六号館の部室、ゼミ、会 誌、新勧、合宿、早慶戦・・・。OB・OGの方々が「ロマンの会」に抱かれるイメージは 様々であろうと思います。そんな中で「会旗」は、紛れもなく「ロマンの会」のシンボルの ひとつであったのではないでしょうか。「ロマンの会」が消滅した今、この「会旗」を、不 肖私が《一時的に》お預かりすることとなりました。  1980年代前半に製作された「ロマンの会」会旗は、臙脂の地に白く、早稲田大学の校章と 「歴史文学ロマンの会」の文字が染め上げられたデザインで、その後代々受け継がれ、大切 に保管されて来ました。1980年代後半に六号館地下に部室が設置されてからは、会旗はここ で保管されることとなりましたが、冒頭にも記したとおり昨年三月、「ロマンの会」は姿を 消し、部室は無人状態となってしまいました。このままでは盗難の恐れもあり、無人と分か れば大学に部室を召し上げられる可能性もあるのではと、菊池道人氏(第9・10代幹事長) と私とで緊急に話し会い、翌四月、結局職場が程近い私が部室の棚に納められていた会旗を 「回収」することにしました。部室にあった「ロマンの会」最後のノートに、会旗の安全を 考えて《一時的》にこれを預かること、他に預かってくださる方がいるならば、いつでもこ れを引き渡すこと、等を記し、この預かりの件が私情や個人的感傷によるものではなく、公 的理由に基づく行為であることを示したつもりです(現在もこの趣旨に変更はありません)。 その後、時期は遅くなりましたが私たちの危惧は的中し、新学生会館へのサークル部室の移 転に伴い、六号館地下の部室は全て閉鎖され、残っていたものは廃棄されましたので、結果 的に会旗を早めに回収しておいたことは、正解だったと言えるでしょう。閉鎖の直前、再度 部室に行ってみましたが、私のあとにノートに記入した人は誰もいませんでした。  会旗の本当の主であるべき「ロマンの会」が消滅してしまったことは、どうしようもなく 寂しいことです。が、「不死鳥会」を「旗揚げ」しようとするいま、会旗が手元に残ってい ることは、何と心強いことでしょうか。会旗は《一時的》に眠っているだけだと信じます。 いつか再び、早稲田の杜に翻ることを夢見て・・・。 (「不死鳥」創刊号より)                                   (2002.6記)

 

以下「十年史」より抜粋

会旗はサークルのシンボルであり、その製作は、会員の長年の夢であった。昭和58年春、新歓の時、白い布に型紙を置き、スプレーを吹きかけてて、手作りの会旗を製作したが、わずか三日で盗まれてしまった。そこで、今度は本格的な旗を作ろうということになったが、その資金集めには、いろい苦労が多かった。なんとか、各方面からの協力を得て、やっと会旗が出来上がり、「入魂式」をやったのは、昭和59年3月、卒業生追い出しコンパの時である。

 

 

不死鳥会設立総会(2002.8 新江戸川公園集会所)にて撮影