扉の向こう 遅れてきた来客
夕食が済むと、流石に遅い時間になった。
辺りはとうに真っ暗で、子供達だけで帰すにはいろいろと危険な時間である。
送っていこうと名乗りでてくれたのは車で来ていたVとカイトの父フェイカーだ。
そういう事なら時間的にもキリが良いのでこの辺りでお開きにしようということで話が纏まって、賑やかしい客人らをマンションの下まで見送ったのはもう30分も前のことだった。
使用した食器類は数名の女性陣が率先して手伝ってくれたこともあり、あれだけの量だったにもかかわらず片付けに時間はかからなかった。
カイトは最初、彼女らはカイトの家に招かれた客人なのだからと断ったのだが、ドロワを筆頭とした女性陣の迫力に気圧され手伝って貰ったことになんだか申し訳なさを感じる。
キッチンで乾燥機から乾いた食器を取り出し棚に納めていると、辺りはしんと静かすぎてカイトは己の呼吸さえも大きく聞こえる程に感じた。
つい先程まで大勢の友人達が賑やかに談笑していたことなど俄には信じられない光景である。
静かすぎる室内の静寂になんとなく居心地の悪さを感じて手持ち無沙汰になった頃、今日何度も耳にしたインターフォンがやけに大きく鳴り響いた。
誰か忘れ物でもしたのだろうか。
簡単に片付けた後で目立った物は見当たらなかったが、女性陣の小物など…例えばイヤリングやピアス程の小さいものであればその可能性も十分考えられた。
何はともあれ、リビングから廊下へ続く扉を開き、カイトは真っ暗な廊下に明かりを灯して玄関のドアを開いた。
「こんばんは」
声だけ聞けば落ち着いた静かな声音。
珍しく控えめな色合いのスーツは普段の装いとは異なるが、恐ろしいほど整えられたスーツだ。
糸屑1本、皺の1つすらついていない。
彼を知らぬ初対面の相手からすれば、彼という人物は非常によくできた有能な男に映るのだろう。
「──Mr.ハートランド……」
恐る恐る紡いだ名前は、本来ここにいる筈のない人物のものである。
カイトは驚愕に引き攣った喉から言葉を絞り出した。
「貴方は…確か、海外の学会に出ていたのでは…」
僅かに声を震わせるカイトにゆったりと笑みを向けながら、男は何が気に入らないのか、既に決まった場所に収まっている眼鏡のブリッジを中指1つで押し上げた。
「そうなのだよ。生憎と今年のハロウィンは出張と重なってしまっていてね。遠方にいたせいでメールに気づくのが遅れてしまった」
「はぁ…」
まさかハルトがこの男まで招待していたとは。
苦い思いを咬み殺すが、そう言えばハルトは研究所には入れない。
人当たりのよい紳士の仮面しか知らないのであれば、それも致し方ないことだ。
ハルトを責める気には到底なれない。
真に腹立たしいのはハルトの善意に胡座をかいて、のうのうとカイとの目の前に顔を出しているこの男ただ一人である。
「……急いで帰国したのだが、折角のパーティーには間に合わなかったようだ。すまなかったね」
「いえ…大丈夫です」
むしろ間に合わなくて本当に良かった。
だからと言ってこんな夜にカイトの自宅を訪れるなど何を考えているかわからない。
出来れば一刻も早くお引取り願いたいところである。
「…その、もう遅いですし…」
「いやなに。私のことなら心配せずとも問題ないよ。聞けば久々に休暇が取れるそうじゃないか。私も……そして君も」
誰が貴様の心配などするものか、とカイトは声には出さず悪態をついた。
しかし、いくらいけ好かないとは言え仮にも上司である。
本人を前に滅多なことは言えない。
ましてやこの執念深い上司のことだ、仕事中に何をされるかわかったものではない。
「見ての通りパーティーは終わりましたし、残念ながらもうお菓子はありませんよ」
昼間大勢の子供達が来て全部無くなったのだと告げられるや否や、男はショックを受けた様子を演出するためか右手で顔面を覆った。
「そうか…それは残念だ」
「ですから、申し訳ありませんが失礼し──」
早々にドアノブを握り締め、カイトはドアを閉じる。
瞬間。
「──ッ!?」
ガツン、と硬い何かがドアと玄関の間に滑りこんできた。
息を呑んで見下ろすと鈍い光沢を放つ丁寧に磨かれた革靴が閉じられるドアの隙間にねじ込まれている。
反射的に見上げた男の顔は不気味な笑みに歪んでいた。
「安心したまえ。幸運なことに、甘ったるい菓子は口に合わないものでね」
ハロウィンの意味を根底から覆す発言にカイトは眉を顰める。
ならば何故わざわざ蜻蛉返りするように帰国して来たのか。
ますます不審そうな目を向けるカイトを別段気にした素振りもなく、男は通路側のドアノブを力強く引き、無理矢理ドアをこじ開けた。
「……もっと別のもので手を打とう」
ぶわっと雪崩れ込んで来た外気のためだけではない紛れも無い悪寒にカイトは全身を戦慄かせた。
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一応メインがVカイなので、きっとこの後V兄様が助けに来てくれるはずです。
そう言えば本編でMr.ハートランドとV兄様の対面ってありませんよね。
今後何か書きたいかも