リーダーシップ




朝から降り続く雨は午後になっても、一向に衰える気配を見せなかった。


じめじめと湿った空気は、それでも木々の葉には快適のようだった。

より一層深まる緑色が、梅雨の最盛期を思わせた。


授業を終え10分間の待機時間も過ぎると、続々と生徒が校舎正面玄関にやってくる。

傘立ては校舎の入り口付近に、学年とクラス別にそれぞれ設置してある。

傘のほとんどは黒や茶色や似たような色合いがゴロゴロしているので、大抵は2、3本引き抜きながら自分の傘を確かめる。

和泉も例に漏れずそうだった。


「これ・・・あ、こっちだ」

「引き抜いたのちゃんと戻しておかなきゃ・・・」

そのうえに和泉が引き抜いた後の傘は、斜めに立てかかっていたり中途半端に押し込まれていたりで、まったく後始末には無頓着だった。

こんなところは先生に似なくていいのに・・・と思いながら、自分の傘を引き抜いたついでに和泉の後始末をする。

「何だ、それ?子供が差すような傘じゃん」

そんな無頓着な和泉の気を引いたのは、僕の傘の柄だった。

「普通に大人用だよ。鬱陶しい梅雨の時期を明るく過ごすアイテムさ」

何て・・・白瀬さんからの受け売りだけど。

青地に二色濃淡ピンクのチェック柄。差してみると案外具合が良かった。

全体にパステルカラー調なので明るいし、何より傘立てで迷うことがない。

「ふ〜ん・・・」

和泉の表情はピクリともしなかった。

「和泉はわかり易いね。本当にそんなことに興味ないみたいだね」

「興味って、対象にもなんないね。梅雨なんてシーズンのものだろ。鬱陶しくたってそのうち明けるさ。傘なんて濡れなきゃいいんだよ」

和泉は手元の傘を勢いよくバサッとワンタッチで開いた。


「うわっ・・・本条!・・冷たっ・・・もっと静かに開けよ、雫がかかるだろ」

僕と反対側に立っていて、まともに和泉の開いた傘の雫を浴びてしまったようだった。

銀色の細いフレームの眼鏡を外し、ハンカチで拭きながら和泉に抗議する。


―クラスメイト 水島 司(みずしま つかさ)―


「あっ、ごめん。でもさ、ほらメガネ外したその顔、水も滴るイイ男になってるぜ」

「・・・本条は、人の注意を聞かないから」

調子のいい和泉の冗談に、注意する気も削がれたようだった。

諦めたようにやや顔を伏せて眼鏡を掛け直す水島は、和泉より数段大人びて見えた。


「水島君もそう思う?」

「村上さん・・・」


水島はクラスの中でもおとなしいというより、物静かなタイプだった。

あまりみんなとふざけあうこともなかったが、かといって孤立しているわけでもない。


―水島はみんなの仲裁役だな。聡と同じ、委員長タイプなんだよ―


物静かに加え、和泉が言うところの水島はそんな感じだった。


「何だよ、二人とも。おれは梅雨より、二人の視線の方が鬱陶しいね。そいじゃな」

和泉は足早にぬかるんだ校庭のグラウンドを、他のクラスメイト数名と体育館の方へ歩いて行った。



「本条たちはまだバスケットやってるんですか」

「みたいだね。この間負けてから特訓らしいよ」

何となく後に残ったような僕と水島は、寮まで一緒に傘を並べて歩いた。

話題はこの間のバスケットボールの話になった。

「特訓するより、まず人の注意を聞くことですね。特に本条はね。試合の敗因はそこですよ」

「水島君、観てたの?」

「観てましたよ。それがもう少し出来ていたら、勝てたとまでは言いませんけど点差はあれほど開かなかったはずです」

水島は和泉の性格をとてもよく把握していた。その上で、チームに与える影響についてひと通り語った。

「そうだね、敗因の大きなひとつではあるね。水島君、僕より君の方が監督に向いているよ」

しかし水島は僕のそんな言葉には、眼鏡の奥の瞳を細める程度であまり反応することはなかった。


「・・・何か、手伝えることがあれば言って下さい」

「ありがとう、僕の委員長も監督と同じで名前ばかりだからね。君のお陰でいろいろ助かってる」


寮の玄関に着いて、僕たちは別れた。






自室に戻ってやっとマスクを外す。立体形なので息苦しさは感じないけれど、外した瞬間に感じ
る生の空気。

人の五感のなんと繊細なことか。

本棚から読みかけの文庫本を取って、服も着替えぬままにベッドに寝そべった。

ガラス窓に雨粒の当たる音がする。

研ぎ澄まされた五感に、雨音だけが響く静かな空間。

心豊かなこのひと時。


暫く本を読んでいると、携帯が鳴った。渡瀬からだった。

渡瀬とは医務室の病室で会ったきりで、退室してからは二週間が経っていた。


[ 今さら聞きたくないかもしれないけど、聡は知っておかないといけないと思うんだ ]


