愛と義とロマンと
 
                             岡田 広之
 
『義』の一文字が紙面いっぱいに筆で大書された年賀状。翌年は『愛』の一文字。火坂
先輩が原作を書かれたNHK大河ドラマ『天地人』の放送と前後して、大変ユニークな、そ
して『天地人』の主人公・直江兼続の生き様を象徴する年賀状をいただいた。そのほか、
平塚市八重咲町のマンションへ転居された時には、そのマンションがご著書である『美食
探偵』のヒーロー、村井弦斎の旧宅跡に建てられたエピソードが添え書きされたものを頂
戴した。お酒を入れた徳利の自筆画の年も。火坂先輩からいただく年賀状は毎年素敵なも
ので、到着を楽しみにしていたものである。
 ところが、昨年は届かなかった。何かあったのか。気になっていたところ、ある方から
のメールで悲報を知った。次々とご著書を上梓される流行歴史小説家。大河ドラマの原作
者。四大新聞への小説連載。火坂先輩の成し得たことはいずれも、私個人にとっても、そ
して恐らく歴史文学ロマンの会に集ったメンバーの多くにとって、夢であったと思う。火
坂先輩は夢の具現者そのものであったといっていいだろう。それだけに信じられないほど
早くご他界されたことは、悲しいと同時にとてつもないほど大きな喪失感に直面する出来
事であった。
 火坂先輩とはじめてご縁ができたのは、私がロマンの会第11代幹事長を拝命し、ロマン
の会「10年史」の製作に携わった時だ。編集長の新地浩樹君らと私とで相談し、歴代の幹
事長の皆さんにインタビューをし、10年間の歴史が分かるような記事を作ろうということ
になった。火坂さんに新地君からお電話を差し上げたところ、快く応じてくださり、さら
に後日、初期の頃のロマンの会の出来事を詳細に解説したメモを送ってくださった。火坂
先輩のロマンの会への想いを強く感じる内容で、印象に残っている。
 『花月秘拳行』で文壇へのデビューを飾られた時には、ロマンの会有志で高田馬場でさ
さやかながらお祝いの席を設けたことがあった。発行に漕ぎ着けるまでのいきさつなど、
様々なことをお話くださり、出席者からのごく細かな質問にも丁寧にお答えいただいたの
を、昨日のことのように思い出す。私が持参したご著書にサインしていただいたのが無性
に嬉しかった。私の勝手な思い込みかもしれないが、夢の一しずくを分けていただいたよ
うに感じられた。
 想い出を連ねて行くとあれもこれも、となってしまうが、特に印象深いのは、私がロマ
ンの会在籍時、年末恒例であった箱根合宿である。私は当時幹事長であったので、参加者
が全員集合するのを待って乾杯し、宴会をはじめようと考えていたのだが、OBとして駆
けつけていただいた火坂先輩が乾杯を待たず、お一人で手酌でお酒を始められていたので
ある。
 「あー、先輩。ちょっとお待ちください」
とお声をおかけしたところ、
 「え?」
 というお顔でこちらをご覧になった。
 今にして思うと、余程お酒がお好きな方だったのだろうと思う。眼の前にお酒が置いて
あるんだから呑むのは当たり前。そんな感じだったのかもしれない。私がぐずぐずして、
乾杯の音頭が遅きに失したのかなとも思ったりもする。
 
 火坂先輩。
 もう、誰もお酒に待ったをかけたりはしません。
 天国で直江兼続や村井弦斎、そして西行。そのほか歴史上のつわものたちと美味しいお
酒を呑みながら、いつまでも尽きせぬ話を楽しんでください。
 そして、ロマンの会に集った私たちを遠くから見守ってくださいね。