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上杉鷹山公の活躍、上杉鷹山公は九州日向(長崎県)の高鍋藩秋月家から、上杉家の養子として入り、十七歳で上杉家
十代目の殿様になりました。その当時の上杉家は十五万石の大名で、財政的には大変苦しく養父の九代藩主
重定は、藩政を幕府に返そうとまで考えたほどでした。鷹山公はこの苦しい財政を何とか立て直そうと考え、大倹約令
を出しました、これに対して重臣達から、大藩の名折れになる、大きな抵抗がありました、天明の飢饉の時には、
領民に藩の蔵を開いて米や味噌を分け与え、衣服に困るものには銭四文ずつ与えて領民を救ったので、盗賊や
一揆も起こらず餓死する者も居なかったといわれています。
上杉鷹山公像

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