「大丈夫だよ、ちゃんと聞くよ。・・・え?いいよ、僕がそっちへ行く。レストルームには、みんないるのかな。後で寄りたいんだ」



初めて行く三年生の区域。

僕にとっては二年生より三年生の方がずっと顔見知りが多いのに、何故か違和感のある領域。

渡瀬たちと同じオレンジ色の名札紐をしていても、僕はやはり二年生なのだと実感する。


寮は学年が変わると部屋も変わるので、ずっと同じ部屋というわけではなかった。

間取り自体に変化はないものの、階が変わったり向きが変わったりするだけで、学年度の進級と合わせて新鮮な気持ちになる。


【三年A class 渡瀬 俊樹】

部屋のドアにはめ込まれた名前プレートを確認してノックした。


几帳面な渡瀬らしく、部屋は当然のようにすっきりと片付いている。

その部屋の中央にローテーブルを設けて、オレンジジュースを2パック手に渡瀬は僕と向き合う形で席に着いた。

「あれから二週間か、早いな。・・・マスクは?してなくていいのか」

「寮にいる時くらいは外してるよ、レストルームとか大勢いるところでは別だけど。だから持ってる」

ズボンのポケットをポンと叩くと、渡瀬は納得した顔を見せて頷いた。

「そっか・・・。顔色もいいし、次の委員会には出て来れそうだな」

「新年度初めての委員会だったのに・・・でも僕のクラスは委員長代理の方がしっかりしているんだ。安心だよ」

僕が休んでいる間は、水島が委員長代理を努めてくれていた。

委員会のことやクラスのことな
ど、僕にとって和泉とはまた別に相談出来る相手だった。


「ああ、聡の代理で出席していたあいつか」

「渡瀬も会った?水島君って物静かで大人びて見えるだろ」

「委員長は聡だろ。議事録くらい読んでおけよ」

渡瀬は僕が代理の水島のことは一生懸命話すのに、委員会の内容についてひと言も聞かなかったのが気に入らないようだった。

体のことは気遣ってくれるが、委員長という責務については厳しかった。

「読んでるって。渡瀬の方こそどうなの?ただでさえ受験や委員会で忙しいのに、先生のケガで花の世話まで」

「そうか?退屈に映るらしいぜ」

「渡瀬・・・」

「・・・冗談だよ。けど、先生のケガと花の世話はあまり関係がないな。先生のケガが良くなっても、花の世話は一向に減らない」

渡瀬はもう諦めているのか、初めて先生絡みで笑顔を見せた。

「・・・先生のケガ、良くなってるんだね」

「ああ、もう花のカットも出来る。この間、現在(いま)と同じくらい雨が降っている中で紫陽花のカットをしたらしいよ。
中等部の美術の課題用だって、三浦と谷口が言ってた」


「・・・手伝わされたんだね」

「聡は、今日は二人に会うなよ」

「どうし・・・ひょっとしてまた風邪引いてるの?」


―何だい、二人とも。傘なんて差してたらカゴが持てないじゃないか―

―渡瀬!あいつ、自分は傘差してるんだぜ!―

―それも信じらんねぇ、そこら辺のおばちゃん連中が差してそうな派手な柄の・・・ハァークッション!!―


「レインコートを着ていても、傘を差していないから直接だろ。横殴りの雨が中まで浸透して、びしょ濡れになったらしい」

「三浦たちは災難だね・・・」

ちらっと和泉が思い浮かんだ。和泉のせいではないにしろ、三浦の気持ちも少しはわかる気がする。

「いつものことさ。ところで、先生がケガしたその朝倉のナイフのことだけど」

「・・・朝倉は持ち歩いていたのかな」

ガウンのポケットに忍ばせていたナイフ。

院内にそんな危ないものがあるはずはなく、僕のマス
クと同じで常に携帯していたとしか考えられない。

「その通りだ。朝倉のクラスメイトが、持ち歩いているのに気付いて担任に報告したんだ。
・・・
あの手指もその頃には、かなり噂になっていたらしいよ」

「どうしてそんな危ないもの・・・」

「歯止めが効かなくなるんだな。だんだん痛みを求める頻度が増えて、ナイフの刃先でも傷付けるようになった。
危険物所持で本来なら即謹慎になるところを、手指の治療をするために先
に川上のところに連れて行かれたんだ」

