はじめての



遥か彼方に沈んでいく夕日。
「太陽は羨ましい」
美しく煌めく真っ直ぐな水平線に沈んでいける。
そして数時間後にはまた再び輝く眩しい水面から顔を出せるのだ。
沈む夕日に恨み言を溢した少年は、明るい髪の毛を潮風に揺らしながら彼方を睨み付けていた。
「ジャックは太陽が嫌いか?」
俺は今にして思えば浅はかな問いをした。しかしジャックはそんな愚かだった俺を見下ろし、ただ否定しただけだった。
「オレは海が憎い」
太陽が沈む海はあんなにも美しい。なのに、ここの海は淀んで底知れない。
この暗い海さえなければオレは自分の足でシティまで行く。
「ここは監獄だ、遊星。ここは監獄なんだ」
「監獄…。サテライトにいるのは皆罪人なのか?俺もジャックも、なにもしていないのに」
「違うぞ遊星」
防波堤に勢いを殺された波のように静かにジャックは遊星を見た。
「オレ達の罪は、このサテライトに生まれ落ちたことだ」
そう言ってジャックの紫色の瞳は再び沈み行く太陽を見送った。
地上から太陽が消え去って、代わりに現れたのはぎらぎらと鋭く輝く月の姿だ。
「月は哀れだ」
ジャックの言葉に、遊星は無言で彼を見上げる。
青白い光の中浮かび上がるジャックは酷く儚げで、美しい。
月は太陽に照らされなければ輝けない。
一人では何もできない。姿さえ現せない。
空を見上げたジャックにつられ遊星も空を仰ぐ。
「今のオレはあの惨めな月のようだ」
「……俺が…」
震える喉を絞って遊星はなんとか声を発した。
「俺が太陽になって、ずっとジャックために燃え続ける…!」
遊星の言葉にジャックは驚き、そして遊星の頭を撫でた。
「…ああ。遊星、お前は輝ける。お前はオレ達とは違う。お前が輝きたいと願えば、できないことなどないのだから」
ジャックの言葉に遊星は嬉しくなった。
…そうだとも。お前は違う。
消え入りそうな言葉はどこか悲しげで、遊星にはその意味などわからなかった。
ただ一つ確かなことは、憂いを帯びたその白い横顔が、空に輝く孤高の月のように美しかったこと。
少年はその時初めてジャックの瞳に恋をした。

空を見上げる。
頭上に輝く月の周りには沢山の綺羅星が輝いている。
ジャックは月は哀れだと言っていたが、月には一緒に輝いてくれる多くの仲間がいる。
遊星には沈み行く太陽こそが嘆き悲しんでいるように思えた。
太陽はきっと月と共にありたいのだ。
しかし月は太陽が沈まなければその美しさを現すことができない。
美しい月のために沈まなければならない定めを誰よりも呪っているのは他でもない太陽自身に思えた。
それでも、月を輝かせるためだったら太陽は孤独など恐れないのだろう。
太陽には月が。
月には太陽がいる。
離れていてもお互いがお互いを必要としている気持ちに距離など無い。

ジャックがサテライトを出ていった夜。
遊星は星屑がジャックと共にあるのだと知って安堵した。
月は気高く凛と輝く強さを持っている。
例え太陽から離れた時も月の周りには常に多くの光が溢れている。
星屑は太陽が行けない夜の闇でも月と同じ空で輝ける。
願わくは、共に輝けない自分の代わりに星屑の煌めきが月と共にあらんことを。