水島 司 こぼれ話


enqueteより

・Flowers 水島君が好きです。




彼の場合は、成績の伸び悩みを自身の境遇と周囲の環境に転嫁してしまったわけですが、
各校から成績上位の生徒が集まる進学校です、それは水島だけに限ったことではなく、
程度の差こそあれ、似たような経験はどの生徒にもあるはずです。
水島の焦りを加速させ苦悩にまで陥らせたのは、彼が奨学金を受けているということにありました。
当然成績如何と思い込んでいた彼にとって、奨学金を打ち切られることは全てを失うことに匹敵する恐怖でした。


『スタディルーム』の、聡と和泉の会話で

「じゃあ水島君もバスケ仲間なんだね」

「中等部まではね。高等部になってからほとんど顔を見せなくなったんで誘いに行ったら、
いつまでそんな遊びしているんだって、覚めた顔で言われたよ」

水島の焦りは、その頃から始まっていたようです。
長い苦悩の始まりです。だんだん度合いが深まり、竹原に出会ったときはパンク寸前だったのでしょう。
自分ではコントロールが利かなくなっていました。

学ぶことから成績を競うことのみに意識が取られてしまった水島は、本来の目的すら見失ってしまいます。

学ぶことの目的。

水島のそれは、学業豊かなこの学校で自分の人生を切り開き、母を幸せにすることでした。


―そう!司の好きな、バスケットボールも出来るのね!母さん、司が楽しそうでいてくれるのが、一番幸せよ―

―・・・もっと幸せにするよ、母さん。その為に、ここで勉強しているんだ―


「先生・・・俺は、ここで・・勉強がしたい・・・」


そして、剥き出しの心が零れ出たのです。

痛みと涙、温かな母への愛と共に。



最後に『マインド オブ ザ トゥルース 2』水島君のセリフから。

「次の期末はここで受けて、夏休みの間は家に帰ります。アルバイトをするんです。
先生が学校を通して手続きも斡旋も全てするからと言ってくれて・・・」


先生の斡旋してくれたアルバイト先は、たぶん花屋の予感^^


「母さん、これ。余った花だけど、好きなの持って帰っていいよって言われたから」

「まあ、司!綺麗な花束ね!本当に余った花なの!?母さんには、とても贅沢だわ」


そんな会話が聞こえてきそうです。


さらに余談。

渡瀬たちが卒業した後の先生のお世話係には、水島司がつきます。
白瀬君のように仕方なくでもなく、渡瀬たちのように嫌々でもなく、水島君は自ら率先して申し出たのでした。

渡瀬たちに「奇特な奴だな」とか、言われながら(笑)


2011.10.1







先生と女子高生と水島君


enqueteより

・Flowers  こんな先生がいたら、、、私変わってたかも♪



うわあ♪想像を・・・いや妄想ですね^^ かき立てるコメントをありがとうございます!

先生男子校なので、女子生徒の対応はどうでしょうか。
男子生徒には、けっこう容赦ないのですが(特に高学年/笑)




学校横の小さな花屋。

狭い間口の両脇には、バケツに無造作に入れられた花がたくさん置かれています。

無造作とはいっても花の瑞々しさは損なわれることなく、切り花としての最高の美しさが保たれています。

周囲が学校以外何もないところにポツンと建っているのですが、この地域の花好きの人たちには密かなスポットなのです。

そしてたまにこの辺りを通りかかる人たちが、花の香りに誘われて足を止めるというようなこともあるようです。


おや?そんな話をしていたらさっそく誰かいらっしゃったようです。

まだ少女と呼ぶに相応しい年恰好のお嬢さんです。

「いい匂い・・・ここ?お花屋さんだぁ」

ああやはり、花の香りに誘われたのですね。

「わあ、きれい!」

少女は花に目一杯顔を近づけて、楽しそうに眺めています。

あっちの花もこっちの花も、とうとうしゃがみ込んでしまいました。


「やあ、いらっしゃい。好きな花もっていってね」

奥から花屋の主人と思しき人が出てきました。

しゃがみ込んで花を見ていた少女は、慌てて立ち上がりました。

「・・・いらない。花なんか興味ないし、別に買うつもりないもん」

あれほど楽しそうに花を見ていたのに、何が気に入らなかったのでしょう。

すっかり笑顔が消えていました。

しかし花屋の主人は、そんな少女の態度には全く頓着していません。

「お金は要らないよ、売り物じゃないからね」

「えーっ!?だって、ここ花屋でしょ!?そんな、ただであげちゃって儲かるの?」

「商売じゃなくて地域ボランティア。花屋は僕の趣味、せめて雰囲気だけでもね」

「雰囲気だけって、どう見ても花屋だよ?・・・変なの。まっ、どうでもいいけど。それじゃここの花、どれを貰ってもいいってことだよね!?」

「うん、どうぞ。だけど君、花に興味ないんじゃなかったの」

「・・・だって、ただなんでしょ!どれでもいいなら、全部でもいいってことだよね!」

「別に構わないよ、君が全部持ちきれたらね」

ここで少女はきゅっと唇を噛み締めました。

「おじさんが商売人じゃないって、いまわかった。私のこと、お客って思ってないよね」

花屋の主人は少し苦笑いを浮かべましたが、取り立てて少女の言葉を否定することもありませんでした。

「僕は君みたいな生徒の相手を、いつもしているからね。この時間じゃまだ授業中だろ。
それに君の学校は制服着たまま寄り道していいの?胸の校章が泣いてるよ」

少女の装いは九月の季節柄、紺と白の縦縞ベストスカート、襟元には赤いタータンリボン。高等女学院の制服でした。

「君みたいな生徒ってどんな生徒よ!?」

少女はそれが挑発とわかっていても、聞かずにはいられません。


「きっかけを一生懸命探している生徒かな、いまの自分から変わるために」


「きっかけ・・・」

「そう、きっかけ」

迷いを含んだ言葉は、確信的な言葉となって返って来ました。


「・・・いつも生徒の相手って、この近くに有名な男子校あるけど、おじさんそこの用務員さん?」

花屋の主人は、また苦笑いを浮かべました。

胸当てエプロンに長靴、タオルを首に巻いた格好では、そう判断されても無理はありません。

「・・・まあ似たようなものだよ。それより、ちょっとあの辺りの花を見てごらん」

そう言って指で示したのは、間口から数メートル奥に飾られた花々です。

少女は不思議そうに尋ねました。

「あの辺りの花がどうかしたの?」

「よく見てごらん」

少女は目を凝らして見ましたが、どれも普通の花にしか見えません。

普通に花でしょ!花しかないじゃない!と少女が声高に言ってみても、花屋の主人はただ黙って微笑んでいるだけでした。

「何!?もう、わかんないってば!」

「そうだね、ちゃんと見えていないからわからないんだよ」

花屋の主人の言葉に、一瞬少女は見透かされたような気持ちになりました。

もっともその気持ちの反動が、認めようとする気持ちを押し戻します。

「見えてるもの!・・・視力はちょっと悪いけど、別に不自由してないし」

「ちょっとじゃないだろ。遠くを見ていた時はずっと目を細めていたし、
近くの花には鼻の頭が擦れるくらい顔を近づけていたよ。そんなで黒板の字は見えるの?」

責めるのではなく、優しい口調で問い質しながら語り掛けて行きます。

「授業中は、仕方なく掛けてるけど・・・」

「じゃあどうして普段も掛けないの」

「だって、メガネ似合わないんだもの」

「似合わないって、それだけの理由で?」

「それだけで十分でしょ。あ、それと鼻のところもすぐ痕がついちゃうし、それも嫌。
コンタクトにしたいけど、合わないの。眼科にも何度も行ったけどだめだった」

いつの間にか少女は心の内を話し始めていました。

「おじさん、毎日楽しい?」

「楽しいよ」

花屋の主人は苦笑いで答えました。ちなみに苦笑いはこれで三度目です。

「私はつまんない。学校の勉強もそれなりに頑張ってるし、友達も寂しくない程度にはいるし、
それなのに毎日がとてもつまらない。時々、こうして息を抜かなきゃ、やってられないの」

「君は、授業をサボるのが君の息抜きなの」

「だから時々ね。電車に乗って適当な駅で降りて、知らない街を歩くの」

「楽しいかい」

「う〜ん・・・気分転換くらいにはなるかな」

「君と同じようなことを言っていた生徒がいたよ」

「ほんと!?へぇ、男子校でもいるんだ、そんな人」


「それはいるさ。誰だって、何かしら心に抱えているんだよ。
だけどうちの学校では、間違っても息抜きに授業をサボるなんて生徒はいないよ」


気が付くと少女は、花屋の主人と向き合っていました。

あきらかに、いまの自分の行動を咎められているのです。

そんなのおじさんに関係ないでしょと言い捨てて店を出て行けばそれで済むのに、足も口も動きませんでした。


「眼鏡、出してごらん」

花屋の主人は〝持ってる?〟とは、聞きませんでした。

〝出しなさい〟強い響きです。

少女は少し躊躇いながらも鞄から眼鏡を取り出すと、そのまま掛けることを促されました。

花屋の主人は向き合っていた位置から少女の後ろへ回ると、両手を少女の両耳のあたりに当ててそっと頭を起こしました。


表情は見えなくとも、少女の感動がその両手から伝わって来ます。

色鮮やかな花々で埋め尽くされた店内。

くっきりと花の輪郭まで見えます。

今まで見ていたものはなんだったのだろう・・・まるで違う世界のようでした。


花屋の主人の両手は、優しく包むように添えられています。

「もう一度よく見てごらん」

さっき見ていた間口から、数メートル奥に飾られた花々です。

今度は、少女はわからないとは言いませんでした。

「正面の黄色の花は菊。右横のピンクの小花がデージーで、あの白い花は・・・何ですか?」

「オリヅルランだよ」

花屋の主人は添えていた両手を離すと、片方の手で少女の頭を撫でました。


「君がつまらないと言っていた世界は、綺麗だろう?もっと周囲を、眼鏡を掛けてきちんと見てごらん。
そうしたら知らない街を歩いていても、ただの気分転換で終わることはないさ」


