疲れてるんだよ、お前



「ジャックの尻を揉みしだきたい」
「…………」
「なぁ、クロウもそう思わないか?」
「思わねーよ」
至極簡潔に答えてやったら遊星は「そうか」とだけ言ってあっさりと引き下がった。
どうやら、ただ訊いてみただけらしい。
「遊星…一体どうしちまったんだ?疲れてるのか?」
大会のために新しいエンジンを開発している真っ最中な俺達だったが、プログラムを作るのは遊星にしかできない。
必要な資金集めに走り回ってはいるが、遊星ばかりに負担が行きすぎるのは目に見えて明らかだった。
どうにかしてやりたい。俺に出来ることで遊星の助けになるなら協力は惜しまない。
仲間だったら当然だ。
でもこういう話は勘弁してくれ!サテライト育ちだからこんなの珍しくもないし、仲間である遊星達を嫌ったりなんかもしない。恋愛は自由だろ。だけどよ、いきなりそういう話題を振られても返答に困るんだ。頭のいいお前ならわかってくれるだろう?
いや、昔はもうちょっとマシな頭してたと思ってたんだが、もしかするとそりゃ記憶違いだったかもしれねぇ。
昔から遊星はジャックにべったりだった。ガキの頃からつるんでるし、ジャックのが年上だし、わからなくもない。
それがいつからか、こいつらの所謂一線を越えてしまった関係が公になった辺りから、遊星は今までどうやら隠し通してきたらしいそういう言葉を憚りもせず口にするようになってしまった。ジャンクの弄りすぎで頭のネジまで時計か何かに間違えて使ってしまったんじゃかないかと本気で勘繰ってしまう。
「あぁ…ジャック…」
遊星が呟く。
幸か不幸か、常日頃自宅兼ガレージにいるはずのその人物は今買い出しに行っているので留守である。
男3人が同じ屋根の下で寝食を共にしているのだ。
当然、食料はいくらあっても多すぎるということはない。
しかし食べれば無くなる。
そして、働かざるもの食うべからずだ。
共同生活なので役割分担をするのは当然だと詰め寄り、渋るジャックを無理矢理追い出してしまったのだが、もちろんクロウはそれを間違いだったとは思わない。
…思わないのだが、今の遊星にはジャックの不在は相当堪えるらしい。
さっきからエラー音を連発しているパソコンのディスプレイに映っているのは素人目に見ても明らかな程無関係な羅列だった。
遊星の意識は既に今この場にいない誰かさんを追っているのだろう。
「遊星、画面画面!」
「あ…」
はたと気づいた遊星の目に飛び込んだディスプレイにはパスワード要求ウィンドウが表示されていた。
入力欄には『jack』の文字。
先程から止まないエラー音はこれが原因だったようで、無意識の行動に遊星自身も驚いているようだった。
「なぁ、少し休めよ。ジャックと違ってお前は働きすぎなんだ。少しくらい気分転換したって構わねーんだぜ?」
「…あ、あぁ…そうだな」
遊星自身かなり参っているとわかっているのだろう。大人しくPCの電源ボタンを落とす。
あまり止むことのないハードディスクやファンの重低音が止まり、真っ黒いディスプレイは鏡のように遊星の疲れ切った姿を映し出す。
「少し寝てくる」
「おぅ。飯になったら起こしてやるよ」
心なし肩を落として階段を上っていく遊星の後ろ姿を見ながら、クロウはほっと胸を撫で下ろした。


「帰ったぞ」
「おー。ごくろーさん」
Dホイールから降りたジャックは、一体どうやって運転してきたのか、両腕に大量の食料品を抱えていた。
「クロウ貴様!」
帰宅するや否や、ジャックは遊星曰くお得意のお喋りが過ぎる口で捲し立てた。
「市場で何を吹き回っているのだ?!お陰で散々な目に遭ったぞ!」
「テメーは顔は良いんだからよ、もうちっと愛想よくしてりゃ可愛いげがあるんだよ。…で?今日はどんくらいオマケして貰ったんだ?」
ぐっと言葉につまったジャックから買い物袋をひったくり、クロウは中身を漁った。
「治安維持局認定ゴヨウヌードル?なんだよ1個オマケしてもらってんじゃねーか。ちゃっかりしてやがるな。まぁ、人の好意は無下にしちゃいけねぇしな!さすがジャック様だぜ」
「貴様に言われても誉められている気がせん」
「だから人の好意は素直に受けとれっての。全く素直じゃねーなオメーはよ」
「そんなことより遊星の姿が見えないようだが」
「あぁ。疲れて眠っちまったよ。邪魔すんじゃねーぞジャック」
「誰が邪魔などするか!ちょっと様子を見に行くだけだ!」
それを邪魔しに行くって言うんだよ。とは口が避けても言えなかった。
遊星もジャックの顔を見れば安心するだろうと言う思いが多少ながらもあるからである。




