X'mas満足



12月25日。
世間で言うクリスマス。
本来ならば豪華な食事やプレゼントなど、楽しいイベントであるはずなのだが、ここサテライトではそんな贅沢などできるはずもない。
工場から出る煙が空を覆いつくしてしまったかのような曇天の下、剥きだしの腕を切り付けて行くような風が憎らしいとさえ思えてくる。
「寒いな…」
「あぁ」
ジャックの呟きに遊星は軽く相槌を打った。二人して食料の買い出しに行った帰り道。
濁った空を見上げると、今にも雪が降り出しそうな気がした。
「早く帰らないと、鬼柳とクロウが待ってる」
「あいつら…オレ達に買い物を押し付けおって…今日の当番は鬼柳のはずだろう」
「鬼柳は予定があると言っていた」
「予定だと?あいつに一体なんの予定があるというんだ」
「そう言うな。鬼柳にだって何か事情があるんだろう」
「どうだかな。クリスマスに予定があるなど、鬼柳からはまず考えられないセリフだな」
「…?どういう意味だ?」
「気にするな」

サテライトと言えど、クリスマスはやはり賑わっている。
市場をよく探せばクリスマス用の食料品などが並んでいることもあるが、とても手が出る値段ではなかった。
たった一日のクリスマスのためだけに今後1週間の暮らしを捨てるなどという馬鹿な真似はできない。
「今年ももう終わりなんだな」
何気なく呟いた遊星を見やると、相変わらず大きな変化の見られない表情で前を見ていた。
今年ももう終わり。
そんな感傷にひたったところで、このサテライトでの生活は変わらない。
「なんだ、パーティーでもやりたかったのか?」
「あぁ」
「……」
まさか肯定されるとは思っていなかったジャックは一瞬返答に困り、立ちつくす。
「ジャック?」
「…遊星。オレはちょっと用事を思い出した。先に帰ってろ」
「用事?」
「すぐ戻る」
そう言うと手に持っていたカップラーメンなどが入った袋を遊星に押しやり、すたすたと歩き去ってしまった。
「ジャック…?」
キンと冷えた寒空の下、ただでさえ寒々しいのにポツンと一人きりで立ちつくす。
なんだか妙な孤独感に苛まれて、遊星はとぼとぼとアジトに向かった。


