渇望



暗く深くたゆたう沈んだ思考の中で彼は現実を否定した。
生まれた場所の違いが即ち生きる者の価値を分けるのか。
高く聳えるシティの高層ビルを遠目に望むだけのサテライトに己が望んだわけでもなく、生まれ落ちてしまっただけのただそれだけが人ひとりの一生を決めてしまうのか。
彼にはそれが我慢ならなかった。
気がついた時にはもう一人だった。親などいない。しかし生まれてここに存在する以上どこかにオレを生んだ親がいるはずなのだ。
死んだのかもしれない。捨てたのかもしれない。
だが彼はそうは考えられなかった。自分がここにいるのは間違いなのだ。きっとオレはこのサテライトという名の掃き溜めの中で試されているのだ。
もっと強くなれと。シティにふさわしい男になれと。こんな小さな浮き島で野垂れ死ぬようなオレではないと、いつかシティに戻ってキングとして君臨せよと。ここから這い上がれと試されているのだ。
ハウスの子ども達の中でジャックのデュエルの腕は抜きん出ていた。
しかし子どものジャックは白く繊細な女の子のような容姿で大変可愛らしい子供だったため、何度も見た目を馬鹿にされた。
年上の子供との喧嘩に太刀打ちできる体格ではなかったジャックは、悔しい思いをすることが多かった。
大多数のほんの小さな子供は手を出したり口で言う方が容易かったのだ。なんでもデュエルで決着をつけるなんてことはまどろっこしかった。
極めつけなのは、物心ついたころから既にあった右腕の痣だった。擦っても洗っても落ちないこの気持ちの悪い模様がジャックは大嫌いだった。
金色の柔らかい綺麗な髪に、白く細い小さな体。女の子と見間違えるほど整った目鼻立ちはサテライトというゴミ溜めには異様な存在だった。
ジャックは自分が他人より秀でているのだと信じながらも、他とは違う己自身が大嫌いだった。
オレは、オレを馬鹿にしたお前たちとは違う。
こんなところで野垂れ死ぬのは嫌だと吐き捨てながら、人とあまりにも違いすぎる自分自身を呪っていた。
そんなジャックをずっと傍で見ていた遊星は、そんなジャックが不思議でならなかった。
遊星はジャックのデュエルの腕はもちろん、白くてすべすべな肌も、光を弾く眩い金色の髪も大きな紫色の目も女の子のような顔も腕の模様もすべてが美しく完璧だと思っているのに、それを聞いたジャックがいつも決まって怒り狂うのを心底不思議に思っていたのだった。

大きくなって、ジャックは変わった。
デュエルが強いことも右腕の痣も綺麗な容姿も変わらなかったが、成長期を迎えてすくすくと成長した。
昔は年下の遊星よりも少し小柄に見えたくらいだったのが、その目線は遊星の頭一つ上にある。
少年らしい高めの声は無事変声期を迎え、体躯に見合った低音域を奏でる。
それはそれで男らしく目鼻立ちの整った美しい顔に妖艶な色を加え引き立てる要素となり、相変わらずジャックは美しかった。
昔のように力でねじ伏せられることなどなく、長い手足と引き締まった筋肉に覆われた体を手に入れた彼は兼ねてからの人を見下した態度により一層磨きをかけた。
餓えた獣のように殺気立ってどこか周囲を牽制している。
そんな彼が、ついにシティへ君臨した。
人々が思い描いた理想のデュエルキングとして、彼は名実ともにシティの覇者となったのだ。

二年後。
遊星はジャックの君臨するその輝かしいステージで、彼の手にした栄光を奪い取った。

「ジャック…」
「…遊星…何故、何故オレの手にしたものをお前はすべて奪っていくんだ…!」
すべて、あのゴミ溜めで唯一手に入れた仲間や居場所、それら何もかもを捨て去ってキングになったのに、どうして何一つ犠牲にしていないお前がそれを奪ってゆくんだ!

悔しさを堪えきれない様子のジャックは遊星を責め立てた。
そんなジャックに遊星は優しく微笑んで言った。





「俺は、昔からジャックのすべてが欲しかったんだ。ようやく手に入れた…俺の、俺だけのジャック」





彼の焦がれるすべてが憎い。

彼に欲されるすべてが憎い。

ジャックの全てが欲しかった。


彼の目に映る玉座さえも。




++++++++++

病的な蟹。