「・・・あの試合の日、途中で先生が帰ったときだね」


―ちょうど揉めている最中に先生の携帯が鳴って、電話が終わられると急用が出来たと慌てて帰られました―


「あの時は直接川上から電話があったそうだ。先生は川上が苦手だって言ってただろ、顔を合わすと説教が始まるらしい」

「説教・・・わかる気もするけど・・・。だけどさすが渡瀬だね、よくそこまでわかったね」

「毎日ケガの手当てに先生と川上の間を往復してみろ。
両方からどれだけぶつぶつ愚痴を聞
かされるか・・・いやでもわかるさ」

うんざりした顔で話す渡瀬だけど、それだけ愚痴られるということは両先生から信頼されているということだ。

花の世話より、先生の世話の方が大変そうだね。あははは・・・」

「笑い事か。大体説明もなくいきなり見回りに引っ張り出された時点で、変だなとは思ったんだ」

「・・・そうだね。先生にはその時点で、もう朝倉がバラを手折った人物だとわかっていたはずだよね。
それなのに見回る必要はあったのかな」


僕の疑問に、渡瀬はあくまで自分の推察だけど、と前置きをして話し始めた。


朝倉のああいう行動は、その場を押さえる必要があったのではないか。

朝倉にとって手指の治療は行動規制に他ならない。

禁断症状のようなストレスで、必ずまたバ
ラ園に来ると予測した。

時間帯はやはり人目につきにくい夜間を重点的に、とりあえず院内に
朝倉がいる数日の間見回ることにした。

その第一日目があの日の夜で、先生の予測とは違ったが、結果として朝倉の行動を押さえることが出来た。


「それに繋がる心の膿もね。いまにして思えば、先生があの場に遅れて来たことで朝倉の件は一気に収束したわけだけど・・・。
忘れてたのかな、見回り・・・」


まさかね!と、自分の出した結論を真っ向否定するように渡瀬は笑った。


―しまった!忘れてた!―


その通りなのだが、渡瀬のせっかくの笑顔を消すのはとても憚られた。


「今日はありがとう、渡瀬。朝倉のことも、もう何とも思っていないよ。
むしろね、次に会うことが
あったら、たぶんお互い顔を見合わせて笑うよ」



―だってと僕を繰り返す、小さな子供のように。

 僕たちは同じだね、朝倉・・・―



「・・・そうだと、いいな」

飲み干したオレンジジュースのパックをポンッとごみ箱に捨てて、渡瀬は勉強机に移動した。

「これから勉強するの?」

「いいや、本を読むんだ。夕食までまだ少し間があるからな。聡はレストルームに寄るんだろ」

「うん・・・」

部屋と同じに綺麗に片付けられている勉強机。中等部の頃から、渡瀬の整理整頓は変わっていなかった。

何となく懐かしく思いながら見ていたら、机の横の壁に掛けられた絵に目が留まった。

「・・・何、見てるんだ。この絵か・・・これは・・・」

「木瓜(ぼけ)の花だね!」

ちょうど15インチ画面くらいのカンバスに描かれたその絵は、落葉低木の枝に白い花びらが幾重にも巻いて咲いている、八重咲きの木瓜の花だった。

「木瓜はバラ科でね、一重の紅やピンクが多いんだけど、春の花だよ。渡瀬は知ってた?」

「いや、あまり・・・」

「白い八重の木瓜は本当に綺麗だよ!僕の家の庭にも咲いてるよ・・・サイン?・・・これ!先生が描いたの!?」

「だから、それは・・・」

「ああ、そうか!渡瀬が先生からもらった花は、この木瓜の花の絵だったんだね!」

「何度も名前を言うな!」

さっきまで穏やかだった渡瀬の顔が、いつの間にか険しい顔つきに変わっていた。


「フフッ・・・クスクス・・・」

「何が可笑しいんだよ・・・」


前に花屋で僕が聞いた時、


―そう言えば、渡瀬は先生から何の花を貰ったの?―


君は、花の名前が気に入らなかったんだね。



「渡瀬、名前は悪いかもしれないけど、庭に咲くこの花はいつも凛としているよ」



「・・・聡」

「花言葉は、知ってる?」

「・・・情熱とか平凡だろ」

