『甘いこげ茶色のお菓子だよ。』

色といい、甘いという共通点といい・・

これではないかと思っていたのですが・・・

思い出してよかった。

・・あなたが僕のところへ来てくれて本当によかった。



揺れる気持ちの答え
 〜弁慶さんがやっぱり好き〜




「譲くん、少し伺いたいことがあるのですが・・。」

あの後、夜遅いと知りながら僕はどうしても
訪ねたいことがあって、譲くんの天幕を訪ねていた。

「どうしたんですか?弁慶さん。こんな夜遅くに・・。」

さんから聞いた『ちょこれーと』というものに
少し興味がわきまして。」

「チョコレート?ああ・・この時期ならではのお話ですね。
それでチョコレートがどうかしたんですか?」

「僕の所持している薬草の一部に、とても似ているものが
ありまして・・ひょっとして『ちょこれーと』というのは
こういった香りがしませんか?」

僕は所持していた薬草を見せた。
濃い茶色で、とても甘い香りのする花の花びらを
乾燥させて作ったもの。直接傷を直すものでは
ないけれど・・気分を落ち着かせるくらいの効果はある。
名前は『大春車菊(おおはるしゃぎく)』

「これは・・ええ、確かにチョコレートは
こんな感じの匂いです。・・ひょっとしてこれは・・
『チョコレートコスモス』ではありませんか?」

「ちょこれーとこすもす?いえ、そんな名前では・・
それは『大春車菊』という花の花びらを乾燥させたものです。
甘い香りが癒しとなるので、香りが残るように乾燥させたものなんです。」

「それは和名ですね。僕たちの世界ではその花を
チョコレートに似ているという理由から
『チョコレートコスモス』というんです。
この時代にもあるんですね。チョコレートコスモス。」

・・・見つけた。さんを自分にひきつける物。
一瞬でも出し抜ければ・・それでいい。

普段の行動から見て、さんが僕を思う気持ちは
まんざらではないはず。でも先ほどの様子・・
ヒノエに何を吹き込まれたのか・・・
あれから僕を見る目が少し違っていた。

・・さんを完全に僕の懐に引き込むには・・

「教えてくれてありがとうございます。
勉強になりました。」

「いえ、僕もこの時代にこの花があるなんて良い勉強になりましたよ。」

では・・といって譲くんの天幕を出た僕は・・
自分の天幕に戻り、その大春車菊を煎じ始めた。

甘い香りはきっとあなたをひきつける。
懐かしい異世界の物の香り。
僕は気づいてしまっている・・さんへの思いに・・。

だから僕はあなたを手放せない。
・・僕の胸に閉じ込めて、もう他の人なんて見えないように
そんな罠を張ってしまいたい。

煎じられるその甘い薬は・・僕の張る最大の罠。
・・どうかはまってくださいね、さん。

僕は液体になった大春車菊を器に載せ・・下から火であぶる。
・・程なくして僕の天幕は、甘い香りに包まれる。
その香りを消さないように・・僕は眠りに付いた。



翌朝、もう一度煎じて大春車菊の液体を作ろうとしたとき・・
大春車菊の花びらが突風にあおられて・・・
天幕の外に少し吹かれていった。

「・・これは困りましたね。手持ちの多い花ではないのに・・。」

僕は飛ばされた大春車菊拾おうと・・
早朝で少し寒い外に・・天幕の幕を開けて・・出た。

「弁慶さん!!」

天幕を出てすぐに・・僕は可愛らしい声を掛けられた。

さん、おはようございます。早いですね。」

「それ・・どうしちゃったんですか?」

「先ほど煎じようと袋から出したところを
突風にあおられましてね、天幕の外に出てしまったんです。」

「薬草・・ですか?
なんだか花びらのように見えるんですけど・・・。」

「ええ、よく気がつきましたね。
この花の香りはとても癒しになるんです。
僕の天幕の中にありますから、よかったら香りを楽しんでいきませんか?」

僕は自分の天幕につながる布をわざと風が起こるように
少し大げさに開けた。外には・・大春車菊の香りが一気に馨ってくる。

「え・・この匂いって・・チョコレート。」

さんたちの世界では、この花のことを
『ちょこれーとこすもす』というのだそうですね。
昨日、譲くんに聞きました。」

「チョコレートコスモス?へぇ・・そんなお花あるんだ。」

「ご存じなかったのですか?」

「うん。譲くんはもともとお庭いじりが好きだったから
知っていたんだと思うよ。私は植物には詳しくないし。」

「そうでしたか。昨日、さんが「ちょこれーと」の
話をしているのを聞いて、これが近いかなぁっと気が付いたんです。
薬ではありませんから、あまり量を持ち歩いてはいないのですが、
さんの癒しになれば・・と思いまして。」

「え・・じゃぁわざわざ私のために貴重なお花を・・。」

「あなたのためなら、良いのですよ。
さぁ、中の方がより香りがしますよ、さん。」

そういって僕は彼女を天幕の中へと促す。

「はい!ありがとうございます、弁慶さん。」

そういって笑顔でさんは、僕の天幕へ入って行く。
煎じた甘い薬は・・僕の罠。
誰の元でもなく、今日僕のところへ来てくれたさん。
大春車菊の存在を思い出して本当に良かった。

「うわぁ〜本当にチョコレートの匂いがする!
あま〜い匂いだぁ。この世界でチョコレートの
香りがするなんてすごく不思議!!」

天真爛漫・・といった言葉がよく似合う
穢れない乙女心で、その香りを楽しむさん。
でも・・僕はどうしてもあなたを手に入れたい。

無邪気に喜ぶさんを・・僕は後ろから抱きしめた。

「べ・・弁慶さん・・。」

「この甘い香りに免じて、僕の我侭を聞いていただけますか?」

「弁慶さんの我侭?」

「あなたを守りたいと思いながら・・僕はあなたを戦場に
つれている・・でも忘れないで下さい。
大切だからこそ・・側に置いておきたいのだと・・。」

「弁慶さん・・」

「今はまだ・・このままで・・時が来たら・・
僕はあなたを迎えに行ってもよいでしょうか?」

「弁慶さん・・それって・・。」

・・すべての贖罪から開放されて・・・
この身が・・軽くなれたら・・・
そしてこの戦乱を・・この手で終わらせることが出来たら・・

ずっと僕の側にいて欲しいから・・

僕の腕の中で・・口には何も出さずに・・
さんは静かに頷いた。

・・賢い、良い返事ですね。
本気にしますよ、さん。

もう他の誰のところにも行かないで下さいね。

僕は甘い天幕の中で、もう一度きつくさんを抱きしめた。


FIN

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