プレシャス



「御幸が何かしたんですか!」

「・・・何かって、何?」

「えっ?いえ・・その・・先生は指導部の管轄なのに、どうして御幸のことを知っているのかなと・・・」

真幸は先生が指導部というだけで、御幸が良くないことで名前を覚えられていると決めつけているようだった。

指導部は全てが謹慎対象の生徒ばかりではなく、僕は単位を取る為だったし、流苛のように学校生活に支障をきたす心の病を抱える生徒など、受け持つ幅は広い。

しかし通常生徒たちの間ではその教職の名称から、真幸が思っているような負のイメージの方が強かった。

白瀬さんでさえ、僕が先生のところへ行かなければ知らなかったほどだ。


「僕は指導部だけど、悪さばかりの生徒を相手にしているわけじゃないよ。
それとも何かい?加藤御幸は、君が心配するような悪さでもしているのかい?」

「まっ、まさか!あいつはそんな奴じゃありません!」

「そうだね、君が一番よくわかっているよね」

それまでじっと見つめていた先生の眼がふつっと解れて、いつもの人懐こい童顔の笑顔に変わった。

「・・・君はDか。渡瀬は御幸と同じだからAだろ・・・三浦か谷口と一緒かな?」

「谷口です」

先生はクラスについては、まったくうろ覚えの様子だった。

「三浦と谷口はそのまま戻るのに問題はなかったんだけど、渡瀬は委員長の予定だったからね。
代理の生徒が良く務めてくれていると、担任の先生から報告を受けてね」

「御幸です。・・・渡瀬が戻るまで、Aclssの委員長は御幸が代理をしていました」

御幸が・・・。

「うん。面談はしていないけど、ファイルを見せて貰ったよ。とても優秀な生徒だね」

先生が御幸を知っていたのは、委員長としてクラス復帰する渡瀬に関連してのことだった。

実際に先生も優秀と認める御幸は、何度か委員長の経験もあった。

そんな事を考えならが、図書室で渡瀬のことを話す御幸が思い浮かんだ。


「・・・先生」

「なんだい?」

「その・・・どうして、あのまま・・御幸が委員長では駄目だったのですか!」

それが果たして御幸の思いなのかは定かではないが、真幸には納得いかないようだった。

言い澱みながらもずっと抱き続けていた感情だったことが、語尾の強さで読み取れた。

例え真幸が御幸と兄弟であることを割り引いたとしても、真幸と同じように思っている生徒も多いはずだ。

それを誰よりもわかっているのは、渡瀬・・・。


先生は真幸の気持ちを真正面から受け入れるように、余分な言葉は一言も添えず答えた。


「渡瀬が戻った以上、Aclssの委員長は渡瀬だからだよ」


「・・・・・・・・・」

真幸は黙る他なかった。

先生の言葉は、すなわち学校の決定なのだ。

僕たちが口答えをすることは許されない。

本来なら真幸のように、批判めいた質疑自体許されるものではなかった。

しかし先生はそんなことは気にする風もなく、手に持っているパンを僅かに持ち上げて帰る意思表示をした。

「それじゃね、君たち」

「はい。水島君のことは、クラスの皆にも伝えておきます」

「うん。ああ、真幸」

「・・・?はっ、はいっ!!」


「御幸が駄目なわけじゃないから」


はっきりと先生は言い置いて、レジの列に向かった。







