こんなものみつけた
電車・バスに乗ったり、町を歩いたりして見つけた、と言うものを紹介していこうと思います。
(不定期更新・ネタを見つけ次第追加していきます。))
A東京都葛飾区でこんなものをみつけました。

自動車工場の物置として置いてあった、連接バスの廃車体です。
このバスは1985年に開催された「つくば万博」の観客輸送用として100台が製作されたもので、終了後は大半がオーストラリアに輸出され、20台が東京空港交通に引き取られてYCAT〜成田空港間のリムジンバスや成田空港内のランプバスとして使用されました。


最近の行先表示では英文の併記も珍しくなくなり、「回送」の表記でも英文を併記している例が多くなっています。会社によっては「NOT
IN SERVICE」という表記も見られ、川崎鶴見臨港バスの「SEND BACK」なんていうのもありますが、「OUT
OF SERVICE」というのが一般的なようです。
しかし、画像の京成バスのように頭に「SORRY」と謝りの一語を挿入する事業者は他にあるでしょうか?たわいもない事でしょうけれど、個人的にはなかなか面白いと思いました。
(撮影日/2003年10月17日)
B千葉県成田市でこんなものをみつけました。

「三里塚」と言えば、かつては成田空港反対闘争で日本中にその名を知られた所ですが、今では行き交う車の数は多いものの、ジェット機の轟音を除けばごく普通の田舎町という風情です。
三里塚には成田〜多古・八日市場を結ぶJRバス関東の路線が通り、ごらんのように折返場も設けられています。折返場と言うより、かつては立派な「駅」だったようで、2階建ての「駅舎」も残っています。しかし、現在は乗務員の休憩所としての機能は残っているものの、窓口は閉鎖され、それどころか待合所だったスペースの入口のドアの前にはゴミが放置されるなど、少々情けない姿をさらしています。

ところで、本題はここからです。この折返所に立つ木の傍らに、使用されていないバス停標識が残っていました。ご覧のように「国鉄」の二文字が残されたままです。
しかも、実はよく見るとこの「国鉄バス」の文字自体が、後から貼り重ねで書き込まれたものであり、その下に「千葉交通」という文字を確認する事ができました。遠い昔には千葉交通バスもこの折返所を使用していたのでしょうか?それとも、別の所から持ってきたのでしょうか?「三里塚」の下の「26」「18」というのはどういう意味なのでしょうか?謎の多い標識です…。
(撮影/2003年12月27日)
※千葉交通バスもJRとは別のルートで成田からの路線あり。但し折返所に入るわけではない。
C大阪府大阪市北区でこんなものをみつけました。(バスじゃないんですが…。)

見つけた、というより、実は少し前から気になっていたのですが…。
場所はJR大阪駅の御堂筋口。市営バスが頻繁に出入し、ダブルデッカーの定期観光バスも発着してファンには楽しい所ですが、大阪環状線(オレンジの電車)が走る高架の壁面をよく見ると…。

なんと!京阪神間を走るJRの新快速の宣伝看板が117系時代のままなのです。
117系は1979年、京阪や阪急・阪神等の私鉄の特急に対抗するために当時の国鉄が投入した新快速専用車で、近郊電車のカテゴリーながら2ドア・オール転換クロスシート・空気バネを採用する意欲作でした。民営化以降は221系・223系に道を譲り、近郊の各線や山陽地方に転用されています。
この117系時代の新快速マークが、車両自体の新快速撤退後もそのまま残されている訳で、それだけ117系が京阪神の国鉄・JRのイメージアップに果たした功績が大きかった、と言う事なのでしょう。
なお、このマークは桜橋口(JRの高速バスが発着する方)でも見ることができます。
(撮影/2004年1月2日)
※追記:大阪駅の改良工事の進捗により、このマークは撤去されてしまったようです。市営バス乗り場にも人工地盤が覆われ、撮影はもはや不可能です。

(追加)先日訪れたイギリス・北アイルランドのロンドンデリーでも同じように「Sorry」の謝りの一語を表示した回送表記を見かけましたので、画像をご覧に入れたいと思います。
(撮影日/2004年6月15日)
D神奈川県横浜市戸塚区でこんなものをみつけました。

戸塚駅東口に停車していた神奈中バスのリアを、後に着いたバスから撮影したものです。なんと、後部窓に「ワンマン」の表示が。
今やワンマンでないバスは皆無に近くなり、かつてはフロントに表示が義務付けられていた「ワンマン」表記も全くと言っていいほど見られなくなったのに、どこから手に入れたのでしょうね?舞岡〔営〕所属(横浜神奈交バス管理)の「お0176」号車です。
(撮影日/2004年6月7日)
E神奈川県横浜市保土ヶ谷区でこんなものをみつけました。

