Round−9



6月第3日曜日。


今日の朝食は、おにぎり2個と味噌汁に漬物。

「・・・何だよ、これ」

「たまには和食もいいでしょう」

そう言う和也さんの前には、器は一つだけ。

器は一つでも、オレのとは内容が違う。

和也さんのは、鯛茶漬け。

「鯛茶漬けと握り飯じゃ、オレの方が損してんじゃん!」

「交換する?鯛茶漬けといってもフリーズドライのインスタントだよ」

インスタント?・・・に見えないけどな。

「どうするの?」

「量が少ない、おにぎりも食べる」

「だめ、どちらか選んで」

「おにぎりだったら、また握ればいいだろ!」

「ご飯がありません」

「じゃ、パン出せよ」

「パンもありません」

「果物は?」

「バナナもありません」

果物はバナナだけかよ!

オレ=サルの公式みたいに!

ここで一旦会話を中止して、冷蔵庫と食品棚に向かう。

生ものやすぐ食べられそうなものは、ほとんど空っぽ。

「食品も無駄のないようにしないとね」

要するに、冷蔵庫と食品棚の大掃除ってことだ。

和也さんは自分の家なんだから好きにすりゃいいけど、オレを残飯整理要員に入れる?

それならそれで、鯛茶漬けは絶対和也さんには食べさせてやらねぇ。

「交換する。オレ鯛茶漬け」

「いいですよ。確かに君には量が少ないから、おにぎり一つあげるね」

優しいと思うだろ?ホントは違うんだぜ。

おにぎりはオレ用にばかでかく作ってるので、和也さんは2個も食べられないだけのことだ。最初からそう言えよ。


「いただきまーす!」

まず鯛茶漬けをサラサラサラ・・・あっという間に胃袋に。

けど、揉めている間に冷めてるしふやけてるしで、おじやみたいになってた。

でもって、やっぱインスタントだな。

どっちかっていうと鯛風味・・・身なんて他の具材に紛れてわかんねぇつーの。

オレが鯛茶漬け食ってる間に、和也さんは味噌汁を温め直したみたい。

なめこ味噌汁のいい香りがオレのところにまで・・・。

和也さんがおにぎりをパクリ。味噌汁を飲んで、またパクリ。

交換しなきゃよかったかなと思いつつ、オレもおにぎりを食べる。

大きな三角形のおにぎり。塩加減もよくて冷めてても美味ーい!

おっ!?和也さんのおにぎりの中身が見えた・・・イクラだ!

オレ大好き!オレもパクパクパクと頬張る。

美味ーい!・・・んだけどさ、オレのはおかか?

おかかって、カツオ節だよな。何だこの具材の差は!

「ずるいだろ!イクラとおかかだったら、オレの方にイクラだろ!」

「同じ形なのに、どっちに入れたかなんて覚えていません」

本当かなぁ・・・疑いの目を向けつつ、漬物に手を伸ばす。

グキッ!指がランチョンマットに激突。

「私のです」

小皿を自分の方に除けやがったー!!

「一切れぐらいくれたっていいじゃねぇか、ケチ!」

「そんなご飯粒だらけの指で触らないでくれる。汚い」

「ふうん、わかった。じゃ、こうして、こうして・・・あっ!ゴキブリだ!」

「えっ!?」

まさかの表情で和也さんが指差す方を向いた隙に、

「一切れいただきぃ!」

一本一本ベロベロに舐めた指で掴み取ってやった。

「・・・全部どうぞ」

和也さんはあきらめた顔で小皿を差し出した。

「へへへっ!和也さん太っ腹だねぇ!サンキュー!」

冷静さを装っているけど、オレにはわかる。目がオレをみてねぇもん!

ってことで、漬物で口直しをして、日本茶を啜ってごちそうさまー!


「食べた食器はシンクに運んでね」

おっ?これは母の日パターンと似ている。

そういや今日は父の日か!絶対聞いてくる!さあ来い!

「今日は父の日だけど、明良君はどうするの?」

なんだ・・・今度はあっさり自分から。

どうするって・・・この間の和也さんへのリベンジのことしか考えてねぇよ。

シンクにつけた食器の汚水をこう後ろへまき散らしてと、楽しい想像をしていたら・・・

何だ?何だ!?何だー!!