「一応は調べたんだね」

僕の言葉がからかうように聞こえたのか、渡瀬はムッと口元を曲げた。



「指導者だよ」



―先生はひとりひとりの心の内を見ているように

あるべき未来の姿を願うように

流苛のポピー 僕のリンドウ

それぞれの花に思いを託して・・・―



「謹慎が解けて暫く経った頃に、貰ったんだ。
聡に聞かれた時は、俺が貰ったのは花じゃなくて
絵だと言おうと思ったけど・・・どっちにしろ言えなかった」

「だけど渡瀬はわかっているんだろ、先生の思いが。ちゃんと飾ってる」

「まぁ・・・一応はな」

険しい顔つきはそのままに、渡瀬にしては珍しいほど真っ赤になっていた。

あまり言うと気にするので、程々のところで切り上げることにした。

「本当にいい絵だよ、渡瀬。・・・それじゃ帰るね」

「あ・・・聡、ちょっと待って。聞きたいことがあるんだ」

帰ろうとする僕の腕を取って、もう一度渡瀬は絵のところへ引っ張った。


「聡はこの絵を見ていい絵と言ったよな。上手いってことか?」

「何、いきなり・・・。とてもよく描けていると思うよ。ちゃんと木瓜の花だってわかったし」

「・・・上手いかと聞いているんだ。俺は絵のことはさっぱりわからないんだ」

真剣に詰め寄る渡瀬に、どう答えていいのか迷った。

「僕も絵はわからないよ、特に技術的なことはね。でも気持ちが込められている絵は素晴らしいと思うよ」

「聡はこの絵が先生の描いたものだって、知ってしまったからな・・・」

「渡瀬、少なくともこの絵の価値は上手い下手で決めるものじゃないと思うよ」

「もちろんだ。この絵の価値は別にして、俺は単純に先生は絵が上手いかと聞いているんだ」

渡瀬にとって、絵の価値と世間の評価は別のものらしい。


いや・・・先生の絵だからよけいこだわるのかな。

絵の前でじっと腕組みをしている渡瀬を見て
いると、何だか子供のようなあどけなさを感じた。

聞かん気の子供にアメ玉を上げる感覚で、渡瀬の問いかけに改めて答えた。

「僕は上手だと思うよ。僕にはとてもこんなふうには描けない」

「・・・どこがどんなふうに?聡が描けないのは当然だろ。絵なんか描かないんだから」

丸く収めようとしたのがすっかり読まれてしまって、渡瀬はもう僕の言葉では納得しなくなってしまった。

聞かん気の子供より始末が悪かった。

「絵のわかる奴に見てもらえばいいんだよな」

「渡瀬・・・」






レストルームは各学年にあり、勉強の合間に本を読んだり音楽を聴いたり、主にゆったり過ごすいわゆる休憩所のような部屋だった。

一方で騒々しく騒ぐ
のは厳禁だが普通に話しをする歓談の場でもあり、最もコミュニケーションに適した場のひとつでもある。



「聡!久し振りだね」

「たまには、こっちに顔見せろよ!」

「生意気な奴がいたら、言えよ」



知った顔ぶれに 心癒されるひと時

同じ敷地内の それもほんのすぐ傍の距離なのに

懐かしいと感じるのは 何故だろう


聡! 僕を呼ぶ声 肩を組んでくる君

君たちの折ってくれた千羽鶴が

力強いメッセージで書かれた翼を羽ばたかせ

僕を乗せてここに連れて帰ってくれたんだ



「へへっ、それは絶対に、こいつの怨念だぜ」

「何が怨念だ!願いだ、願い、お・ね・が・い」

「うげっ、しな垂れんなよ。ちっとも可愛くねぇよ。聡ぃ・・・男子校って、つまんねぇな」



笑い声に包まれて マスクをしていたって

ちゃんと伝わるんだね 僕の笑顔

つられて横の君も大笑い 


―いい笑顔は伝染するんだよ―


生きている意味は、こんなところにあるのかもしれない。







数日後―。

湿気を振り払うほどに、晴れ渡った午後。授業が終って寮の自室に戻る。

最近は授業が終るとすぐ寮に戻って、少し体を休めることにしている。

スタディルームやレストルームも、それなりに無理のない範囲で利用する。