「なぁ、聡。本条先生って、いつもあんな格好してんのか?あれじゃ、誰も先生なんて思わねぇよ。
しかも指導部だろ・・・俺たちのこと偵察してんのかな」

「いつもってわけじゃないけど・・・偵察しているように見えた?」

「・・・いや、必死でパン選んでたな。ハム玉子、ハム玉子とかブツブツ言ってるのを、横の奴がうるせぇなって顔で睨んでた。
そいつ、その後顔面蒼白だったけど」


購買部を出て寮への帰り道、真幸の話題は当然先生一色だった。

「先生、花の植え替えしているって言ってただろ。作業中はネームフォルダが花に引っ掛かるんだよ」

「うちの学校、花だらけだもんな。・・・なんで指導部の先生が花の世話してんだ?」

「趣味だって、先生の弟が言っていたよ。ほら、和泉って呼んでいた僕と一緒にいた彼がそうだよ」

「へえっ!あいつが・・・って、どんな顔だったっけかな?よく覚えてねぇや」

「・・・御幸は和泉のことを知ってるよ。あ、でも先生の弟だってことまでは知らないと思うけど」


「そうか、御幸は聡と仲いいもんな」


何気ない真幸のそのひと言に、何故か胸が詰まって言葉を返せなかった。

真幸はそんな僕のことなど気にする素振りもなく、先生のことに終始した。

最後は余裕が出て来たのか、明らかな愚痴になっていた。

「大体だな、この学校の先生の顔全部覚えるなんて不可能だろ。職員の人たちも多いし。
だからネームフォルダが義務付けられてんのに。わかるように掛けとけって話だ」

真幸の言う通りだった。

先生、職員、僕たち生徒、全てネームフォルダと紐の色でその所属が識別出来るようになっている。

先生は胸当てのエプロンの中に仕舞い込んでいる為に、紐まで隠れてしまっていた。

「他の指導部の先生もあんな感じなのかな」

「さあ・・・」

指導部には本条先生他数名の先生が在籍しておりその確認はファイルで出来るが、他の先生方がどういう形で学校と生徒の間に係わっているかは僕にもわからなかった。


僕が知るのは本条先生だけだ。

たぶん渡瀬たちや流苛・・・白瀬さんもそうだろう。

それから考えると指導部の先生は担任や専門学科の授業は受け持たない代わりに、一旦振り当てられた生徒については、彼らの最初から最後までを一貫して受け持つということになる。



「それじゃ真幸、僕はこっちだから」

寮に着いて、真幸は三年、僕は二年の区域に分かれる。

「おっと・・・、聡は二年だったな。ははっ、忘れてた!」

「ふふっ、僕も真幸が先輩だってこと忘れてたよ。・・・御幸によろしくね。
酷くなるようだったら、無理にでも医務室に連れて行った方がいいよ」

「そうだな、そうする。それにしても指導部の先生には驚かされたよ、名前で呼ばれたのが一番驚いたけどな」

「先生に真幸って呼ばれたら、これからずっと真幸だよ。たぶん、御幸もね」

「うへっ、そうなのか?そういや、聡も聡君≠セもんな」

真幸は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「別にどうってことないよ、真幸たちが双子だっていうのもあると思うし。
僕なんて渡瀬から、しょっちゅうからかわれる対象になってるんだから」