和也さんの小脇に抱えられ、またもや尻に一発ベシイィーーーン!!

「痛ってぇぇぇー!!」

そのままドサッと落とされる。

「あうっ!!」

尻に二度目のこの痛さっ・・・!!

「また木べら使っただろ!今度はわざわざ引き出しから引っ張り出してさ!」

オレがしっかり仕舞っておいたのを、見てやがったな。

しかも使用後は、オレが仕舞っておいた位置にきちんと戻して。

オレの尻は料理の材料じゃねぇぞ!


「漬物取られたくらいで、こんな仕返しはねぇだろ!」

「香の物。そんなのはいつものことでしょう。
君あっ!ゴキブリだ!≠チて言ったでしょ、許せません」


はぁ?ゴキブリに激怒かよ。てか、惑わされた自分の不覚をオレのせいにする?

「いつもせっせと掃除ロボ這わせてるくせに。
ゴキブリなんていないの、和也さんが一番よく知ってんじゃん」


「そうですよ。君の食べこぼしや、おやつの食べ散らかし。汗まみれの体でソファに転がり、
シャワー後の濡れた足でベタベタ歩き回る。三台フルで君の周りを包囲しているのに」


「オレだけが汚してるみたいに言うな!」

でもゴキブリ≠ナ異常に反応したのは最高だな。

何かいい気分。で、つい調子に乗る。

「まっ、別に和也さんにゴキブリって言ったわけじゃないんだからさ。そこまで怒んなくても・・・えっ?」

家で本気モードを見るのはいつ以来・・・ってくらい怖い顔でオレに近寄って来る。

「待った!待った!ちょーっと待ったぁ!!冗談だってことぐらいわかるだろ!!
おかかのおにぎり美味かったぜ!!インスタントの鯛茶漬けより何倍も!!」


「ご飯粒がついてる」

「へっ?」

オレの頬っぺたからつかみ取ったご飯粒を、パクッと自分の口へ。

「そんなだから食べ方が汚いって言われるんでしょう。まったく・・・」

オレの頬っぺたのご飯粒は汚くないのかな?

和也さんの汚さの基準がいまいちわかんねぇ・・・。

何?父の日はどうなったかって?

行ったぜ、和也さんと一緒に。





「明良!来てくれると信じていたぞー!さあ、上がれ!上がれ!」

玄関の引き戸を開けたら、親父が上がり框のところで待っていた。

「連絡入れたらさっそくだな。今日は和也さんも来てるぜ」

「何?か・・・秋月も来ているのか」

「うん。今、車置きに行ってる・・・あっ、来た、来た」

「あらぁ、和也さんも来てるの?」

奥からおふくろも出て来た。

和也さんがぬかりなく挨拶する。

「社長、明良君がお祝いにと顔を見せに来ました。夫人、ご無沙汰しています」

「うむ」

途端に親父が無口になる・・・。

「どうしたの、二人揃ってなんて珍しいわね」

「和也さんと買い出しに行くからさ。その前に父の日だろ、ちょっと様子窺い」

ついでとも言うけど。

「そう、荷物は全部明良に持たせたらいいわよ。いつもありがとう、和也さん」

「いいえ、とんでもありません」

まただ・・・この間から気になってたんだよね。

「おふくろさぁ、和也さんのこと、また昔みたいに名前で呼んでるよな」

「そう言えばそうね。お母さん、明良が出て行って陶器するようになったら、他のことあまり気にならなくなったの。
呼び方も自然に戻るものなのねぇ、和也さん」


えぇ〜っ、おふくろでも気にするようなことがあったんだな・・・あれでも。

「うおっほん!どうするんだ、お前たち?」

これまたええ〜っ、だ。親父さっきまで、上がれ、上がれって言ってたよな。

「どうせ買い出しのついでなんでしょう、早く行きなさい。お母さんたち今からお昼なの。
一応お父さんの日だから、お母さんが絵付けした食器でね。美代さんが待ってるわ。お父さん、早く」