「よぉ!皆のリーダー鬼柳お兄ちゃんが帰って来たぜぃ☆」
「おかえり、鬼柳」
「ってあれ…遊星だけか?ジャックとクロウは?」
「ジャックは用事を思い出したと言って途中で別れた。クロウはまだ帰ってきていない」
「なんだよせっかくのクリスマスだってのに」
「…?覚えていたのか」
「あん?あたり前だろ?クリスマスだぜ!クリスマスパーティーで満足するしかねぇ!それよりもさ!見ろよ遊星!」
「?」
いつになくはしゃいだ様子で鬼柳は両手に抱えていた紙袋からガサゴソと何かを取り出してテーブルの上に並べて行った。
「鬼柳……これは…」
ゴトゴトと並べられた色とりどりのガラス瓶。瓶のラベルには何か文字が書かれていたが、外国の字らしく遊星には読めない。
それでもなんとなく瓶の中身に思い当たって遊星は鬼柳を見つめる。
「もしかして、酒か?」
「すげーだろ!これだけ手に入れるの苦労したんだぜ〜」
鬼柳が酒瓶を入手するに至った武勇伝を語りだそうとしていたまさにその時、ギィとドアが開いた。
「うううう…さびぃ…」
びゅうびゅうと冷たい風が一気に吹き込むと同時に、ドアの隙間から体を丸めるクロウの姿が現れる。
「お、なんだ二人とも帰ってんじゃねぇか」
「おかえりクロウ」
「クロたんおかえり〜」
「おう。遊星。なんだジャックは出かけちまったのか?」
「すぐに戻ると言っていた」
「ふーん……ん?なんだそりゃ、酒か?」
「今日の俺の収穫☆」
「なんだやっぱり鬼柳も調達に出てたんだな。俺も買って来たんだぜ…ほらよ」
酒瓶の転がったテーブルの上に更にどかりと置かれたその丸みを帯びた箱に遊星と鬼柳は思わず互いに顔を見合わせた。
「クリスマスっつったらやっぱチキンだろ!」
ぱかっと開かれた箱の中にはからりと揚がったフライドチキンが詰められている。
「そんな…クロたんがチキンだなんて…!」
箱の中身を見た鬼柳が大げさに恐れ慄いて見せると、クロウはさも面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「あのなぁ…毎回鶏肉見る度に俺の反応見るのやめてくんね?仕方ねーだろ…こればっかりは…」
「そうだぞ鬼柳。クロウ、大変だっただろう?よく手に入ったな」
「へへへっ。まぁな」
「なんかクリスマスっぽくなってきたじゃねーか!あと足りないっつーと…」
「それなら俺も…」
遊星が口を開いたその時だった。
バアァン!と派手な音を立て扉が開かれる。
「待たせたな!」
ドアの向こうから現れたのは片手に白い箱を抱えたジャックだった。
日没と共に気温が下がり雪が降り始めたのだろうか、その体には所々うっすらと白い雪が積もっている。
見るからに凍えそうだが(真冬だってノースリーブだ)片手の塞がったジャックが扉を開けっ放しなおかげでみんな同じ思いだ。
「さびーよジャック!良いから早くドア閉めろって!」
「む…?それもそうだな」
扉が再び閉ざされたことで幾らかマシになった。
「おかえり、ジャック」
「なんだ遅かったじゃねーか」
「ん?ジャックもなんか買って来たのか?」
「まぁな。そう言うお前たちも同じ考えだったようだが」
「なーなーもしかしてその箱!」
サテライトにおよそ似つかわしくない真っ白で綺麗な箱に、どうしても期待せざるをえない。
にやり、とジャックが誇らしげに唇をつりあげた。
「キングに不可能などない!」
蓋が持ち上がり姿を現した紛れもないそれに、鬼柳はもちろんクロウや遊星までも驚きを隠せなかった。
生クリームでデコレーションされた円形のケーキの上には、真っ赤な苺とサンタクロースの形をした砂糖菓子がちょこんと乗っていた。
オーソドックスなデザインのクリスマスケーキだが、物資の少ないサテライトでは贅沢品の極みである。
「すげーぜジャック!まさかケーキにありつけるなんざ思ってもみなかったぜ!」
「でかしたぜジャック!」
「あぁ。すごいなジャック!…でも一体どうやって手に入れたんだ?」
三人の羨望の眼差しにジャックは上機嫌なようだった。
「なに気にすることはないぞ遊星。オレがデュエルで勝利して手に入れたものだからな!オレにかかれば容易いことだ!」
「そうだな……だが、あまり危険な真似はしないでくれ。お前に何かあったら俺は…」
そう言って遊星はそっとジャックの白い手を握りしめた。
「遊星…」
「!!ジャック、冷たい……!」
氷のようなジャックの手を両手で包み込み、遊星はジャックの手を暖めようと何度も己の手の平を擦りあわせた。
