おまじない
子供というのは本当にわからないものだ。
小さな体が懸命に大人の歩幅を追うその姿は必死で、ほんの少しだけ歩幅を緩めてやろうかと思った瞬間、足を縺れさせたのだろう子供は何もない床で勢い良く地面に転んでしまっていた。
「…ッ…」
子供はゆっくりと地面に手をついて立ち上がろうとしたが、転んだ際に負ったのか膝が擦りむけ、じんわりと赤い血が滲んでいた。
傷口に気づいた子供は、滲む血を見た途端に痛みを認識したのだろう。膝に滲む血と同じように、その大きな瞳にじわじわと透明な涙が溢れる。
「立てるか、カイト」
見かねて手を差し伸べてみるが、カイトと呼ばれた子供は力なくふるふると首を首を振って俯向いてしまった。
仕方なく横に膝をついてカイトの顔を覗き込むと、母親譲りの空色の瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れている。
「大丈夫、ほんの擦り傷だ」
心配させまいと励ましても、カイトは首を振り続けるばかりだ。
「……痛むか?」
こくり、と小さく頷くカイトを眺めやりながら男は途方に暮れた。
特に急ぎの用ではないが、ここでカイトが泣き止むのを待っている時間もない。
と、男は自らのポケットにあるものの存在を思い出した。
探り当てたその小さな包みは長時間に及ぶ解析の際、簡易的な糖分補給のために懐に忍ばせていたものだったが、男は迷うこと無く取り出したそれを小さく啜り泣くカイトの目の前にそっと差し出した。
「……?」
目の前に現れた小さな四角い包みにカイトの視線が止まる。
「これはキャラメルだ」
「きゃらめる…?」
男の指からそれを受け取ったカイトがゆっくりと白い包み紙を開いていくと、中から薄茶色の塊が現れた。
手にしたそれからふわりと漂った甘ったるい香りに気づいたのか、しかしカイトは不安げに男の顔を見上げる。
「食べなさい。……元気が出る」
男の言葉にカイトは恐る恐るキャラメルを口に含んだ。
「どうだ?」
「……おいしい」
子供というのは本当にわからないものだ。
さっきまで大粒の涙を浮かべていたはずなのに、見上げてくるその笑顔にもう涙の面影は無い。
「立てるか?」
再び手を差し伸べれば、今度はしっかりと手を握り返して来たカイトを立ち上がらせると、不意にカイトが口を開いた。
「ありがとう、父さん」
繋いだカイトの手を引きながら、Dr.フェイカーは今度はカイトの歩幅に合わせ、ゆっくりと廊下を進んで行った。
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ハルトの年齢が出ていないので妄想ですが、10歳くらい歳が離れているものとして、これはハルトが生まれる前の妄想です。
キャラメルの件を自分なりに消化。