まず、「臨時停留所」の下に書かれている地名、何と読むか解りますか?
このバス停は横浜市営バスの接近表示システムが備えられた停留所が立っているのですが、神奈中バスへの移管が進められたことでシステムが停止され、新しいバス停へ取替えが行われるために仮設で設けられたものと考えられます。で、この地名ですが、「権太坂上(ごんたさかうえ)」と読みます。正月の箱根駅伝でご存知の方も多いでしょう。
それにしても特に「権」の字、見たこともない人が多いでしょう。勝手な推測ですが、おそらく労働組合の関係者が書いたものだと思われます。(労働組合ではこの文字を使う事が多いですから。)でも、一般の人の目に触れるバス停の名前、特に地名は、やはりきちんとした漢字を使うべきだと思うのですが。
(なお、市営バスの運行自体は28系統、106系統があります。)
(撮影日/2006年6月17日)
※追記:8月になって同バス停を通過したら、きちんとワープロ書きで「権太坂上」と直っていました。ひょっとして当サイトをご覧になってくださっているとか?(としたら素直にうれしいのですが。)
F神奈川県横浜市青葉区でこんなものをみつけました。

再編成計画に揺れる横浜市営バス。青葉台駅から奈良町方面へ向かう118系統も、3月15日を持って、東急バスへ移管されることが発表になりました。
その118系統には本線の奈良北団地へ向かう路線の他、奈良町から分かれ、TBSの緑山スタジオの敷地を突っ切って、玉川学園台団地の住宅地を下っていく循環系統が1日5回(+東急5回)運行されています。その循環ルートの中にある幼稚園前バス停です。
別段なんともない、全国的にもポピュラーなバス停の名前だと思うのですが、なぜかひらがなで「ようちえん」前と書かれています。どうしてでしょうか?緑区にある56系統にも「幼稚園前」があるので区別するためでしょうか?少し謎な表記です。
(道路の反対側にある小田急バスの鶴川駅行のバス停は「幼稚園前」です。)
この数年の市営→民営の譲渡では、路線は譲渡されてもバス停そのものは当分市営のものをそのまま使うというのが一般的なので、東急バス移管後もしばらくは見られるでしょう。
(撮影日/2007年3月2日)

一つ手前の「第9公園前」でも、次のバス停は「ようちえん前」です。
G埼玉県さいたま市大宮区でこんなものをみつけました。
西武バスというと、つい最近まではオール日産ディーゼル車というイメージを抱いていたのですが、最近は埼玉県下ではいすず車の投入も積極的で(高速にガーラも入りましたが)、特にさいたま市(大宮〔営〕)あたりだと、日中はほとんどがエルガ、またはエルガミオという感じがします。もちろん例外もありますが。
と言う所で、この車両はA8−538号車、見ての通りいすずキュービック(KC−LV380N)なのですが、よく見ると車体側面の広告が…。


なんと!いすずのライバルのはずの日産ディーゼルなのです。
特定の広告を掲げた車両の運用と路線のロケーションのミスマッチは案外昔からあるようです。例えば1987年に晴海で行なわれたフジ・サンケイグループのイベント輸送の都バスの広告が全部テレビ朝日だったり(グリーンシャトル車)、今でも横浜市戸塚区にあるブリジストンの工場の前を走る神奈中バスがダンロップや横浜ゴムのラッピングをまとっていたりするのですが、それにしてもこのケースは少々ビックリです。いすずも日デも何も言わないのでしょうかね。それだけ両者とも西武バスとの関係が厚いのかもしれませんね。
(撮影日/2008年3月18日)
G神奈川県横浜市戸塚区でこんなものをみつけました。


これは東戸塚駅の近くで愛車を走らせている時、信号待ちの間に偶然見つけたので慌てて?シャッターを切ったものです。
リアガラス下の「速度60キロ制限車」の表示は、私も最初に見た時なんだろう?と思いました。2008年6月1日の道路交通法改正で、全席シートベルト着用が義務化された事が関係しているはずです。画像の相鉄バスは旭〔営〕所属ですが、旭〔営〕には最高速度80q/hの保土ヶ谷バイパス、同じく70q/hの横浜新道を走る系統があり、このままだと一般路線バスは走る事が出来なくなります。そこで、一般公道の法定速度である60q/hまで落として運行する事を予告する事で、シートベルトなし、立客ありのままの状態でも運行させてもらえるようにしたのだと考えます。
ステッカーに関しては別に相鉄バスだけではなく、例えば長崎バスの時津〔営〕所属の車両にもありますし、福岡都市高速経由の系統が多い西鉄バスでも見かけます。全国探せば他にもあるでしょう。
しかし、まさかリア部の行先表示装置にまで…。LED式をうまく生かした所ではありますが。これも他に例があるのでしょうか。
(撮影日 2009年1月20日)