少女は黙って俯いてしまいました。




「先生、校長室に飾る花を持って来ました」

「あれっ?水島、もう昼休みかい」


突然現れた男子生徒に少女は驚いて顔を上げました。

いえ正確には、その男子生徒が花屋の主人を〝先生〟と呼んだことにです。

更に少女が驚いたのは、眼鏡を掛けて改めて先生を見てみると、童顔が加味しているにしてもとてもおじさんには見えなかったことでした。

「あの、あの・・・先生、ごめんなさいっ!先生は、絶対おじさんなんかじゃないですっ!」

「ごめんなさいは、そこじゃないだろ」

先生の童顔が、やっと少年のように綻びました。


「おじさん??先生?うわっ、可愛い・・・えぇっ?どうなって・・・」

水島は訳が分からず、先生と少女を交互に見まわすばかりです。





「先生、ありがとうございました。またお花を貰いに来てもいいですか」

「いいよ、いつでも。うちのメガネっ子と待ってる」

「水島さん、私も水島さんみたいなメガネっ子になれるかな」

少女はまだ馴染んでいない眼鏡の柄を、指先で軽く摘まんで押し上げました。

その表情も言葉遣いも、最初に店に来た時とは随分変わっています。

ほんの少しのきっかけで、少女は新しい何かを見つけたようです。

それはきっとこの先、少女の人生において何度も何度も変化して行くことでしょう。

〝成長〟という名で。






※後書き

妄想大爆発^^ 短編のつもりが、書いていたら楽しくて微妙に長くなりました。
先生と女子生徒の絡みは初めてなので、妄想は浮かぶのですがイメージを形にするのが大変でした。

先生は〝おじさん〟が、かなりショックだった様子(笑)

でも、最後に挽回出来て良かったです^^


尚、この話の時期としては、水島君が先生のお世話(小間使い)をしているので、渡瀬たちの卒業後ということになります^^
そうです、最高学年の水島君は和泉や聡と共に、この学校での最後の一年を有意義に過ごしているのでした。


2012.9.1







加藤 御幸 こぼれ話


enqueteより

・御幸の痛みが心に響いて泣けてしまいました。



聡がかつての御幸との距離(仲)を取り戻した時、ようやく御幸の心は癒されました。
かつての距離とは、まさしく〝御幸の痛みが心に響く〟距離です。
御幸の心が癒されると、次に溢れ出て来るのがそれまでの痛みです。

どこかで間違ったものは、必ずどこかで破綻します。


痛みに泣けるということは、如何に御幸の心に寄り添っていただいているかだと思います。
それは御幸との距離を取り戻した聡も同じです。

―滴り落ちる涙を拭おうともせず立ち尽くす御幸に、いま僕がすべきこと―

御幸に寄り添うこと。

―小刻みに震える御幸の手を、そっと握った―

御幸の心に。


御幸の痛みを受け止めて下さって、ありがとうございます。
今しばらく、彼が心の痛みを修復するまで、どうか見守ってやっていただければと思います。


2012.12.3




※追記

第2部Flowers終了後の加藤御幸について、少し書き足します。

片割れの真幸は、御幸や谷口たちのサポートで、無事卒業する事が出来ました(笑)

そして二人は別々の大学へ進学し、違う道を歩き始めたのでした。


真幸は御幸からの自立(依存)を、御幸は真幸への劣等感を、互いの(自身の)中で向き合うことで得られた道なのです。



大学は共に家から通える距離なので、再び一家揃っての生活が戻って来ました。

また一家揃っての生活は両親においても、知らず知らずのうちに欠けていた息子たちとの関わりを修復する新たな出発となりました。


御幸の心を蝕む毒は、もうどこにもありません。

今はふとした時に、懐かしい感傷が心を締め付けます。

懐かしい我が家の、そこかしこに残る思い出。

御幸は犬を飼うことを真幸に提案します。

もちろん真幸に異論があるはずがありません。

意を受けた両親は、ジャスティンの時と同じブリーダーの連絡先を教えました。


二人は何度かブリーダーの元に足を運び、一匹の子犬を選ぶと生後三か月を待って引き取りました。



「ねぇ、母さん。こいつ、ジャスティンにそっくりだろ?毛並みだって金色だしさ!」

二人が物心ついたころにはジャスティンはもう成犬だったので、子犬の頃は知りません。

しかし真幸には、犬種も毛並みも同じ子犬はジャスティンに繋がって見えるようでした。


「う~ん・・・この子の方が、目がクリクリしていてずっとやんちゃだわ。
テーブルの上の雑誌もソファもこの子が来てまだ二日目なのに、あっという間にボロボロよ」

「ジャスティンは、子犬の頃から大人しかったからね」

「父さん、真幸は見た目が同じだと、みんな同じだって思うんだよ。相変わらず単純なんだから」

「うるせぇ!仕方ねぇだろ!こいつ見てると、ジャスティン思い出すんだから・・・っ!
痛ててっ!!こらっ!噛むなっ!うげっ!!あっ・・・逃げやがったー!!待てぇー!!」


子犬は一時もじっとしていません。

腕を噛まれ腹を蹴られ、それでも真幸は嬉しそうに子犬の後を追い掛て行きます。


「もう、父さん真幸に何とか言ってよ。ああやって、ずっと独り占めしてるんだから。
ずるいよ、僕が提案したのにさ」

「御幸が提案していなかったら、たぶん真幸が提案していたと思うよ。その件については鶏と卵だね」

「じゃあ、独り占めは?」

「子犬はすぐ成長する。ジャスティンに似ているはずの子犬はどんどん成長して、その姿はおよそジャスティンとはかけ離れていく。
でもそれが、真幸のジャスティンに対する感傷を癒してくれるんだよ」

「それなら、僕だって同じだけど」

「御幸は知っているだろ、真幸が泣き虫だってことは」

「・・・僕だけが知ってるって思ってた」

「一応、親だからね」

そう言って微笑む父に、御幸の口元も綻ぶのでした。




「うわぁぁーっ!御幸―!御幸―っ!!」

父の言葉で納得したのも束の間、またしても真幸の大声が御幸を苛立たせます。

しかもその大声に交じって、キャンキャンとただならぬ子犬の鳴き声がしています。

慌てて御幸が駆けつけると、真幸が子犬を抱えて花キリンの鉢植えの傍に座り込んでいました。

「あ・・遊んでたら、こいつの前足が鉢に当たって・・・トゲが!血、出てるし・・・!」

花キリンには、とても太いトゲがあります。

―キャン、キャン・・・クゥウン・・・―

「ばかっ!だから危ないから、棚に上げておけって言っただろ!!」

「水やるために下ろしてたんだよ!!お前が水やれ、水やれってうるさいから!!
つか、そもそもこんなキケンな植物!先生に返せばよかったぜ!!」

―クゥウン・・キャン!キャン!―

「ばかっ!!本当に、ばかたっ!!」

「ばかばか言うなー!!」

―キャン!!キャン!!キャーン!!―


「こらっ!喧嘩している場合じゃないだろ!真幸!鉢を棚に上げて!
御幸は病院だ!動物病院にすぐ連絡!!」

穏やかに微笑んでいた父も、子犬の一大事に息子たち以上の慌てぶりです。


「何ですかお父さんまで、一緒になって情けない。ほんの少し出血しただけでしょ、全く・・・。
あなたも、男の子がキャンキャン鳴かないの。ルーク」


〝ルーク〟と呼ばれた子犬は慌てふためく男三人を尻目に、走って母の腕の中に飛び込んで行きました。



その数分後、加藤家のリビングは笑い声に包まれていたのでした。






※後書き

子犬の話については、いつか書きたいと思っていたので、ようやく書けて嬉しかったです^^
加藤家の未来に光を運ぶもの・・・あるいは与えるもの。
皆の心に光をあて、思い出(ジャスティン)を輝かせる・・・感傷はやがて深い慈しみに、涙は微笑みに変わるのです。
名前はベタですが、Luckyの中では〝ルーク(Luke)〟しかありませんでした。


そして、最後まで真幸に伝わらなかった先生の思い・・・花キリン(笑)