オレたちにはじゃあね≠ニ手をヒラヒラ振って、おふくろは奥へ引っ込んで行った。

「うむ。それじゃ明良、またな・・・」

普通を装いつつも、親父の半端ないガッカリ感。


もう、仕方ねぇなぁ。

「和也さん、ちょっと」

腕を引っ張って上がり框に腰掛けさせて、

「親父はここ。座布団ねぇけど座って」

そいで、オレがここ。

「行くぜ、チーズ!」

パシャリ。

親父が真ん中の自撮りスリーショット。

で、これを親父の携帯に送信っと。

ついでに和也さんの携帯にも送ってやるか。

「親父、携帯に送ってやったぜ。おふくろに自慢してやれよ」

・・・あれれ?嬉しくないのかな。腕組んだまま固まってっけど。

「ど・どうして、か・・・秋月まで・・・」

「どうしてって、一緒にいるんだからいいじゃん。それに親父、家でくらい和也さんのこと昔の呼び方でいいんじゃね。
か・・・秋月、か・・・秋月≠チて。どう聞いても、呼びにくそうだぜ」


おふくろが言いにくかったのもわかる。親父だってこれだもんな。

いや・・・それは・・・そういうわけには・・・」

「すみません!旦那様!奥様が待ちきれないと仰っています!」

お手伝いの美代さんが小走りで親父を呼びに来た。

「すぐ行く!」

「坊ちゃま、すみません。お気を付けて」

急かされて足早に奥に戻って行く親父の後ろ姿に声を掛ける。

「親父!おふくろに負けんなよ!」

横で噴き出した和也さんの笑い声に、親父が振り向いた。

「お前が笑うな!和也!・・・あっ」

「旦那様!早く!」

美代さんの神サポートに、親父はふん!≠ニ背を向けて奥へ入って行った。







買い出しに行く車の中では、親父とおふくろの話で盛り上がり、最終的に写真の話になった。

「笑うなつっても、笑うしかねぇよな。あれ絶対おふくろに見せびらかすぜ。
あ、和也さんにも送ったけど、ウザかったら削除してくれていいからさ」


「・・・いえ、とんでもありません、嬉しかったですよ。ありがとう、明良君」

うへっ。よかった、車で。

この間の母の日みたいに、正面からまともに言われると照れる。


・・・そういや、和也さんの親父さんはどうしてるんだろう。

事情があって一緒に暮らせないとか言ってたけど・・・。

「明良君」

「えっ、な・なにか!?」

一瞬焦る!オレ!

思わず考えていることが口に出たのかと思った。


「今日は私にも良い父の日でした」

「えぇっ、どこが?親父に八つ当たりされてたじゃん。
美代さんが上手く親父連れて行ってくれたけどさ」


「ふふ、昔と同じでした。懐かしくて」

ちらっと見た和也さんの横顔は、本当に嬉しそうだった。

これだけ嬉しそうにしているんだから、和也さんの親父さんも案外幸せに暮らしているんだろうなと思ったりした。

和也さんには、そんなこと言わないけどね。

またくそ真面目な言葉が返って来たら、オレたまんねぇもん。







※コメント

だんだんボロが出る和也兄ちゃん^^;

いつもせっせと掃除しているのに、端から汚していく明良のゴキブリ#ュ言に腹が立って、腹が立って。

怒りの感情に任せて、木べらでベチーン!

明良の惑わされた自分の不覚をオレのせいにする?≠サの通りですよね^^

そしておにぎり。イクラとおかか。これも怪しい気がします(笑)

和也自身が戸惑うほど、人格形成における成長面でもぐいぐい迫ってくる明良。

スリーショットの写真を見た和也さんは、今日の自分の行いを反省。

木べらは二度と料理以外(普通は/笑)使わないと誓うのでした。

ところがその後、ゴキブリが弱点と知った明良に、ゴムのおもちゃのゴキブリで攻撃されて、

木べらの誓いもあっさり破られたのでした(笑)

兄が兄なら、やっぱり弟も弟。
明良も凝りませんね^^


一方父の方は、やはり夫人には後ろめたさがあるので、一人コソコソと見てはニタニタ、ニタニタ。

しかしそんな態度がバレないはずがありません。

隠し見ていたことが、夫人の怒りを買う羽目に(笑)

ともあれ自撮りのスリーショット、明良はともかく、父と和也にとっては宝物の一枚となったのでした。


・・・何だかコメントが小話になってしまいました^^;



2018.6.26





【追記】

父の日の翌日、大阪北部震度6の地震で、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。



novelsへ