「まぁ・・別に俺は係わり合いになることはないから、いいけどな。御幸のことも直接聞けてすっきりしたし!」

最後に真幸は本当にすっきりした笑顔を見せて、御幸の部屋へ足早に向かって行った。



僕も自室に戻る。

時計を見ると、午後八時を回っていた。

外したマスクと薬袋を机の上に置いて、先の購買部で買った飲料水等を冷蔵庫に仕舞う。

私服に着替え勉強机に座ったものの、一度片付けた勉強道具をまた広げるには少し億劫な気分だった。

文庫本を一冊手に取って、ベッドにもたれた。

(ページ)を捲りながら無意識のうちに思うことは、やはり先生の言葉から御幸と渡瀬のことだった。


―御幸が駄目なわけじゃないから―


誰が見ても評価の高い御幸を差し置いて、委員長として復帰することになった渡瀬。

真幸が谷口を評して、何事にも力を抜くことがなくなったと言っていたけれど、それはあくまで復帰後のことなのだ。

復帰に際してクラスメイトの渡瀬への反発は表立っての異論が唱えられない分、渡瀬がクラスをまとめるのは容易ではなかったはずだ。


先生は敢えてそれを承知で、渡瀬に課したんだ・・・。


渡瀬のあるべき未来の姿、


【 指導者 】


の三文字が、鮮やかに意義を持って浮かび上がった。







『 姉さんへ。

帰る日取りは、もう少し待って下さい。

今年は三年生の友人たちが大学受験で、多数学校に残ります。

先に卒業して行く彼らと、僕は出来るだけ一緒に過ごしたいのです。

お父さんやおじいちゃんには、直接僕から連絡をしておきます。

お母さんだけは、申し訳ありませんが姉さんの方から宜しくお願いします。

この葉書の向日葵は、学校の花畑を写したものです。

購買部で色々な種類の花の絵葉書が買えますので、姉さんにも何枚かセットになったものを購入しました。

忘れないように持って帰ります。

ではまた連絡します。  聡 』


短縮授業期間中の午後、オフィスセンターの郵便ポストに姉宛の絵葉書を投函して寮に帰った。

姉相手に長い文章を綴る手紙はなかなか大変だけど、その点葉書なら簡潔に要点だけで済む。

ほんの少しの罪悪感は、姉の好きな花の絵葉書を選んだことで誤魔化して。


いずれにしても帰省の先延ばしの理由を伝えたことで、姉の催促が少しでも落ち着くことを願いつつ机に向かった。

この間の学期末試験の答案用紙が順に返って来ているので、間違っている箇所を改めてチェックしながら問題を解き直す。

数学は、今回思いのほか良かった。

前回間違いの多かった式の計算が、三浦に教えてもらったお陰でかなり正解率が上がっていた。

それでも数学の苦手意識はなかなか取れない。

そんな僕とは反対に、和泉は数学が得意だった。


―数学は公式覚えとけば、後は解くだけじゃん。国語は問題読むのからだろ、面倒くさい。
古典なんかサイアク、あれって日本語?解読不能―


その時はあまりにも和泉らしくて、大笑いしたけど・・・。

シャーペンを置いて、携帯を手に取った。


【御幸】登録を繰りながら、復学後初めて掛けることに今さら気付く。


―僕は数学の方が好きだよ。文系より理数系の方が面倒くさくなくて楽だね―


御幸はすべての学科にオールマイティだったが、好きな学科はと聞かれれば数学と答えていた。

和泉と御幸、どちらも似たようなことを言いながら、その言葉に表された二人の性格は正反対だった。



「・・・・・・あっ、もしもし!?御幸!?」

[ 聡・・・? ]

「うん、僕だよ。今、いい?」

[ いいよ。どうしたの、何かあった?驚くだろ、急に聡が電話してくるなんて・・・ ]

携帯を通して聞えてくる御幸の声は、驚きに混じって幾分嬉しそうにも聞えた。

「何かあったじゃないよ。具合はどうなの?」

[ ああ、体の具合のこと・・・。昨日まで熱があったんだけど、今はもう下がったよ ]

「医務室には行ったの?」

[ 熱が下がったのに、行かないよ。本当に悪かったら、真幸に担がれて連れて行かれてるって。あはは・・・ ]

「もう、笑い事じゃないだろ!・・・でも、声が元気そうだ。御幸の笑い声、何だか久し振りに聞いた気がする」

そんなふうに思えるほど、御幸の笑い声にツンと心が温かくなった。



「ねぇ、御幸」

 [ 何? ]

「風邪がちゃんと治ったら、外出許可を取って街に行かない?」

[ 街に!?そう言えば聡とは、ずいぶん行ってないね。うん、行きたい! ]

「駅前のギャラリー樹(いつき)≠チて知ってる?」

[ ギャラリー樹・・・画廊だろ。店の前は何度か通ったことがあるよ。真幸が退屈がるから、中を覗くことはなかったけど ]

「画廊っていっても、商業目的じゃないから有名な画家の絵はないんだけどね。・・・御幸に見せたい絵があるんだ」

[ 僕に?へぇ、面白そうだな。行こうよ!風邪はもう大丈夫だよ! ]

「うん。それじゃ、川上先生が良いって言ったらね」

[ 何それ・・・。僕を川上のところへ行かせる為だったの・・・ ]

「違うよ、その方が早く治るからだよ。中途半端で出掛けてまたぶり返しでもして、
真幸に帰省前に何やってんだ!≠チて、大声で怒鳴られるのは敵わないからね」


[ ・・・わかった、僕だって真幸の大声は嫌だよ。川上のお墨付きをもらったら、連絡する ]


「楽しみに待ってるからね」


携帯電話の向こうの、御幸が見える。

くすっと口元を綻ばせ、男子にしては長い睫毛の瞼を伏せて・・・

数秒の間の後、穏やかな声が聞こえた。


[ 電話、嬉しかったよ。ありがとう、聡 ]