川上先生からは食事だけではなく、そういった学校生活全般についてもアドバイスを受けた。


本棚から読みかけの文庫本を取る。こんな時に欠かせないのが、本だ。

本は僕にとって知識を得るというより、心を豊かにしてくれるものだった。

ベッドに寝そべろうかと思ったけど、本を読むのでもきちんと勉強机に座っていた渡瀬を思い出して勉強机に向かった。

机の上には、ファイルケースに入れて教科書と一緒に立て掛けたままの議事録もあった。


―委員長は聡だろ。議事録くらい読んでおけよ―

―読んでるって―


・・・半分も読んでいなかった。

読みかけの本を読むつもりだったのに、そんなことまで思い出してファイルケースの議事録を広げた。


「・・・あれ?ページが飛んでる。一枚足りない」

最後の何枚目かのところが抜けていたので、抜けているページを渡瀬にFAXで送って貰おうと携帯に電話を掛けた。


「渡瀬?僕だけど。この間の委員会の議事録だけどね・・・・・・・・・・・」

[ 読んでたんじゃないのか?何でこの前の時に言わないんだよ ]

一発で読んでなかったのがばれてしまった。

でも少しは読んでいたので、そこのところはちゃん
と主張した。

「読んでたよ!・・・少しずつ・・・」

[ ・・・・・・・・・・・・ ]

電話を通しても、不機嫌さが伝わってくる。時々、渡瀬が怖い・・・。


「あの・・それともうひとつあるんだ。絵だよ!絵、誰かに見てもらったの!?」

咄嗟に話題を変えるには、これしかなかった。

[ ああ、見てもらったよ ]

「本当に見てもらったんだ!誰に?」

絵に詳しい人物。先生の作品を美術の先生に見てもらうわけにもいかないだろう。

他に知った
人物は思い当たらなかった。


[ 宮本 准(みやもと じゅん)だ。知ってるか?聡 ]


「宮本 准・・・。あっ!来賓室に掛けられている紫陽花を描いた宮本君だね!」

宮本は校内でも有名だった。僕と同じ意味で有名と言ったほうがいいだろうか。

現在中等部三年生の宮本は、二年生の時に美術の課題作で入賞した。


物の色が少しみんなと違って見える。

入賞作品の説明とともに、宮本自ら学校のHPで語った
ことが、広くみんなの心を掴んだ。


「宮本君は中等部なのに、面識はあったの?」

[ あいつもA class で委員長なんだぜ。たまに中等部に委員会運営の指導に行ったりするんだ。
向こうから聞きにくることもあるしね ]


「へぇ、三年生になるとそんなこともするんだ。それで、宮本君は何て?」

[ ん・・・・・・ ]

結局、渡瀬の期待した答えは得られなかった。


宮本は渡瀬から絵を見せられて、とても驚いたという。

先生が絵を描くということ自体知らなか
ったらしい。

[ 宮本も、聡と同じことを言ったよ。とてもいい絵だってな ]

「宮本君なら、納得した?」

[ 中坊のあいつにあんなこと言われちゃ、納得するしかないだろ ]



―渡瀬さん、絵は技術ではありません、美術です。
美しいものには必ず気持ちがあります。先
生の絵は美術です。ボクはそう思います―



あるべき未来の姿を願うように・・・。


先生の目に映る渡瀬の姿が、宮本の言葉に集約されているように思えた。







※本文中の村上聡・渡瀬俊樹のセリフの一部は、馨(けい)さんからいただきましたメッセージより引用させていただきました。


以下、その原文です。


さて、花ですが私は「木瓜(こんなじだった気がする)」だと思いこんでました、ああ、でも、これじゃ嫌がられますね。

私は大好きなんですが…(笑)

名前は悪いかもしれませんが、庭に咲くこの花はいつも凛としていました。

『情熱』とか『平凡』とかもあった気がするんです…。その線でいかがでしょうか?(笑) 







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