「ジャック…暖かいか?」
「あぁ…遊星…お前は暖かいな」
「おいおいテメーら、そういうのは部屋に帰ってからにしてくれ」
ケーキも食べていないのに胸やけがしそうだった。
仲が良いのは結構だが折角滅多にお目にかかれない豪勢な食事にありつけそうなのに、ここで二人だけの空間を作られてはたまったものではない。
「そうだった…。すまないクロウ」
「ふん。少しは気を使え」
「へーへー。もう食べ終わったら好きなだけいちゃついて良いから。あ、そうだジャック。ケーキは一応冷蔵庫に入れとけよー」
「おーい!早くしねーとチキン冷めちまうぞ?」
「だってよ!ほらテメーらも早く座りやがれ」
「あぁ…」
ジャックは鬼柳とクロウの声に頷きつつ、ふと遊星がいないことに気付いた。
「…遊星?」
「ジャック、こっちだ」
いつの間に移動したのか、遊星が自分の部屋から戻ってきたところだった。
「これを取りに行っていた」
そう言って戻った遊星が手にしていたのは、片手で持てる大きさの小さなクリスマスツリー。
「!…作ったのか?」
「あぁ。有り合わせのジャンクでな」
なんてことないと話す遊星の手の中で、色のついた小さな電球がちかちかと淡い光を放っている。
機械に詳しくないジャックにはよくわからないが、電源コードなどが見当たらないところを見ると電源は内蔵式の構造になっているのだろうか。
常日頃からメカに強い遊星からするとこんな小さな装置を組み上げるなど朝飯前なのだろう。
しかしよく考えてみると日頃見慣れているせいで自分の感覚が狂っているのだと思い至った。
遊星の手に収まる大きさのそれすら、自分には到底作ることはできないであろうことは想像に難くない。
「凄いな、お前は」
改めて遊星に惚れ直しつつもクロウが夕食の準備を進めているのを見て、遊星とジャックもテーブルに着いた。
「お、なんだよ遊星!」
すると間髪を入れず、遊星の手の中にあるものを目敏く見つけた鬼柳が食いついてくる。
「クリスマスだから、作ってみたんだ」
「ツリーじゃねぇか!そうそうクリスマスっつったらやっぱツリーがねぇと始まらねーよな!」
「へぇ。すげーじゃねーか。やっぱ遊星は器用だなァ」
「流石はオレの遊星だ」
「あーハイハイ」
作ったのは遊星なのだが何故か誇らしげなジャックの言葉を軽く受け流して、クロウは全員の皿の上にチキンやパンなどを盛り分けていった。
クリスマスだからとは言えチキンだけではこの食い盛り育ち盛りな男所帯が満腹になるなんてことはありえないので、サラダやパンなどもテーブルの上には用意されていた。
支度を終えるとテーブルの上はそれなりに豪勢なクリスマスパーティーが出来そうな品揃えだ。
料理の他にテーブルの中央には遊星自作の小さなツリーがいかにもクリスマスという雰囲気を十分すぎるほど醸し出している。
そして、冷蔵庫にはジャックが買ってきたケーキが出番を待っている。
そう考えただけで、自然とクロウの口元は綻んでいた。
「おいおめーら、この俺の収穫を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
全員が席に着いたところで、待ってましたとばかりに鬼柳が持ってきた瓶を掲げた。
「食べる前に乾杯と行こうぜ!」
鬼柳がジャックと自分のマグにシャンパンを注ぎ終えると、まだ瓶は空になっていないにも関わらず別の瓶を手に取った。
ちなみにグラスなんていう気の利いたものなど無いが、そんなことは些細なことだ。
「あ、遊星とクロウはノンアルコールな」
「なにぃ!?お前らだって未成n…」
「細けーことは気にしねーの!」
クロウの文句を聞き流して、鬼柳は遊星とクロウ用の瓶の栓にぐっと力を込めた。
ポン!という小気味好い音がすると、瓶の中からシュワシュワと炭酸飲料特有の音が聞こえてくる。
ようやく全員に行き渡ったところで、鬼柳がマグカップを手に取った。
「よーしお前ら!今日はクリスマスパーティーで満足しようぜ!」

「「「「乾杯!」」」」




+++

食後談。


満「おい遊星、ケーキ食べねーのか?」
鳥「なんだよ半分だけ残して、お前甘いものそんなに嫌いだったか?」
蟹「いや、これはあとでジャックと食べる」
農「おい、オレはもういらんぞ」
蟹「あぁ大丈夫だ。俺がジャックに塗ったり乗せたりして食べるから」
農「馬鹿!変態!…好きっ!」
鳥「……俺もう寝るわ」
満「クロたん、俺とクリームプレ…」
鳥「しねーよ」