「御幸・・・」と、呼び掛けた名前は声にならなくて、当然御幸には届かず電話は切れた。


待っていてくれたんだね。

ありがとうは僕の方だよって、言いたかったのに。

それから・・・ごめんね。

感傷ではない、悔恨の思いが心を突き上げる。

御幸が待っていてくれたのは僕の復学ではなく、僕自身なのだ。

復学後何度も顔を合わせたのに、


―聡、また一緒に勉強しようよ。いまなら僕が教えてあげられる―


試験勉強も誘われたのに・・・気付かなかった。

その度に覚えた違和感も、御幸ばかりを責めて自分のことは疑いもしなかった。


図書室での別れ間際、


―御幸、また今度ゆっくり話ししよう―

―うん・・・またね―


御幸の短い返事。

伝わっていたのは、社交辞令のような心の伴わない僕の言葉だけ・・・。


―そうか、御幸は聡と仲いいもんな―


真幸の言葉に胸が詰まったのは、自分に思い当たるところがあったからだ。


僕の知っている御幸と知らない御幸


それは僕自身がもたらした結果だったのに。

御幸の心の景色を寂しくしたのは・・・僕。




シャラン・・・

ふわりとレースのカーテンが翻り、窓辺の千羽鶴が小さく音を立てて舞った。

三年生全員のメッセージ入り折鶴・・・僕はもっと、感謝の意味を考えなければいけない。

それは僕の、この先の人生を歩いて行く道標となるものなのだから。



携帯を戻して、再び答案用紙のチェックに取り掛かる。

これが終ったら、先延ばしにしている帰省の日取りを決めよう。

向こうでも、僕を待ってくれている人たちがいる。

最愛の家族。

どれだけ僕のことを思ってくれているか、姉の催促を鬱陶しがった自分を反省する。

自然、勉強にも力が入った。





そして暫く―――。

♪〜♯・〜♪♪〜♭〜♪・〜〜

携帯の着信音で顔を上げると、すっかり部屋の周辺が翳り出していた。

イルミネーションパネルは【和泉】を表示。


[ もしもし、聡。今、部屋にいる? ]

「いるよ」

[ じゃあさ、そっち行っていいかな ]

「いいよ。北沢君も?一緒にいるんだろ?」

和泉は午後から早々に、携帯のカタログを持って北沢の部屋に行っていた。

―北沢のやつ、携帯スマホに変えてんだよ!おれも欲しいー!
兄貴を説得するにはどれだけ機能的に便利か、実物見とかなくちゃな!―

その説得方法は無理だと思うけど・・・。

そうは思ったものの、楽しげにスマホのことを話している和泉に水を差すのも憚られた。


[ それがさぁ、あいつ中等部に弟がいるんだけど、風邪引いて医務室にいるって連絡が入って飛んで行ったんだ ]

「試験の後って、けっこう体調崩す生徒が多いからね。たいしたことなければいいけど」

[ それは大丈夫なんだけどさ。あいつ昔に妹亡くしてるから、弟の病気とか怪我にはちょっと神経質なんだよ ]

「そうなんだ・・・」

人当たりが良くいつも爽やかな笑顔の北沢にも、そんな哀しい過去があった。

かつて、先生から言われた言葉を思い出す。


―君の人生だからだよ。君だけの試練だ―


ああ本当に・・・

皆それぞれに、人生の数だけ試練はある。


[ あっ、しまった。聡には、余計なこと言うなって言われてたんだ ]

「大丈夫だよ、和泉。だってこれは、余計なことなんかじゃないだろ」

[ ・・・そっか。そうだよな、北沢も今じゃ写真見せてくれたり、渡辺の妹可愛がったりしてるしね ]

「良いお兄ちゃんなんだろうね、北沢君」

[ まあね・・・って、何で北沢の話しになってんだよ!聡、晩飯は?まだだろ ]

和泉から話し始めたくせに、と思ったけど言わないことにする。

口を尖がらせて照れているって、わかっているからね。


「夕食?もうそんな時間?」

[やっぱりな・・・どうせまた時間忘れるくらい、勉強していたか本読んでたんだろ]