ここ数日、遊星がろくな睡眠もとらずに開発を続けていたのは知っていた。
行き詰まっていることもわかっていた。
それでも遊星は誰にも相談せず、一人黙々と作業を続けていたようだった。
手伝ってやりたい思いはあったがジャックには自分が遊星の助けになれないこともわかっていた。
だから、疲れて休んでいると聞いて正直驚いた。
体調を崩したりしていないだろうか、サテライト育ちのオレ達はそんなデリケートなつくりをしていないが、根を詰めすぎると遊星だって体を壊すかもしれないのが心配だったのだ。
邪魔なんてするつもりはない。
…少し覗いてみて、大人しく寝ているようならそっとしておこうと思っていたのだ。
静かに扉を開ける。
珍しく主を迎えた遊星の部屋はしんと静まり返っていた。
ベッドが膨らんでいるところを見ると、大人しく寝ているようだ。
ジャックがドアを閉めようとした瞬間、遊星に力なく名前を呼ばれた。
「ジャック…」
ジャックはぎょっとした。いつ気づかれたのだろうか。
いやそんなことより先程の息を詰まらせた遊星の声にジャックは不安を募らせた。
やはり体調でも崩してしまったのだろうか。
恐る恐るといった様子でジャックは遊星に近づいた。
「遊星…?…具合でも悪いのか?」
ジャックの声がして、ベッドの上の人影がびくりと硬直する。
「ジャ…ジャック…!?」
がばっと遊星は布団を被った。
「遊星…まだ寝ていなかったのか!」
「ちょ、ジャック、頼むから…こっちに来ないでくれ!」
突然狼狽し始めた遊星の様子にジャックは眉を潜める。
「なんだと?風邪が移るとでも言う気か。オレがそんな柔に見えるとでも…」
「違う、そうじゃない。いいから部屋から出て行ってくれ」
「…!!…ッ、貴様!…人がせっかく心配して来てやったというのに!」
「ち、違うんだ、すまない、そういうつもりじゃ」
「人と話をするときは布団から出んか!」
遊星をすっぽりと覆っている毛布をむんずと掴むと、力の限りバサッと勢いよくそれを剥ぎ取った。
その瞬間、この世の終わりに発しそうな絶望に満ちた遊星の悲鳴がか細く響く。
「な…っ」
毛布を剥ぎ取った下から現れたのはズボンと下着を中途半端にずり下ろした遊星の姿だった。
ジャックは自分で捲ってしまったこともすっかり忘れ、あまりのことにわなわなと肩を震わせている。
「何故下を穿いていないのだ!」
驚きと羞恥心に口をぱくぱくさせたまま固まるジャックの様子に遊星は軽く溜め息を吐いた。
「……何故かって?…教えてやる」
遊星はとうとう開き直ってすっくと立ち上がる。
「人がオナってる最中に乱入してきたどこかの誰かさんをオカズにしてヌいてるところだった」
いつの間にかジャックのすぐ側まで迫っていた遊星に腕を捕まれて、ひぃ!と声にならない悲鳴を上げる。
「心配して来てくれたんだろう?」
遊星に捉えられた腕に導かれ、ジャックの指先が硬く張りつめた遊星のそれに触れた。
良いところで邪魔をされたのだろうか、それは今にも弾けそうな程ギンギンに昂ぶっており、浮き出た血管がドクドクと脈打っている。
ひくりと身体を強ばらせたジャックの耳元で遊星は殊更熱っぽく囁いた。
「看病、してもらおうか」