狂気の海



情事の後の独特な雰囲気が苦手だ。
幼なじみとも呼べる関係の遊星とこうして肌を重ねる俺たちの爛れた関係に、本気で入れ込んでしまっているような錯覚を覚えてしまう。
なぜこんなことになってしまったのだろう。明確な切欠があったわけではない。
ただどちらからともなく唇を欲して…それからは二人してもつれ込むようにベッドに倒れ込んで、相手の呼吸を奪うかのような乱暴な口接けを交わした。
それ以降この中途半端で異様な関係はひっそりと続いていた。もうどれくらいになるのか、よく覚えてはいない。
ただ、いつも無口で淡泊にも見える遊星の深い青色の瞳が、この時ばかりはオレだけをその静かな湖面に捉えて離さない。
こんな遊星を知っているのはオレだけだ。
オレだけが世界で唯ひとり、不動遊星という静かな男の狂気じみた暗い一面を知っている。
それは酷く甘美な……甘い疼きにも似た毒のように思えた。


遊星の上にくたりと倒れ込み荒い呼吸を整えようと目を閉じると、遊星の腕がつい先ほどまで深く繋がっていたそこへと伸びてきた。
「…おい」
「もう一回くらいいけるだろう」
「なに…?無理だ、今日はもう寝かせろ」
「……」
渋るジャックなど気にも留めず、遊星の指がジャックのまだひくつく後ろへつぷりと埋め込まれた。
「ぅあ…!……っ、遊星…きさ、ま…!」
「ジャックの中はまだとろとろだから大丈夫だ」
「ひっ…ぁ…!」
遊星の指が蠢く度、過敏になっている内壁は苦しいほどの快感を伝えて来る。
爪で内側を擽られただけで、大きく体が跳ねた。背筋を言いようのない震えが走る感覚にゾクゾクと肌が粟立つ。
「ふ……っ…は、…ぁう」
中へ突き入れられた指がぐちゅぐちゅと粘質な音を立てて聴覚をも犯し、狭い内壁を暴れまわっていた。
ぐぷりと音がして、散々中出しされた遊星の精液が溢れ出す。
「ん……ぅ…」
「まだ大丈夫だろ?」
俺からしてみればいけしゃあしゃあと、大して表情の変わらないと称される彼は言ってのけた。
その無駄に自信たっぷりな言い草に、ときどき本気で頭が痛くなる。
「…し、知らん!」
「ジャック」
じっと瞳を覗きこまれ、オレは言葉を失う。
「ジャック」
あぁ、遊星。どうしてお前はそうやって、オレに察しろと言わんばかりに瞳で訴えかけてくる。
その深い海のような色に見つめられるともう何もかもがどうでも良くなって、何も考えずにこのまま衝動に身を委ねてしまいそうだ。
「……あと一回だけ、だからな」


結局、どれだけ理論じみた御託を並べたところで、オレはもう完全に遊星に依存してしまっているのだろう。
澄み切った深海のような深く、静かなディープブルーの瞳の奥で、オレの知らない遊星が静かに目を覚ます。
再び交わり、激しくオレの中を抉る遊星のその瞳の中に、オレは狂気を見ているのかもしれない。
不動遊星という甘い毒からオレは二度と離れることはできないだろう。
だがそれでも構わないと、見つめ返すオレの瞳の中にも、もしかすると遊星と同じ、暗く蠢く狂気が潜んでいるのだろうか。