2016.4.18







最高学年・委員長の彼女
 


こちらの話は、Flowers本編の登場人物は誰も出てきませんが、同じ舞台です。
聡や和泉、渡瀬たちと同じように、他の生徒たちにもそれぞれの人生があります。

Flowersの別バージョンとして、お読みいただければと思います。



聳え立つ鉄の門

ぴたりと閉ざされた門扉の奥深く

緑の木々に囲まれた

青い屋根と白壁の学び舎

風に漂う芳香は

多様に咲き誇る花々の競演


ええ、そうです。ここは学校なのです。

門の鉄柵から見える校内は、敷き詰められた芝生と季節の花々が絨毯のようにどこまでも続いています。

はじめて訪れた方はまずその景観に目を見張り、次にここが男子校だということに驚きの表情を見せるのです。

くすっ・・・ほら、また。

誰かの驚きの声が、風に乗って聞こえて来ます。


「すっご〜い!お話で聞くよりもパンフレットで見るよりも、ずっとずっと素敵っ!」


今年流行の小花のワンピースに、真夏のこの時期には欠かせないつばの広い帽子。

そのつばの広い帽子から、サラサラのロングヘアが靡いています。

女性の(かた)のようですね。

服装と声の感じからまだ若いお嬢さんと想像されますが・・・もう少し近づいてみましょう。

「ここって本当に男子校?まぁ君、こんなところで勉強してるんだ・・・・・・あっ!」

手に持っていた携帯が鳴ったようです。

「もしもし!まぁ君!?」

携帯を耳に当て、跳ね上がった顔がこちらを向きました。

ああやはり、想像通りの可愛らしいお嬢さんです。


「え〜・・・やだよ!帰らない!だって、もう着いちゃったもん!今ね、まぁ君の学校の正門にいるの!!
・・・ホント!?やったぁ!・・・・通用門?うん、わかる!」

何だか揉めていたようですが、どうもお嬢さんの方が押し切ったようです。

嬉しそうに、通用門の方に向かい始めました。



「かなっ!!」

「まぁ君、もぉ遅〜い!」

制服に身を包んで現れたこの彼が〝まぁ君〟ですね。

怒ったような心配したようなそんな表情の彼ですが、普段はきっと優しいのでしょう。

お嬢さん・・・〝かなさん〟の言動から十分見て取れます。

彼女は、とても行動的なお嬢さんのようですね。

明るくて積極的な雰囲気です。ともすればお転婆さん?

呼び方も〝さん〟より〝ちゃん〟の方が、よりイメージに近い気がします。



さて、こうして〝かなちゃん〟が〝まぁ君〟の学校にやって来たことで、ここでもまたひとつFlowersの物語が始まるのです。



「遅いじゃないだろ、全く・・・。突然来ても、勝手に入れるところじゃないんだよ。
君のお母さんに連絡して、ここに電話してもらって申請書提出して・・・」

「私だって日照りの中ずっと待ってたもん!守衛のおじさんはこんな冷えビタンひとつくれただけで、部屋には入れてくれないし。
熱中症になったらおじさんのせいなんだからっ!」

「ごめんね、規則で守衛室は立ち入り禁止なんだよ。すぐ確認するから・・・生徒手帳と・・・これだね、連絡も来てる。
はい、いいよ。どうぞ、お待たせしました」

かなちゃんの不満に苦笑いを浮かべつつ、手早く確認作業を済ませて生徒手帳を返します。

守衛のおじさんも大変ですね。

「すみません・・・」

恐縮するまぁ君に、然し守衛のおじさんは微笑ましい笑顔を返すのでした。



ようやく通用門を通されたかなちゃんは複雑な表情のまぁ君をよそに、校内に広がるあちこちの風景にはじゃくばかりです。

緑の芝生、校舎に続く花畑。

校内の中心に位置する建物は、近代的な色合いと自然の色合いが融合したオフィスセンター。

学校の心臓部です。


「まぁ君!まぁ君!お花畑の向こうに見える、あの黒いドームみたいなのは何!?」

「温室だよ。いくつか点在している中でも一番大きな温室で、バラの栽培をしているらしいよ。僕は入ったことないけどね」

「バラ園!?素敵!!かな、見てみたい!!」

かなちゃんだけに限ったことではありませんが、夢中になるとつい暑さも疲れも忘れてしまうようです。

でもそこはまぁ君、暑い中待っていたかなちゃんに無理はさせません。

「温室は一般鑑賞するには許可がいるんだ。その代り野外にもバラ園があるから、後でそっちに連れて行ってあげる。
それより少し館内で休もう、暑かっただろう?」

「館内!?うん!のども渇いちゃった!」

バラ園がすぐに見られないのとまぁ君の〝館内で〟の言葉に、かなちゃんの興味はあっさりそちらに移ったようです。



まぁ君はかなちゃんを、オフィスセンターに案内しました。

ロビーの大きな花台には、真夏の象徴向日葵がひと塊のブロックほど活けられています。

常に適温の館内では、花台に活けられている花を通して四季を感じることが出来るのです。

まずロビーの花台の前で歓声を上げたかなちゃんは、そこから喫茶室に着くまで幾度も〝まぁ君!まぁ君!〟と、高揚した声で彼の袖を引っ張るのでした。


「ん〜っ、クリームソーダー美味し〜いっ。だけどまぁ君の学校、本当に何でもあるのね。
この喫茶室だって・・・喫茶室っていうよりレストランみたい。広くて内装もオシャレだし」

「僕も二、三度くらいしか利用したことないなぁ・・・。
ここは生徒同士では入れないけれど、保護者や外部の友達と一緒ならOKなんだ。来客用だからね」

「ふ〜ん・・・何でもあって不自由はなさそうだけど、その分規則は厳しいみたいね」

「〝みたい〟じゃないよ、とっても厳しいんだぞ。かな、どうして勝手に来たの?」

「パンフレットやネットでまぁ君の学校見てたら、行きたくなったんだもの。
夏休みだし、まぁ君三年生だから卒業しちゃったらチャンスないし。電話で何度も言ったでしょ!?なのに、ダメって言うから・・・」

「当たり前だろう、夏休みでも多くの生徒が残って勉強しているんだ。
そんなところに遊び気分で呼べるわけがないだろ。ましてやここは男子校なんだよ」

お小言ばかりのまぁ君に、かなちゃんはぷぅと膨れてそっぽを向いてしまいました。

「かな?」

まぁ君の呼び掛けにもかなちゃんは拗ねたまま、グルグルグルグルクリームソーダーをかき回しています。


「かーな、乗っかってるアイスが溶けちゃうぞ。かな、アイス好きだろ」

「好きだけど・・・まぁ君の方がもっと好きだもん」

確かに、それ以上の理由はありませんね。

ふぅっと息を漏らしたまぁ君は、もう何も言わず優しい眼差しでかなちゃんを見つめるのでした。




喫茶店でひと休みしたあと、二人は野外のバラ園に向かいました。

アーケードの入り口から、バラの垣根に囲まれた小道を行きます。

最盛期ほど咲いてはいませんが、小振りの白バラや花色の豊富なミニバラが楽しめました。

そして校舎から続く花畑を散策しつつ進んで行くと、向日葵の群生に出会います。

かなちゃんはその迫力の景観に、思わず息を呑んでしまいました。

灼熱の太陽の下、おびただしい数の向日葵が広大な敷地の見渡す限りを埋め尽くしているのです。


「うわぁ〜!すご〜い!・・・・・・一日だけでいいから、ここの生徒になってみたいなぁ。まぁ君の学校って別世界みたい」

「別世界か・・・。かなの感覚とはまたちょっと違うけど、近いものはあるかも知れないな」

まぁ君には見慣れた景観ですが、かなちゃんの言葉に感傷を覚えたようです。

感傷とは、心に浸透する思いが深いほど沸き起こるものです。

まぁ君はこの学校で、最も純粋で最も危うい十代の思春期を過ごして来ました。

それももう後少し、卒業と共に終わります。



「さてと・・・それじゃあそろそろ元の世界に戻ろうか」

「え〜・・・まだ大丈夫だってば。せっかく来たのに・・・」

「すぐに来られるくらいの距離じゃないのは、これでわかっただろ。遅くなると家に着くころには日が暮れてしまうよ」

「・・・夜の8時とか9時くらいまでだったら全然大丈夫だもん」

「だめ!女の子が夜道一人でなんて。それでなくても行先を知らせずこんな遠くまで来て、おばさんがどれほど心配していたか・・・。
明るい内にかなを帰すのは、僕の責任だからね」