「そうだよ」

[ ちえっ、冗談にならないところが優等生だよな ]

和泉の優等生の基準は、自分が苦手としていることに直結している。

こつこつ勉強するとか、本を読むとか・・・。

「和泉の基準では僕は優等生かも知れないけど、他の皆の前では言わないでよ、恥ずかしいから。
それより、先に食堂へ行く?何だか急にお腹空いちゃった」

[ そうそう、その夕食なんだけどさ、購買部の新メニューの弁当が美味そうなんだ。たまには弁当もいいんじゃね? ]

「お弁当?いいね。僕も購買部のお弁当は好きだよ」

「よし、決定!おれ、ひとっ走り行って買って来るから!優等生君!」

言うが早いか、携帯が切れた。

・・・やっぱりは、僕の方だ。

やっぱり和泉は先生と似ている。

優等生なんかじゃないことをそれとなく否定したのに、全く通じていなかった。







「聡ー!開けてー!」

ひとっ走りの言葉通り、ドアの外で和泉の声がした。

「さすが和泉、早かった・・・何、その量!?お弁当だけじゃなかったの!?」

両手に購買部のレジ袋を提げていた。

「へへっ、もうすぐ夏休みで聡も帰省するだろ。パーティしようぜ!いろいろ買ってきた。
まず新メニューの夏のスタミナ弁当二段重!!≠セろ。それからこれ・・・」

お弁当とは別に、夏野菜サラダ盛り合わせ、デザートにプリンアラモード、三種のカットフルーツ、ポテトチップス、お茶にジュース。

和泉は用意したローテーブルの上に、次々と並べた。


「わぁ・・・お弁当だけでもすごいボリュームなのに。食べきれないよ・・・」

とりあえずデザート類とジュースは冷蔵庫へ・・・入るかな。

「食べきれなきゃ、明日食べればいいじゃん」

事も無げに和泉が言う。

それはそうだけど・・・。


「さーとーしー」


冷蔵庫でゴソゴソしている僕の後ろから声がして、振り向くとクラッカーがパーン!と勢いよく鳴った。


「パーティだぜ!?」


―和泉が親指を立ててウインクをする―


派手に飛び散ったメタル色のカラーテープと和泉お決まりのポーズに、目の前のつまらない心配が弾けた。


そうだね・・・

そうだよね!パーティだものね!



「もう、和泉!夏野菜のサラダ、独り占めにしないで真ん中に置いてよ!」

「ええ〜っ、食べきれないって言ってたくせに!」



夏休み前、寮で過ごす午後の宵。

学校の充実した施設や設備は学業環境の為だけでなく、広大とはいえ限られた敷地内で暮す僕たちのストレスを和らげるサポートも兼ねている。

特に購買部は生活用品から学用品そして食料品に至るまで、この学校に在籍する人々に欠かせない施設のひとつだった。


「このプリンアラモードも新メニューかな?初めて食べるよ。購買部の商品は殆んどオリジナル手作りだから、余計美味しく感じるよね」

ボリュームたっぷりのスタミナ弁当をペロリと食べて、ものの一時間もしない内にもうデザートを食べていた。

「美味いのはいいけどさ・・・聡、腹壊すなよ」

呆れた顔の和泉に子供みたいな注意をされて、思わず剥れ気味に抗議する。

「心配してくれるのは嬉しいけど、自分のお腹具合くらいわかるよ!」


「あはは、怒んなよ。まっ、そりゃそうだよな、子供じゃないんだし。そう思ったら何だか聡の食べっぷりに安心した」


・・・ずるいよ、和泉。

そんなふうに言われると、声を立てて笑う君をちっとも怒れなくなってしまうじゃないか。


「お生憎様。僕は和泉と一緒に食べると、食欲が増すんだ」


へへっと和泉は笑った。

そしてその笑顔を崩さぬまま、静かに切り出した。

「・・・聡、いつかちゃんと話せる時を待ってた」

「和泉・・・?」

「おれのこと聞いてくれる?・・・いや、聞いて欲しい。おれが聡の病気のことを知っているように、聡にもおれのことを知っておいて欲しい」


午後の宵は、すでに深い夜の帳が降りようとする時刻に変わっていた。







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