日立の「玉龍寺」の過去帳がありました。  
                            

 日立には、江戸時代からこの地域に「玉龍寺」がありました。
 日立の方々は加治田の龍福寺の檀家でありながら、遠方より地元の寺で仏事を行うことが何かと便利であったからでしょう、この地域の方々のお葬式は大部分が玉龍寺で行ってきたようです。
 龍福寺の過去帳調査を進める中で、日立の仏様の過去帳記載が極めて少数であったことから、常々地元の玉龍寺でお葬式が行われてきたことが想像できました。
 そこで、玉龍寺の過去帳を見たいものと、探しましたがこの玉龍寺は平成17年に火事で総てが消失し過去帳も一緒に消失していました。
 ゆえに、日立の仏様状況は一向に調査が進まないままになっていました。
ところが、このたび地元の杉山様が過去帳のコピーを保存されていて、これを龍福寺に寄贈されたことで、龍福寺のお許しを得て、その内容を全て見せていただくことができました。
 これによって、日立の過去の仏様状況調査は一挙に進みました。

 内容は下の表のようになりました。

過去帳にあった内容 件数等
玉龍寺の過去帳記載された仏様の数 307仏
記載があった内最も古い仏様 嘉永2年4月14日(1849年)
記載があった内最も新しい仏様 昭和45年6月4日逝去
江戸時代 42仏
明治時代 122仏
大正時代 39仏
昭和時代 104仏


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