今度は、まぁ君は折れません。


「外出許可も取っているから、駅まで送るよ」

かなちゃんにも、まぁ君の本気度は伝わっています。

差し出された手をしぶしぶ握って、向日葵畑に別れを告げました。


楽しい時間はあっという間です。

かなちゃんの目に、青い屋根白い壁の建物が見えてきました。

通用門ももうすぐです。


「ねぇ、まぁ君、まぁ君?」

「ん?」

「あの青い屋根の建物は何?」

「校舎だよ。最初に説明しただろ」

「違うってば!校舎の向こう側に見える同じ屋根の色の建物・・・あんなのあったっけ?」

「ああ、寮だよ。校舎と(つく)りは同じなんだ」

校舎の周りにも寮の周りにも木々が生い茂っていますので、奥の方は枝葉に隠れてしまうのです。

かなちゃんが気付かなかったのも、無理はありません。

まぁ君はこのまま気付かないでくれていたらよかったのに・・・と、思ったようです。

かなちゃんが寮を見たいと言い出したのです。

「ちょっとだけ!いいでしょ、お願い!まぁ君の部屋、見てみたいんだもの!見たらすぐ帰る!」

「かな・・・寮って、男子寮だよ。男子寮に女の子連れて入れるわけがないだろ。
僕が女子寮に入るのと同じだよ、かなはどう思う?イヤじゃないの?」

「それは・・・イヤかも・・・」

「そういうこと。さ、行くよ」

「じゃあね?じゃあね、まぁ君!?まぁ君の教室見たい!校舎ならいいでしょ!ちょっとだけ見たら、すぐ帰る!」

かなちゃんは〝すぐ帰る〟の言葉とセットでお願いすれば、まぁ君は許してくれると思っているようです。

今回のことにしてもそうです。優しいまぁ君ですから、少しくらいのわがままはいつだって聞いてくれるのです。


「・・・わかった、じゃあ校舎を案内するよ」

「わーいっ!やっぱりまぁ君、私のお願い聞いてくれるって思ってたもん!」

かなちゃんは繋いでいた手から、まぁ君の腕にぎゅっと抱き付きました。







校舎内部は、高い天井、広い廊下、空間とスペースを十分確保し、天井内には空調設備が設えられています。

そしてここでも、廊下の壁に飾られたオンシジュームのハンギングバスケット。


可愛い女の子の来訪に

黄色いドレスの女の子たちが

バスケットから

溢れるように飛び出すように

踊って出迎えます


「広〜いっ!涼し〜い!えっ?待って、待って!履き替えなくていいの!?」

「いいよ、さっきの館内もそのままだっただろ」

「だって、こんなにきれいな廊下なのに!?」

廊下はピカピカに磨かれています。

「上履きもあるけど、雨の日くらいかな」


かなちゃんはドキドキしながら、まぁ君の後に続きました。

校舎の中は夏休みなので当然授業はありませんが、学校に残っている生徒はいます。

特に大学受験を控えた三年生の多くは、長期休みのほとんどを学業環境の整った学校で過ごします。


いまも何人かの生徒とすれ違いました。

皆、寮以外の施設にいる時は制服を着用しています。

彼らはまさかこんなところで同年代の女の子を見るなんて思ってもいませんので、一様に驚きの表情を隠せません。


「ほらね、かな。夏休みでも校舎には生徒がたくさんいるんだよ。
たぶんかなを教室にまで連れて行ったら、大騒ぎになるだろうな。何せ男子ばかりだからね」

「・・・まぁ君が一緒でもぉ?」

「僕が一緒だから尚更なんだよ。それに本当は教室よりも、こっちの部屋をかなに見せたかったんだ」


〝おいで〟と、手を引かれて通された部屋は、テーブル、ソファ、本棚だけのシンプルなスタイルです。

しかしシンプルとは言っても、床は毛足の長い絨毯、ソファはゴブラン織りの布張りで、テーブルは天板が大理石です。

テーブルの上には、アルストロメリアの花が飾られています。

蝶のように美しい花びらは色とりどりの艶やかな色合いで、冷たい大理石の天板に温かさを演出します。

全体の雰囲気としては、ゆったりと落ち着いた感じに構成されています。


「わぁ、絨毯ふかふか・・・・テーブル大きい!・・・でも、ここって何のお部屋?・・・図書室?」

テーブルは八人掛けくらいの大きさです。確かに大きいのですが、生徒たちが自由に利用するには足りません。

かなちゃんは、皆目見当がつきません。

本棚があるので図書室を連想したようですが、そのニュアンスから当てずっぽうなのがわかります。


「カウンセリング室だよ」


「カウンセリング室!?そう言われてみればそんな感じがする!
はあぁ〜っ・・・心の悩みとか聞いてくれる部屋まであるのね!いいなぁ!」

納得の顔で頷きつつカウンセリングという心理的な言葉の響きに、かなちゃんの乙女心は全開です。

「いいなぁって、かなの学校にだってあるよ。名称や形態は学校其々だと思うけど」

「え?あるの?そんなの知らなかった」

「そうだろうね・・・かなには必要なさそうだもんな」

「まぁ君、ひど〜い!私だって、心の悩みくらいあるんだから!」

「悩みくらい・・・ね。何?聞いてあげるよ」

まぁ君は携帯を触りながら、くつろいだ様子でソファに座っています。

「そんなの・・・いきなり聞かれたって話せないもの」

〝何?〟と聞いて来たくせに、まぁ君はずっと携帯を見ています。

それに〝聞いてあげる〟という少し?上から目線の言い方も気に入らなかったようです。


ふ〜んだ・・・もういいもん、まぁ君なんて知らないもん・・・・・・。

と、頬を膨らませたまま部屋を見学していたかなちゃんですが、ふとテーブルの前で立ち止まりました。

立ち止まった位置は上座のちょうど真ん中、先生が座る席です。

天板の縁に沿って左右に真直ぐ溝のような窪みがあり、金属の棒が置かれていました。


「まぁ君!まぁ君!これ、なぁに!?」

好奇心いっぱいに、まるで宝物を見つけたような勢いです。

つい数分前まで〝まぁ君なんて知らないもん〟と頬を膨らませていたはずなのですが。

「・・・うん?ああ、差し棒だよ。よく見つけたね」

まぁ君は携帯をポケットに仕舞いながら、微妙な笑みを浮かべるのでした。


「差し棒?あ、そっか、先生が授業の時に使う棒よね!
こう黒板を指して・・・っていうか、ここカウンセリング室なのに、どうして差し棒が置いてあるの?」

差し棒がぴたりと収まるテーブルの溝は、誰が見てもそれ用に作られた溝だということがわかります。


「この部屋で校則違反者が手やお尻を叩かれるからだよ、その棒でね。
罰則を受けるのがカウンセリング室なのは、そういうことって悩みに直結していることが多いからだと思う」


「えっ!やだっ!体罰!?こんな金属の棒で!?それって暴力でしょ!?え〜・・・何だか信じられない。
厳しそうだけど花がいっぱいで素敵な学校だって思ってたのにな・・・ちょっとがっかりだわ」

かなちゃんの反応は当然のものです。

まぁ君はそれに対して否定はしませんでしたが、体罰と暴力を短絡的に結び付けることには懸念を示しました。

「体罰も暴力も痛みを与えるものだから混同されがちだけど、暴力はただ苦痛を与えるだけのものだよ」

「じゃあ、体罰ってどんなの?」

もちろん、かなちゃんは納得しません。

さらに〝どんなの?〟と聞かれても、具体的に説明するのは非常に難しいことでした。

何故なら、それは理屈ではないからです。


「何年か前の卒業式でね、答辞を述べた卒業生代表がその中で体罰について語ったことがあったんだ」


―僕にとって体罰とは〝痛みに教えられ、痛みに知る〟与えられた痛みが、最終的に自分自身の苦痛を取り除いてくれるものでした―


「僕たち在校生やPTAの間でも、何一つ異論は出なかったよ」

まぁ君は難しいかなちゃんの質問に、この学校の生徒としての誇りを持って答えたのでした。



「・・・・・・よくわかんない」

もっともですね。

苦笑いのまぁ君も、理解が得られるとは思っていなかったようです。

「あは、そうだよね。学校の校風もあるだろうし、特にかなのところは女子校だから、そういうのはないんだろうな。
それじゃあ、本来のカウンセリングをお願いしようかな」

「お願いって・・・誰が、誰の?」


「かな、僕の悩みを聞いて下さい」


「まぁ君の・・・あっ!だから私にこの部屋を見せたかったのね!なぁんだ、もう!早く言ってくれればいいのに!」

思わぬまぁ君の悩み相談に、かなちゃんは差し棒をそそくさと元に戻して横に座ります。


「コホン!いいわよ、聞いてあげる」

さっきとは逆に・・・いえ、それ以上の上から目線なのですが、まぁ君の方はあまりそんなことには頓着しない感じです。

いつもの優しい表情のまま、悩みを話し始めました。

「僕にはひとつ年下の彼女がいるのですが、時々無茶な行動をして周囲に心配を掛けるんです。
帰るよと言っても、ちょっとだけ!お願い!と、わがままばかりで困っています」

「・・・何それ、真剣に聞いてたのにぃ!そんな冗談、まぁ君らしくなぁい!」

かなちゃんは拍子抜けしたように、口を尖らせました。

「真剣だよ?かなが言う通り、僕はそんな冗談は言わないよ。どうしたら良いですか?」

まぁ君の表情は変わりません。

「帰るわよ、帰ればいいんでしょ!」

「帰れば解決する、自分の行動を全く反省していません。本当に困ったものです。どうしたら良いでしょう・・・」

「・・・えっ?やっ!・・・まぁ君!?」

立ち上がろうとしたかなちゃんは、腕を掴まれてまぁ君の膝に引き倒されてしまいました。

「こうしたら良いかもね」

ぱぁんっ!!

