雪虫達の聖夜
【GUILTY GEAR ソルカイ】
戦士である以上、戦いからは離れられない。
ましてや時代は戦争の真っ只中。
どんなに穏やかな日常があったとしても、戦いと全く切り離される瞬間は無い。
12月25日、敬虔なキリスト教徒であるカイにとってこの日は一年の中でも特別な日だ。
しかしそんな特別な日であっても、カイが剣を手放すことはない。
外気温にすっかり冷えきった封雷剣の柄を握りしめながら、カイは不意に歩みを止めた。
「雪……?」
見上げた空に細雪を見つけそっと手のひらを翳してみるが、しかし黒革のグローブにその結晶を見ることは出来なかった。
不思議に思って首を傾げているカイの頭上から、呆れたような声が降る。
「なにしてんだ、坊や」
「ソル……」
振り返った先で呆れ果てたソルの視線が突き刺さった。
にやにやと底意地の悪い笑みはカイが何をしていたかなど見抜いている様子で、そんなソルの好奇の視線から逃れるようにカイは翳していた手を後ろ手に組んだ。
「貴方の方こそ……こんなところで何をしているのです。今は訓練中の筈でしょう」
カイの睨みつける視線を物ともせず、ソルはくつくつと肩を揺らしながら寄りかかっていた白壁から背を離す。
「呑気に空なんざ見上げて、団長さんの方こそどうしたんだよ」
「なっ……それは少し雪が気になっただけで……っ!」
半ば言い訳じみた弁解に我ながら見苦しさを感じているとソルが怪訝そうに眉を寄せ上を見上げた。
「雪……?」
先程カイの見ていた方向を見上げながらソルがあぁ、と呟く。
「雪虫か」
「雪虫?」
耳慣れぬ言葉にカイはオウム返しのように聞き返した。
「雪虫ってのは壊滅前の日本……特に北部に生息していた昆虫だ。生態系の崩壊でこんなところにまで生息域が広がったんだな」
淡々と話すソルの様子は普段の粗野で不遜な態度からは少し想像がつかない程に理知的に見える。
少しだけ意外そうなカイの表情に気づいたふうもなく、ソルはまるで書かれた本を読み進めるようにすらすらと口を開いた。
「体にある綿のような物質が遠目に見ると空を舞う雪に見えることから、雪虫と呼ばれてたそうだ。昔はこの虫を見ると雪が降るなんて言われていたが、ギアが現れてこいつらの生活もだいぶ変わったんだろうよ」
人間に触れられるとその体温でも弱ったり、それでなくとも真綿が窓硝子に張り付いてその一生を終えてしまうこともあったりと何かと不運の多い奴らだ。
そう呟いたソルに、カイは頭上にたゆたう雪虫を仰ぎ見、口を開いた。
「繊細な虫なんだな」
ギア細胞に侵されたこの世界でそんな繊細な機能をそのままにする生き物は貴重だ。
雪のような白く小さな体が風に乗る様は酷く儚い。
触れれば体温で弱ってしまう脆さは、手のひらに落ちた雪の結晶があっという間に溶けて消える様によく似ていた。
「……彼らはまさに雪虫ですね」
ちらりちらりと雪が舞い降りる。
カイの肩に落ちたそれは、一瞬の結晶を張り付かせ、じんわりと体温に溶けて行った。