「いやぁっ!痛ぁいっ!」

まぁ君の手が、かなちゃんのお尻で弾けました。


「かな、ここの生徒になってみたいって言ってただろ、体験入学にちょうどいい。
うちの学校じゃ間違いなく差し棒だけど、かなは女の子だからね。手で勘弁してあげる」


「まっ・・ぁ・・・きゃあ!!」

ほとんどパニック状態のかなちゃんに、容赦ないまぁ君の手が振り下されます。

夏の薄いワンピースの生地は、あまり防御の役目をしてくれないようです。

ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!・・・と、高い音が響きます。

「あああん!!・・・まぁ君!!まぁ君!まぁ・・・くぅん・・・」

何度名前を呼んでも、何も言ってくれません。

「やだっ!痛いぃ!・・・どうしてぇ、こんなの暴力だもん!まぁ君もこんな学校も、嫌いっ!・・・もう帰るぅ・・・ふえぇん・・・」

とうとう泣き出してしまったかなちゃんに、まぁ君はようやく声を掛けます。

「かな?ここに着いてから、おばさんに一度でも電話した?
こんなに遠いところに黙って来て、おばさんがどれだけ心配していたか・・・喫茶店でもバラ園でも話したよね?」

そうです、かなちゃんは幾度となくまぁ君から注意をされていたにも関わらず、まったく聞き入れようとしませんでした。

反省を促すには、自分のしたことに向き合わすことです。

「・・・ひっく・・ぐすっ・・・帰ったら・・ちゃんと謝るもの。電話は・・・まぁ君がしてくれてたから・・・」

「それじゃおばさんは、帰ってくるまでずっと心配したままだ。僕の声を聞いても、おばさんの心配はなくならないよ。
おばさんが心から安堵するのは、かなの声だけだ」

「・・・ママ、そんなに心配してた?してるよね・・・・・・電話しなくちゃ」

心配しているということを頭で理解していても、気持ちを慮れなければそれは反省とは言えません。

かなちゃんはここでやっと、お母さんの気持ちに思い至るのでした。


「かな、僕も心配だよ。かなが家に着くまで、ずっと心配だ」

思いを伝えるには、どんなに飾った言葉よりも心からの一言です。

伝わればこそ、相手の心の奥底の思いが零れ出るのです。

「・・・・・・寂しかったの。いつもはすぐに帰って来てくれるまぁ君がいなくて、夏休みが長くて・・・。
いっぱい心配かけちゃった・・・」

「お尻、痛かっただろ。・・・やっぱり暴力って思った?もしそう思ったなら、僕は・・・」

「ううん!痛かったけど・・・違う、不思議ね。それに今なら、何となくわかる気がするの。
まぁ君の言っていた体罰と暴力は違うってこと・・・」


痛みを与える側と受ける側。

与える側は痛みと共に、伝える義務があるのです。

受ける側が理解し納得してこそ、痛みは罰となり成長の糧となるのです。



痛みを与えた手は、いまはしっかりかなちゃんを抱きしめています。

まぁ君はきちんと、かなちゃんに伝えることが出来たようです。


「今度は卒業式においで。その時は正門が開いて、バザーや地域の人たちにも校内の施設が開放されるんだ。
温室も、教室も、寮の僕の部屋も、案内出来るよ」

「・・・・・・・・・」

かなちゃんは驚いてしまって、声が出ません。

「サプライズにして次に帰省した時、かなのご両親にお願いに上がろうと思っていたんだ」

「まぁ君・・・ごめんなさい。ごめんなさいぃ・・・」

「うん。僕もちゃんと話していれば良かったね。ごめんね、かな」



帰るまで後ほんの少し、残された時間が若い二人に甘いプレゼントをします。

「あ・・・テーブルの花が揺れた?ねぇ、まぁ君、花びらが揺れたの!風もないのに・・・」

「花びらが揺れた?へぇ・・・やっぱり本当なんだ」

「やっぱりって・・・何が?」

「今の、かなの話だよ。なんでも花の妖精が、叱られている生徒を心配して見守っているらしいんだ。
終わると安心して帰るんだけど、その時花びらが揺れる・・・妖精は噂だけどね」

男子校でもカウンセリング室は特別なものなのでしょうか、ロマンチックですね。

「ええっ!そんな・・・妖精に見られてたの!?やだぁ、もう!」

「かな、妖精信じてるの?あはは、きっと心配性な妖精なんだよ。そんな妖精のいる学校は・・・まだ嫌い?」

かなちゃんは少し頬を紅潮させて、ゆっくりかぶりを振りました。


「かな。遠いところを会いに来てくれて、ありがとう。嬉しかったよ」

真正面に見つめられて、かなちゃんの瞳から涙が溢れました。

受け止められないほどの、まぁ君の気持ちが伝わって来たのでした。



二人は手を繋いで、カウンセリング室を後にしました。

校舎を出て通用門に向かいます。

「おじさんにも、ごめんなさいって言わなきゃ」

「おぉっ、えらいね!?体験入学は効果あったようだね」

「もうっ!イジワルなまぁ君なんて、嫌い!」

「あっ。待てよ、かなっ!かーな」

「知らないも〜ん」



くす、くす・・・。


気のせいでしょうか、どこからか密やかな笑い声がします。

木々の生い茂る、木漏れ日の葉影。

それとも、緑の芝生、校舎に続く花畑。


それとも・・・






※ 後書き

本文の中で

『何年か前の卒業式でね、答辞を述べた卒業生代表・・・』

これはLuckyの中では、一部スプリングシャワーの仲村を想像して書きました。


2013.5.21




※追記


enqueteより

・Flowers  いつも素敵ですが、掲示板の短編がまたとても(>_<)。妖精に遭えますように




とても嬉しいコメントをいただいて、まぁ君とかなちゃんの続きがまた零れちゃいました^^



いくら花に彩られていても、やはりここは男子校です。

校舎玄関ホールの花が入れ替わっていてもほとんど誰も気付きませんが、華やかで可愛らしい女の子にはすぐ気付くようです。

高等部校舎、三年生の教室。

夏休みでも多くの生徒は受験勉強の為に、学業環境の整ったこの学校に居残っています。

皆思い思いに自習している中、一人の生徒が窓の外を指し示しました。

「ん・・・?あれ、まぁじゃね?」

「え?どれ・・・うおっ!?連れの方、女の子じゃん!」

次々と生徒たちが窓際に集まって来ました。

「わあぁ!俺の憧れのストレートロングヘアーだぁ!」

「何?何?あいつ、妹いたっけ!?」

「いないはずだけど・・・てか、妹と手なんかつなぐかよ!」


片や三年生のスタディルームでも、同じように数十人のグループが窓際にへばり付いています。

「まぁの野郎!堅物の振りして、ちゃっかり彼女いるんじゃん!しかも学校にまで連れ込んじゃってさ!?」

「委員長!大胆だねぇ!服装からすると可愛系・・・ちくしょう!顔が見えねーぞ!」

「ロングヘアーだ!ちょ・・・見えた!可愛えぇーっ!」

「おいっ!そこ代われー!」

「戻って来たら、徹底的に尋問だな」






※後書き


まぁ君は一難去って、また一難^^;

「僕が一緒だから尚更なんだよ」と言っていたので、案外覚悟は出来ているかも(笑)

妖精・・・〝火の無いところに煙は立たず〟ですよね^^

男子校が舞台のFlowers本編ではなかなか女の子を書く機会がないので、
掲示板の短編は〝花=植物〟の方ではなく〝華=女の子〟の方で、華やかに可愛らしく・・・を目指しました(笑)



2013.6.10







先生のお正月


enqueteより

・Flowers 先生がどんなお正月を過ごすのか気になります!


先生のお正月!?

今まさに、このタイミング!

私も考えたことがなかったので、面白そうですね^^

それではこの覗きアイテムの水晶玉(いわゆる妄想便利グッズ/笑)に、元旦朝の様子を映し出してみましょう!

Ready go!




新年が明けました。

今年は例年よりも寒波の訪れが早いようです。

Flowers本条先生の学校も一面雪景色に覆われています。

先生の宿舎から数メートル、一帯を占める椿の垣根。

極大輪の濃い紅色の椿も、雪の白さに一層その姿を引き立たせていました。



元旦―。

先生は食堂のいつもの席に、ひとり座っていました。

ちらちらと時計を見たり携帯を気にしてみたり、いつになく落ち着いていません。

そんなところに食堂の扉が勢いよく開いて、弟の和泉君が入って来ました。

「兄貴ー!?明けましておめでと!」

「和泉、おめでとう。やれやれ、やっと来た。遅いよ、元旦から寝坊かい?さあ、お雑煮食べよう。おばちゃーん、和泉が来たから・・・」

「寝坊?へへ、残念でした!今年は居残り組のみんなとセンターの展望台で初日の出拝んで、お雑煮も向こうの食堂で食べたよ。
おばちゃーん!おめでとうございます!と言うことで、兄貴の分だけよろしくーっ!」

先生は和泉君とお雑煮を食べるつもりで待っていたようですが、どうもフラれてしまったようです。

和泉君はもう高校生ですから、友達といる方が楽しいのも仕方ありませんね。

「何だ、待ってたのに・・・。どうして連絡して来ないの」

「連絡したら、来るって言うじゃん」

「いいだろ、別に」

「やだよ、兄貴が来たらみんな引くし」

弟にはっきり拒否されて、先生はつまらなさそうに頬杖をつくのでした。


「ん?どうしたの、和泉は食べないんだろ・・・」

和泉君がテーブルを挟んで、先生の向かいにちょこんと座っています。

じーとして動こうとしない和泉君に、先生は一転嬉しそうな顔に逆戻りです。

「ああ、付き合ってくれるのかい。そうだよね、一人でお雑煮を食べるのも味気ないよね」

「もう!何で兄貴がお雑煮食べてるのを眺めてなきゃいけないんだよ!」

またしても即効で否定されて、さすがにここまでになると先生も気付きます。


「お年玉ね」

「うんっ!」

満面の笑みで大きく頷く和泉君でした。

〝よいしょ〟と腰を上げながら、先生はハンガーラックに掛けている上着のポケットからぽち袋を取り出しました。


「はい、和泉」

「ありがと!・・・やった!一万円だっ!」

「無駄遣いしないようにね」

「うんっ!それじゃね、兄貴!」

「はぁ・・・ぁ」

一目散で食堂を出て行く弟に、兄は小さく息を吐いて再びつまらなさそうに頬杖をつくのでした。



「先生!出来ましたよー!・・・何ですか頬杖なんかついて、行儀の悪い」

賄いのおばさんが、お雑煮と朝食を運んで来てくれました。

「・・・すみません」

先生はバツが悪そうに、すぐ姿勢を戻しました。

先生でも、叱られるのは同じですね。


お雑煮は白みそ仕立て、朝食もお正月らしく重箱です。

白みその香りが湯気と共に立ちのぼります。

「うわぁ、いい匂い・・・美味しそうだ!いただきます!」

「どうぞ。お一人で召し上がっても美味しいですよ、先生」

うへっ、と肩を竦めながらも、先生は美味しそうにお雑煮を食べるのでした。






※後書き

元旦の朝です。

ほんのひとコマですが、普通に皆さんと同じようなお正月を過ごしています。

弟にお年玉をあげて、お雑煮を食べて。

ただ和泉が、もうすっかり兄離れしています(笑)

先生、兄として嬉しいような寂しいような、今年はそんなお正月のようでした^^



2014.1.2







先生とOLと渡瀬君


enqueteより

・Flowers  先生に指導してもらい人生やり直したいです!



校横の小さな花屋。

今日も間口の両脇に置かれた色とりどりの花束が、たおやかな匂いを立ちのぼらせて道行人々の足を止めます。

常連さんは、勝手知ったる他人の家です。


いつものように飾ったり活けたり、楽しむ分だけを持って帰ります。

通りすがりの人は花束と一緒にバケツに入っている〝ご自由にお持ち帰りください〟の立札に、最初は驚きを見せますがやがてゆっくり顔が綻びます。

そしてやはり楽しむ分だけを持って帰ります。

中には立札に気付かない人もいるようですが・・・。

「ちょっとー!この黄色いのとそこの白いの、くださーい!おいくらぁ!?値札くらいつけておきなさいよ!」

おやおや、話している傍から・・・この方も立札に気付いていらっしゃらないようですね。


紺ストライプのカッターシャツにベージュのスキニーパンツ、薄いピンクのスプリングコートを颯爽と着こなしています。

ショートヘアでスラリと背の高い、典型的な働く女性といった出で立ちです。

声高な物言いには、少しイライラした様子が見受けられます。

案の定呼び掛けても応答が返ってこないことに、女性は額にかかる前髪を面倒くさそうに掻きあげながら、ズカズカと間口の奥へ入って行きました。

奥の部屋では花屋の主人と思しき人物が、チョキチョキと花バサミを器用に操りながら花束を作っています。

「やあ、いらっしゃい」


童顔の笑顔が綻びます。そうです、彼がここの主人です。

のん気な挨拶とは対照的に、女性の額のこめかみには青筋が浮かんでいます。

「いらっしゃいじゃないわよ!客が呼んでいるのに、さっさとしてよ!」

主人は女性の剣幕にも、花束作りの手を止めることなくいたって普通です。

「手が離せないんだ、ごめんね。間口に置いてある花は、どれでも好きなのを持っていっていいよ。立札にも書いてあるはずだけど」

「えっ!?ただなの!?何で!?何なの、ここ!?」

女性は驚いたように、キョロキョロと店内を見回しました。

当たり前と言えば当たり前の反応です。

「ここ?学校だよ」

「学校!?それじゃ、この花屋は・・・園芸部!?」

園芸部=クラブ活動というには随分本格的な花屋ですが、学校教育の一環にはそういった類のクラブがないこともありません。

「まあ、そんなものかな」

主人は、敢えて否定はしませんでした。

「もう、紛らわしいわね」

女性は推論が当たったにもかかわらず(実際は違うのですが)顔は曇ったままです。

花がもらえる喜びよりも、惑わされてしまったことの方がより腹立たしかったようです。

彼女の内なるストレスが垣間見えるようです。


「うん。初めて訪れる人はよく間違うみたいだね。でも大抵の人は、気付いた後に嬉しそうな顔してくれるんだけどね。はい、出来た。どうぞ」

主人は花束を透明ナイロンの包装紙に包むと、金色のリボンを付けて女性に手渡しました。

「あ・・あらっ、ありがと・・・」

ポンと渡された花束に、女性は思わずお礼の言葉が出てしまいました。

花束は赤のガーベラと黄色のミニバラをメインに、白いカスミソウはミニバラの濃い緑の葉に添えています。

三色の色鮮やかな花びらが、美しく調和しています。

花に囲まれていても、尚も手にした花束からは香しい匂いが立ちのぼり鼻腔を擽ります。

女性は二度三度、花束に顔を近づけては深呼吸を繰り返しました。

「ふわぁ・・・いい匂い!」

「やっと笑顔になったね」

花屋の主人言葉に、途端に女性の表情が引き締まりました。

イライラしていた気持ちを見透かされていたようで、彼女にしてみれば悔しさ半分バツの悪さ半分といったところでしょうか。

負けず嫌いの一面が見て取れます。


「あなた、この学校の方よね?・・・先生?」

エプロン、前掛け、首に巻いたタオル、長靴姿でも、園芸部なら有りという結論に達したようです。

差し詰め園芸部顧問くらいを連想したのでしょう。

「当たり。君、なかなか鋭いね。僕は花ばかり触っているせいか、あまり先生に見えないらしくてさ」

花屋の主人・・・いえ先生も、自覚はしていたようですね。


「この程度の推察力で済むなら、仕事で苦労することもないんだけど」

先生の言葉を受けて、彼女の心からストレスの欠片がポロッと零れます。

「まぁね、楽な仕事なんてないからね」

「簡単に言わないでよ!あっ、そっか・・・。花ばかり触っていたんじゃわからないわよね。
先生らしく見られたいのなら、まずその恰好から直すべきね」

「うへっ、きついなぁ」

苦笑いの先生ですが、気を悪くする様子は微塵もありません。

「的確でしょ?だからきついって思うのよ。ああそれから、この花束。
ただほど高いものはないって言うじゃない?これはアドバイス代ってことで頂いておくわ。じゃあね」


「それは売りものじゃないから、ただとはちょっと違うんだけどな」


踵を返しかけた女性の足が、ピタリと止まりました。

「・・・それなら、私がこの花束を頂く理由は?」

女性は少し首を傾けて、ややもすれば挑発とも受け取れる仕草で問い返します。

先生のひと言は微妙に彼女の自尊心を刺激したようです。


「せっかく授かっている五感を、しっかり働かせる手伝いになればと思ってね」


「五感・・・? 」

五感の意味は知っていますが、それとどういう関係があるのか女性には皆目見当がつきませんでした。


「そう、五感だよ。君、さっき花を選んでいたけど、ちゃんと見て選んでいたかい?」

「もちろんよ!黄色の花と白の花を・・・えっと、確か・・・」

間口の方に目を遣って確かめようとする女性に対して、先生は本質的な部分を伝えます。


「見ているようで、見ていないんだよ。黄色の花も白の花も、今君が持っている花束に入ってる」


驚きと半信半疑の思いで、女性が見比べたのは言うまでもありません。

「・・・あなた、意地悪ね。聞こえない振りして奥の部屋で見ていたんでしょ」

「あの状況じゃ、返事をしても一方通行になるだけさ。違うかい?
それともう一度間口の花をよく見てごらん。そこにある花の中で、黄色と白の花はミニバラとカスミソウだけだ」

「・・・・・・」

返す言葉が見つからないというのは、こういうことをいうのでしょう。


「五感を働かすことで、君はその花束の香しい匂いで笑顔になっただろう。
一瞬だったけど、素敵な笑顔だった。心のバランスは、そういう積み重ねで保たれているんだと思うよ」


「・・・そうね。五感も意識して使わなきゃ、サビちゃうわね・・・先生?」

「仕事お疲れ様」

先生の労いの言葉に、今度こそ女性はその素敵な笑顔を満面に浮かべて返したのでした。



「先生!ここにいらしていたんですか!あ・・・お話し中すみません」

突然奥の扉が開いて、生徒が入って来ました。

どうやら先生を探していたようです。

「ああ、いいのよ。私も帰るところだから」

制服に身を包んだ生徒が花屋の主人を先生と呼ぶのを聞いても、当初のような違和感はもう女性にはありませんでした。


「渡瀬、どうしたの?何か用?」

「川上先生が急用だそうです」

「えっ″!?」

「携帯は鳴りませんでしたか?」

「携帯・・・あれっ?どこに置いたかな?・・・あれっ?・・・」

「僕が捜しておきますから、早く行って下さい」

「うん。・・・川上先生、何か言ってたかい?」

「・・・いえ、別に何も」

いきなり目の前で始まった先生と渡瀬のやり取りに、女性は唖然とするばかりです。

「そんなことないだろ。何の為の携帯だろうねとか、いつかけても出ないとか・・・」

「先生!そんなことより急いだ方が賢明だと思います」

「そうだね、川上先生だからね・・・。渡瀬、携帯頼んだよ!」

唖然とする女性を置きっ放しで、先生は慌ただしく部屋を出て行きました。



「ちょっと、ちょっと」

女性に手招きで呼ばれた渡瀬は、すかさず先生のフォローに早変わりです。

「はい!バタバタしてしまって、すみません」

「彼・・・本当に先生?なんだか頼りなさそうね・・・大丈夫なの?」

二人のドタバタを目の当たりにした女性は、再び先生に対する疑義が生じたようです。

問われた渡瀬は、心得たものです。

明確に返答をします。

「はい。案外大丈夫です」

「案外!・・・くす、くすっ。そうね、彼にピッタリのフレーズだわ。あなた出来た生徒さんね。
あーあ、私もあんな面白そうな先生のいる学校で、学生からもう一度人生やり直したいわ」

やり直したいと言った女性は、それでも来店時のイライラした感じとは打って変わって清々しい表情です。


「僕が言うのも失礼かもしれませんが、貴女のような方でもそんなふうに思うことがあるんですね。
僕は現在先生の指導を受けながら、人生をやり直している最中です」

「・・・あなたが?人生のやり直し?」

「はい」

女性はまじまじと渡瀬を見つめました。

どこをどう見ても、人生をやり直しているような感じには見えません。

しかし人は見かけによらないことは、先生が証明しています。

「そっ。私から見ればあなたのようなまだまだヒヨコの学生が、人生云々なんて生意気だわ。
社会に出たらもっともっと厳しいわよ。頑張ってね!」

「はい!ありがとうございます!」



まさか自分が励ます側になるなんてね・・・。

花屋を後にした女性は、自分自身不思議な気持ちに戸惑いながらも手元の花束を大事そうに抱え直すのでした。






※後書き

コメントを頂いて、猛然と先生VS先生と同年代の働く女性が思い浮かびました^^

ですがこれも形にするまでに、二週間くらい掛かりました^^;

先生の対応については、女子生徒の時も今回の大人の女性にも基本は同じだったと思います。

ただやっぱり大人の女性の方は目線も経験値も同じ(同世代)なので、先生の性格も見抜かれています(笑)



Luckyも何度も人生やり直したいって思ってました^^;
昔は、丸ごと環境も含めて。妄想癖が鍛えられた一因は、それかもです
大人になって、丸ごとやり直すって何か自分じゃなくなるよね・・・と思ったり。
現在は、生活の中でちゃんと出来てなかったことを、少しずつでもやり直して行こうかなとか・・・。
そのひとつが(HPの方に書いています)歯だったりします。
何というか、虫歯も無く歯周病もない歯を維持しているっていう気持ちが、生活の中で自分への自信に繋がるんです。

人生をやり直す、その思いは千差万別ですが、やり直そうと何かを頑張ることは同じだと思います^^

あ!そう言えば〝人生やり直したいです〟の前に〝先生に指導してもらい〟とありますが、先生も現在人生やり直しの真っ最中でした!(笑)

先生は好きな花を生業として、余暇に好きな絵を描いて、自分の人生フルに自分の為に使う人生設計だったようですが、そう人生は甘くなく^^;

川上先生にボコボコに(精神的に)されて、さらに校長先生に首根っこ引っ掴まれてもう一度学校でやり直すはめに(鶴の一声/笑)


・・・っていうか、何だこれ!?人生やり直し人間ばっか(笑)


2014.4.30







最高学年・俺様の彼女(ゲスト朝倉君) 



が明けて、三日。

多目的ホールでは、毎年新春コンサートが開催されます。

今年は東欧からトランシル・カラシュ管弦楽団を招聘しての演奏会です。

教育の一環という位置づけですので、学校側からもビアノやヴァイオリン等何人かの生徒が順番に共演という形で演奏します。

観客は在籍中の生徒、生徒の身内及び卒業生含む学校関連者に限定されています。

またそれに平行して、温室が開放されます。

新年なので晴れ着姿の女性も多く、その日の校内は華やかな賑わいに包まれます。


特に演奏終了後のオフィスセンター内の喫茶室は、あちらの席、こちらの席で、笑顔の花が咲いています。


「俺が卒業するまでに一度くらいは学校見せてやろうと思ったけど、演奏会は失敗だったな」

「どうしてよ!?そんなことないもん!とっても素敵だった!」

おや、おや?

ここの席のお二人はカップルのようですが、どちらも笑顔ではありませんね。

「ウソつけ。お前、途中居眠りしてたじゃん。
横の小学生が真剣な顔で聴いているのに、中学生が居眠りって、マジかっこ悪りぃ。連れて来た俺が」

「え、それは・・・あの、ごめんなさい。ちょっと?眠くなったところはあったかも・・・だけど!
ほら、そうちゃんと同じ学年の人!あの人のヴァイオリンは本当に感動したの!」

「ああ、あいつね。確かヴィバルディだったよな。耳に馴染んだ曲だからってわけじゃないけど、聴きやすかったよ。
まあでも、あやかが知ってるクラシックは、所詮学校で習う程度のものだもんな」

「・・・そうちゃんはすぐそんなふうに、あたしのことをバカにする」

女の子の方は半泣きの顔を上目遣いで呟くと、口を噤んでしまいました。

周囲が楽しく歓談している中、このカップルだけどうもおだやかではありません。

ここはズームアップで、暫く二人の様子を窺うことにしましょう。


―ぐぐぐぐぐー・・・ズームアップ中・・・―


さて、グンと近づいたところで、まず気になる二人の年齢と関係を確認しておくことにします。

『俺が卒業するまでに一度くらいは~』

『横の小学生が真剣な顔で聴いているのに、中学生が居眠りって~』

これらの会話から、そうちゃんは在校生で高等部、あやかちゃんは中学生ということがわかります。

さらに在校生には、寮以外の校内では制服と名札の着用が義務付けられています。

彼も例外ではありません。制服を着用し、名札を掛けています。

名札紐の色は緑色、現在は高等部三年生の名札紐の色です。

名札の名前を読んでみましょう。

―高等部三年Aclass 柏木 奏佑(かしわぎ そうすけ)―


次にあやかちゃんですが、彼女は着物を着ています。

赤地に吉祥の花模様が鮮やかな振袖です。

髪は梅鹿の子の花かんざしとレースのリボンで、可愛らしく結い上げられています。

あやかちゃんについては、今のところここまでです。

彼女のフルネームやはっきりした年齢は、この先の展開を待つことにしましょう。

そして二人の関係ですが、俺様的な発言のそうちゃんに対して小さな抵抗を見せながらも従うあやかちゃん。

その辺りから推察すると、兄妹というよりも兄と妹に近しい存在。

例えばいとこ、或いは幼馴染み、そういったところでしょうか。

このまま二人の様子を追うことにします。



「もしもしー、父さんたち温室見学終わった?長げぇよ・・・。あーそれでさ、俺帰んないから、あやかだけ連れて帰ってよ。
うん、そうそう。じゃ、駐車場の入口のところでね」

「奏ちゃん、帰らないの?」

「ああ、帰ってもすることないしな」

「ないことないでしょ。お年玉いっぱいもらったから、遊園地とか行こうよ・・・」

「はぁっ?お年玉で遊園地!?ガキかよ!誰が行くか、ばーか」

奏ちゃんはあやかちゃんの言葉を一蹴すると、伝票を掴んでさっさと席を立って行きました。

横暴というか傲慢というか・・・全く自分中心です。

「あっ・・・奏ちゃん、待ってよぉ!」

あやかちゃんも慌てて席を立ちますが、振袖なので機敏に動けません。

もたもたしているうちに、奏ちゃんはどんどん先へ行ってしまいました。

今までもずっとこんな感じだったのでしょうか。

「奏ちゃん、もぉ、早いぃ・・・。奏ちゃ~ん!」

必死で奏ちゃんの背中を追いますが、今日の館内は人でいっぱいです。

とうとう見失ってしまいました。

急いで携帯を手にしたあやかちゃんですが、こんな状態で電話をしようものならまた奏ちゃんにバカにされてしまいます。

どうしよう・・・あやかちゃんが携帯を握り締めながら、そう思ったときでした。

「どうしたの?迷っちゃったかな、館内広いからね」

一人の生徒が声を掛けてくれました。

「あっ!?あのっ・・・!」







校内の中心に位置するオフィスセンターは、近代的な建物に自然の景観が融合したまさしく学校の心臓部です。

常に適温が保たれている館内では、ロビーの大きな花台に活けられている花を通して四季を感じることが出来るのです。

年の初めの花台には、髄を凝らして飾られた松竹梅のお正月花が、季節と共に日本の美しい伝統を伝えています。

ここロビーも、普段の何倍もの出入りの多さに加え待ち合わせや立ち話、それこそ花台のお正月花に足を止めて魅入っている人たちなどで溢れ返っています。

特に生徒たちは誰かしら友達とすれ違うので、すぐ立ち話の輪が出来てしまいます。


「奏佑!演奏会で見たぜ!振袖の女の子、お前の彼女?」

「ああ・・・まあ、彼女っつーか、彼女予備軍ってとこかな」

「予備軍って何だよ、おれも見たぜ!可愛いじゃん。奏の両親も一緒ってことは、親公認ってことだろ」

「可愛いっちゃ可愛いけどまだガキでさぁ。振袖着れば七五三だし、ぐずぐずしてるからすぐはぐれるし」

例にもれず、奏ちゃんがいました。

あやかちゃんを放ったらかしにして、ロビーで友達と話しています。

「はぐれるって・・・館内広いのに、大丈夫かよ?」

「大丈夫に決まってんじゃん。いくら広くても、ここ学校だぜ。セキュリテイだって万全だしさ。それに、もうそろそろかな」

奏ちゃんも携帯を手にしています。

これまでの彼の様子からすると、掛かって来るのを待っているといった感じです。

つくづく、傲慢ですね。

見兼ねた友達が忠告しました。

「お前の方から電話してやれよ。いくら学校が安全でも、心細いのは別だろ」

「大げさだよ、ガキっつても幼稚園児じゃねんだからさ。・・・あれ?でも掛かってこないな・・・。チッ、しょーがねーな・・・」

奏ちゃんが携帯を持ち直して掛けようとした時でした。


「・・・おい、奏佑。電話掛ける必要ねぇみたいよ?」

友達にちょい、ちょいと肩を突かれて顔を上げると、数メートル先の目の前を横切るようにあやかちゃんが男子学生と歩いていました。

男子学生ですから、当然奏ちゃんと同じ制服の在校生です。

あやかちゃんは実に楽しそうな笑顔です。その上にほんのり紅潮している頬は、女性としての色気すら感じます。

未だかつてないそれこそ想定外の事態に、奏ちゃんは大慌てです。

「あいつ・・・?あやかー!!」

一目散に駆けて行く奏ちゃんの後ろ姿に、友人の一人が納得の表情で呟いています。


「驕れる者は久しからず、だな。うん、うん」







「あ、奏ちゃん」

「奏ちゃんじゃねぇよ、何やってんだ、お前!勝手にはぐれて、心配するだろ!」

「うそ、心配なんてしてないくせに。どうせ電話で泣きついて来るって、思ってたんでしょ」

「うっ・・・」

図星を突かれたのもありますが、いつになく強気のあやかちゃんの反論に、思わず奏ちゃんは言葉を詰まらせてしまいました。

そんな二人の会話が途切れたところで、件(くだん) の男子生徒が話し掛けて来ました。

「彼女、知り合いの人と来て迷ったって言っていたけど、知り合いの人って柏木君だったんだね」

「あ、ごめん、朝倉!そうなんだよ、まったく何で迷うかね、こんなところで」

朝倉と呼ばれた男子生徒は、額の中央で分けられたやや長めの前髪を長い指先でかき上げました。

前髪が退いて額が出ると、一瞬女子と見間違うほどのきれいな富士額をしていました。

そうです、ローズガーデンの朝倉君です。

前髪をかき上げた指先は、傷一つない綺麗な指先でした。

川上先生のカウンセリングを受ける中で(HP picture room参照)ナイフを弦に持ち替えて、あれから二年。

背も伸び、少年の面立ちは青年の面立ちへと変わっていました。


「迷うよ。僕たちだって中等部の頃はこの広い館内、しょっちゅう迷ってただろ」

「・・・だったか?まっ、それはそうと朝倉!さっきの演奏会、お前のヴァイオリン良かったぜ!
選曲もあるだろうけど、聴きやすいつーか、耳障りがいいつーか、そんな感じ」

「僕たちは教育実習みたいなものだからね、でも褒めてくれてありがとう。彼女にも褒めてもらったよ。
柏木君の彼女だろ?君にこんな可愛い彼女がいたなんてね」

「へへ、まあ彼女っちゃあ、彼女?こいつ、俺がいないと・・・」

朝倉君の言葉にあっさりいつもの調子を取り戻した奏ちゃんですが、驕れる者は自分の足元が見えないものです。


「違いますからっ!!」

「えっ?」

「へっ?」

「奏ちゃんは、ただの!幼馴染みなんです!たまたま!家が隣同士っていうだけの!」

形勢逆転です。

あやかちゃんは今まで奏ちゃんが普通と思っていたので、朝倉君の優しさに触れて一気に目覚めてしまいました。

同じ格好(制服)同じ歳(学年)というのも、大いに効果があったようです。


女の子はある日突然、女の人に変わる瞬間があるのです。


「あたし生田綾香(いくたあやか)、中学三年生です!
カラ・・えと!カラシ・・?カラなんとか楽団のは知らない曲ばかりだったけど。
朝倉さんの演奏は耳に馴染んだ曲でとってもわかりやすくて!心がジ~ンとして!本当に!本当に!素敵でした!」

「あ・・ありがとう。中学三年生?じゃあ僕たちと同じ、今年受験だね。
受験勉強の息抜きくらいには、僕のヴァイオリンも貢献できたのかな」

朝倉君は突如勢いを増したあやかちゃんに圧倒されながらも、優しい笑顔で応えるのでした。


「今日は奏ちゃんのおじさまとおばさまに連れて来てもらったんです。
ここまで来たらもう大丈夫です。助かっちゃいました!ありがとうございました!」

「朝倉、演奏会で疲れてんのに、悪かったな。ありがと、助かった」

「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。ふふっ、それから生田さん、ちょっと・・・」

朝倉君は綾香ちゃんを呼び寄せると、耳元に顔を近づけそっと何かを囁きました。

見る見る綾香ちゃんの頬が染まり嬉しそうに頷く姿に、奏ちゃんはようやく危機を感じたようです。


やばい?やばい。やばい!やばいっ!!やーばーいーっっ!!!


「おいっ!朝倉っ!お前、綾香に何をっ・・・!」

「柏木君、急がなきゃ。ほら、彼女もう先に行っちゃってるよ。それじゃ、またね」

「えっ?あっ!?綾香っ!いや、朝倉・・・綾香!あーもうっ!!くそおぉぉー!!」




ロビーの玄関から館内を出て、駐車場入り口まで。

広い校内なのでそれなりに距離はありますが、綾香ちゃんの足取りはとても軽やかです。

もう迷うことはありません。

何故なら、綾香ちゃんの後ろから奏ちゃんがついて来ているからです。


「やっぱ、俺も帰ろっかなぁ・・・。なぁ、綾香!」

「好きにすれば?奏ちゃんのことでしょ、あたし関係ないもん」

「・・・あ!そうだ!遊園地行こうぜ!年間パス買ってやるよ!俺もお年玉、たくさん入ったしな!」

「はあ~っ?遊園地ぃ?一人で行けばぁ?何、いい年して遊園地って!?お年玉って!?小学生みた~い!」


新春、年の初めの穏やかな晴天が、北風小僧を抱きしめてくれています。

校庭の木々も小鳥たちの揺りかご程度にそよぎ、一年草のヒナギクが赤、白、ピンク、愛らしい姿で花壇を彩っています。

悲壮な声は、人々が楽しく往来するその中で響き渡りました。


「いや・・ちょっと・・綾香!・・・綾香ちゃ~ん!!」


綾香ちゃんは奏ちゃんの絶叫を背中で聞きながら、朝倉君に囁かれた言葉を思い出していました。


―柏木君、君のこと大好きなんだね。それじゃ、少しお仕置きしょっか―


「だから、お仕置きだもん♪」

そう呟いた綾香ちゃんの表情は、七五三の女の子ではなく恋する少女の表情です。


―驕れる者は久しからず―

今後の奏ちゃんの行く末を祈って、ズームを戻すことにします。






※ 後書き

書いている最中にどんどん時は過ぎ、すでに時節はバレンタイン・・・。
背景を卒業式に変えようかとも思いましたが、そうすると学校行事のイメージも全て変わるので、また一から書き直すことに。
で、また時は過ぎ時節が・・・不毛^^;
結局そのまま突っ走ることに。
でも一番の理由は、綾香ちゃんに振袖を着せたかったのです^^

それから朝倉君ですが、綾香ちゃんの耳元にそっと顔を近づけるだけで十分奏ちゃんへのお仕置きになると考えたようです。

尚、トランシル・カラシュ管弦楽団は架空の団体です。
割とこういう名称を考えるのが好きだったりします。



2015.2.5